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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅱ;言及 と 玄冬
33/300

Track.2-8「私が貸したリップもとてもいい感じです」

「はい、ありがとうございます」


 心が通話を切ったのを見届けるとほぼ同時に、茜はキッチンから料理の乗った大皿を狭いワンルームの真ん中に位置する丸いテーブルに運んできた。


「何だって?」

「今日の15時で面接の予約取れましたよ。履歴書持参だそうです」

「履歴書買ってこなきゃなぁ」

「大丈夫ですよ、私のパソコンにフォーマットのデータ入ってるんで」

「え、パソコンで作ったやつでもいいの?」

「手書きが必須ってわけじゃないですよ。所詮アルバイトですから」

「へぇー」


 茜は大皿をテーブルに置いた後で再びキッチンに戻り、食器棚から丸く平たい小さな取り皿を三枚取り出して、スマートフォンをテーブルに置いた心がそれを受け取り、テーブルに並べる。

 冷蔵庫から紙パックの麦茶を取り出した茜は、それを脇に挟んで食器棚からアクリル製のマグカップをその取っ手に指を引っ掛ける形で引き出し、そして体育座りのような格好でベッドに横になっている芽衣を見ては「飯出来たぞ」と告げる。

 その声に呼応してむくりと起き上がった芽衣は、半ば寝ぼけ眼を二度瞬かせると、ベッドからストっと下りてはテーブルに着く。


「つーかお前んだろ?」

「だっていっつもやってくれるじゃん。あたし、ご飯作れないし」

「作れるようになれよ」

「そうですよ、先輩。私、教えますよ?」


 いただきますと手を合わせ、大皿に盛られた麻婆炒飯マーボーチャーハン――炒飯の上に麻婆豆腐を餡としてかけた一品――を自分の取り皿によそっていく三人。面倒なのと洗い物が増えるのとで、それぞれのスプーンで直接取り分けるスタイルだ。


「これ、辛くない?」

「安芸さん、これって中辛でしたっけ?」

「いや、森瀬がいるから甘口にした」

「だそうですよ、先輩」


 目の前の麻婆はやや赤みの薄い橙色をしている。それでも油に混じった辛味成分の赤が見えると、芽衣の食指は止まってしまう。


「いいから食えよ、大きくなれねーぞ」


 その言葉に、芽衣はキッと茜を睨みつけた。150センチ台半ばの芽衣は、自分の身長の低さを気にしているきらいがある。常日頃から、170センチ弱の茜に対して「10センチちょうだい」とか、後輩である心――160センチジャスト――に対して「5センチちょうだい」などと言ってしまうくらいだ。


「安芸さん、先輩にチビは禁句ですよ」

「チビなんて言ってねーだろ」

「言ったようなもんだろ」

「あーもう、うるせーよ!さっさと食えよ、履歴書書く時間無くなんだろ!」


 芽衣が自宅で囲む食卓は、ここのところは大体こんな感じだ。

 大体いつも、茜が買い物がてらにやってきて、タンパク質多めの食事を作って二人で食べる。時折そこに心が来て手伝っていたり、若しくは茜がいなくて心がいたり。

 いつからか、独りで食事をするのが珍しくなってしまった。

 半年前は、独りが当たり前のはずだったのに――


 ――ビキ、という鈍痛が、思い出そうとした脳裏に生まれる。

 懐かしいはずなのに、嬉しいはずなのに、どうしたって()()()()


「――芽衣、どうした?」

「先輩、大丈夫ですか?」


 笑おうとする時はいつだって、こんな風に泣いてしまう。笑い声の代わりに嗚咽と涙を零して、突っ伏してしまう。


 茜と心にとって、それはもう見慣れた光景だった。座ったまま横にスライドした心が肩に手を回してぎゅっと抱き締めると、続いて立ち上がり移動した茜がその小さく震える頭に手を置き、その艶やかな黒髪を撫でる。

 この時の二人の表情は対照的だ。心はまるで芽衣に同調するように悲しくなってしまうし、逆に茜は大丈夫だと言い放つような笑みを見せる。

 あなたが笑えなくて寂しいと伝えたい心と、お前が笑えなくてもオレが笑ってやるからいいんだと伝える茜。

 そんな二人に慰められながら、どうにかしたい芽衣はその意思と反対にその嗚咽を大きくしてしまう。


「いい、いい。泣け」

「先輩。泣いている先輩も、私大好きですよ」


 芽衣の嗚咽が収まる頃、麻婆炒飯の熱はとっくに冷めてしまっていた。


  ◆


「失礼します。15時から面接の予約をしていた鹿取です」

「同じく、安芸です」

「森瀬です」

「はい、お待ちしておりました。ではこちらへどうぞ」


 東京メトロ有楽町線・新富町駅を出てすぐのところに目的地――株式会社クローマーク中央支部はあった。

 正面の自動ドアから入ってすぐの受付で可愛らしいお姉さんに案内され、ちょっとした会議室のような部屋に入ってあたしたちは席に着く。

 こういう時の座る椅子って上座とか下座とかあってよく分からないけれど、安芸と二人でボーッとしてたら心ちゃんが率先して座ってくれたので、あたしたちもその隣に並んで座った。


「それでは少々お待ちください」


 先ほどのお姉さんに冷たいお茶を出され、それを一口飲む。

 茶色味のある黒い机は広く、両サイドに五人ずつは座れそうだ。真ん中に三ヶ所、コンセントハブが設けられていて、きっとパソコンとか持ち込んで会議とかするんだろうな、ハイテクだな、と思った。


「心ちゃん、あたし、目、赤くない?」


 あたしは右を向いて柔らかく笑んでいる心ちゃんに尋ねる。もう二時間以上経ってるけれど、泣き腫らしたには泣き腫らしたので若干心配だ。


「大丈夫ですよ?コンシーラーも塗りましたし、私が貸したリップもとてもいい感じです」

「あ、うん」


 どこか落ち着かず、そわそわしてしまう。そう言えばあたしは、緊張しぃだったなぁ、なんて思い出して、余計に身体が強張ってしまう。

 左を見ると、安芸は背筋を伸ばし瞑想していた。なるほどと思ったあたしは、頼りになる戦友に倣ってお腹を引っ込めるようにして背筋を伸ばした。


「失礼します」


 ノックとともに声がして、ガチャリとドアが開いて二人の男性が入ってくる。その唐突にビクッとしてしまったけれど、あたしの両隣りはその音に反応してすぐに立ち上がっていた。二人を見渡して、慌ててあたしも椅子を引いて立ち上がる。


 二人のうち先に入ってきた方は壮年の、恵比寿顔という形容がとても似合う、少し小太りの男性だ。その顔は見たことがある。

 そしてその後ろに着いてきた方はまだ若々しい、それでサラリーマンが務まるのかというもじゃもじゃの髪に、少し険しく鋭い顔貌――その顔は、すごく見たことがある。


「ようこそいらっしゃいました。面接を担当いたします、クローマーク中央支部、支部長の石動イスルギ森造シンゾウです」

「同じくクローマーク中央支部、兼、技術開発部の四方月ヨモツキコウです。よろしくお願いします」


 二人が軽く頭を下げると、あたしたちも頭を下げる。あたしだけいち早く頭を上げてしまい、何だかこういう時の動きとか事前に教えておいて欲しかったなんて恥ずかしくなったけれど、そう言えばこの二人は特に礼儀に煩いから、あたしの方が迂闊だったのだと思うことにした。

一話分書こうと思ったら二話分の文量でした。

なのでちょっと歯切れ悪い感あると思います。申し訳ない。


→次話、5/13 12:00同時掲載です!


宜候。

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