第九回 不穏
だんだん不穏な空気も流れてきます……。
火星人は、東アジアに関してほとんど動きを見せなかった。
彼らはもっぱら宇宙都市や日本の整備・開発のみに集中していたのである。
しかし、中原あるいは小中華として日本を見下していた国々は、
「天が我らに味方して東夷を追い払った!」
と、喜んでいたわけだが。
だが、その直後にやってきたアメリカや欧州によって再び抑え込まれていく。
火星人の行動直後には、『火星天軍』と称する蜂起が大陸の各所で起こった。
「天からの使者が中華に味方して、世の中を正しい在り様にする」
そういう噂が流布して、多くの者が信じ、あるいは熱狂的に賛同した。
火星天軍は空の日本人居留地を占領した後、他国の居留地などへも押し寄せている。
この突発的な暴動は不意を突いた初期こそある程度成功らしきものを見せた。
しかし、すぐさまやってきた軍隊によって蹴散らされてしまったわけだが。
元々噂から始まった無計画な暴動だから、軍事行動などとれるわけもなかったのだ。
これが口実となって、アメリカイギリスなど欧州は中華へ牙を向き始める。
「もはや目障りな日本は制圧されているし、火星人は味方らしいぞ?」
何よりの証拠として欧州が暴徒を抹殺しても、何も言わなかったのだから。
また、アメリカの記者は火星人に質問している。
「中華の暴動をどう思うのか?」
対する返答は、
「我々の関知するところではないね」
火星人は日本海上空に数台の大型円盤を配置するのに留めていた。
いや、宇宙空間を含めて、日本の領海上空には無数の円盤は待機し続けている。
「このまま天の力を借りて小日本を征伐しよう!」
大陸の一部では、何故かそういう文句を旗に海を越えようとする者たちもいた。
現状において、そんなことをしている余裕も力などどこにもなかったのだが。
長く西欧列強や日本に圧迫されていた中華や半島の民にとって、絶好の好機と見えた。
というか、その場の乗りと勢いで日本へ向けて出航させたのである。
規模としては軍というより海賊の集団みたいなものだった。
中には渡海能力のない小舟で乗り出す無鉄砲もいたほどである。
当然多くは引き返したり、遭難したりと相応の結果に。
しかし、中には日本領海内に迫った船もあった。
<日本領海内へ許可なく入ることは許されない。ただちに引き返せ>
でも、結局は火星人の円盤に全て追い返されてしまった。
ところが中には歓迎と受け取ったのか、警告を無視する船もいたのである。
そういった船は、円盤の放つ熱線により一瞬で蒸発した。
このような事態とつながるのかはわからないが……。
火星人は日本国内の半島系や中華系を全て帰国させていた。
中には従わず強制送還となった者もいる。
「小日本は我々の領土になったのではないのか!?」
何故かそのように判断していた彼らは、
「裏切られた。天は我らを見捨てた!」
と、嘆きながら帰国となった。
「裏切りと言うのがよくわからんね。そもそも、我々は彼らに与したおぼえはない」
火星人は八太郎を始め、色んな人間に尋ねている。
「君には意味がわかるかい?」
その答えは、各人によって、色々であった。
ちなみに八太郎の返答は、
「よくわからん……」
だった。
当初アジア人の送還に異を唱える声もなくはなかった。
しかし、そこへ来ての領海内への侵攻である。
戦争になってもおかしくない話だったし、報道を見聞きした日本人たちは、
「どさくまぎれの盗賊みたいな連中だ!!」
と、気炎を上げて憤慨していた。
だが、今や日本は火星人の支配下である。軍隊も政治組織も解体されているのだ。
火星人はこれに対してもあまり反応しなかった。
賠償金などを求めることもなかったのである。
「今後君たち民族は、日本国内に入ることを禁じる」
ただ、そのように通達したのみである。
また半島を欧米各国などに対しても、こう通達した。
「中華系朝鮮系の人間は、入国を禁じる」
半島を支配下に置くアメリカにとって、火星人の機嫌を損ねることは嫌だった。
領海侵犯した船を跡形もなく蒸発させた熱線の威力にも驚いていたのだし。
それに、通達自体はさほどのことでもない。
「例えアメリカ人でも、中華系朝鮮系は入国禁止」
極めて人種差別的なひどい話だが、アメリカにとっては何でもないことだった。
欧米のメイン層たる白人たちにとっては、アジア系の日本入国など――
どうでもいいことだったわけである。
ただ、半島や大陸利権の放棄については、日本人も良い感情はなかった。
「先人が血を流して清やロシアから勝ち取ったものを、あっさり捨てるのか」
これが火星人に取られたというのなら、まだわかる。
屈辱であり、無念ではあるが敗戦したのからしょうがない。
しかし、火星人はまるでゴミ屑のように放り捨てたようなものではないか?
日清日露の戦争を戦った者にとっては不快そのものだった。
また、半島放棄や朝鮮系の送還について異議を申し立ての声も出る。
「今や彼らは大和の同胞じゃないですか、それを強引に追い出すというのは、人道にもとると言うものじゃありませんか。どうか、撤回をお願いできませんか」
「同胞? 向こうはそう思ってないようだけど?」
嫌味ではなく、火星人はまったく素直にそのように反論した。
「ならば、せめて保護国にするなど対策を」
「必要性を感じないね」
「……」
こういうわけで、交渉はまったく意味をなさなかった。
かといって。
樺太など北の領土はそのまま支配下においており、南洋諸島は保護下に置いていた。
一貫性があるのかないのか、わからない。
「まったくやることがメチャクチャだ……」
「あいつらは所詮外惑星の生物だよ。人間の情だの義理だのは理解しないんだ」
交渉をはねられた者たちは、そう愚痴をこぼすのが関の山であった。
また欧米はこれらに対して、
「日本の悪辣な支配から完全に解放するため、地球人の手に委ねるべきではないか?」
などと火星人に持ちかけていた。
「何でそんなことをしなけりゃならないのかな?」
火星人は極めて不思議そうにそう返すだけだった。
「それは自由意志を尊重して……」
「なんで?」
話はまったく噛み合わず、大陸や半島のようなわけにはいかなかった。
欧米からすれば、またうまく領土を得られるかもしれない……だったわけだが。
「まあ、そんなうまい話も早々はないか」
「しかし、何故中国や朝鮮半島は放棄したのだろう?」
「それを言うなら、何故日本をいきなり侵略したのかという疑問も出てくるぞ」
「もしかすると、あの列島に彼らの求める資源があるのかもしれない……」
色んな疑問や推論が出るわけだが、答えが出るわけもない。
さて、そして時は流れていき――
英米を中心とする欧米がアジアで幅を利かせている間、日本では冬が終わり、春が来ていよいよ学校が動き出そうとしていたのである。
「四月からは、君も学校に通うことになるよ」
「いよいよですか」
「建物だの、システム自体はそう時間はかからなかったけどね。だけれど、人間がそれに適応できなかったら意味がないようだし」
「それは助かりますな」
八太郎はウンウンとうなずくが、心の中でモヤモヤとしたものがあった。
実のところ、正直困っている事態に直面しているのである。
それは、現在彼の教師役となっているの人造人間ユカリの存在であったりもした。
ハッキリと下賤なことを言うのであれば、軍服姿でもユカリは色っぽすぎる。
戦士として完成した肉体であると同時に、女としても完成形にある肉体。
こういうものは、思春期の肉体を持つ八太郎には酷であった。
声も姿も、生前でお世話になったこともある破邪くノ一のものだから、しょうがない。
いくら勉強に集中しようとしても、できるものでもなかった。
「彼女だと緊張するから、前のように火星人に教師役になってほしい」
そのように何度も頼んでいるのだが、聞いてもらえなかったのである。
「色々参考になるデータを収集しているから、我慢してくれ」
と、無理を通されてしまった。
人造人間とはいえ、その動きも気配も、臭いも香りも生身人間以上である。
毒と言うのなら、若い少年にとってこれほどの毒はない。
「まあ、こらえてくれ。後でできる限り埋め合わせはするから」
と、火星人はのんきなものだ。
性欲も何もない彼らには、人間の若者が背負う苦悩などわからないのであろう。
「学校の教師役は人造人間中心になるからねえ。色々知りたいのだよ」
「女子ならともかく、男子相手の教師は問題があるんじゃあ?」
「しかし、人間の腕力で人造人間をどうにかできる可能性はほぼないよ」
「そういうことでは、ないんだなあ……」
「ふーん。つまり、人造人間が人間の性欲を刺激するという点が問題かね」
(こいつら、まさかわかっていてやる気じゃあるまいな?!)
あくまで淡々としている火星人の治世に、八太郎はやがて、不安と不信を感じずにはいられなくなってきた。これで良いのか、と。
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