第七回 仁術
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「はじめまして。医療型人造人間の、ヒスイです」
耳の部分にヘッドデバイスをつけた人造人間は、愛想よく笑って言った。
「じんぞ、とかいうのはよくわからんけど、日本人じゃないんで?」
と、夫は首を傾げた。
確かに目の前にいる美女は日本人離れしている。
雰囲気もバタ臭いところがあるし、小ぶりな眼鏡をかけて少しウェーブのかかった髪の毛を後ろでオシャレにまとめていた。
何よりも――
胸やお尻が非常に立派で、そこがまさに日本人離れしているのだ。
そのくせに、肥満という印象はまるでない。
(火星人の女ってえのは、こんなもんなのかなあ?)
と、夫婦はそろって首をかしげるばかり。
「人間ではありません。人造人間。つまり、このドローンや機械兵と同類です」
「ええ?」
「まあ、つまりこしらえモノだということです。医療技術は間違いないのでご安心を」
ヒスイは笑うと、寝ている妻を触診していく。
「うん。これなら薬を投与すれば問題ないでしょう。ただ、体力はかなり落ちていますね」
「ええ!? 治るんですか?」
あっさりとしたヒスイの言葉に、夫は思わず叫んだ。
それも当然で、この時代において結核は不治の病である。
「はい、問題ありませんよ」
「ほ、本当に……」
妻のほうも我が耳を疑うような態度であった。
治療費が無料で、結核が治る。
この事実は、あっという間に世間に広がった。
あるいは、広がるまでもなく、このような事例が各地で起こったのである。
こうなってくると、いつまでも脅えていられない。
結核の他にも、様々な難病の人が公営病院へ向かうこととなった。
また、他の難病がある人々も、同じように向かう。
治療法がある病気でも、今まで貧しさのために医療にかかれなかった人も。
気づけば、病院船はどこも連日人だかりでいっぱいだった。
これではとてもさばき切れない、と思われた頃、さらに病院船が地上へと降りてくる。
医療機械兵やドローンはさらに増員され、人造人間も人々に入るようになった。
服装は軍服に白衣ばかりだったが、雰囲気や顔つきが違うので一目でわかる。
食料に続き、医療が行き渡るようになったために問題も起こってきた。
それは既存の病院に患者が来なくなったことである。
何しろ、火星人の迅速で無料であり、痛みもない治療に勝てるわけもなかった。
今まで通院や入院していた患者も、みんな公営病院に行ってしまう。
「これでは、医療関係者はみんな職を失ってしまうよ」
この事態に、天皇も声を上げざるえなかった。
「でも、彼らは今や無用の長物ですよ」
「そうかもしれないが、医者は高い学識を持った科学者でもある。そういう人々を一気に排斥してしまうことには反対だ」
「ふうむ。今は使えなくても将来において重要な人材になるかもしれないですね」
「で、あれば」
「わかりました。医療関係者に一定の保護を与えて、再教育しましょう」
「うん。医者が機械や人造人間ばかりというのもよろしくない」
こうしたわけで、医学生を含めた医療関係者に火星人の指導を受けるよう指示が出た。
無論そのまま廃業するという選択肢もあったのである。
実際に、プライドを折られたのかそうした医者もいた。
だがほとんどの者は火星人のもと、新たな医療を学ぶ選択をしたのである。
そして、この火星人の医療制度だが――
日本国民には全て無料なのだが、日本にいるのは日本人だけではないのだ。
他国の大使を始め、色んな国の人間が住んでいる。
彼らもまた、病気や怪我があれば医者の世話にならねばならない。
日本人同様に、得体の知れない火星人の占領下で生きねばならぬわけだ。
あるユダヤ人の子供が、強い腹痛で病院に運ばれることとなった。
そこで、日本人と差をつけられることとなる。
「私たちは診てくれないっていうのか!?」
「そうは言っていません。有料になると言っているだけです」
父親と受付の機械兵は色々やり取りをする。
不満はあっても、ごねて通用する相手でもない。
「わかった、わかった! 金は払うから治療してくれ」
「了解しました。診察代金は以下になります――」
提示された金額は格安というわけではないが、特に高額でもなかった。
すぐに医療用ドローンがやってきて、診察。
「盲腸炎です。薬物治療が可能です。薬の料金をお払いになりますか?」
ここまで来て否定もできないので、父親は続けて支払う。
「7日分となります。7日後に再診に行きますので、ご住所をどうぞ」
薬は痛み止めが二日分。治療薬が七日分であった。
「朝夕食後三十分以内に服用。日数分を必ず服用すること。よろしいですか」
ドローンはそのように言った。
正直ユダヤ人たちは半信半疑ではあったけど、ここは信じるしかない。
そして、数日後には子供は全快して、七日目には約束通りドローンがやってきた。
「完全治癒を確認。おめでとうございます」
ドローンは診察後そう言い残してさっさと帰ってしまう。
日本人というか、人間の医師よりもはるかに速いし、確実な結果。
このような事例が、あちこちで起こったのだった。
また、日本人と同様、天を覆うような巨大な円盤船。
空を飛ぶ車。自立して話までする機械群を他国人たちも見ている。
火星人の姿はマスコット人形みたいな愛嬌のあるもの。
日本を占領したが、他の国に攻め込む気配はない。
極めて都合の良い見方をすれば、欧米諸国にとっては、
「邪魔っけな黄色い猿を排除してくれた助っ人」
という風にも取られた。
日本に住む白人層が特に弾圧されなかった影響もあるだろう。
「彼らは他惑星から来ているが、極めて進化した知的生命体だ。きっと交渉できる」
火星人の技術を吸収出来れば、どれほどの国益になるかわからない。
また、占領されているのは世界の端っこの島国、そこの黄色人種だ。
占領時の状況も、かなり穏やかで人道的なものが多かった。
一般庶民はむしろ、医療や食料を始め、多くの援助を受けて助かっている。
「是非とも地球を代表して交流を持ちたい」
アメリカ大使は何度も火星人にそう持ちかけていた。
「我々の交流は双方にとって、非常に有意義なものとなるでしょう!」
しかし、火星人は、
「一考するがあまり期待はしないように」
と、淡々とした態度で応対していた。
全体的な動きを見ると、火星人は他国や多民族には興味を示していないように見える。
欧米でも、火星人との交流に懐疑的な者もいた。
「どういう生き物かもわからない連中だし、常識も思考も全く違うはず。そんな相手と安易に交流しようというのは早計ではないだろうか?」
「まだ連中の目的もわかっていないのに、友好を期待するのは愚かだ」
「大体彼らは日本人には食料や医療を与えているが、他の人種や民族には与えていない」
そうなると、これに反論する声も出てくる。
「しかし、ユダヤ人さえも差別せずに接しているという話だ。きっと平和的な種族さ」
「日本を占領した時も、犠牲が出ないようにしているじゃないか」
「でも、スパイだと言って外国人を殺してもいるんだぜ?」
「いや、彼らはスパイというよりきっと犯罪者だったのさ。自業自得だね」
議論はあちこちで交わされるが、肯定派のほうがやや有利だったようである。
やがて、ある事実が伝わることによって、肯定派が勢いを増す。
それはアメリカ大使と火星人の交わしたある会話から始まる。
「大陸と朝鮮半島を放棄すると!?」
「ああ。我々にとってその地は不用だからね。台湾は残すが」
「それは、何故台湾だけ?」
「君たちに言う必要はない」
「……それで、大陸や半島の利権は本当に全て放棄されるというのですか」
「まあ、そういうことだよ。後はどうなろうと知ったことじゃない」
事実火星人はそれらの土地から日本人を一人残らず連れ帰っている。
統治者のいなくなった半島などでは混乱が続いていた。
こうしたわけで、アメリカはすぐさま半島及び大陸への進出を開始する。
邪魔な日本がいなくなって、心置きなく――というわけだった。
イギリスやソ連も同じように動くが、アメリカがもっとも早く活発に動いたのである。
混乱していた朝鮮半島を統治するには、かなりの苦労を強いられたわけだが。
「日本に支配されていた半島を助け、保護する」
ともかく、そういった名目を掲げての進出である。
アメリカは解放軍気取りであったが、ドサクサ紛れの火事場泥棒みたいなものだった。
いや、捨てられ放置されたものをただ拾っただけとも言える。
「野蛮な日本よりもずっと進歩的で人道的な統治を!」
そのようにアメリカは喧伝し、半島を保護下に置いた。
実質的にはやっぱり植民地である。
半島そのものを併合してはどうかという意見もあったが。
大義名分を並べようとも、本音で言うなら所詮東洋の黄色人種である。
わざわざアメリカ国民にするという選択肢は早々に排除された。
混乱しながらも、日本の敗戦……? を知った半島は、
「戦勝軍! 戦勝国!!」
などとはしゃいでいた矢先、アメリカに抑えられてしまったわけだ。
今回で書きためは終了しました。できるだけ頑張って続き書きますです。
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