第六回 病院
火星人に触られた途端、八太郎の脳裏には今までの記憶が奔流していく。
声を上げそうになるが、それは一瞬でまるで夢でも見ていたような気分になる。
「改めて記憶を調べたけれど、実に奇妙だね。しかし、参考になった」
「え!?」
「君の記憶に、人造人間のモデルに類似したものが多数あった」
「と……すると、どうなりますか?」
「別にどうにもならない。ただ、命名の参考にはなったね」
火星人の態度はやっぱり淡々としたものだった。
非常に驚くような話だと、八太郎は思うのだけど。
「では、今より〇〇八、君の個体名はユカリとする」
「了解。登録完了したわ」
人造人間は右手の、親指と人差し指を合わせて丸を作ってみせた
「では、少し遅れてしまったけど、授業を始めましょうか」
と、〇〇八改めユカリは笑顔で八太郎に向き直るのだった。
「はい、よろしく……」
どうにも逆らい難く、そうする理由もないので八太郎は首肯する。
こういうわけで、その日もまた授業が進んでいくのだった。
「ああ、しかし――」
授業が進み出してから、すぐに八太郎はあることを思い、声に出した。
「質問かしら?」
「いえ、そうじゃなくって、人造人間は本当に人間と区別がつかないなって……」
「それは悪いことかな?」
後ろにいた火星人が不思議そうに言った。
「区別ができないと色々困る点もあるんじゃないかなあ……」
「ふむ。なるほどね」
火星人は興味深そうにしていたが、やがていくつものドローンを呼び出してきた。
ドローンからマジックハンドのようなものが伸びてユカリに何かを装着していく。
ユカリの両耳に、ヘッドホンのようなパーツが付けられたのだった。
「とりあえず、このヘッドデバイスが目印になるだろう。他には、髪や瞳などが人間にはないタイプも多いから区別がつくだろう」
「なるほど……」
「後は、これの印だね。これらが人造にの印ということにしよう」
火星人が言うと、ユカリは右手の甲を八太郎に見せてきた。
そこには、赤い丸に白い卵マークをしたマークが輝いている。
「ふむ。最初に君から意見を聞けて良かったよ。これで本格的に人造人間を使用できる」
「一体何をさせるので?」
「最初に言った通り、人間との意思疎通、交流などだね。まず考えているのは医療などに従事させるつもりだよ。機械兵だと抵抗があったからね」
「そりゃあ、あんなのが迫ってきたら怖がるでしょう」
八太郎は少し呆れてしまった。
「色も白にして、赤十字の印があるんだけどねえ」
「それでも、ロボットなんて全然知らない人も多いでしょうし、知っていても怖い」
「うん。それで治療などを拒否する患者も多かった」
「やっぱりね」
「でも、人造人間なら、問題も少なくなるだろう」
「別な問題も起きるかも……」
と、八太郎はチラリとユカリを見た。
さっきの一覧表を見る限り、人造人間は若く美しい女性の姿ばかりだ。
これでムラムラと悪心を起こす者もいるのではあるまいか。
「大丈夫だよ。普通の人間に人造人間はどうこうできない」
八太郎の心配に、火星人は淡々とそう返した。
「単純に言っても、私が力を全開にすればヒグマ並のものになるのよ?」
ユカリは笑顔で怖いことを言う。
確かにそれならば、そこらの無頼漢など相手にもなるまいが。
「何かあればすぐにドローンや機械兵とも連絡できるよ。大丈夫だ」
さらに火星人も説明し、八太郎は納得するしかない。
「しかし、やっぱりみんな驚くと思うなあ……」
「そういうことなら、初めて飛行機械を見た人類はとても驚いたと思うよ」
「確かに……」
八太郎の知る歴史でも、例えばコンピューターは建物サイズの巨大なものから、やがてごく小さなものとなり、一般家電とになってしまった。
きっと、人造人間にも人類は慣れてしまうのだろう。
「では、そろそろ授業に入りましょうか」
かくしてユカリに促され、八太郎は勉強に勤しむことになるのだった。
最高級の美人教師に授業されて、八太郎は嬉しいよりも緊張でたまらない。
何しろ、前世は関わるどころかみることさえなかったレベルの美女である。
(こんなのが大量に動きだしたら、世の中はえらいことになってしまうのでは……)
と、勉強しながらも心配でならない八太郎であった。
そんな転生者の心配をよそに――
日本の各地には、円筒型の円盤が次々に着陸していた。
真っ白な塗装がされており、赤十字のマークが輝いている。
これが、火星人が送り出した公営病院であった。
<公営病院では、日本国民であれば誰でも無料受診できます>
火星人はラジオやビラなどを通して、大きく世間に喧伝していく。
また、出張診療所として、小型の円筒型円盤もあちこちに飛んでいた。
とはいえ、宣伝してもなかなか人は来ない。
食べ物をもらうだけならまだしも、体を診察されるというのは抵抗があったのだ。
しかし、溺れる者は藁にも縋るという。
その日、ある町に住む貧しい人が、円筒型病院船を訪ねた。
「あのー……。誰でも診てもらえる聞いたんですが……」
その人は、入り口で待機していた白い機械兵に声をかける。
「受診を希望されるかたは、中に入って受付へどうぞ」
機械兵は流れるような音声で答えるが、その人はモジモジして、
「あの、俺じゃなくって、うちのもんなんで……。連れてきても大丈夫ですか?」
「問題ありません。必要であれば救急用の乗り物を用意します」
「はー、その、あの実は肺病でして……。そのうつるから……診てもらえるか心配で」
「迎えが必要ですか? 必要ならばご自宅まで往診に行きます」
「き、来てもらえるので?」
「ただ今、あなたの戸籍を調べています。住所はこちらですね?」
喜んでいるその人に、機械兵は空中に画像を投影してみせた。
そこに映るのは、まさにその人の家だ。
「は、はい。ここです、間違いないです」
「了解しました。すぐに乗り物を用意するので一緒に来てください」
機械兵がそう答えると、病院船のほうから丸いものが飛んでくる。
目玉のような形をしたドローンで、羽根もプロペラもない本当の丸型。
色は白で、目の中に赤い十字マークが光っている。
大きさはサッカーボールくらいのものだった。
その人が驚いていると、今度は空中から車のようなものが降りてくる。
大型の装甲車の似ているが、車輪がなく、下部には円盤状の部品が二つあるのみ。
「では、一緒に来てください」
目玉ドローンが言うと、車のドアが開き、その人は機械兵に中へ押し込まれた。
声の出せないその人を尻目に、車は空中に浮かび驚くような速度で移動を開始する。
が、車中は全く揺れることはなく、後部座席に乗ったその人は窓から下を見るだけ。
ボヤボヤしているうちに、車は家に着いてしまった。
「では降りてください。患者はどこですか?」
「あ、ああ……。こ、こっちです」
車を降ろされたその人は目玉に促されて家に入る。
今にも崩れそうなボロ屋はほとんど締め切って、日が当たらなくなっていた。
病人は奥の真っ暗い部屋に寝かされていたが、目玉ドローンを見て悲鳴を上げる。
ただし、病人らしく弱々しい悲鳴だった。
「女房です……」
と、その人は説明をした。
「あんた、これ、火星人の……じゃない?」
病人の女性は弱々しくも、夫に抗議の視線を向けた。
「でも、病人を診てくれるって言うしよぅ……」
「そんなこと言って……!」
「診察完了」
辛気臭い夫婦喧嘩が始まりそうになる前に、ドローンは診断をくだした。
「肺結核です。念のために入院してください。できるだけ早く」
「入院たって、お金はどうするのさ……」
「公営病院では日本国民は誰でも無料で医療を受けられます」
「タダなんだとよ」
ドローンの説明に、その人はちょっと嬉しそうに妻へ言った。
「お医者はタダだなんて、そんなうまい話……」
「肺結核は放置すれば周りの人間にも感染して、悪影響です。すぐ入院してください」
マゴマゴしている夫婦へ、ドローンは淡々と言い続ける。
かくして女性は夫に肩を貸されて、ドローンたちが乗ってきた車に乗せられた。
そして、すぐさま円筒型の病院船に運ばれる。
夫婦は病院の中に案内されるが、どこもかしも真っ白で清潔な空間だった。
中には、いくつもの目玉ドローンや白い機械兵が待機している。
「すぐに医師型の人造人間が到着します」
「じんぞ……? なに?」
「医者です」
学のない田舎の夫婦には、人造人間なんてものがわからなかった。
ドローンが説明した後、女性の寝かされた部屋に白衣を着た美しい女性が現れる。
その美貌と雰囲気に、夫婦は絶句して何も言えなくなった。
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