第四十七回 人狼
すっかりご無沙汰でした。
ちと執筆のやり方を変えてみたので、少し短めかもしれません。
冬が来た。
それを、ソ連の兵士たちは待っていたのである。
侵攻してくるドイツ軍に対し、引き続け――奥地へと誘い込んでいた。
かつてのナポレオンもそうだったように。
ソ連の冬に、他国の兵士は耐えられない。
それは、歴史が証明していた。
だからこそ、奥へ誘い込むソ連の戦法は間違っていない。
はずだった。
しかし。
侵攻してくるドイツ軍の動きは妙に静かだった。
戦車も、飛行機も姿を見せない。
そのくせ、確実にソ連の領土へ入り込んできた。
極寒の夜に、何度もソ連軍の陣地が襲われる。
生き残りはなく、無残な死体だけが残されて。
「……おい、こいつは一体」
「わからないっ! でも、何かが起きてる!」
戦線は恐怖と混乱が侵食していた。
ソ連とドイツの国境では、連日のように戦闘が続いていた。
それでも、ドイツ軍の姿は発見されない。
不気味な沈黙に包まれた戦場で――
ソ連軍兵士は恐怖と戦いながら戦い続けるしかなかった。
そして、また夜が来る。
極寒の雪夜。
白い影が音もなく、移動し続けていた。
それは、奇妙な存在だった。
外見から判断する限り、人間にしか見えない。
雪原迷彩を施された軍服に身を包んでいる。
ただ、その中身は――
全身の半分近くを機械などの人工部品で構成された男だ。
手には大ぶりのナイフを持ち、顔を覆うのはガスマスクのようなものだった。
足音がしないのは当然だろう。
金属で造られた義肢を持つ男たちは、完全に地面を踏みしめることなく移動している。
スキーかスケートのように雪原を滑っていた。
男たちの先には、闇が広がっているのだ。
何もないように見える空間。
しかし、男たちはハッキリと、はるか先まで戦場を目視している。
そこには、目標である前線基地があった。
基地の警戒は厳重だった。
連日の奇襲で、前線の空気はささくれ立っている。
当然、警備も強化されていた。
しかし、侵攻していく側は――
無意味だとばかりに、ガスマスクたちが移動する。
さながら、夜の風そのものになったかのように。
基地の外にある森へと入り込み、木々の間をすり抜けていく。
そのまま、迷うことなく一直線に進んでいくのだった。
ガスマスクの一団は、あっという間に基地の前まで侵入していく。
だが、ソ連側はこれに気づかない。
完全なステルス処理がなされた装備は、人の目も探知機も捉えることはできなかったのだ。
その行為は、一切の音もなく。
まるで死神のようにガスマスクたちはソ連兵を【処理】して基地内へと入り込んでいった。
ある時はナイフで。
ある時は素手で。
夜が明ける前に、また一つの前線基地がドイツ軍の手に落ちた。
ソ連某所にて――
「これはどういうことだろうね」
「はっ……」
「同志、私はどういうことだと質問しているのだよ。君の返事は要領を得ていないようだが?」
「も、申し訳ありません!!」
「私は言い訳を聞きたいのではない。状況説明を求めているのだがね?」
「は、はいっ! しかし、その……ドイツ軍が」
「なんだね?」
「く、ドイツ軍が我が軍を完膚なきまでにし、侵攻を続けておりますっ!」
「ほう、本当かね? それは憂慮すべき事態だな。で、いかに対策を考えているのかな」
「そ、それが……」
「なんだね? そんな口ごもってないで、さっさと意見を述べたまえよ。それとも、そこまでの覚悟はないのかね?」
「いえ、その……現在我が軍は混乱しておりまして、とても」
「なるほど。では対策を何もしていないと……」
「……ざ、残念ながら。敵の具体的な情報もまったくわからないのが現状でして……」
「なるほど、なるほど。で、君はこれからどうするのかね?」
「そ、その……」
「うん? 早く答えたまえ。私も時間を持て余しているわけではないのだからね」
「しぇ、しぇ、しぇっか……」
「ああ、もういい。君を解任する」
「えっ?」
「聞こえなかったか? 君は、ここから即座に出ていきたまえ」
ソ連はこの失態を挽回すべく、領土防衛のためにさらに兵力を増員せねばならなかった。
だが、まるでシロアリのように。
見えざるドイツ軍はソ連の防衛網を食い荒らし続け――
結果としてドイツからの主力部隊の侵入さえ許す結果となってしまった。
そして。
ドイツ某所――
「人狼部隊の成果は目覚ましいもののようだな」
「はい。完璧な寒冷地仕様装備が見事功を成しております」
「うむうむ」
「初期型は活動時間に不安を残しておりましたが、後続する次世代型はさらなる改良が加えられております」
「素晴らしい!!」
「万一の時には特殊小型爆弾により、ソ連側に情報を漏らすことを防ぎます」
「よろしい。君たち科学陣はドイツの誇りだ!」
「有難きお言葉です」
「しかし……まさか、処分されるはずの彼らがこのような英雄となるとは、ドイツの科学力は世界最高だと言えるな」
「はい。それ以前の膨大な実験が実を結んだと言えます」
「そういう意味では、ユダヤ人たちにも感謝すべきかな?」
「はっ……」
「いや、失言だった。忘れたまえ。そうだな、それ以前に我がドイツに与えた損害の賠償をさせたと言うべきか。はっはっはっは!」
「おっしゃる通りです、閣下っ!」
「で、増員のほうはどうなっている?」
「はい。すでに出発の命令を待つだけとなっております!」
「よろしい!! では――」
アメリカ某所――
「……ドイツの侵攻は凄まじいもののようだな」
「はい。ソ連の自然環境も防壁とはなっていないようです」
「しかし、この異常な進撃速度は……」
「大統領……」
「なにかね?」
「Cybernetic Organism――というものをご存じですか?」
「いや。なんだね、それは」
「端的に言えば、人体の一部を人工物と入れ替えることで能力を飛躍的に増大させるというものです。我々の使っているゾンビ兵も、広義で言えばその範疇となるかもしれません」
「要点を言いたまえ」
「はい、どうやらドイツではその技術…略称をサイボーグと言うのですが、それらの技術を実用化しているらしく……」
「なんだと?」
「それも、ゾンビ兵のような使い捨てではなく、最前線に投入される戦力として、です」
「まさか……」
「現在ではあくまで推測ですが、可能性は高いかと……」
「やれやれ…………。ソ連の戦闘機に苦戦していると思えば、ドイツは機械人間か……。まあ火星人が現実の存在となった今では些細なことかな?」
――――。
人狼作戦。
その全容は、アメリカが推測した通りサイボーグ兵士の投入だった。
かのナポレオンさえ阻んだロシアの冬将軍。
しかし、その冬将軍をあざ笑うようにドイツのサイボーグは跳梁を続けた。
寒冷地に適応したサイボーグ。
これを生み出すために、ドイツは多くの屍を積み上げている。
そのほとんどは、強制居住区域に集められたユダヤ人だった。
「実験体はいくらでもいる」
そういった言葉の下、常人なら生涯悪夢に苦しみような地獄絵図が密かに描き出され、ひと知れず消去されていった。
いや、死体の処分さえ様々な化学薬品の実験体として重宝されたほどである。
そして。
人狼兵士。すなわちサイボーグ兵士。
これらに用いられた技術は、アメリカのゾンビ兵のデータも運用されていた。
初期型として、その素体とされたのは志願兵の他、様々な障害を持つ人間だった。
さらには、いわゆる同性愛者なども含まれていた。
ドイツの全体主義においては――
彼らは非生産的であり、健常な国民の利益を損なう【寄生虫】とされていた。
主な志願兵は、熱烈な『愛国者』でありながら、軍人としての適性を持たない者。
あるいは、なんらかの経済的事情によって身売りせざるえなかった者。
志願兵たちは指揮官として、人格や意識などは残されていたが。
多くの一般人が望むと望まざる関係なしに。
戦争は、終わりもなくまた次のステージへと移行しつつあった。




