第四十六回 風聞
空戦から陸戦、ドイツが動き出す話になりました。
結果として――
ソ連機との空中戦闘。
それによって、アメリカは多くの犠牲を出すことになった。
「なんなんだ、あの動きは……!?」
米軍機とて最新技術の詰め込まれた極めて優秀なもの。
パイロットの訓練も、将来に備えた対空の戦いが十分想定されていた。
そのはずでだったのだが。
「嘘だろ!? 中のヤツは平気なのか!!」
「本当に人間が乗ってるのかよ!!」
ソ連機は、およそ常識を超えた異常な動きと速度で米軍機をかく乱、撃墜していく。
どれほど優秀で厳しい訓練に耐え抜いたパイロットでも、人間は人間。
そこには限界も、弱点もある。
だがソ連機はそこを嘲るように飛び回り、米軍機に襲いかかった。
かくして、多くのパイロットが中国大陸の空に消えることになる。
後日、ニュース映像をこれを見た八太郎など転生者は、
「UFOかよ……」
と、評する。
空での敗退は、陸へも影響していった。
次々に物資が送り込まれ、大量のゲリラが米軍へと牙をむく。
中共軍はゾンビの群れをミンチにし、火炎放射器で駆逐して進んでいった。
勢いを増した中国は、各地のゲリラを組み込みながら、アメリカを押し出し始めた。
それはアメリカだけではない。
今までは勝ち馬に乗っていた欧州列強も、同じ運命であった。
この事態に、ホワイトハウスではついに大統領が泡を吹いて失神するという事態に。
中華の戦局は、そのまま景気にも影響していく。
大陸資源を好き放題にしていたつけが、ここにきてしまったわけだ。
株価は冷え込み始め、永遠に思われた好景気へ影が差し始める。
これでは、欧州もアメリカまかせではいられなかった。
「――これまでの悲劇、不幸は全て共産主義者の謀略によるものだ!!」
このように声高く演説したのは、ドイツの総統だった。
欧州がこれまで互いに戦争する率が低めだったのは、中国利権による好景気のため。
つまり、中国の血と金と資源によって保たれていた平和なのだが。
それが危なくなれば、黙っているわけもない。
今までも支援は大きく広く行われていたが、もはやそれではもたない時が来てしまった。
そして。
総統の演説も真実をついてはいる。
ソ連が介入しなければ、中国戦線がここまで拡大することはなかっただろう。
代わりに、植民地化と静かなジェノサイドが続いただろうが。
「――我々は平和のため、秩序のため、断固ソ連を叩く!! 不撤退の覚悟だっっ!!!」
かくして、ドイツとソ連の戦いが始まってしまう。
もっとも災難なのは、間に位置するポーランドである。
もはや、いつゲーム盤ならぬ戦場にされるかわかったものではない。
どさくさにまぎれて、ドイツが侵略を目論んでいるのことも読み取れる。
しかし、いわゆる資本主義陣営にとって、ソ連が敵になってしまったことも事実。
結果自国を戦場にしたくない、フランスやイギリスからも圧力を喰らう羽目に。
ドイツもまた、大型輸送機の開発は行っていた。
いや……。
単純な技術力だけならば、火星人を除けば世界最高水準と言えた。
「ドイツの科学力は世界一!!」
これがドイツ独裁政権の決まり文句となっている。
なので、幸いというのかいきなり戦車隊がポーランドに押し寄せることはなかったのだが。
代わりに、ポーランドは様々な協力という名の圧力を受けることになる。
高高度とはいえ、国土の上空をドイツの大型機が飛び交うという悲惨な状況。
ちなみに。
輸送・爆撃などの機種に関わらず、大型機は『フリューゲンドラッヘ』と呼称されていた。
空飛ぶ竜というわけである。
一方で、ソ連との戦いではドイツ内でも懸念の声があった。
それは寒さである。
かのナポレオンを敗退させた冬将軍。厄介極まる自然環境の脅威だ。
ある意味、長年海で守られていた日本と似ているかもしれない。
高度からの爆撃はできても、陸地の占領ができないのでは――
当然、そのことは政権や総統も懸念してはいた。
どれだけ防寒装備を考えても、所詮人間には限界がある。
「無限の兵隊を生み出せる火星人が羨ましい……」
総統は何度かそんな愚痴を愛人にこぼしていたと、後年伝えられているが。
これに加えて、ソ連の対空防衛や戦闘機のレベル。
恐るべき性能によって、ドイツの侵攻は遅々として進まなかった。
ソ連も、中国戦線でアメリカとやりあっているので、かなり苦しい。
それでもなお、北の大地を守る壁は大きかったのだ。
「やはり、陸戦を考えねばならないだろう」
総統は考えるが、だが陸地では戦える時期が限られてしまう。
これと同時期に――
ドイツ内のユダヤ人収容所で、凍死による死体が増え始めた。
そして、大型焼却炉が連日煙を上げ続ける。
ドイツ軍の科学部門では、アメリカのゾンビ兵のサンプルやデータが増えていく。
つまるところ、大規模な人体実験が繰り返されていった。
それは無意味な実験ではなく、極めて現実的で、実用的なものではあったが……。
非人道的なものであることに変わりはなかった。
その一方。
ソ連では――
「空戦は順調のようだねえ」
「はい。敵航空機を撃墜し、有利に運んでいます」
「うむ。大変によろしい。いや、中国の同志たちは素晴らしいね」
「出撃のたびに調整が不可欠ですが、許容範囲内でしょう。ただ、やはり」
「あくまでも使い捨て、かね?」
「はい。長期間の使用には堪えません。現に、最初に投入した多くがすでに限界です」
「ふーむ……」
「幸いまだまだストックは十分ですが」
「かまわんよ」
「は?」
「いや、全ての中国同志たちには有効に活躍してもらおうじゃないか。彼らが引いた後は……そうだね、まあソ連内の同志たちにまかすしかないか」
「……教育中の反革命分子や、少数民族などを押さえてあります。ご安心を」
「おお、やはり共に戦ってくれる同志たちは数多いか。心強いじゃないか」
――……。
「人体改造?」
喫茶店で、八太郎は顔をしかめた。
「それは、あのゾンビ兵のような?」
「いや、アレの場合はロボトミーのそれに近いが……こっちの場合はそう、サイボーグというべきだね」
常連となっている紳士が、顔をしかめて言った。
「なんですか、つまりそれはサイボーグ? 空想科学(SF)小説のような?」
「現在は、火星人のせいで現実が空想を上回っているけどね。現在ソ連で中国人を改造して、超人的な航空パイロットにしたてあげている、らしい」
「そりゃあまた……」
核兵器が飛び交い、改造された人工の超人兵士が戦う世界。
まさにSFとしか言いようがない。
「まだ噂だが……それならソ連の航空戦、連日連勝もうなずけるね」
大活躍のソ連戦闘機。
ニュースでは、およそ人体の限界を無視した動きをするらしい。
「どんどん地球は物騒になってきてますねえ……」
八太郎は暗い気分でため息。
「……それに加えて、だよ? ドイツの噂も知ってるかい」
「ドイツ? かの総統率いる独裁政権がソ連に攻撃している?」
「そう。ドイツも空戦じゃ負けがこんでるが、それでもソ連も苦しいようなんだ」
「勝ってるのに、ですか?」
「人やものが足らないんだよ。特に航空機なんて人員育成に時間もコストもかかる」
「ああ、なるほど。いくらなんでも24時間戦えるもんじゃありませんしね」
「そうなんだよ。だから、そこをついて陸戦の準備も進めてるとか」
「ですが、ソ連は冬の……」
「そこなんだな。そこんところを、ドイツの総統閣下はいかがするのか」
と、ここで紳士はコーヒーを飲み、
「人狼部隊とか人狼計画ってのが進められてるとのことだ。ドイツ語で言えばヴェアヴォルフ……つまり狼人間って意味なんだな」
「狼? まさか人間を狼男にでも改造するんですか?」
半分冗談で八太郎は苦笑した。
内心、もしかすると……という気持ちもあったが。
「まさかそんなこたぁないだろうけどね。吾輩が推測するに、一種の偽装兵を使うつもりだと思うな。つまりロシア人に化けたドイツ兵が奇襲をするってわけさ」
「なるほど。それで狼人間ですか。確かに人間から狼に変わるって洒落はきいてますね」
ここで八太郎はちょっと考えて、
「しかし、そんなことで冬将軍をどうにかできるもんですかね?」
「さあ? 所詮こっちは素人だからな。なんとも言えんが……」
こんな会話がなされている間にも、地球では戦火が広がっていた。
資源や領土を狙って、欧米とソ連の戦いは終わる様子がない。
もはや単純な戦争から、次の世界大戦に移行しつつあったのだ。
また変な展開になってきてしまいました。
結局自分が困ってしまうことになったような……。




