第四十二回 爆風
本当に久しぶりの更新です……。
これからどう書いていいのやら。
何となく、というやつだろう。
あるいは酒場という場所の、雰囲気とか空気のせいだろうか。
『父親』と、『青年』はいつの間にか話すともなく話していた。
「欧州のかたですか?」
「ああ、まあ生まれはそっちだな。ユダヤ人だがね」
「ユダヤ……。もしかすると、ドイツの――」
「ああ、そうだよ。こっちに来たのは、かなり前だが」
「すると……安直ですけれど、ご苦労も多かったでしょう」
「そりゃあね。私らぁ所詮は『外人さん』だ。ただまあ、イスラムだろうがユダヤだろうが、黒人だろうが一緒くただが。良いのか悪いのかは、何とも言えないけれどね」
それでも、今のドイツ……ヨーロッパよりはマシだとは思う。
「しかし、お兄さんは何であんなに荒れてたんだね。いや、余計なことだが……」
「お恥ずかしいことです」
「いや、やけ酒をしたい時は誰にでもあるもんさ。かくいう私も実はやけ酒を飲みたくって、ここに来たようなもんだ。ま、そんな気分にもなれなかったが」
「そうですか……」
やがて、どちらともなく両者は飲みなおしを始めた。
「――僕は、陸軍高官……いえ、今は元ですが、その息子です」
「ほう。軍人さんのね」
「ですから、元ですよ。親父は日本の満洲進出に全力をあげてましてね。火星人の支配後も、それを諦めきれなかったんですよ。まあ、これがまずかった。結局はこれです」
と、青年は手刀で首を切る真似をしてみせた。
「それでも、我が家には財産もあったし。最低限の生活は保障されている……。今は半分隠居してるようなもんだが……」
吐き捨てるがごとく、あるいは嘆くように言って青年は酒を飲み干す。
「正直なところ、僕は親父を好きじゃなかったし、軍人ってのも好きじゃあなかった。やたら権柄ずくで威張り散らして、何かあれば護国だ愛国だと騒ぐ。しかし、中身を見てみりゃあ、そのへんの助平親爺とかわりゃあしない。いや、なまじっか美辞麗句を掲げているだけ、よりたちが悪いですよ――」
(若い)
青年の慟哭を、父親はただそう思った。
あるいは、息子とこのように話していれば、何かが変わっただろうかとも。
「そんな親父への反発からでしょうね。僕は……社会主義とか共産主義に興味を持った。単に親父に対する当てつけみたいなもんだったかもしれんですが……」
「お兄さん、そりゃあ……」
「ええ。所詮はそれだって理想、いや、幻想だ。ソ連がひどいことになってますしね」
ソ連における粛清の嵐や、貧しさ、そして飢餓。
この情報は日本にも十分すぎるほど伝わっている。
いや、むしろソ連内部よりも正確なものかしれない。
ソ連が掲げる理想。
それはむしろ、異星人の独裁下で現実化しているという皮肉。
富を求める者たちは、どんどん宇宙へと上がり出している。
そこには無限の開拓地がどこまでもひろがっているのだ。
「うちのドラ息子も……宇宙へ上がるっていうんなら賛成したんだがなあ……」
よりによって、今さらヨーロッパなんぞ、と父親は溜息を吐く。
「お兄さんは、何かやろうと思うこたぁないのかい?」
「わからんのです」
青年は言った。
抑揚のない、同時に血を吐くような声。
「どこもかしこも、ひどいもんだ。圧政を強いる連中も、それに反抗する連中も……。抑圧者と盗賊の喧嘩じゃないか……」
「そりゃあ、まあなあ……」
空になったコップに酒を注ぎ、父親は天井を見た。
青年が絶望するのも、無理はないかもしれない。
特に、こういった人間ならば。
世の中を適当に過ごしていけるタイプなら、他人事ですませたろう。
だが、それにはこの若者はあまりにも真っ当過ぎたのではないか。
(そういった意味じゃあ……)
バカではあるが、自分の息子はまだ幸福かもしれない。
少なくとも、自分が正義だと思える理想を見出すことはできた。
それが幻想だと知り、いつか幻滅するのだとしても。
軍国主義の父に反抗して、共産主義や社会主義に惹かれた。
だが、現実の共産革命は悲惨極まりなく。
革命後は、バラ色とは真逆の独裁国家。
一方で世界では人種差別が激化し、欧米諸国は中国を主戦場に血みどろの戦い。
かつて日本に併合されていた朝鮮半島は米国の支配下だ。
そこでは断種政策や、人身売買さえ行われている。
これに対して、日本人の多くは冷ややかそのもの――
白人の横暴に鼻白みはするものの、
「中国人や鮮人のために、日本が動く必要などあるのか?」
かつて蔑視と共ではあるが、確かに持っていたアジア人としての親近感。
それも実情が人口に膾炙するにつれ、泡のように消え失せている。
日本人が見下す以上に、『歴史を誇る』彼らは日本人を見下していたわけだ。
東アジアの苦境に対する日本の感情は、
「自分の尻は自分でふけ」
これにつきた。
他国から見れば、それこそ――
楽園のような国にいながら、そのくせ日本人は冷酷な国際感覚を持ちつつある。
『外国人は所詮どこまでいっても余所者にすぎない』。
今さらながら、その事実に気づいてしまったわけである。
また。
この父親も青年も知らないことだが、人種差別が当たり前の時代でもあり――
そうなると、令和のようなポリティカル・コレクトなど出てくる余地はない。
似たようなことを主張する人間はゼロではないが……。
所詮はほんの一部の少数派中の少数派なのだった。
悩める青年はしばらく泣いたり、うめいてたりしていたけれど。
やがて、テーブルに突っ伏して寝息を立て始めた。
父親も溜息を吐き、コップに残っていた酒を乾すと、
「水、くれ」
「なんだか、ずいぶん荒れてますねえ?」
冷えた水を運んできた店員は、青年を見ながら少し困った顔だった。
この青年の苦悩? のためか、店の雰囲気は若干白けている。
いや、暗くなっているというのか。
「若さゆえの苦悩ってやつさ」
「そんなもんですか」
肩をすくめる店員も、青年とそう変わらない年齢だった。
ただ、日本人ではなく、黒人である。
「日本に住めてるのに、そんなに嘆き悲しむことがあるんですかね?」
「だからだよ。外の世界を情報でしか知らないんだ」
「まあ、俺もガキの時に移民してきたから似たようなですけどねえ」
黒人店員は笑って、テーブルを片付けて始める。
「けど今さらアメリカに戻りたいとは間違っても思いませんよ。こんな世の中じゃ」
なおさら、と黒人店員は苦笑する。
「アメリカさんは今ひどいことになってますよ。白人が悪魔なら、黒人は野獣だ。まるで狼の群れみたいな有様だそうですよ」
限度を超えた圧政に対して、奴隷へと逆戻り……いや、それ以下の扱いを受ける怒り。
それは、抵抗する黒人たちを血に飢えた獣に変えていた。
こういった血の嵐が吹きすさぶ中で――
中国戦線の最前線は、新たな局面を迎えようとしていた。
「急げ、キョンシーに喰われるぞ!?」
「わ、わかってる!」
その小さな前線基地にも、ゾンビ兵の群れが押し寄せつつあった。
死人の軍団に対し、先の見えない消耗戦を強いられていた中国共産党軍。
そんな中で、最後に脱出する工兵たちは急いで馬に飛び乗っていく。
「ちゃんと仕掛けたろうな?」
「ああ、急がんとこっちまでドカンだぜ」
「米帝が……。目にものを見せてやる……!!」
馬上から何度も振り返りながら、工兵たちは叫びあっていた。
この小さな基地の陥落――実のところ、それは織り込み済みのもので。
作戦は極めて単純。
押し寄せるゾンビに対して、ソ連から供与された新型爆弾で吹き飛ばす。
工兵たちは、今まさにその時限装置を仕掛けたところだった。
「時間は?」
「すぐだ! 新型の威力はすごいらしい。巻き添えはごめんだぜ」
一方で基地内では、心を持たないゾンビ兵。
中国人たち言うところの僵尸たちは、残された負傷兵に襲いかかっている。
無論置き去りにされた負傷者たちも仕掛けの一つであった。
まったくの無人状態では、ゾンビはすぐに前進を再開してしまう。
なので、足止めの撒き餌として動けない者たちを放置しているわけだ。
その中には、動けないようにと味方に足を撃ち抜かれた者までいた。
「ちくしょう! これが共産主義か……!? 万民平等の社会か!?」
囮にされた負傷兵たちは、ゾンビが迫る中、最後の呪詛をわめき散らす。
やがて、時限装置の秒針が刻限を迎えた。
次の瞬間、基地の全て……いや、半径数キロが消し飛び、巨大な雲が噴き上がる。
まるでキノコを思わせる真っ黒な雲の下、ゾンビ兵たちはあらかた吹き飛ばされていった。
これが、この世界戦における人類が核兵器を実戦に使用した最初のケースとなる――
現実世界の問題は続いてますが、書いちゃった以上は無理やりでも『完』にはしたいところですが……。
非才の我が身には困ったもんです……。




