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第四十一回  情熱


何とか書きあがりましたので、投稿です。





 結局――彼はネットに見切りをつけ、じかに動き出す。

 しかし、賛同者はいない。


 ソ連や東アジアへの友好を訴える組織のようなものは、あるにはあるが、


「戦争放棄……? 軍の解体……? いや、何言ってるんだ?」


 この時勢に、


「平和のために軍事力放棄を」


 などという主張は、狂人としか思われなかった。

 他国の工作員ですら、もっと違う方策をとるだろう。


 なので。


 業を煮やした彼は、民衆に向かって叫び出す。

 拡声器で。


「ちょっと、そこのあんた! やめなさい、大きな声出すの!!」


 案の定というべきか。演説を始めて五分もしないうちに、警官がやってきた。

 彼はこの状況をアピールしようと、さらに叫ぶが、


「そっちの主義主張は知らんけどね? 道の真ん中でバカでかい声出されたらみんなの迷惑になるんだよ、君ぃ!? 小学校の前だよ、ここは!!」


 抵抗したがあっさり捕まり、連行された。


 その途中にも、


「官憲の横暴!! 皆さん、見てください! これが政府の……!!」


 と、必死に吠えてみたけれど、意味はなかった。


 警察署では説教を受けて、


「今度またやったら罰金刑か下手すりゃ懲役だからね!!」


 厳重に釘を刺され、ようやく解放となった。


 これがもし、『史実』の同時代に同じことをやっていたら――


 残念ながら彼にはそこまで思いいたることができなかった。

 結局、見切りをつけたはずのネットでこれについて『告発』するが、


<当たり前だろ>


<馬鹿じゃないの?>


<悪いことは言わない。一度精神科に診てもらえ>


 やはり思ったような反応はなかった。


 そこで今度は新聞社に投書を繰り返すようになる。

 しかし、一向に採用はされない。


 不満はたまる一方だった。

 そのくせ、妙な使命感というか、そういうものは燃焼し続けていた。



 また同じ頃。



 数十を超える宇宙都市のひとつ、その片隅で小さな争いが起こっていた。


「お前、正気か!?」


 白人系の父親が、自分の息子に対して怒鳴っている。

 母親はただ泣いているばかり。


 この一家は、数少ないユダヤ系日本人だった。

 厳しい審査をパスし、日本に帰化することができたごくわずかなユダヤ人である。

 元々はドイツの人間だったが、貧しい生活を何とか立て直そうと日本に来た。


 多くのユダヤ人は欧米との断交が行われた時点で、強制退去となっている。

 この一家が帰化できたのは、よく言えば穏健派、悪く言えば日和見主義だったせいか。


 少なくとも、父親はまず自分たちの足元を優先する主義だった。

 元から貧しかったので、失うものは少ない。


 かくして。色んなことが作用した結果、日本国籍も得られたわけで。


 他にも帰化できたユダヤ人はいたようだが、生活圏はそれぞれ切り離されていた。

 もっとも、集まろうと思えば容易いことは容易い。


 通信を使っても連絡は十分に取りあえる。

 特に、火星人のもたらした交通機関、特に転移装置は素晴らしかった。


 だが、父親は同胞で固まりすぎることは危険だと考えて――


 むしろ日本人とのコネクションを多く作っていた。

 法律を守り、日本の文化や習俗、伝統宗教を尊重する限り暮らしは快適である。


 色眼鏡で見られることは当然あったけれど。 

 法に従い、良識的でさえあれば行政は手助けしてくれた。


 下手に同胞と相互扶助するよりも、火星人に従ったほうが良い。

 そうすれば、殺されることも、石を投げられることもないからだ。


 かといって全てのユダヤ人に同じことを求められるか。


 否である。


 穏健派から過激派まで、さらに穏健派でも全て同じとは言い切れないのだ。

 その問題が、家庭レベルも起こってしまった。


「パパ、僕はこれ以上外の同胞に知らん顔はできないんだ」


 若い息子はまっすぐな目でそう言った。

 青臭いが、同時に純粋な炎が宿っている。


「そんなことをすれば、国籍を剥奪されるぞ!? もう二度と日本には戻れん!!」


 父親は息子の肩をつかんで、揺さぶった。

 しかし、若い意思は頑なである。


「パパだってわかってるだろう。ヨーロッパでナチが何をしてるか!? 同じユダヤ人が地獄にいるっていうのに、自分だけ安全な場所でぬくぬくしてろって言うのかい!? パパ、今の自分を胸を張って誇れるのかい? 僕には無理だよ」


 息子の言う通りではあった。


 中国での凄惨な戦いに隠れがちだが、ドイツではナチスによるユダヤ人への弾圧がある。

 技術の進化が速いだけに、その犠牲者の数は史実以上となっていた。


 同時に、様々な障害者たちにも同じく悲劇の道を歩まされている。


 有色人種をロボット化するための『ゾンビ処理』。

 ナチスは早々とそれを取り入れて、ユダヤ人たちの『有効活用』に邁進中だった。


 対象がアジア人ではなく、白人系やそれに近しい者だけに反発もある。


「人道上許されない」


「神も恐れぬ行為」


 などなど、『良識派』からの批判。


 とんだ偽善だ、父親は思っている。 

 それならば、ユダヤ人が何百年も石を投げられてきた歴史は何なのだ。

 ナチスの暴挙にしても、それを多数が歓迎したからではないか。


 また、人道だ何だというのなら、アジアで起こっていることは何だというか。

 日本の中国侵略を批判しておいて、その日本が消えたから、それ以上の暴虐。


 二枚舌どころの騒ぎではない。


 まあ、やられている側にしても、無辜の民かというと、それ否だが。

 結局はどこの国だろうが民族だろうが、互いに侵略しあっているようなものだ。


 ユダヤ人とて例外ではない。

 自由だ独立だというおきれいな建前など、何一つ当てにならぬ。


「お前が仲間だ同胞だと言ったところで、向こうはそうだとは限らんぞ」


 ヨーロッパに残されたユダヤ人、あるいはアメリカなどでも同様だろうが。


 日本に住んでいるユダヤ人は、みんな裏切り者扱いだ。

 かつて日本にいた朝鮮系も、今や祖国では差別・蔑視の対象である。


「利用されるか、捨て駒にされるだけだ!」


 父親は必死だが、それ以上に息子の決意は固いようだった。


「ごめんよ! でも、もう決めたんだ!!」


 結局、息子はそのまま家を飛び出してしまう。


「なんてこった……」


 このまま、息子が申請をすれば確かに国外に渡航はできるだろう。


 だが、単なる旅行だの商用だのではない。

 国籍は失われ、もはや火星人の保護は得られないのだ。


 果たして、あの若い情熱がそれをどこまで理解できているのか。


 過去、日本人でも似たようなことをした者はいる。

 しかし、よほど優秀な人間でない限り、日本国籍を失った者にどれほどの利用価値があるというのか――


 父親は暗澹たる思いで、うなだれるしかなかった。

 殴ってでも、鎖で縛りつけてでも、止めるべきだったのか。


 そして――


 父親は家にこもって泣く気にもなれず、近場の飲み屋に向かう。

 やけ酒といきたかったが、いざとなればそんな気持ちにもなれない。


 酔えない酒を、チビチビとついばむだけだった。


 しばし黙然としていた時、ふと声が耳に入る。

 何やらブツブツと愚痴をこぼしているような。


 そっちを見ると、息子と同じくらいに見える青年が酒を飲んでいた。

 一目でやけ酒だとわかる、ひどい暴飲。


 多分日本人だろう。体育会系の学生なのか、頭を坊主にしていた。

 今時珍しい。


「お兄さん、そんな飲み方ぁよくないよ」


 息子に重ねたせいか、つい声をかけてしまう。


「ほっといてくれ!!」


 青年はどこか悲痛な声で叫んで、さらに酒をあおる。

 が、その顔色は変わった。


「おーい! まずいぞ、飲みすぎだこのお兄さん」


 あわてて叫ぶと、店員と救急用の小型ロボットが飛んできた。

 ロボットが無針注射を打つと、青年はクタクタとへたりこむ。


「落ち着かれるまで、こっちでお休みください」


 青年は奥の空いた席に案内されていき、その場はこれで終わる。


 しばらくしてから見てみると、青年はまだその席にいた。


 酒は飲んでいない。

 だが、暗い表情は変わらなかった。


「落ち着いたかい、お兄さん」


「先ほどは、大変な失礼をしました」


 声をかけると、青年は丁寧に詫びた。


 その物腰などから、良家の育ちらしい。そんな青年が、何故? と、父親は訝しがった。





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― 新着の感想 ―
[一言] あー、続きが気になるー 四巡してしまたー!
[良い点] 日本が安全なこと [気になる点] 今後の中国の行方 [一言] 解らなくはないんだよな、タイムスリップしてきた男の気持ちも。
[一言] これは情熱ではなく情動とか衝動というんだよ(ため息)結論ありきですべての現実をねじ曲げちゃうからどうしようもないな・・・ ユダヤ人もレヒとか過激な組織はいるからマジで利用されてポイがデフォ・…
2021/12/06 19:44 退会済み
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