第四十回 迷子
他のことで時間を作れず、遅れました。
待っていてくださかったかたがた、すみません。
某国で発生した日本人へのテロ事件。
起こしたのは、外国勢力の排除を訴える右翼団体……となってはいる。
が、その裏には冷遇されている中国系や、それを援助するソ連の影。
火星人への挑発と、日本と某国をギクシャクさせる作戦らしかった。
ただ、その半分は不満をため込んだ中国系の暴走とも言える。
中国共産党はともかく、ソ連としては、嫌がらせ程度の認識だった。
当然、それらは火星人に調べられ、某国政府に知らされる。
本来なら、火星人は関わらないことだった。
しかし、日本人が標的となってため、事情は変わってくる。
結果、某国における日本人の活動は、大幅な制限が課せられることに。
護衛ロボットの監視はより強化され、きわどい遊びはやりづらくなった。
そうなってしまうと、優越感欲しさに来ている人間はメリットが減少。
ビジネスなどでも、より火星人の目を気にすることに。
某国にすれば、大いに迷惑な話だった。
日本からの輸入が制限されれば、あらゆる面で経済が停滞してしまう。
当然その怒りと恨みは、共産勢力への弾圧・排除へと向かっていく。
某国にすれば、日本のような直接支配による急激な改変ではなく――
あくまで緩やかで着実。かつ独立を保ったままの進歩を望んでいたのだから。
そのために、教育が必要であり、その資金を日本人から出させたい。
つまり、おだてて持ち上げて、都合の良い金づるにしておきたいわけだ。
だが、貧しい人間も、教育の届かない人間も数多い。
そういう人々には、共産主義の語る『理想』のほうが心地は良かった。
または、日々の鬱屈を発散させる効果もあったものか。
もっとも、火星人にすれば……。
「揉めるのなら、別に関係を断ってもいい」
というスタンスである。
欧米とのイザコザを考えれば、すぐわかることだった。
火星人をより深く知る留学経験者は、
「間違っても、敵対してはならない」
と、あちこちで繰り返し断言しているが。
もたらされる情報が多ければ多いほど、敵対する無謀さを痛感するばかり。
日本人的な曖昧さや、人情がまるで通じない相手だということにも。
いや、日本人の親アジア論者のおかげで、交流ができているとも言えた。
日本人側の優越意識もあるにはあったが。
この事態にあわてた国の中には、イギリスもあった。
建前上の中で成り立っていた日本との貿易。
仮に植民地国と火星人が揉めれば、アジアさえ断交されかねない。
そうなったら、日本の情報も製品も入手できなくなるのだ。
なるべく関わり合いにならない線を狙っての政策。
それらも、全てパーになってしまう。
一番怖いのは、情報がなくなったために火星人の力を見誤ることだ。
「下手にバカどもが暴走して、戦争にでもなったらおしまいだぞ!?」
イギリス政府は必死で事態の収拾を求めていた。
情報を得れば得るほど、力の差が明瞭になっている。
例えば。
火星人は、地球人類が総力を決して、金と時間と人を湯水のごとく使ったとして――
それでもなお、製造不可能な宇宙戦艦をいくらでも造れる。
駄菓子屋の安い玩具を生産するような気楽さで。
「こっちにとって未知の場所である宇宙を、連中はすでに支配下に置いている」
「その気になれば、向こうは宇宙から直接攻め込める」
「兵士も兵器も無尽蔵に量産できて、かかる税金はゼロ」
どこをどうしたところで、勝ち目はない。
相手に無視されている現状は、むしろ最大の幸運とさえ言える。
「それを……コミュニストの馬鹿どもは……!」
イギリス首相は、強烈なストレスにより胃炎に苦しみながら、共産勢力を呪っていた。
かといって、意見は飛び交い、非常にやかましい。
「しかし、こうなれば連中を火星人に突っ込ませるのも手じゃないですか?」
「いや、そのために白人種を全て外敵と判断されたらどうするだ!?」
「戦争になれば、こっちが皆殺しの目にあう」
「だが彼らはあくまで人道的な傾向が……」
「人道的? だったらアメリカさんが日系人に何をしているか、知らないとでも? 把握してないわけがないだろう」
「第一……人道というのなら、中国戦線にも文句を言っているはずじゃないか」
「最悪でも、巻き添えだけは絶対に回避しなくては」
「我々は反共であることを、強く強調せねばなりません」
「ソ連のアカどもは新型爆弾をタネに、交渉の場を開くつもりらしいが……」
「例の原子爆弾? ……使い物になるのか?」
「我が国でも研究は行っているが、それに並行した原子力の実用化こそ重大では」
「イワンにしろ、チンクどもにしろだ。どこかが、一度火星人とぶつかってもらうこと自体は
歓迎したいね」
「そもそも、我々は連中がどういう戦争をするのか、誰も知らない」
「見ているのは、せいぜい不法入国者の排除くらいだ。それでも十分すぎる脅威だが」
「仮に、ソ連の思惑が通じるのなら、我々にも交渉の余地はある」
「どっちに転んでも、損はないと思いたいが」
「では……」
それから。
アジア各地は、保守と共産勢力との対立がより激化していった。
『史実』において、あるドキュメンタリー映画がある。
それは、東南アジアのある国で起こった大量虐殺に関するものだ。
共産主義者及び関係者、そして華僑が100万人以上殺されたというもの。
これと似通った事例があちこちで起こり出した。
共産主義者や関係者を投獄や追放はまだマシで、裁判なしの処刑。
マルクスや資本論さえ知らない中華系も、同じ運命をたどっていた。
ただでさえ冷遇されていたのに加えて、完全な危険分子とみなされたわけである。
何しろ、やる側からすれば、共産主義も中華系も、疫病神でしかない。
また、火星人が中華系を排斥した理由すら人口に膾炙し始めていた。
そうなると、もはや同じ人ではなく、侵略的外来種生物という扱いとなってしまう。
大体、同じ人間だと思うのなら、殺人は嫌でも忌避される。
結局――
力も『徳』もない者たちの中華思想は、外敵を増やすだけのものとなってしまった。
いや――徳という概念自体が単なる幻想だったかもしれない。
そもそもの話。
良くも悪くも、向こうとこちらでは歴史も状況も異なる。
『史実』のホロコーストなど鼻で笑うような命の安売りが起こっているのだ。
今さら、黄色人種同士の殺し合いなど欧米は見向きもしなかった。
中国共産党は、もはや大陸という牢獄に閉じ込められつつある。
ソ連は失敗に舌打ちしながらも、他人事だった。
最初から、格別期待はしていなかったのだからしょうがない。
さて。
世界が血みどろとなっていく中、のんきにしている日本。
東京の練馬で、一人の男が拡声器を手に叫んでいた。
彼の素性は、非常に特殊であり――
(どこだ、ここは……)
最初に気づいた時は、未来世界ではないかと錯覚した。
しかし、自分の体が二十歳前後と戻っていると気づき、二度驚く。
街はどこもきれいに整備され、空中を見たこともない乗り物が飛ぶ。
待ちゆく人も、ケータイらしきものを持っていた。
しかし、建物の看板などがおかしい。
どうも文字が右から左となってるようなのだ。
まるで、『戦前の日本』がごとく。
やがては、それが間違いではなかったことに気づく。
『昭和〇〇年――』
彼は、なぜか若返って昭和の日本にやってきてしまった……らしい。
まるでSFのような状況に、オロオロしていると、
「そこのあなた、ちょっと」
婦警らしい人物に呼び止められた。
だが、史実ならこの時代に女性警官などいないはずだ。
その婦警は耳におかしなものをつけており、髪の色も変だった。
後で、それが人造人間だと知るのだが。
連行された先にいたのは、日本を支配する火星人。
まるでオモチャみたいな姿の異星人は、
「珍しいケースだな。まあ、一応日本人であるし」
そう言って、彼を保護してくれた。戸籍も用意された。
後は他の国民同様、働くなり勉強するなり好きにしろ、と。
令和とは比較にならない高度な機械やネット環境。
彼はそれらを使って、この時代――世界を調べた。
結果、日本の外の惨状を知ることになってしまう。
このままではいかんと、思った。思ってしまったのである。
――されば、どうするべきか。
若い時の血を思い出し、平和を叫ばんと行動を開始する。
平和憲法の施行を求めてあちこちで訴えた。
幸い、この世界にもインターネットがあるのだ。
けれど、彼の意見は誰にも受け入れられなかった。
「お前、頭おかしいのか?」
どこへいっても、精神異常者か悪戯としか思われない。
火星人への意見具申も完全に無視された。
時空の漂流者ネタ?




