第三十九回 凶弾
三次元ロリ、ダメ、絶対。
「絶望的というのですかねえ」
モニターの中で流される中国戦線を見て、その人物は言った。
仮に、F氏としておく。
「ここまでする必要があったんでしょうか?」
時が流れ、少年から青年になった八太郎は、探るように言ってみる。
「さあ、アメリカさんのやることだから……」
「あ、いや。そーじゃなくって」
「うん?」
「中国のアレというか……」
「ああ。石油と」
「タイゲリウムでしたか。あれは、火星人の仕業ですよね?」
「お気づきになりましたか」
「知ってる歴史とあまりに違うし……。あの金属はまるで、こう」
「漫画的、ですかな?」
「そうです。『世界』が違えば、あることなのかも、とは思ったんですが……最初は」
「まあ、火星人を疑うのが普通ですよね」
F氏は笑う。
「あんなことをする必要が、あったんですかね?」
八太郎はそう言った。
「まあ、人道上は許されざることでしょうなあ。しかし、おかげで中国に欧米が殺到することになって、日本は助かっている」
「火星人の保護がありますからね。もしもいなかったら、日本も無事じゃあすみませんよ」
「それは確かに」
「第一……仮に、『史実』通りになったとして、ですよ? いえ、仮にこれが21世紀のことだったとしてもだ。地球人に勝ち目なんかありますか?」
「ははは。そりゃ、ないでしょうな」
「だとすれば、アレはただ無意味に人命を失わせただけじゃありませんか?」
「そうかもしれませんね」
F氏はまた笑った。けれど、その眼は笑っていない。怖い目だった。
「ですが、欧米にしろ中国にしろ、日本へ攻撃してくる可能性はゼロではない。いや、むしろ大きいと言えるんじゃあないですか?」
「いやだから、勝ち目なんかありませんよ」
「『史実』の日本だって、勝ち目がないとわかってた戦争をやったじゃないですか」
「しかし……」
「まさか、外国人は賢いから、そうはならないとか、言いませんよね? どうです?」
「……」
「我々のいた世界でも、21世紀にずいぶんと滑稽なことをしてたじゃないですか。こっちの世界でも、感情まかせの反日、反火星人運動が盛り上がってた」
「……」
「それに動かされて、無謀な戦争を仕掛けないと、言いきれますか? 断言できます?」
「……言えません」
「でしょう? もし戦えば。本気になった火星人がどうするか? 想像されたことは?」
「……」
「敵国人を全滅させるのに、どの程度の労力がいると? 彼らにすれば微々たるものだ」
「……」
「なら、全滅するよりはずっとマシじゃないんですかね?」
「……」
「まあ、私はただ提案をしただけ……ま、ある程度は応えてくれると思いましたが」
「何故です?」
「まあ、前世……いや、令和風に言うと転生特典ってやつですか」
ハッハッハッとF氏は笑った。
「あなた――中国人が嫌いなんですか?」
思わず、八太郎は言ってしまった。
その後シマッタと思うが、F氏は気にした様子もない。
「まあ、好きではないですね。あまり良い思い出はありませんな。向こうでもこっちでも」
「……」
「とはいえ、どっちにしても中国が戦場になるのは変わらなかったと思いますよ? 火星人の工作は若干後押ししたにすぎないわけで」
「……」
八太郎は納得しかねるが、反論の言葉は見つからなかった。
おそらくは、その通りだからである。
「ですが、このままでは……」
「まあ、アジア……いや、有色人種は困難な時代となるでしょうね」
というか、すでになっているわけである。
「ま、その分こちらは物が売れるわけですが」
そうF氏は肩をすくめた。
今現在シャム王国など、アジア各地で日本製の武器が輸出されている。
ビーム兵器などではない、いわゆる『普通』の火器類ばかりだが――
いずれも、その性能は折り紙付きだった。
火星人にそれに比べれば、ずっと落ちるものではあるが。
しかし、地球人レベルなら最新鋭だと言えた。
中国の惨状に、アジア人が危機を覚えないわけがない。
最新式から型落ち品まで、武器はどこでも人気商品となっていた。
建前上の中立地帯に、武器は山のように輸出される。
おかげで、それらの工場はフル稼働。
輸出業や経営者は笑いが止まらない状態というわけだ。
そして、大金を得た富裕層たちが、それをより実感するためにアジアに向かう。
当然のように、好意的な反応ばかりではない――
そして。
事件はシャム王国で起こった。
中心となるその男は、銃火器類で儲けていた成金だったが。
貧しい少女を救うという名目というか、自己欺瞞というか、とにかく、そういうもので大勢現地で愛人を囲っていた。
より正確に表現すると、少女妻というべきか。
囲われていたのは、いずれも13~15才の少女なのだから。
令和であれば、確実に犯罪者として逮捕されるであろう。
もっとも、この時代である。
女性の結婚年齢もかなり早く、貧しい家の子となればなおさらだった。
金持ちに囲われて裕福な生活ができるし、実家にも定期的にまとまった金が入る。
しかし、いくらそういう時代だといっても、手放しで歓迎される行為ではない。
ごく当然な話だが、怨みも買う。
ある日、男は近所の市場を散策中に拳銃で撃たれた。
背中を至近距離から、一発。
撃たれた個所も悪かったし、場所も悪かった。
これが日本であれば――
すぐに治療用のロボットやドローン、自動運転の救急車が来たであろう。
だが、まだまだ医療の行き通っていないそこでは、無理な相談だった。
これまた、すぐに日本大使館に連絡すれば、火星人の技術で蘇生可能であったのだが。
地元では大いにあわて、わが身可愛さで隠蔽に走ってしまった。
そも、日本とこじれるのは絶対に避けたいわけだから。
しかし、そううまくいくわけがなく。
すぐさま、日本の親族や知人が騒ぎ出し、あっさりと明るみに出てしまった。
被害者の男、シャムでは金を使い、あれこれ世話をして善行も行っていたわけだが……。
が、さすがに少女妻複数と言うのは外聞が悪すぎた。
場合が場合なせいで、親族もすぐに沈黙。
とりあえずは、シャム側の謝罪と犯人の逮捕で、速攻で決着とはなった。
調査の結果、単独犯で突発的なものとわかり、こじれは最小限ですむ。
犯人は少年で、恋していた少女をとられたことへの怨恨だった。
シャム人は脅え、日本では、むしろこの少年への同情が集まったという皮肉な図。
アジアで乱痴気騒ぎをする富裕層への批判が、またも強まってしまう。
この一件で、火星人は海外日本人の護衛と行動規制に踏み切ることに。
アジアで金持ち気分を満喫する人間には、護衛ロボットがつけられることとなった。
もっとも、半分は犯罪行為の監視である。
薬物使用やアルコール、買春などは無視していた。
中毒症状も、簡単に治療可能だからだ。
しかし、はっちゃけすぎた連中は日本に連れ戻され、制限を受ける羽目となる。
ただこれは、相手国にとっては痛しかゆし。
日本の金持ちは、金をジャブジャブばらまいてくれる『お客さん』でもある。
多少の無茶も、年々素行の悪くなる欧米人に比べればはるかにマシだった。
国全体の利益を考えれば、少女の愛人なぞとるに足らない些事。
減刑を願う声もあったのだが、犯人の少年は即座に極刑となってしまった。
嫌な表現だが、日本……火星人に忖度した結果である。
愛人だった少女たちにも、一応見舞金はあった。
いや、むしろ手切れ金か。
被害者遺族としては、むしろ恥となってしまったので、縁きりをしたかったわけだ。
少女側にすれば金は今後入らなくなるわ、生活は元の貧困だわでかなりの大きな打撃。
地元も悪印象がつき、日本人たちは去ってしまった。
つまり、金づるがみんな逃げてしまったわけである。
その実利が失われたというのは、大きすぎた。
このため、犯人の家族はそこから逃げ出す羽目になる。
哀れな少年は、まともな墓すら作ってはもらえなかった。
だが、それからまた不穏な潮流が起こり出す。
某国で、日本人旅行者への爆弾テロが行われたのだ。
「我らが祖国を食い荒らす日帝に死を!」
そんな声明文と共に。
これでまた、大きな騒ぎとなってしまい……。
今回でストックが切れました。
次回更新未定であります。




