第三十七回 屍兵
救いはないんですか?
中国大陸で利権を貪っていた欧州だが――
必ずしも、全ての国が富を得られたわけでなかった。
先の大戦で敗北したドイツは、長らく苦境の中にあったわけで。
満洲でも利権にうまく食い込めず、ほぼ蚊帳の外に近かった。
わずかな人間は満洲景気の波に乗ったものの、国民の大半は置いてきぼり。
そんな中で台頭してきたのが、国家社会主義ドイツ労働者党……ナチスである。
ナチス……いや、総統にとっては――
劣等人種たるモンゴロイドが火星人に支配されようが知ったことではかった。
だが、その劣等人種が人形とはいえ白人を奴隷にするなど許しがたい。
日本の人型ロボットへの猛烈な抗議と非難を率先して行っていた。
これがきっかけで、欧州と日本の関係は切れてしまったわけだが。
とはいえ、他の国々も同調していたわけだから、別にドイツだけのせいでもない。
そんな恵まれない状況ながらも。
ドイツは今まで吸収した火星人由来の技術を高めていった。
総統の思い描いた通り、様々な産業が他国への輸出で伸びていく。
好景気であり、中国で派手にやっているアメリカは特に良い商売相手だ。
そんな中で起こったのが、アメリカの黒人暴動である。
同時に、ソ連の動きも露骨になってきた。
ドイツは暴動鎮圧に苦慮するアメリカに支援を宣言。
さらには、満洲への軍事支援も提案したものである。
欧州にとって、満洲はいわば中国進出の前線基地。
まだまだ利益を貪れる、そこを失うわけにはいかない。
フランスは過去の因縁もあり反対するが、アメリカが自国でてんやわんやの状態。
自分たちの権益を守るためにも、味方戦力は増やしたかった。
かくして。
ドイツの参戦により、欧州対中国の争いはさらに激化していった。
中国がまとまってきたように、欧米もまとまらざるえない。
同時に、各国は中国のタイゲニウムも虎視眈々と狙っていた。
神の金属を多く手に入れたいのは、どこも同じ。
何しろ、次世代の新エネルギー・原子力の制御には不可欠なのである。
しかし。そればかりでなかった。
総統の命令により、手に入れた希少なタイゲニウムはドイツでも研究される。
そこで、更なるタイゲニウムの利用法が発見された。
水からの水素抽出、及び効率的な燃焼。
タイゲニウムは原子力のみならず水を燃料とした新世代エンジンすら可能とした。
将来的には海水で動く巨大船舶も可能だと。
「これこそ、アーリア人種にもたらされた神の福音である!! 新世代の力は、優良人種こそ正しく用いることができる!!」
そういうわけで、勝手に、『あれは俺たちに権利があるんだぞ』宣言。
まあ、一応欧州各国には、
「あれはつまり、白人だけがちゃんと使いこなせるってことだから。わかるよね?」
という弁明。
いずれにしろ、他の国も本音は似たり寄ったり。アメリカも例外ではない。
そうなれば、中国はたまったものではない。
なので、現状頼れるソ連と同調するしかないのだが――
支援者であるソ連も、タイゲニウムを欲しがっている。
世界的な黄禍論……いや、有色人種への支配正当化、管理論の蔓延。
これは、薄っぺらな思想とか概念でどうにかできるものではなかった。
「本当にこのままでいいのか?」
「同じ共産主義の理想といいながら、将来中国がソ連に支配されるだけでは?」
党内でも、そんな声がチラホラと。
実際、その危惧は正しいわけだが。
かといって、現状欧米の侵略に黙っていることはできない。
うまく敵を奥地に引きずり込んだ……といえば聞こえが良いけれど。
それは一応成功しているけれど、同時に敵をより過激化させてもいる。
こと、アメリカの本音は、
「チンクどもは獣同然の野蛮人どもだ」
であろう。
有色人米兵の取り込みも、段々と警戒がなされ始めた。
黒人暴動によって、白人層は手足としても有色人種を怪しみ始めている。
いつ牙をむくか、わからない。というわけだ。
家畜のヤギに悪魔を見たごとく。
奴隷となる有色人種への潜在的な恐怖と憎しみ。
あるいは、それはずっと以前より根付いていたものかもしれない。
やがて。
それは、あるものへと結実していったのである。
日系人特別収容所――
アメリカ各所にある『牢獄』から、ホワイトハウスにある研究報告が送られてきた。
「脳内去勢?」
「つまるところ、脳内の野蛮な本能をつかさどる部分を制御し、社会的に安全な人間にする。ということですな」
「それが、現在の黒人……いや、有色人種の問題を解決すると?」
「有色人種の脳には、古い爬虫類のような原始的な部分が多く残っています。それによって、暴力的かつ反抗的な衝動が引き起こされる。それを制御するのです」
「しかし……」
「もちろん、今現在暴動を起こしている連中への直接対処にはなりません。しかし、この処置を行うことで、兵士としても統制された、理想的な働きが期待できます」
「むう……」
「同時に、国内でも反社会的な資質を持つ有色人種には去勢の義務を行うべきかと」
「アメリカの秩序……そのためにはやむを得んか……」
かくして。
日系人を用いて行われていた研究の一環が、大きく実用化されていく。
また、アメリカ政府は催涙ガス使用など容赦のない対処で、黒人暴動を鎮圧した。
民間の自警団にも協力と参戦を呼びかけ、多くの死傷者を出しながら。
逮捕された黒人たちは、みな日系人のそれを参考とした収容所へ送られる。
そこで、『適切な処置』を施されるわけだ。
しばらくして。
前線に、機械のように精密で絶対的な忠誠心を持つ黒人兵士が投入され出した。
また、中国軍に投降した後、内部から破壊、あるいは自爆するチャイナ系も。
満洲のみならず、朝鮮半島でも、インドでも。
犯罪者とみなされた人間がどんどん『収容所』に連行される事例が相次ぐ。
彼らはそのまま帰らず、前線に送られていくのだった。
アジア人でも、富裕層の中には自分たちでみつくろい、収容所に差し出す者が続出する。
中国人はそのような兵士をたちを、『殭屍』と呼び、恐れた。
殭屍――すなわち、人間を襲う生ける使者。リビングデッドのこと。
インドでは、彼らをピシャーチャ、あるいはラクシャサと呼んでいた。
これら、脳を外科処理された有色人兵士を、米軍内部ではゾンビと呼称。
元はハイチの伝説にある、奴隷とされる死者を指す言葉だ。
正体はフグ毒などを用いた毒薬によって、意識を奪われた人間だという研究論文がある。
実際に、使用されたのは外科手術などだが、ヒントはそこにあった。
ヒントから、そのままゾンビの名が定着したわけだ。
死も恐れず、恐怖もないゾンビ兵士は、不利だった中国戦線を揺り動かしていく。
いまや、有色人種は完全な奴隷……いや、家畜と化してしまった。
その有用性に歓喜したアメリカは秘密裏に、その大量生産技術を確立していく。
アメリカ以外の国にも、広がっていった。
さすがに、表沙汰にはできない。
だが、欧州各国、ソ連すらにも、興味深くその成果を見ていたのである。
特にナチス・ドイツはそれを称賛していた。
「これこそ、火星人の機械兵に対抗できるものではないか!」
「有色人種の管理に、実に有用かつ効率的だ」
「我々も是非これを学び、研究せねばならない」
反抗もせず、報酬も求めない奴隷は人類の長年の夢ではあった。
もっとも。
生きた人間を改造するゾンビ兵と、工場でいくらでも量産可能な機械兵。
両者は比較にもならない。
ここまでくると、感覚は完全に麻痺したということか。
もはや、一般の中国人はゾンビの材料としか見なされなくなってきた。
満洲にも、秘密裏に『工場』が作られ、せっせとゾンビの量産に勤しむ。
老若男女の区別などない。
こんなわけで、中国軍は死人となった同胞に脅えなくてはならなくなった。
昨日まで仲間だった者が、明日には敵となって襲ってくる。
偶然か。
まるで『史実』のゾンビ映画に似た状況に、放り込まれてしまったわけだ。
中国軍もゾンビ兵を捕獲して、解除の方法を探ろうとはした。
だが、一度外科処理されてしまったものは、どうしようもない。
さらに、捕獲した者は自ら死ぬか、自爆する。
中には、毒物をまき散らすタイプも存在した。
結局対処法は、脳を破壊して確実に殺す――しかない。
そして、灰になるまで焼き尽くすのだ。
まるで古代の吸血鬼退治みたいな状態だった。
このゾンビは、兵士のみならず、労働力としても注目されていく。
原典のゾンビと近くなっていったわけである。
実験的に農場や工場で『使用』された結果、経営者を笑顔にさせる結果となった。
当然、その性質や機能から、できる仕事は限られてもいたが。
しかし、単純労働ならば問題はない。なおかつ、管理も楽。
そうなれば、止めることは難しかった――
書くほどにディストピアにまっしぐら……。




