第三十回 泥沼
より物騒になっていきます。
「内戦を起こすわけにはいかない……!」
アメリカ大統領は、机を殴りつけて叫んだ。
南部を中心に暴動を起こす有色人種。
徴兵により男手を奪われていたためか、半数近くが女性だった。
「白人の代わりに死ぬのはまっぴらだぜ!」
「死んだ息子を返せ!!」
石やビール瓶を投げる彼らに対して、軍は容赦なく発砲を行う。
恐怖して逃げ出そうとした背中にも、弾丸は飛んだ。
「もはや暴徒に裁判は必要ない!」
南部や西部では、過剰反応した白人たちが先んじて銃を取っていた。
「軍や警察を待っていたらおしまいだ!!」
過激な暴動は、恐怖や敵愾心を増幅してしまう。
それは、あちこちで白人対有色人種の銃撃戦が頻発する事態となる。
結局のところ、政府が恐れていた内戦のごとき騒動へ。
やられたらやり返す。
殺さられる前に殺す。
事態は坂道を転がるように悪化していった。
「まるで血の日曜日だ」
そう誰かが語る中、鎮圧は多くの死傷者を出した。
若年者や高齢者、そして女性。
それらを自国の軍隊が殺傷した事件となったわけである。
暴動の中心となったのは黒人層だったが――
この事件をきっかけに、多くのアジア人、特に中国系が弾圧された。
日系人はさらに動物扱いされ、蔑視が強くなっていたが……。
ある意味では恐れられてもいたのである。
「日系人の攻撃は、一歩間違えると火星人の介入を招くかもしれない」
そんな意見もあったからだ。
もっとも、あくまで無視する火星人にそういう論調は弱くなっていくが。
だが、中国系は半ば敵国人扱いされるようになった。
中国系も、朝鮮系と一緒に日本から排除されている。
他のアジア諸国とは付き合っているのに。
それゆえに。安心して攻撃できたわけだ。
中国人街に軍と警察が突入して、多くの資産家や有力者が逮捕された。
反社会組織とつながりのあった者が多かったため、容赦なく捕らえられる。
元から、アジア系は徴兵やスパイとして多用されていたのだ。
やがて中国人街は壁で覆われ、出入りが大幅に制限されていく。
中国系は許可がなければ、よそに行くことさえできなくなった。
そして、警備という名の監視にはロシア系や黒人層が雇用される。
ほぼ囚人のように扱われる中国系に対して、警備員たちは横暴に振る舞った。
そういった行為が黙認されていたからである。
賄賂を強要したり、リンチ、子女に対する暴行。
黒人への待遇は向上などしていなかったが、警備員の賃金は比較的良かった。
分断して統治する。
有色人種同士に階層を作り、お互いに敵対させるというわけだ。
これを助長するために、
「中国人のせいで、俺たちまで弾圧される」
黒人の中に、そのような空気を流させた。
それは成功して、黒人は中国系を搾取し、それを白人が搾取という形となる。
他のアジア系も、まあ似たり寄ったりだった。
中国系よりも多少マシという程度である。
かつて白人が富を築いた奴隷制度が、形を変えて復活したようなものだった。
そして、中国にはさらに兵士とスパイが送り込まれる。
だが。
それでもなお、広大な大陸を統治するには足りなかった。
扱いの悪さから、アメリカ軍を抜けて中国側に寝返る兵士も出てくる。
そのため、兵士たちの家族や関係者が事実上の人質となった。
裏切りや逃亡を行えば、犯罪の容疑がかけられ、容赦なく刑務所送りとなるのだ。
これは、特に中国系に効いた。
なので中国系兵士たちは嫌でも果敢に戦わざる得ない。
その奮戦ぶりは中国人の憎しみをさらに燃え上がらせるのだった。
やがて。
ソ連の指導を受け、ゲリラとなった現地人はアメリカ軍を苦戦させていく。
井戸に毒を流す。
売りつける食糧に毒を仕込む。
子供を兵士に仕立てて送り込むなど。
少年ゲリラの存在は、アメリカ軍をより非情にさせるものだった。
「良い中国人は死んだ中国人だけだ」
という皮肉が出てくるほどである。
満洲周辺では、地形が変わるほどの弾丸・砲弾が降り注いだ。
「ゲリラや馬賊の根城が特定できないなら、全てを砲撃すればいい」
村が根こそぎ焼き払われ、無抵抗の農民も撃たれる。
白旗を上げているからと言って、油断すれば命取りになりかねない。
だから、非武装であろうが無抵抗であろうが、射殺するしかなかった。
さて。
そんな泥沼の中で、アメリカの工業は二つの画期的な装備を完成させる。
ロシア系やドイツ系、あるいはユダヤ系などの優秀な技術者や工学者によって。
彼らは、断行以前に火星人と交流して、様々な技術革新のヒントを得ていた。
これが試行錯誤と莫大な開発費によって日の目を見たわけだ。
一つ目は、軍用の四輪駆動車。
ジープと呼称されるものである。
『史実』では、1941年に実戦投入されたものだ。
これの登場によって、広大な中国大陸での活動が一気に加速した。
そして、もう一つ。
これは、より高度な技術発展によるものだった。
いわゆる、回転翼機――ヘリコプターである。
こちらはより多くのコストを投入して、真っ先に軍用のものが開発された。
『史実』においては、ベトナム戦争で本格デビューとされている。
軍事ヘリの投入により、馬賊などは瞬く間に大打撃を受けた。
高度から狙い撃ちしてくるアメリカのヘリは、悪魔と呼ばれ、恐怖の対象となる。
ジープとヘリコプターによっては、大きな戦果をあげられていった。
快勝のニュースは連日大きく報道され、アメリカ人の気持ちを高揚させる。
しかし、これをまずいと感じる勢力も当然あった。
筆頭はソ連である。
このままでは、アメリカに中国大陸は飲まれてしまうかもしれない。
「それは絶対に認められない!」
かといって、あまり大っぴらに介入するのも憚られた。
火星人の助力でもあれば出来たのだろうが、欧米との断交以前より、ソ連に対しては無視を選択している。
送り込もうした工作員は一人残らず詳細不明。
地球を囲む巨大円盤の数は増えている。
迂闊なことをして、日本領海に入った違法船のような目にはあいたくない。
国内では、良好な関係を持っていると宣伝しているだけに。
アメリカのほうは、しつこく裏工作をしているソ連に苛立っていた。
反ソ、反共産の声はあちこちで噴出している。
「中国との戦争が長引くのは、ソ連のせいだ!」
まあ、実際その通りではある。
しかし。
アメリカ軍のジープやヘリなどは、情報がソ連に渡ってもいた。
戦場の末端では、情報を売る兵士もちらほら出ていたのだ。
いくら関係者を人質にしても、それでも裏切る者は出てきたわけである。
中には、身寄りのないために遠慮なくスパイ行為をする者も。
盾や使い捨ての道具にしているわけだから、有色人兵士の忠誠が高いわけがなかった。
貧富の差もなく、平等だと宣伝するソ連に、憧憬を抱く者も出現。
もはや、有色人種はアメリカで夢を見られなかった。
欧州においても、泥沼のような中国戦線での犠牲は大きい。
利益とその維持のために、多数の兵士が倒れていた。
それでも抜けられないのは、得られるものが大きいゆえ。
特に満洲の油田は、手放せない。
ゲリラや共産党ばかりではなく、中華民国も狙っていた。
「中国のものは、中国の手に!!」
そんな言葉と共に、満洲奪還、欧米排除の動きが強まっていく。
だが、現状として米英を中心とする欧米に対抗できる力はない。
今までは同じ侵略者でありつつも、先に立っていた日本は完全に手を引いている。
そうなると、頼る相手はソ連しかなかった。
このため、共産党と中華民国は急速に距離を縮めていく。
しかし、どちらも相手を盾にしたい思惑があった。
相手に欧米の相手をさせて、その後自分たちが勝者となる。
中国側の動きにより、欧米は中華民国への不信感も強めていく。
それを、ソ連の工作がさらに後押しした。
これにより、大陸の戦火はさらに広がっていく。
一方で、うまく火星人の威を借りるアジア諸国は、軍事物資を売りつけていった。
何しろ日本から調達できないので、近場からどうにかするしかない。
アジアのあちこちで、様々な成金が登場してくる。
その中で、中国系や朝鮮系は燻っていた。
日本のように入国できないわけではないが、火星人の影響がある場所では大きな制限を受けてしまうのである。
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