第三回 月面
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皇居は中も外も完全に制圧されており、天皇以外の人間は皆拘束されるか――
部屋に、閉じ込められていた。
「ところで、国民に無体なことはしないでほしいのだが……」
「もちろん。可能な限り殺傷などしないように配慮しています」
「それなれば、ひとまずは安心なのだが」
「では、宇宙船に乗船します」
火星人の言葉と共に、天皇は透明な球体に包まれて上昇していく。
球体は直径十メートルほどの円盤内部に入っていった。
「どうぞ。急ごしらえですがおくつろぎいただけると思います」
天皇が内部に入ると、まるで高級ホテルの一室みたいな部屋である。
部屋に巨大な長方形の窓があり、東京がよく見えた。
「おかけになってください」
同伴する火星人は天皇へ椅子を進める。
「ありがとう」
天皇が腰をおろすと、窓の風景はどんどん変わり始めた。
そして円盤は最初はゆっくり、やがて高速で上昇をし始める。
と同時に、複数の円盤が後に続いて上昇しだした。
その中には八太郎が載っている円盤も含まれている。
「あんたらは天皇陛下を月に連れていくのかい?」
「そう要請されたからね」
「月か……。何にもないところだろう」
「人間的な感覚で言うなら、そうかもしれないな」
「月までどれくらいかかるんだい」
「それは速度によって異なるが、今回は一時間ほどで」
「ふーん」
多分それは早いのだろうなと八太郎は思ったが、今一つよくわからない。
月に到着するまでの間、天皇や八太郎は火星人の用意した軽食を口にする。
形は永細い長方形で、チョコレート風だったり、豆腐のようだったりと種類豊富。
見た感じは、令和時代のシリアルバーみたいなものだった。
他にも、少し薄めのスポーツドリンクのような飲み物も出る。
「これはなに?」
それを手にした天皇は好奇心の瞳で火星人に尋ねた。
「はい、それぞれ各種ビタミン、食物繊維、タンパク質などが効率よくとれる食品です。今回お出ししたものは摂取カロリーが控え目になっています」
「ほほう……。おや、チョコレートだね」
「いえ。あくまでそれに近い風味にしたもので、本物ではありません。本物よりもカロリーが
低いので肥満の防止にもなるでしょう」
「うん。とても美味しい。本物と見分けがつかないくらいだよ。これは一体どうやって作っているんだい?」
「諸元素を機械で合成して作成します。地球の一般食品よりもずっと安価でしょう。我々には貨幣というものがないので、一概には言えませんが」
「ふーん! すると食べ物をたくさん作れるんだね。おや、こちらはカレー味だな」
天皇はすっかり感心して、次のものを食べる。
「その通りです。元素から合成するので、畜産や農業などの必要もありません」
「しかし、君たちは食事をとらないのにこんなものを造れるんだね?」
「設計に組み込まれていたからですね」
「ふーん。こんなことを言っては変だけど、まるで君たちは人間を手助けするために造られたようにも思えるなあ」
と、天皇は不思議そうに言ってカレー味のバーを食べる。
「そうかもしれません。しかし、人間に服従するようなものは組み込まれていないし、忠誠心というものもわからない。補佐する役割だとするとおかしいのでは?」
「うーん。服従するわけじゃないけど、手助けはする……。すると何だか犬猫みたいに人間を飼育するようなことになってしまうよ?」
「家畜ならば食料や労働力を目的とするし、愛玩用……英語で言うとペットだとしても、我々には可愛いとかいう感情はないし、わかりませんね」
「君たちの創造者……の、話が聞いてみたいね。何のために君たちを造ったんだろ?」
「それこそ、謎というやつですね。我々にとってはあまり興味のないことですが」
天皇と火星人のそんな会話が続いている間に、円盤は月へと到達した。
「スクリーンに月を映します」
「すごいものだなあ……!!」
部屋の『窓』に映る巨大な月に、天皇は感嘆の声を上げた。
そして、円盤群は月面へと着陸したのだった。
「地球が……」
別円盤の八太郎は、月面から見える地球の姿に思わず感動してしまう。
(アポロ11号よりも早く月についちゃったのか……。今さらだけど、完全に歴史が変わってしまったんだなあ……)
火星人に日本が占領された段階で変わっているのに、八太郎はそんなことを考える。
それから、すぐに月面を歩くための準備が行われた。
「陛下はこれに着替えてください。宇宙で活動するための服です」
火星人は背中に六角形の部品がついた宇宙服を持ってきた。
ヘルメットと一体型になっているが、取り外し可能だと説明。
一方で別円盤の八太郎にも、同様のものが出される。
八太郎の目には、その服は厚手のレーシングスーツみたいに見えた。
「これもすごいものだねえ」
天皇は火星人に補助されながら、宇宙服を着る。
「生命維持装置が組み込まれており、様々な機能がついています」
「うん、うん。なるほど、説明のための文字や言葉が出るのだね。便利だ」
ヘルメット内部に流れる文字や音声に、天皇はまた感心していた。
「宇宙には有害な放射線が飛び交っているので、専用の服を着ないと危険です」
「ふむふむ。体にピッタリとして動きやすいもんだねえ」
天皇は、宇宙服を着て興奮気味の様子。
そこへ、白く塗装された機械兵がやってきた。
「月面歩行は、我々も同行します。色々危険なので」
火星人がそう言うと、機械兵の胸部がパカリと開いた。
中の空洞部分は、そのまま火星人がピッタリ入れそうな卵形である。
見た目通り、火星人は手足を引っ込めて空洞に収まってしまった。
そのまま胸部は閉まり、白い機械兵は首を傾ける。
「もしや、それが君の宇宙服なのかい?」
「はい。元々これは我々が宇宙で活動するためのものだったのです。それを自動操縦や遠隔の操作が可能にしていきました。今でも使用しています」
「ふーん!」
天皇は眼鏡の奥から、ジッと機械兵を見るのだった。
「もちろん、これ自体も自動操縦などは可能ですよ」
「さながら機動装甲服というところだね」
「なるほど、ピッタリな名前ですね」
こんな会話をしながら、複数の装甲服火星人に囲まれて天皇は月面に降りた。
「うーむ。ふわふわしている。体が軽い!」
「月の重力は、地球の六分の1です」
「なるほど。ちょっと頼りないけど、慣れると楽そうだね」
「ですが、低重力下で過ごすと筋肉がすぐに衰えてしまいます」
「そういうものか。気をつけないといけないな……!」
しばらくの間、天皇は月面歩行を楽しみ、砂や石などを採取して過ごす。
それを、八太郎は円盤の中から映像で見守っていた。
「君は外に出ないのかい?」
「いや、おっかないし……。遠慮しとく……」
「我々の宇宙服は安全だよ。天皇陛下は勇んで出ていったのに、君は臆病なんだな?」
「ほっとていくれ」
火星人にけなされ、八太郎は膨れてしまう。
とはいえ、火星人と渡り合っても飄々としている天皇には敬服するしかない。
この時代に人にとって、宇宙人など令和以上に未知の存在だろうに。
「やはり月にはウサギはいないんだねえ」
「月面に生物は存在しません。まだ地下は調べていませんが、可能性は低いでしょう」
「そうか……」
しばし月面を散歩した後、静かに天皇は火星人を振り返った。
その位置からは、地球もハッキリと見える。
「いや、よくわかりました……。確かに我々の科学力を凌駕している。日本人どころか地球人全てがかなわない存在なのでしょう」
「理解していただけると助かります」
「それで火星の人、私に何をしろとおっしゃるのですか?」
「我々の日本統治のため、協力をしていただきたい」
「具体的には?」
「手っ取り早いのは、国民の前で統治を我々に信任していただけると手間は省けます」
「信任か。あなたたちは我々よりはるかに優位なのに、そんなものが……」
「必要なのです。余計な戦闘などが起こらないためには」
「それは、日本国民を裏切れと言っているようにも聞こえますね」
「確かに軍部や一部の政治家はそうとらえるかもしれません。けれど現状あなたは都合の良いお神輿みたいなものではないですか? あなたの権威や名前を利用して、私欲を満たす連中が幅を利かせていたと思いますけれど」
「うーん……」
これに、天皇は反論できずに黙然としてしまった。
「心配せずとも、あなたを害するつもりは毛頭ありません」
「私のことよりも、日本国民が弾圧などされることが心配だよ。本当に犠牲がないと言い切れますか? あなたがたの科学力をもってして」
「犠牲がまったくのゼロとは言い切れません。反撃しようとする軍人が少なからずいると推測できます。我々のやり方に不満を持つ者もいるでしょうね」
火星人はそう認め、それでもなおかつ信任を得たいと言った。
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