第二十九回 暴発
29話の完成です。
タイや台湾を始めとする、日本と正式国交のある国。
そこには、富裕層の日本人がよく訪れていた。
こういった中で、悪い意味で目立つのは地元の娼婦を買う人間である。
成金であったり、明治・大正からの生き残り富豪であるとか。
そんな人間が、わざわざ他国で遊びながら、娼婦遊びをするのだ。
地元民からすれば、金をたくさん落としてくれる上客でもあるが、
「日本ですごい美女と簡単に安く遊べるのに、何でわざわざ?」
と、不思議がられる始末。
それはその通りなのだが、その美女と言うのは人造人間である。
サービスも見た目も最上級で、病気の心配もない。しかも低価格。
だが、そこが納得できないというか気に入らないらしい。
自分が上級階級、富者であることを実感しにくいのだ。
もちろん、ちょっと工夫すればいくらでも高い遊びにはなる。
しかしながら、
「庶民とは一つも二つも上であると実感したい……」
富裕層には、そんな風に感じる者も少なくはなかった。
もはや日本の公娼では自分が特別だと実感できない。
我侭と言うべきか、業が深いというべきか。
そんなわけだから、娼婦の他に賭博でも同じことが言えた。
日本の公営賭博場では、スリリングなものは体験できないというわけだ。
令和で言うなら、大企業のトップがパチンコに熱中するかということで。
やはり、富裕層の集うそれなりの場所を求めるであろう。
外国の賭博なら、大枚をはたいた遊びができた。
一方で、街には貧しいものが大勢いて、貧富の差を実感できる。
そこのところが、受けている理由だった。
生活にも困る貧者を見ることで、より自分の富や豊かさを実感できるわけだ。
正論からすれば、非常に悪趣味である。
中には、街中を高級車で走り、窓から小銭をばらまいたりする者もいた。
争って拾う子供などを見物するのである。
当然反感も買うわけで、やがて火星人から注意されるまでになった。
賭博や娼婦まではほっておかれるが、さすがにやりすぎたのである。
一部では、地元民に多額の寄付をする者もいた。
友好国への寄付をすれば、いくらか税を免除されるからだ。
これによって、寺院や学校などが多く建設されることになる。
さらに、もっとわかりやすいものもあった。
上棟式というものがある――その中に、餅まきというものがある。
新設された建物から、餅や貨幣などを投げる行事だ。
日本富裕層は、海外の別荘でもそれをよく行った。
集まった近隣の住人に向かって、餅を投げる。
投げるのは餅や小銭ばかりではない。
日本製の菓子を箱で投げたり、いくらか高額紙幣なども混ぜたりした。
事前に噂が流れているから大勢集まり、競って拾い合う。
建前としては神道系の行事だが、中身としては小銭を道に撒いて拾わせるのと同じ。
しかし、この建前が大事なわけで、咎められることはなかった。
また、地元においてはけっこうな額でも、日本円とすればわずかなもの。
富豪の娯楽としては、なかなかのものだった。
他にも、祝日に地元へプレゼントをするという者も出てくる。
例えるなら、クリスマスにケーキを無料配布するとでも言えばいいか。
慈善家としても名が売れるし、優越感も満たせる。
日本では、基本火星人の統治によっては、そんなものの出番はなかった。
無論、やろうと思うならやりようはいくらでもあるのだが。
一方。
アジアの諸国は別に日本だけと付き合っているわけではない。
お互いに往来があるし、欧米とも関係がある。
日本と欧米は、人型ロボットをきっかけとした反日運動で関係が切れてしまったが。
アジアはその切れた線が混じり合う場所にもなっていた。
日本の情勢は、主にアジアから得ることとなる。
商用などで日本に行った人間も多くいた。
そこから、日本の豊かさと火星人の科学力を嫌でも実感させられる。
街を歩く日本人富豪の存在はその象徴となっていた。
同じ東洋の猿にすぎない黄色人種が、白人以上の権勢あること。
これは欧米に屈辱を与えた。
派手に金を使い、遊ぶ日本人は風刺画で醜く描かれる。
しかしながら、表立ってできることはその程度とも言えた。
日本との交易で技術や軍備を整え出したアジアは脅威である。
そして、欧米の支配力は日に日に弱まっていく。
派手に戦闘を繰り返している満洲も状況はあまり良くない。
唯一の救い――は、日本と中国が敵対していることくらいだ。
かといって、中国を味方に引き込むには血を流しすぎている。
また、味方になったからといって、どうなるものではない。
蟷螂の斧ということがあるが……。
火星人からすれば、欧米の国々などのろまなイモムシにすぎない。
それにもう一匹イモムシが加わったところで何ができるというのか。
アリやハチのような数もなく、毒もなく、羽もない。
ただ踏み潰されるだけの無力な存在でしかないのだ。
感情論を抜きにして考えれば、日本の存在を無視するのが適切であろう。
幸い、火星人朝鮮半島も中国大陸にもまったく興味を示していない。
しかしながら、中国は少々広すぎた。
満洲だけでも統治が進まないのに、あちこちでも反欧米の動きが強い。
アジアでは、適当な中継点が足りなかった。
「日本に基地を置ければ……」
アメリカ軍は、何度も地図を睨みながらそんなつぶやきが繰り返された。
日本に基地を置き、ついでに物資の調達ができれば。
そうなれば、中国への足がかりとなる。
とはいえ、いくらつぶやいてもないものねだりでしかない。
「だから、デモなど無視すれば良かったんだ!」
「人形にこだわって、せっかくのチャンスを潰した……!」
『人形』。
すなわち、日本で使われている人型ロボットである。
白人型の使用に怒った世論の暴走。
それがなければ、もっと技術交流が進んでいたかもしれない。
いや、わずかな期間だけでも多くのものがもたらされていた。
今はその道は閉ざされている。
軍事費は増える一方であり、税金は上がっていった。
アメリカの工場は常にフル稼働であるけれど、金は無限ではない。
戦死者や戦傷者も増えているのだ。
好景気で積み上げられていた金は湯水のごとく使われていく。
確かに満洲で得られる利益は大きかった。
だが、それを得るための犠牲はさらに大きく、落としどころがないのだ。
なまじ即物的な利益があるだけに、もはや引き返せない。
アメリカ本国でも満洲でも、アジア人から搾り取っていく。
そうしなければ、経済が支えられなくなっていた。
かつてアメリカ南部の富を黒人奴隷で積み上げたように。
そして、戦場で浪費される兵士は多くが有色人種である。
この傾向は、時間を経るごとに強まっていった。
徴兵される年齢は、どんどん下がっていく。
場合によっては、十二、三歳の少年が徴兵される例も出てくる。
逆に中高年、さらに普通なら弾かれるような体力の者も。
「白人は俺たちをチャイナですり潰すつもりだ!」
やがて、有色人種は兵役から逃げ出す者も続出するのだった。
この分断を、ソ連が黙ってみているはずがなく――
アメリカの内部では黒人層を中心に、共産主義が広がり出していた。
そして。
アラバマ州の某所において、爆弾テロが起こったのである。
白人専用の劇場で、突如爆発が起こった。
犯人は三十代の黒人女性。
一番人が多い時間を選んで、爆発物を劇場入り口に投げ込んだ。
逮捕された際、犯人はこう語っている。
「息子と夫が、中国で戦死した。その復讐だ」
その後、裁判を待たずに犯人は獄中死している。
新聞発表では心臓発作だとされたが、
「彼女は警察に殺された!!」
暴動を起こした黒人たちはそう叫びながら、あちこちで破壊や放火を行った。
実際、犯人は取り調べにおいて過酷な拷問を受けたのである。
米政府は州軍を出動させ、事態の鎮静化を図った。
大陸では中国人。国内では黒人を初めとする有色人種。
内外に敵ができてしまったようなものだった。
「有色人種は動物じゃない!!」
一旦暴発した怒りは、なまじのことでは収まらない。
南部では、
「黒人の国を作れ!」
そう叫びながら旗を振る勢力もあったほどだ。
だが、政府にすればそんなものが認められるわけがない。
ボヤボヤしていれば、中国での戦いにも影響するのだ。
余裕のなさは、銃の引き金をどこまでも軽くしていく。
血の雨が、流れた――
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