第二十八回 敵意
今年最後の投稿です。
皆さん、どうか良いお年を!
どれだけ抗議しても規制を行わない火星人。
風紀の乱れを不安視する婦人団体は、ついに自ら決起した。
「悪書追放のために!」
そのように称して、ポルノ本を押収し始めたのである。
まずは各家庭のポルノを見つけ出し、取り上げ出した。
家庭内のことなら、まだ小さなものだったかもしれない。
しかし。
婦人団体はそういった家の垣根を軽々と飛び越えた。
若い男性、青少年の部屋に上がり込んでポルノを探し出し、押収。
法律的には完全に不法侵入と窃盗であった。
当然のように警察が動き、逮捕となる。
婦人たちは喚き散らしたり、地面に転がったりして反論や抵抗をした。
とはいえ、どれだけ大義名分を口にしようが、婦人たちには何の権限もない。
民間人が勝手にやっているだけなのである。
ほとんどが実刑となった。
しかし、このような行動は全国のあちらこちらで起こる。
ひどいものになると書店に殴り込み、商品の本をムチャクチャにする者も。
その時の破壊はもう無差別で、ポルノと何の関係もない本も犠牲に。
これもすぐさま逮捕となり、後に家族が賠償することとなった。
どれだけ美辞麗句の並んだ理屈を立てようと、こうなるとタダの暴徒である。
何故に婦人団体がこういった暴走をしたのか。
その団体も、多くは令和で言うとPTAのようなものであった。
これに、ソ連シンパの共産主義者やキリスト教系団体が入り込み、扇動したわけである。
キリスト教はともかく、共産主義や社会主義は完全に下火となっていた。
火星人統治下の生活保障や就職支援により、生活に困窮する人間はいない。
路上生活者や浮浪児なども姿を消した。
かといって、能力のある者や成功者は多くを得られるのだ。
しかし、持てる富の差はあっても貧しさはない。
文化や娯楽も花開き、自由だ。
もはや国家の改革や資本家の打倒を呼びかける意味がなかった。
支配者である火星人は別に搾取もしていない、富の独占もない。
打倒する意味がないし、そもそも不可能なのである。
この中で、多くの人間が思想を捨てて、去っていった。
残った者たちが、居場所を求めてあちこちに入り込んだ。
「しかし、共産主義とポルノ規制がどう関係するんだ?」
火星人にとっては謎だった。
本人たちからすれば、日本社会を混乱させられれば何でも良かったのかもしれない。
あるいは、『理想』を奪われた復讐戦だろうか。
だが、やり方が決定的にまずかったわけである。
啓蒙活動どころか、いきなりの暴力行為だったのだから。
散発的な運動が消火されるのに、大した時間はかからなかった。
逮捕者は夫から離婚されたり、家から絶縁されたりとその後は悲惨である。
扇動されたとはいえ、何が彼女たちを駆り立てたものやら。
「やはり放置したのはまずかったのでは?」
人造人間はそのように火星人に提言した。
「しかし、大規模な行動はできないからねえ。というかできるなら――」
先に手は打っている、のだ。
隠れているつもりの主義者たちは、しっかりと監視されていることに気づいていない。
知らぬうちに体内へ埋め込まれたナノマシンで、随時情報は送られている。
それでもなお放置されたということは、世をひっくり返すことなどまず不可能だから。
日本にある火星人由来のものを、海外に密輸しようとした勢力もある。
だが、いずれも成功していない。
それでも、これらは見せしめの意味を含め、厳罰に処された。
「扇動していた主義者たちも、処すべきでは?」
「うん。そうなるね」
こういうわけで。
婦人団体に潜んでいた主義者たちも、捕縛の運命となった。
そうなるとことは早い。
完全に特定されているのだから、半日を待たずに全国の扇動者が逮捕されるのだった。
放火なども教唆していたことにより、事実上終身刑となった者も出る。
死刑となった者もいた――
騒動の中心には、かなり女権拡張論者もいたようである。
いわゆるフェミニストというタイプだが。
しかし、火星人統治下では男女の格差は減少している。
就職差別や賃金格差も是正されていた。
治安も安定しており、性犯罪も微小となっているわけで。
それでもなお、憤懣を貯めて決起した者が出たということは……。
不満はあったわけである。
結局。これらの騒動は一過性の小事として終わった。
しかし、そう時間の過ぎないうちに新たな運動が起こる。
『売春防止法制定要求』。
すなわち、売春をやめさせよというわけだ。
「売春は日本の恥」
「全ての売春女性を解放せよ」
この『全ての売春女性』には、人造人間も入っていた。
「人権の観点からも、これは許されない」
これも女性中心の運動であったが、男性も賛同者が多かった。
火星人調査によると、伝統的な花柳界で遊ぶ人間も大勢見られる。
「売春は粋な遊びではない」
という意見も文化人もいた。
主婦や母親の視点からすると、自分の夫や息子が公娼に出入りするのは歓迎できない。
だが、何故反対する男性もいるのか。
現在日本では、未成年を除く全ての男性にセックスは解放された状態とも言える。
そこのところがけしからぬと感じる者もいるようなのだった。
確かに、セックスの価値は大きく下落している。
何しろ――なまじの人間よりも優れた人造人間が相手をするのだ。
しかも低価格、あるいは無料で。
それゆえ、花柳界はより芸事に集中、純化していく方向をとっているのだが。
低価格だからこそ、人間の女性はより価値が上がったか。
否である。
安い量産品のまがい物だが、絶品である食事。
天然素材で本物だが…………な、食事。
妊娠出産というものが重視される妻という立場ならば別であろう。
しかし、娼婦というものに、それはむしろ邪魔だ。
いくら人間が良い、自然物が良いと言っても――
大してうまくもなければ栄養もない天然食品にどれだけの価値があるのか。
これらの流れをどう語るべきなりや?
ある小説家の作品内でこのように語られている個所がある。
人間は誰しも他人の不幸に同情する。だが、その人が不幸を克服してみると、途端に何だか物足りなくなる。あるいはもう一度不幸にしてみたい気持ちに駆られる。
やがては、その人に対して消極的な敵意さえ抱くようになる。
と。
あるいは。
人間は、自分の見下した存在が成功、幸福を勝ち取ることに最も嫉妬を抱くという。
この場合、セックスできない不幸から、美女とセックスをするという幸福を獲得した。
それも、何のリスクも侵さないままで。
「まあ、要するにこういうことではないだろうか?」
火星人はそのように結論づけた。
真偽は、神のみぞ知る。
売春防止運動は、以前の悪書追放よりはおとなしかった。
せいぜいが、デモやビラ配りに終始するのみである。
あるいは、有志だけで集まった会議という名の愚痴の吐き合い。
世間全般からは冷笑されながら、時には公娼施設の周りをうろついている。
客観的に見れば間抜けな状態だが、本人たちは世直しをしているつもりらしかった。
そのような中、ある新ビジネスが歓楽街に誕生することになる。
若い美男子たちが酒と共に客へサービスをするというもの。
令和で言うところのホストクラブのようなものだった。
これは、大いにヒットする。
主に富裕層の女性たちがこぞって遊びに出かけたのだった。
火星人の監査が入るので、あまり荒い稼ぎ方はできないが、それでも儲かる。
「男を買ってこそ新時代の女!」
そんな流行語ができるほどだった。
中には、落ち目になった映画俳優などがホスト業になることも。
あるいは若い売れない俳優がそうなこともあった。
江戸時代の歌舞伎役者が売春をしたようなものだろうか。
しかし、ホストクラブは公娼のように低価格ではない。
遊べる人間はどうしても限られてくるのだった。
なので高級店以外は、なるべく工夫して安くすることが求められる。
下手に問題化すれば、花柳界のように火星人の完全管理下に置かれるからだ。
現状であっても監視があるのに、これ以上のものは避けたかった。
下手な小細工をして、そのまま営業停止、経営者逮捕という店も出るのだから。
そのうちに、
「ホストクラブも国営にせよ!」
そのように主張する団体も出てくる始末。
いずれにせよ。
水商売の人間は戦々恐々として、日々の営業を行うのだった。
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