第二十三回 流血
火星人が直接戦わないけど、どんどん物騒になっていく……。
世界は次第に、暗い影を帯びるようになっていた。
中国では小規模な戦闘が続き、圧迫する欧米と、反発するアジア人が睨み合う。
特に中韓を除くアジアは火星人への接近を強め、同じく欧米各国も交渉を求めていた。
のんきにしているのは、日本国内、そして台湾くらいのもの。
日本の周辺には、常に宇宙軍艦が浮上して、領海侵犯を許さない。
欧米では、日本からの良質な資源が買えなくなり、次第に揺らぎが起こり始めていた。
特に金属資源は悲惨なことに。
火星人が宇宙から運ぶ無限の資源が得られなくなる。
そも、貿易によって日本の企業も大きな利益を得たのだが――
一般国民の多くは生活が保障されているから関心がない。
むしろ、金持ちが没落していくのを面白く見物しているようなものだった。
没落するといっても、一家心中ということはない。
日本国民はみんな一定レベルの生活が保障されているからだ。
しかし、それでも生活は一変する。
今まで住んでいた屋敷を手放し、子供がいれば学校も変わるわけだ。
なかなか簡単なことではなかった。
華族制度も廃止されているので、やはり貧しくなる元・上流階級は多い。
そういった中に、元国会議員や官僚という者たちもいた。
彼らの場合、金以上に立場が消失するわけである。
先生と言われるほどのバカでなしということもあったりするが――
かつて何々大臣と言われた地位を失い、単なる一般人と化す。
元からいた企業の役員や経営者に戻れる者はいい。
しかし、他の仕事では潰しのきかない人間も多くいた。
無職の人間でも衣食住が保障されているのはありがたいことだったが。
新しい仕事を見つけることもできず、ただぼんやりと公園にいるだけ。
そういう者も見かけられた。
まあ、不正にかかわっていた人間が刑に処されていることを思えば幸福なのだろう。
史実などでは。
戦後、軍でため込んでいた物資を横領し、そのまま商売に成功した者もいる。
いたずらに兵士を死なせながら、逃げ延びた者もいる。
しかし、この世界線においてはそれはなかった。
政治や軍部の上層部が死刑になるのを、一般人は興味本位で見ているだけ。
薄情とも言えるが、報いと言えば報いであった。
そうした没落した上流階級は、斜陽族などと呼ばれ、流行語に。
アメリカはというと、相変わらずアジアのことで頭を悩ませていた。
中国大陸での反米テロは一向におさまらない。
『我々は日本とは違う』
『進歩的文化と文明によって統治する』
と、当初息巻いていた力は、どんどんしぼんでいる。
そもそも、中国というかアジア全体が白人の侵略で搾取されていたのだ。
日本が出て行った後にちゃっかり乗り込んできても、同じこと。
かつて日本の大陸進出を叩いていたのも、欲得ずくである。
ソ連の工作や宣伝も手伝って、満洲統治はままならなかった。
それでもなお、大きな利益を生み出し、アメリカのみならず――
欧州各国を潤すオアシスとなっていたけれど。
というよりも、もはや欧米にとって満洲、いや中国は生命線にすらなりつつある。
アジアでは、火星人に接近することによって欧米への牽制を続ける。
特に仏教国ではかなり物や人の行き来が活発化していた。
火星人統治下では、社会秩序や法律を破らない限り、宗教は自由であったからだ。
逆に言うとそこを破ればどんな権威であろうが、容赦されない。
子供への性的虐待を行ったある宗教家は、去勢刑を受けている。
うまくいかない統治に焦ったアメリカは、さらに中国人への締め付けを厳しくした。
密告を推奨し、何かあれば官憲が引っ張っていく。
「この際、もっと中国の文明化を推し進めるべきじゃないだろうか?」
有色人種管理論が席巻するアメリカではこんな意見が飛び交った。
「そもそも、中国人は多すぎる!」
「今だってどんどんアメリカを侵食しているじゃないか!」
確かに、渡米してくる中国・朝鮮系は年々増加していた。
日本へ向かえば撃沈されるという噂もあり、次第にアメリカへ舵を切っている。
「何とかしなければ増殖を続けて、白人文明を侵略してくるぞ!」
そういう警告とも妄想ともつかない論文も書かれた。
「少なくとも、アメリカ統治下では危険な有色人種を増やすべきじゃない」
そこで、というわけか。
満洲において、文明化という声と共に危険とされた中国人の去勢が始まった。
その上、有力者の婦女は白人と結婚させられたり、あるいは愛人とされたり。
要するに白人の子を産まされるわけだった。
もはや立派というか悪質なる民族浄化である。
だが、これはアメリカでは文明化の名のもと、称賛された。
かつて黒人奴隷にもたらされた悲劇が、再び繰り返されたのである。
そればかりか。
「果たして、リンカーンは正しかったのか?」
こんな論文が書かれ、本にもなって世間を騒がせた。
「リンカーンは黒人を奴隷を解放させた。しかし、それは本当に正しかったのだろうか。否、厳粛に管理すべき有色人種をいたずらに解き放っただけではないか。我々の世代からはむしろこれを正して、文明社会の維持と進歩のために、有色人種の厳重な管理を遂行すべきである」
およそ、こんな内容である。
これは各言語に翻訳されて、欧州にも広がっていった。
反論も出たが、全体的には肯定する声が多くなっていく。
「そもそも、火星人も日本人を管理しているしな」
「あれほどにこだわるということは、それだけ日本人が危険だということでは」
「なるほど!」
「謎は全て解けた!!」
「それならば、まず我々はより知識を技術を進歩させ、地球全体を管理せねば」
変なところから全地球視線なるものがでてきたわけである。
しかし、こんな理屈を突きつけられるほうはたまったものではない。
「滅洋!! 滅米!!」
そんな叫びをあげて、中国各地では欧米への攻撃が繰り返される。
上海や香港でも、日に日に治安は悪化していく。
ソ連から送り込まれた銃器類によって、テロは過激化するばかりだった。
ついには、上海で白人居留地に爆弾が投げ込まれる事件が繰り返される。
「もはや我慢はならん!」
前々から圧力を強めていていたイギリスは、ついに軍の大々的派兵を決定した。
続いて、欧州各国も中国へ兵を送り始める。
それらで必要とされる物資は、アメリカが担った。
「ビジネスのチャンス!」
勘のいいものは景気の行き先を微かに不安視していた矢先である。
あらゆる物資が高値で売れ、再びアメリカの工場は活気づいた。
それらに必要な資源は、中国から運び出されるわけだ。
企業は儲けてエビス顔だが、一般兵は戦場に送り込まれるだけ。
また、上というか世間全般が有色人種への偏見で固まっているわけだから――
それが戦場でどう影響するかは知れようというもの。
ゲリラと疑われた農村が焼き払われたり、虐殺される案件が繰り返された。
「逃げるヤツはゲリラだ! 逃げないヤツは訓練されたゲリラだ!」
「良いチンクは死んだチンクだけ」
そんなジョークが語られる中で、中国大陸は死の匂いで満ち満ちた。
こうなれば笑うのは共産勢力である。
「兵隊がいくらでも刈り取れるな」
ソ連の指導者たちはそう言ったとか、言わないとか。
そんな流血が繰り返される日々の中でも、中国へ日本の噂は伝わっている。
内陸部、特に地方に行くほど、
「日本人は火星人に犬のごとく飼われている」
というような伝聞となっていた。
もちろん、上海や香港、北京などには実情がある程度伝わっているが。
苦しい状況の中で、日本を引き合いに出すことは、ある種の娯楽であり、現実逃避であり、そして救いにもなっていたようだ。
「東夷は所詮東夷だから犬として飼われる。我々は人間として生きている」
そう言って、苦しい状況を慰める日々だった。
似たような状況として、大韓共和国でも類似したことが起こっている。
最近では、白い犬が高く取引されていた。
珍しいとか、可愛いとかそういうことではない。
白い犬に赤い丸を描きつけたものを、散々甚振って殺して食べるのである。
すなわち、犬を日本と見立てているわけだ。
元から犬食文化がある国であったが。
統治しているアメリカ人は、悪習として取り締まっているが、まだまだ現役。
こと、赤い丸の犬は、見世物として人気を博していた。
いくら取り締まっても雨後のタケノコがごとく続発する。
「このような悪習を持つアジア人管理を厳しくせねば」
と、アメリカは共和国でも、去勢刑を行い出していた。
当然反発は強まり、そこへソ連が跳梁するのである。
工作員とアメリカの取り締まりがイタチゴッコを繰り返す。
その苛立ちは、有色人種管理論と共に、反共産主義を強める結果となっていた。
「このように容易く扇動され、操られる。これだから有色人種は……」
新聞の伝えるアジアの醜態に、アメリカ本国でも圧力が強まった。
ただ好景気の裏で、貧富の差が徐々に拡大も始めている。
中国で消費される軍事費も馬鹿にならなかった。
しかし、いまだ流血に終わりは見えない。
ポイントをくださった方々、まことに感謝感激です。
本当にありがとうございます!!




