第二回 制圧
サブ連載ですので、書きためがなくなった後不定期となります。
八太郎が火星人にさらわれた翌日。
寒い午前7時ちょうど――
東京の上空に、巨大な円盤状の物体が突如として出現した。
直径はおよそ30キロにも及ぶ巨大な円盤である。
いや、それは姿を隠して音もなく接近し、一気に姿を見せたのだ。
しかも、現れたのはその一体だけではなかった。
北の端から南の果てまで。
日本全国津々浦々のあらゆる個所に同じような円盤が出現。
ただし、大きさには種類があった。
直径が10キロのもの。1キロ。100メートルの三種ほど。
また、円盤が出現したのは、日本列島ばかりではなかった。
朝鮮半島 台湾、その他大陸を含むあちこちの日本人居留地。
その上にも、円盤は現れたのである。
当然、空を覆い尽くす円盤に、人々は困惑した。
明らかに気象のイタズラではない、人工物としか思えない実体のあるもの。
他国の侵略かと恐れ、混乱したが、さらに続きがある。
円盤と同時に、奇妙な兵士がどこからともなく出現したのである。
円盤の中でその光景を見る八太郎はただ見守ることしかできなかった。
これから、恐ろしい殺戮劇が始まるのだろうか? と。
見たこともない銃を持ち、奇妙な鎧をつけた一つ目の兵士たち。
人々には、それは奇妙な武装をした兵隊としか映らなかった。
いや、それとも異形の怪物であったろうか?
実際に兵士ではあるのだ。
ただし、人間ではない。
令和の記憶を持つ八太郎には、それが人型のロボットだと察しはついた。
「あのロボットは一体……」
「人型汎用機械、その戦闘型だよ」
火星人の返答はこんなものだった。
どうやら、何々とかいう具体的な名前はないらしい。
機械兵はあらゆる場所に出現し、そして軍事施設や警察機関を占拠していった。
軍人も警官も抵抗しようとしたが、銃を突きつけられてはどうしようもない。
「両腕を頭の後ろにしろ」
結局、機械兵の不気味な音声に命令され、拘束されてしまう。
それが、あらゆる場所、あらゆる施設で起こったからたまらない。
一時間もしないうちに、日本の軍事力は全て停止してしまったのである。
また。
機械兵は政治家や貴族や企業家など、上流階級にも手を伸ばしていた。
日本の武力と頭脳。
その二つは、あっという間に、完全に、占領されたのである。
戦闘らしい戦闘すら起こらなかった。いや、起こせなかった。
「き、君たちは何者だ!?」
捕らえられた国会議員が叫んだけれど、機械兵は何も答えない。
(こ、これで終わっちゃったのか?)
見ている八太郎はあまりのあっけなさにポカンとしていた。
そして、終わりではなかったのである。
機械兵は公の組織ばかりではなく、右翼や左翼、ヤクザ者。それに他国のスパイ。
それらも、制圧して拘束してしまっていた。
また、銃砲店や刀剣を扱う店なども制圧。
気の毒……というべきなのだろうか。スパイたちは悲惨だった。
彼らは捕らわれることもなく、すぐさま射殺された。
銃口から飛び出たのは、短く小さい光の帯である。
「れ、レーザー銃!?」
映像でその現場を見た八太郎は思わず叫んだ。
「対人用のビーム兵器だよ。他にも対物用のビームも撃つことができる」
火星人は淡々と説明する。
彼らはいつも淡々として、人間のような感情をほとんど感じられなかった。
射殺されたスパイはすぐに袋に詰めて運び出され、何かの機械で『処分』される。
直径2メートルぐらいの円盤から光が照射。
すると、袋ごと塵のようになってしまう。
「あ、あれは一体何をしたんだ?」
「死体は元素分解にした。きれいなものだろ?」
つまり、肉体を構成する元素に分解してしまったというのだ。
「これならば、環境破壊にもなるまい」
「……うーむ」
確かにこういうことができるなら、文明の贅肉たるゴミも出まい。
さて、そして。
一番巨大な30キロの円盤は、天皇の座する皇居の上空に待機していた。
「これから、一体何が始まるんだ……」
ひょっとして、火星人どもは天皇陛下を処刑するつもりではあるまいか。
時代の空気を知っている八太郎は震えてしまう。
そうなったら、日本人が一体どうなるかわからない。
例え武器で押さえつけられても、大いに暴走するかもしれないのだ。
映像が切り替わり、おそらくは皇居の一室であろう場所となる。
そこでは、複数の火星人が天皇と対峙していた。
八太郎が映像を見る限り、その場に機械兵はいないようだ。
「君たちは一体何者か?」
天皇は椅子に座り、飄々とした態度であった。
いや、その瞳は好奇心にさえ満ちており、不思議そうに火星人を見ている。
「どこか、外国の……者なのかな?」
「ある意味そうですが、地球の者ではありません。我々は火星人です」
「かせいじん? 火星というと……もしや、あの惑星の火星」
「いかにもその通りです」
「ふーむ。すると、火星からやってきたのか……!」
「正確には火星圏内ですが」
火星人は淡々としていたが、言葉は丁寧だった。
自らについての説明は、八太郎にしたものと同じよう内容である。
「うーん! 人工的に作られた生き物……。いや、機械なのかな?」
「情報がないので、誰が製作者かは説明できませんが」
「なるほど……。それで、火星人の諸君はこんな暴挙をして、何が目的なのか」
「まずは日本全土の制圧。次に大日本帝国の統治です」
「それはつまり、日本を支配することが目的なのかい」
「目的のためには、それが必要なのです」
「その、目的と言うのは?」
「日本と日本民族を保護することです」
「……だとすれば、君たちの行動は矛盾しているように思うんだが」
天皇は少し意地悪な顔でそう言ったものである。
「効率化のため、やむをえなかったことです。グズグズしていれば、それだけ諸外国の余計な干渉や自分の利益だけを考える連中が勝手なことをしますから」
「しかし、これはとても民主的なやり方ではない」
「君臨すれども、統治せず――ということですか?」
「……これでも、この国は選挙で選ばれた人間が国政を動かすのだよ。神様だとか言われてるけど、僕は生物学的には普通の人間だし、お飾りみたいなものだ」
「それも調査でわかっています。でも、国民をまとめるには、あなたの発言などが大きな力となるし、また効率的になるのですよ」
「うーん……。一体君たちは僕をどうしたいんだい?」
「我々に国を統治を任せるように、信任をいただきたい。そうすれば簡単だ」
「それはまた……。僕を排除してしまえば、簡単なのではないかな?」
「別に私たちはそんなことは望んでいない。行動理由は先ほど申し上げた通り」
「じゃあ、どうして日本なんだね? 地球には日本以外の国はたくさんある」
「それは我々がそのように設計されているからですね」
「設計?」
「我々が人工的な生物なのはお話ししたでしょう」
「そうだね」
「しかし、生き物には生まれてきた段階で色んな設計がされています。例えば虫は学習をすることもなく食べるものや飛び方を知っている。生まれてすぐに行動できるようになっている。我々のそれは鳥が空を飛び、魚が水を泳ぐようなものです。おそらくは製作者がそう行動するように設計したからでしょう」
「ううん。すごい話だし、技術だねえ!」
「ええ。そして我々の持っている技術は日本のそれを遥かに上回っています」
「火星から地球までやってこれるのだから、当然だろうね」
「計算上ですが、日本人の他、地球の全人類が結集したとしても我々は負けません」
「……やはり、そうかい」
「もしも信じられないとおっしゃるのなら、証拠をごらんにいれますが?」
「いや、待ってほしい。証明するとしても僕は非人道的な行為は好まないよ」
「わかりました。では、そのように。で、どのようなことをお望みですか?」
「望むというのは……僕が何か注文を付けてもいいのかい」
「ええ。何なりとどうぞ。納得していただけるものをお見せできるかと」
「そうか……。では……」
天皇はそこで少し考え込んだ後――
「では、宇宙に出てみたいのだが」
「簡単なことです。宇宙空間に出られるだけですか?」
「うん。それなら、地球以外の星に行ってみたいけれど、時間がかかるだろうね」
「惑星でなくて良いのなら、月がもっとも近いです」
「月か……。うん、よし、それでは月に連れて行ってくれ。いいかい?」
「承知しました。では、宇宙船にご案内しましょう。こちらへ」
かくして、天皇は火星人に先導されて皇居の外へ出ていった。
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