第十九回 統治
何もしなくても影響は与える迷惑な宇宙人。
日本にやってくる欧米人たち。特に他のアジアへ行ったことのある人間たちは、日本国内の様子に大小の違和感を感じることが多くなった。
以前から日本にいた人間はそうでもないのだが、黄禍論や有色人種管理論が叫ばれる国から日本に来た場合――
「どうも日本ではアジア人が勝手に振る舞いすぎている」
と、感じるのである。
我が物顔で歩いているよにさえ感じた。
「日本人の国なんだから当たり前でしょう」
ある人間が人造人間に質問して、そう返されている。
ちなみに、その人造人間は白人に近い姿だった。
「しかし、人間にはそれに見合った、ふさわしい扱いというものがあるだろう」
これに対する返答は、
「お前は何を言っているんだ」
意訳するとこんなところであった。
他の国では白人の『ちゃんとした管理下』にあるのに、この国では野放しだ。
女性などは恐怖を感じて、外出もしにくくなっていた。
とはいっても、日本の治安は今や世界一と言っても過言ではなかったのだが。
交通機関にしろ、劇場やレストランなどの飲食店にしろ、他国ではほとんど白人用席と有色人種用の席が区別されているのに、日本ではそんなものはない。
あるのはVIPルームくらいのものだった。
ホテルなどでも普通に同じ階層にアジア人がいて面食らう外国人は多い。
「火星人の統治は完璧だという評判だったけど、何て放任的なんだ!」
良く悪くも欧米人は驚き、戸惑う。
後になるほどに。
日本国内のアジア……日本人を含む……の態度が気に入らないとトラブルを起こす者も増え始めるのだった。
「どうして有色人種が俺たちと同等のような態度をとるんだ!」
と、怒り出すが意味はない。
警察沙汰になると、最悪強制送還の憂き目を見ることになる。
なので、日本を旅行する者に、専用のハンドブックが必要になるのだった。
もっともアジア人は大抵欧米人を避ける傾向にあったが。
下手にいざこざになれば、自分たちも余計なとばっちりを食いかねない。
だから揉め事になってもおとなしく殴られたり、逃げ出す場合がほとんどだ。
自分が一方的な被害者なら、咎められることはない。
逆に殴った欧米人は逮捕され、
「他の国ではありえない!」
と、警察で無意味な叫びを上げるだけだった。
不満の声も出てきて、火星人への抗議が大使館から送られることもある。
その場合の返答を意訳すると、
「文句があるならよそへ行け。ここは日本だ」
である。
保護国である台湾もこれに準じた形であり、台湾人はのびのびと生活していた。
こういう事実の積み重ねが伝わるようになると、火星人に対する不信・不満が出てくる。
「火星人はアジア人をちゃんと管理していない」
「白人と有色人種はきちんと区別するべきだ!」
欧州などでは一部の政治家たちが連名でそんな要求を送ってきたりした。
この行動に、火星人たちは困惑する。
「あっちには干渉してないのに、何でこっちに文句を言ってくるんだ???」
「自分たちの特権が侵されると思っているのでしょう」
サポートに着いた人造人間たちはそのように結論づける。
また、日本という特区に、他の有色人種がこぞって逃げ込む可能性も考慮したのか。
確かにアジア人だけではなく、一部の黒人や中東系もやってきている。
といっても、日本に在留したり帰化できる人間はそう多くない。
要するに日本社会と折り合いをつけて生きればいいのだが、それがなかなか難しかった。
入国するだけでけっこうな狭き門なのだ。
それでも、クリアして安穏と生活できる人間もいるだけに、焦れる人間も多かった。
このため、日本に行けると騙す犯罪組織があちこちの国に出てくる。
騙されて人身売買される被害者がわらわらと増殖するのだった。
また国ぐるみで火星人にすり寄ろうとするところもある。
うまく火星人を巻き込んで、利用しようという目論み。
当然食い込んでいる欧米人はさせまいとする。
火星人は無視を決め込む。
結果、弾圧がますます激しくなるという嫌な悪循環。
なまじ日本が圏内にあるだけに、アジアはバチバチと剣呑な流れになっていた。
欧米にすれば、火星人が無関心さは救いでもある。
もしもアジア解放などと言って首を突っ込んできたら目も当てられない。
特にアメリカは事実上植民地化している大韓共和国に目を光らせていた。
共和国は何度も火星人に接触しようとしている。
その意図は、火星人とアメリカを争わせることであろう。
うまく勝者の尻馬に乗るつもりなのは明白だった。
火星人はこれらの情報を、人造人間を介してアメリカに流している。
「そっちのゴタゴタに関わる気はない。揉めるつもりなら相応の処置をする」
というメッセージと共に。
ある意味アメリカにとってはホッとする展開だった。
火星人が敵に回る気はないと言ったわけだから。
それでなくても、大韓共和国の統治は難しかった。
解放者として乗り込んだものの、そこに住む人間はなかなか厄介である。
強権的に振る舞えばそこそこ従うが、反米主義者たちも多く存在した。
そのくせ、アメリカに対して無遠慮に援助を要求してくる。
資源地としては魅力的だが、市場としては満洲よりも劣っていた。
さらにはソ連や中国とも裏でつながりを持っている。
密かに密入国している者がかなりいることがわかっていた。
日本から解放して民主国家として教育するつもりが、足踏み状態である。
また日本に向けて入り込もうとする大小の船が後を絶たない。
最初は対処していたが、きりがなかった。
どうせ密入国などできないのだ。追い返されるか、塵になるかである。
それがわかっているものの、さりとて火星人に抗議もできなかった。
抗議をしたとすれば――
難民を出している共和国、引いてはその後ろにアメリカも藪蛇となる。
さらには管理論のせいで、アジア人の犠牲をどうかしようという人間もいない。
いや、いないわけではないが、少数派になっているのだ。
密入国者を放置し続ければ、アメリカの威信にも関わってくる。
「もはや救えないと判断して、火星人が朝鮮半島を攻撃するかもしれない」
と、警鐘を鳴らす声も出てきた。
住民はともかく、半島の土地を失うのは痛い。
アメリカも、締めつけを強くせざるえなかった。
その隙を狙うのはソ連である。
ソ連自体も火星人と敵対する気はなかった。
だが、その無関心さから、
「朝鮮半島を我々が管理しても文句は言うまい」
と、都合良く判断していた。
事実その通りではある。別にアメリカお墨付きを与えたわけではない。
「我々ならばもっときちんとした管理ができます。日本にも迷惑をかけない」
ソ連はそのようなアプローチを火星人に向けて行っていた。
対する返答は意訳すると――
「あ、そう」
である。
こうして諸々の工作を進めるソ連は、ますます跳梁するのだった。
火星人は制御できない自然のようなものだ。
ただし、こちらが干渉しないよう心がければ、文句も言ってこない。
扱いがわかれば、活路が見いだせるわけだった。
だが、それは他者の災厄を意味する場合もある。
ことアジア諸国にとっては相変わらず欧米に搾取される状況だ。
それを何とかしようと、火星人を巻き込もうと、どこも必死であった。
日本では再編成された全国の学校が新学期共にスタートしていたが。
中国大陸では、資本主義と共産主義が火花を散らし始めていた。
これによって中国は大きく二分し始める。
それと同時に、アメリカは事実上支配していた満洲に、傀儡国家の建設準備をしていた。
アメリカを手本とした、資本主義、民主主義国家である。
しかし、その動きには不安を述べる声も多かった。
最初に保護国として統治している大韓共和国での実績がよろしくない。
特に元・貴族階級というか支配階級が頼りにならなかった。
どうにも現地人があてにならないため、アメリカから人材を連れてきている。
統治にあたって。
アメリカは日本人は侵略者であり、自分たちは解放者であるという触れ込みで宣伝した。
あくまで『日本人』であり、日本国ではない。
という大して意味もないようなフォローを入れて。
国として日本を攻撃することが、現在の支配者である火星人への攻撃になるからだ。
まあ、その効果があってだろうか。
共和国では、克日というスローガンのもとに、日本統治時代のものをどんどん排斥する社会運動が起こっていた。
マイナス感情の方向が日本人に向かうのなら、アメリカとしても文句はない。
しかし、あっという間に運動は過激化して、お互いを親日的である、親日的だった告発をするという何とも剣呑なものとなっていく。
しまいには、インフラの徹底破壊や破棄という暴走にまで発展する。
アメリカが失敗だったと気づいた時には、もはや後の祭りだった。
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