第十八回 黄禍
「全部火星人ってやつらの仕業なんだ……」
「なんだって、それは本当かい!?」
中国大陸・満洲周辺では共産党軍などの散発的な攻撃が続いていた。
アメリカ人居留地を中心に、小規模な攻撃が何度もくわえられる。
これに対して駐留している米軍が動き出すと、すぐさま撤退してしまうのだ。
守りを固めても、弱い部分を狙っての攻撃が行われる。
そのおかげで駐留している米兵はかなりのストレスにさらされていた。
以前は日本に対抗するため、アメリカとつながりのある派閥が多かったわけだが。
いわゆる、夷を以て夷を制す――というやり方だ。
だが、一方の日本は火星人に征服され、大陸から離れてしまった。
それで一時は喜んだものの、今度はアメリカを中心とした欧米の進出である。
満洲を中心に、白人に牛耳られた土地があちこちにできる有様だった。
もう一度、以夷制夷 (いいせいい) と火星人にコンタクトを取るが一蹴されている。
そうなれば自力で対抗するしかないと、反米の火があちこち燃えていた。
火に燃料をくべていたのは、ソ連の工作も影響している。
同じく中国へ手を伸ばすべく、工作を進めていたわけだ。
また、アメリカ本国では次第に好景気に揺らぎが見え始めていた。
景気を維持するため、中国へさらに手を伸ばさざる得ない。
資源地としても、市場としても大陸の魅力は大きかった。
アメリカは様々な対抗勢力への対処して、軍を増やしていく。
以前にアメリカ人居留地で起こった暴動や虐殺から、中国人への態度は厳しいものとなっていた。
少し前までは、中国系などの活動もあり、
「野蛮な日本に侵略されている民族」
というような見方が多かったかもしれない。
表では侵略への反発だが、裏では大陸利権の奪い合いである。
で。いざ邪魔な相手が消えたとなれば。
さらに、自国民は虐殺されたとなれば。
黄禍論が中国人を標的として、大きく噴き上がり始めたのである。
日本人は火星人に管理され、脅威ではなくなった。
だが、中国人は、他のアジア人は誰が管理するのか。
そうして語られ出したのが、『有色人種管理論』というものだった。
野蛮なアジア人は白人によって統治管理されなければならない――という主張。
言うなれば、日本人を管理する火星人に習ったものである。
日本が平和的に統治されていることも、それに拍車をかけていた。
有色人種は野獣と同じであるから、管理せねば危険だという論が書きたてられる。
これによって、アメリカでは『有色人種管理法』なるものが持ち上がり出した。
それと一緒に叫ばれたのが、
「居留地の悲劇を忘れるな!」
である。
アメリカ人居留地襲撃は、有色人種への攻撃に正当性を与えてしまったのである。
これにより、アメリカでは有色人種たちのコミュニティへ、どんどん政府が干渉を行い始めたのだった。
「徹底して厳しく管理と監視しなければ、奴らは牙をむく」
そんな恐怖に裏打ちされた暴走である。
有色人種の教師をクビにして、全て白人にしようとする動きも出た。
「テロや扇動をする者を排除するため」
裏を言うなら、
「白人に抵抗するような教育をさせないため」
特にひどい地域では、有色人種の学校に警官を入れて監視させようというものも。
また犯罪者の有色人種に対しては去勢まで検討するようになった。
これは、火星人の統治も影響している。
火星人は悪質な性犯罪者に対して去勢を施すことを決定していたからだ。
もっとも、これは半分脅しの意味合いが強かったわけだが。
男尊女卑の傾向が主流だった社会に対して、男女平等に移行するための一手である。
しかし、それを欧米人は都合良く解釈したわけだった。
「神、それを欲したまう」
ならぬ、
「火星人がやってるからOK」
とでもするべきだろうか。
ことにアメリカにとっては、満州をより強権的に支配して、締め付ける口実となった。
あるいは、本気でお題目を信じた結果かもしれない。
「神が人を支配するように、白人も有色人種を支配せねばならない」
と。
こうなってしまうと、中国人はさらに反発した。
自分たちが管理されなければならない存在だという押しつけに納得できるはずもない。
中国にも、自分たちこそ世界の中心だという中華思想がある。
それが欧米への反発を伴って噴き上がり出した。
根幹で叫ばれたのは、
「我々は東夷ではない――我々中華だ。日本人とは違う」
日本人は東の蛮族だから、天の怒りをかって征伐された。
――しかし、中華の民である我々はそんな扱いを受けるいわれはない。
と、いうわけだ。
「火星人は我々を正当に扱え!」
大陸のあちこちでそんなデモとも集団発狂とも言える行動が見られた。
これに対して白人は、徹底的な弾圧を加える。
「凶暴な有色人種は犬以上に躾けなければ駄目だ!」
「油断すればまた牙をむきだして女や子供を襲うぞ!」
駐留している軍隊が鎮圧にかかり、銃床で殴りつけ、場合によっては発砲した。
多くのケガ人や逮捕者、死傷者を出す惨事となってしまう。
中国人たちの憤懣は否が応にも高まってしまった。
しかし、表立って反抗すればたちまち投獄されてしまう。
また扇動を行った者や抵抗運動をする人間には、懸賞金がかけられた。
後になって、これに共産主義者なども加えられることになる。
ソ連が中国共産党を通じて、反米運動を工作したことへの処置だった。
大陸利権のため、大陸の共産化のため、ソ連は多くの資金と人員を送り込む。
中国を舞台に、米ソの対立が大きくなり始めていた。
しかし、アメリカ国内にはソ連と争うべきではないとする主張も出てくる。
「同じ白人国家なのだから、協力して有色人種の管理を行ったほうが良い」
政治や学者に、そのように語る一派が出てきたのだった。
ドサクサ紛れでもないだろうが、かなりの共産主義者、あるいはそれに近しい人間が政界に入り込んでいた結果である。
この時アメリカは大量消費と経済成長で狂奔していたわけだが。
また、新たな獲得した中国の利権・市場がそれを助けてもいたのである。
しかし、永遠の好景気などありえない。
転生者こと八太郎の知る歴史では、この後に暗黒の火曜日が待ち構えていた。
果たして、この世界線においても、同じことが起きるのか、否か。
ただ、前兆はヒタヒタと着実に迫っているの確かだった。
そのような中で、米軍はより多くの兵士と武器を中国へと送り込んでいく。
しかし、散発的な戦闘はいつまでたっても終わりはない。
次第に米軍はズルズルと中国大陸の泥沼に引きずり込まれつつあった。
かくして、軍事費はさらに増大していくのである。
街では多くの論者が『有色人種管理論』を叫んでいた。
それを受けて、多くの若者が軍に志願していく――
インドでも、独立を叫ぶ声に対して苛烈な弾圧がくわえられるようになった。
『有色人種管理論』は欧州に広く広がり、イギリスもその影響下となったのである。
そしてアフリカやアジアに、どんどん欧米国家の手が伸びていった。
だが、アジア方面は朝鮮半島と中国を除けば動きはやや遅いものに。
台湾は火星人の保護下にあり、他の国も日本に接近していた。
火星人は積極的に関わりを持とうとしなかったが、日本人の説得……? などによって少しずつではあるが、アジアとのつながりを広げつつあったのである。
中国や半島はその性質から接触を断っていたが、他の国に関しては要望を聞き入れた。
そうなると、日本に逃げ込んでくるアジア人は次第に増えていくこととなる。
不法入国は容赦なく塵にするが、審査を得て許可された人間は入国できた。
同じく審査に合格すれば、日本に帰化することも可能である。
審査は厳しいが、犯罪者など危険人物でなければ時間はかかるが取得できるのだ。
このため、多くの工作員などが素性を隠して入国しようとするが、全て捕まっていた。
特に中国系の者が多く、日々のメディアで報道されていく。
次第に増えていくアジア系だが、何かがあれば即時強制送還される上に、誤魔化しも逃亡もまるで意味をなさないのだ。
そもそも、問題になるような人間は最初から入国できない。
とにかく、社会秩序や法律を守る限りは安全に暮らせる国だったのだ。
移民などの場合、同じ人種や民族でコミュニティができるもの。
だが。
日本においては火星人の統制する行政が色んなサポートを行ってくれた。
衣食住や仕事に困ることがまずないので、後は日本社会に馴染むかどうかである。
育った環境の違いからトラブルも発生するが、フォローが入るので何とかなった。
それはつまり、『管理』が厳重であることの裏返しでもあるのだが。
中には故郷の料理を屋台などで売り、けっこうな利益を手にする者も出てくる。
成功するには、日本人好みの味にする必要もあったけれど。
火星人の教育システムや機器の補助で、日本語習得も容易だったこともあった。
言語や文化習慣の壁がけっこうな度合いでフォローされると、アジア人たちはどんどん日本に馴染んでいく。
日本人側の差別的感情も、火星人……というより人造人間たちのフォローによってだんだん消えていった。慣れたのである。
やがて、他国人たちも円盤・宇宙都市などに移住するものが増えていく。
アジアの色んな人種が文化と共に日本に根付き始めたのだった。
だが、それでも火星人は他国に対して無関心に近く、冷酷とさえ言えたが……。
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