第十六回 友人
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「ふーん。ほんなら、山田は今まで浮浪児じゃったんか。まあ、ここに入るのはみんな似たり寄ったりじゃけえ」
「中村は?」
「わしゃあ、広島におったんじゃ」
「ああ、なるほど……」
と、八太郎は納得する。
どことなく聞いたことがあるようなその方言は、広島のものだったのか。
中村少年と話すうちに、お互いに身の上話などになったわけであるが――
彼こと中村健吉は、元々広島で家族と共に暮らしていたのそうだ。
しかし、家が火事になって家族を失い、知り合いの家へ居候の身の上に。
居候先ではずいぶんと肩身の狭い思いをして、いじめられたと語る。
「その時を思い出すと、わしゃ、くやしゅうてくやしゅうて……」
熱っぽく語る中村少年の瞳には、うっすら涙が見えたようだった。
ところが、火星人がやってきてから、生活はさらに一変した。
中村少年は火星人の預かるところとなり、養護施設に来ることになったわけだが。
かくして、中村少年が広島で見たこと、見聞きしたことを聞かされる。
広島は都市型円盤が軍事基地として高高度に浮かび、目一箇もかなり配備されたらしい。
そして火星人の統治が始まる直前、ある出来事があった。
中村少年の住む町内の町内会長が妙なことを始めたのである。
『火星』と赤字で書かれた手製の旗を振るって、取り巻き連中と共に憲兵の真似事みたいなことをやり出したのだ。
火星軍が来るからこれからどうのこうの……と、強権的に振る舞ったのである。
まるで自分が火星人になったみたいに近所へあれこれ指図をした。
元から小金持ちで町内の権力者みたいなところのあった男である。
軍部や在郷軍人とも付き合いがあり、悪い意味で威勢の良い人物だった。
それが、いきなり新しい支配者の手先となって肩で風を切って歩き出す。
変わり身が早いというべきか、賢いというべきか。
ただ。それらの行動はあまり意味をなさなかった。
というよりも、墓穴を掘ったというべきだったか。
会長はすぐにやってきた機械兵……目一箇に拘束され、連行される。
一連の行動から、危険人物だと判断されたらしい。
それから行われた火星人統治は八太郎も良く知っている。
玉音放映の効果もあり、個人差はあるがみんなそれを受け入れていった。
ただ、受け入れ切れない人間も当然出てきたそうだ。
日本刀や銃を没収された軍人・在郷軍人などは反抗して刑務所に入ることに。
中には木刀を振るって目一箇に突っ込んでいった蛮勇もいた。
当然意味はなく、木刀は折れて、その男は逮捕されてしまう。
こういう光景を中村少年は度々見たのだった。
時間を経るに従い、抵抗する軍人たちはどんどん求心力を失っていく。
元から勝負にもならない上、みんな火星人統治でうまくやっているのだ。
衣食住や医療が保障されており、助かるものばかりだったのだからしょうがない。
そういう抵抗する軍人は、仕官クラスが多かったようだ。
下士官以下は地方・農村への援助もあり、比較的早く統治を受け入れている。
自分たちの実家が助けられているのを、実感として感じていたか。
しかし、火星人の技術力・通信網においては指揮官は階級が上がるほどに価値が低くなってしまっていた。
兵士そのものはいくらでも増産可能ながら、人間の兵士も色んな分野で用途がある。
また技術仕官たちも、やることはたくさんあった。
だが、全体を統括して指揮する中枢部は、不用となる人間が多く出てしまう。
陸海で派閥争いがあり、同じ陸軍海軍でもやはり派閥争いがある。
どの組織でも言えたことだが、内輪のことばかりにとらわれ気味な傾向。
それは、火星人でも如何ともしがたかったのだ。
もちろん優秀な人間も多くいたけれど、火星の軍事力があれば総指揮を執るのが小学生でも勝てると計算に出ていた。
そもそも、人間の指揮者にすることは限られている。
「これこれをしたい」
と、AIなどに命令すれば、後は全部自動でやってくれるのだ。
こんな状態になるのなら、最初からいないほうがマシというものだった。
無論、能力がある人間が命令すれば無駄なく効率的にできるであろうが。
結局個人ではなく全体を見た場合の結論は、
「資料などは全部手に入れたから、こいつらはもういらないな」
そういう冷淡なものだった。
かくして、軍の上層部は強制的な転職や引退をせざる得なくなった。
ただ。
それでハイサヨウナラとなった者はある意味幸福ではある。
しかし、軍内部にあれこれとあった諸問題をも追及された。
財閥との癒着などはまだ可愛いもので、外国の諸勢力と通じていた者もいる。
そういう人間は、それぞれ刑に服することとなった。
――。
世間話の後で、
「ふーむ……。軍人さんも大変なんだなあ?」
八太郎は何とも言い難い気分で首をひねった。
「まあ、大変なのはえらい人じゃけえ。わしらみたいな下っ端は関係ないわい」
ガハハと中村少年は笑っていた。まあ他人事だ。
そんなことをしていると、人造人間のユカリが部屋にやってきた。
「あら、中村。もう仲良くなったの」
「てへへへ」
中村少年はユカリに言われ、ちょっと照れたような表情である。
「えーと?」
「私はちょっと前からこの施設で手伝いをしているの。あくまで補助だけど」
と、ユカリは説明をしてくれた。
「ははあ。なるほど」
「今日は休みだし、みんなも自由にしてる時間だからちょうどいいわね。では、今から寮生へ紹介をしましょう」
立って、とユカリは八太郎を立たせた。
「集会でもするんですか?」
「そんなことはしない。通信で行います」
ユカリが合図するように手を振ると、空中に四角い画面が浮かんだ。
<ただ今より新しく入った仲間を紹介します。みんな画面を見てください>
と、アナウンスが施設内に流れ出す。
「みんな、本日より新しく当施設に仲間は増えました。山田八太郎くんです」
ユカリが空中に向かって話しかけると、画面にもユカリが映る。
そして、画面はユカリから八太郎へと切り替わった。
「では、みんなに挨拶を――」
「あ。えーと、山田八太郎です。色々わからんことばかりですが、どうぞよろしく」
八太郎はとりあえず当たり障りのない挨拶をしておく。
「はい。では後はそれぞれ直に会って話してください。ついでながら、改めて注意しておきますけれど、施設内での暴力・恐喝など、犯罪にあたる行為は厳しく罰します」
ユカリがちょっと怖い笑顔で言うと、画面は施設前に運動場へと切り替わる。
そこでは、数人の少年が汗まみれで走っていた。
(あれは……こっちに来る時も走ってたなあ? 何かの罰か?)
「――昨日、一人を複数で暴行していたので、罰を与えています」
と、ユカリは少年たちの名前を言った後、説明した。
「男ですから、喧嘩もするでしょうが、悪質な暴力は許しません。鉄拳制裁はしませんけど、代わりに無駄な体力を存分に使わせてあげます。決して体に害がないよう調整するので、思う存分汗を流せますよ。もちろん、後日に障りがないようにもします」
怖い笑顔で説明するユカリは下手な男よりもはるかに恐ろしかった。
横で見ているだけの八太郎たちさえ震えるほどである。
「見えないところでこっそりできるなんて、くれぐれも考えないように」
最後にユカリは釘を刺し、
「じゃあ、今は自由時間だから、ゆっくりしなさい」
通信映像を斬った後、八太郎たちへ言って部屋を去る。
「きれいじゃけえど、おとろしいのう!!」
中村少年は怖がっているのか怒っているのわからない、複雑な顔で言った。
「ああいうことは、よくある?」
「ほうよ。前よりは少なくなったけえど、悪さをするとやられるわい。持久走やきつい体操をたっぷりさせられて、絞りあげられるんじゃ。殴られるよりずっときついよ」
「中村も?」
「わしゃ喧嘩で罰の体操させられたんよ。きつかったわい」
「何回?」
「ほうじゃのう、四、五回かのう」
「けっこうやっとるんだなあ……」
「ひどい目にあうとわかっとるけど、引けん時もあるわい」
そのへんは八太郎も多少わかる気がする。
ただ詳しく聞いてみると、中村少年の場合やや手心がくわえられた感もあった。
喧嘩はしてもいわゆる弱い者いじめではなかったためらしい。
火星人ならどれも一緒くたにしそうだけど、人造人間は多少機微がわかるようだ。
もっとも、そうでなくっては調整の役目が果たせないわけだが。
「もうそろそろ学校が始まるそうだけど……」
「おう、お前も見たじゃろう。この寮の向かいに建っとるわい」
中村少年の言う通り、運動場を挟むようにしてすでに校舎は完成していた。
「四月から向こうで勉強するけえど、どんなもんかのう」
「ここじゃ勉強はなかったの」
「いやあ、とんでもない。毎日あるわい。わしゃ頭が悪いけえまいるよ」
「ふーん」
「ほんでも、先生は教え方がうまいけえ、ちょっとはわかるようになってきたわい」
登場人物が増えました。あれこれと時間が進んでいきます。




