第十四回 東亜
今回ちょっと戦記っぽい感じになりましたでしょうか?
『野蛮の帝国はいかにして滅んだか?』
アメリカの文化人類学者が、このような本を出版した。
火星人統治前後の日本について書かれた書物である。
内容としては、人種偏見が大いに盛り込まれつつも、それなりに鋭い日本への批評。
もっとも著者は来日したことはなく、資料のみを閲覧して書かれたものだった。
偏見があるとはいえ、時代背景を考慮し、評価に値するものだったかもしれない。
この本が、全米のみならず欧州でも大いに売れた。
内容を縮めた廉価版も大量に出版され、思わぬ大ヒットとなったのである。
他にも、良く明確にわかりやすく描いたコミック版もあった。
本の内容は何故日本が火星人によって征服され、統治されているかという考察だが。
理由としては日本の野蛮な習慣ややり方を上げて批判し、野蛮でありながら下手に文明化をして凶悪なので、宇宙的平和基準から火星人が動いたというもの。
火星人は進んだ文明を持つだけあって平和的で優れた種族だと評価していた。
その証拠に、火星人は日本は征服しても、欧米を始めとする文明国には手を出していない。
これこそが明確な証拠であると断言している。
他にも、農村などの閉鎖社会を批評して、そのくせ都会だけは欧米も物真似をした歪んだ国だとこき下ろし、火星人も今は日本人の教育で忙しいのだと結論。
だから、現状では文明国との交流する暇がなく、このまま日本人がうまく進んで教育されるのなら、いずれ欧米とも親しく付き合うようになるだろう――と。
日本人はたちが悪く、やたらに模造品を造るのがうまく、そのくせ侵略的であり、アジアの
国々に大変な脅威となっていた。
火星人はアジアを開放して、欧米の進んだ文化・文明を受け入れいる下地を手伝ったのだ。
かなり偏った視線からなる本だが、欧米の白人層には正しく現状を正確に書いたものであると広く受け入れられ、読まれたわけである。
ハリウッドでは、火星人と白人が協力して、野蛮な日本からアジアを救うという映画が製作されて、これまた大ヒットした。
こういったものが受けた理由には、火星人との交流が進まない苛立ちもあったのだろう。
性悪な日本人の矯正・教育に時間がかかるからだと自分たちを納得させた。
実は火星人にはそんな気持ちは特になかったのだけど。
さて、そんな調子で欧米は、
「東アジアは解放された。今こそ新たなフロンティアに旅立とう!」
と、大陸へとの進出を進めていた。
そんな折に、その事件は起こる――
満洲に建設されていたアメリカ人居留地へ中国人たちが殴りこんだのである。
後に『満洲事件』と呼ばれる出来事だった。
満洲は一部の富裕層が欧米人と結託して利益を貪る一方、多くの貧しい中国人は搾取され、貧困の中で不満を燻らせていた。
それが、扇動をきっかけに暴発したのである。
『火星天軍』
このように書かれた旗を振りかざして、暴徒は狂乱し、略奪者と化した。
「火星から来た天軍が我々に味方する!」
どこからか流れてきたこの噂に火がついて、貧民を狂わせたわけだ。
アメリカの軍事力が圧倒的だが、火星人が味方すれば問題ない。
小日本を追い払ったように、再び外夷を追い払ってくれるだろう。
そう叫びながら、暴徒たちは居留地で暴れ狂った。
当然すぐさま米軍の出番となるわけだが、暴徒に荒らされた居留地は大量の写真と共に新聞のトップを飾ってアメリカ人を驚かせ、そして怒りと憎悪に駆り立てる。
放火に略奪や暴行が吹き荒れた居留地にはゴロゴロとアメリカ人の死体が転がっていた。
中には、裸にむかれた女性や子供の死体も多く見られるという始末。
「チンクの暴徒どもに報いを受けさせろ!!」
世論に押されて、米軍は瞬く間に暴徒を鎮圧し、満洲を牛耳った。
この事件は、ある意味アメリカにとって願ったりかなったりのものとなる。
前々から本格的な進出を考えていたアメリカにとって、治安維持や報復という名目で軍隊を大量に送り込み、『開拓』を一気に広げるチャンスとなった。
これをきっかけに、満洲全体が事実上アメリカの領土になっていく。
そして、さらに多くの『開拓者』がアメリカから満洲へと渡っていった。
中華民国はこれに反発したが、もはやどうにもならない。
しかし、その後も散発的な反抗が満洲の周辺で繰り返されるのだった。
満洲事件をきっかけに、欧州も大陸へとさらに牙と爪を伸ばし始める。
結果的に、中国人はより圧迫されることになってしまった。
こうして中国大陸という巨大な牛は飢えた肉食獣たちに体を喰われていく。
中国での流れから、アメリカに移民していく中国人は増えていった。
大陸における生活よりも、新天地での逆転を夢見て……。
しかし、増えた移民の数は、満洲事件での悪印象をさらに強めた。
ただでさえ、居留地を襲った暴徒というイメージがつきまとっている。
渡米しても中国人にありつける仕事は低賃金で悪条件なものばかり。
逆に白人層はそうやって搾取することで、より利益を得ていった。
結果的に、生きるため、富を得るために犯罪へ手を染める者が増えていく。
いわゆる、中国系犯罪組織の層が厚くなっていったのである。
まともに働いても豊かになれず、夢さえも見れない。
そんな状況で成り上がり、富を得るには裏社会で成功するしかないわけだ。
さて、そんな状況と同時に、アメリカでは別の問題も起こりつつあった。
日本叩きの本がヒットしたと同時に、日系人への蔑視が強くなっていたのである。
学校などでは、犬の首輪を日系人に投げたり、首につけたりするいじめが起こった。
これは新聞などの風刺画が原因だろうと思われる。
動物のごとく火星人にしつけをされる日本人の絵。
それはつり目で眼鏡と出っ歯の醜くデフォルメされたものだった。
また火星人に飼われた犬のごとき姿のものも。
題名は『奴隷の幸福』。
このフレーズは選挙演説などでも頻繁に使われるようになる。
「我々誇りあるアメリカ市民は、奴隷の幸福よりも開拓者の自由を選ぶ!」
実際に日本の様子を見ればそんな余裕は持ちえなかったかもしれない。
が、多くのアメリカ人たちにとって、日本など一生行くこともない遠い異郷だった。
また、地球を代表する文明国であるという矜持もあったのである。
「我々は火星人とも対等に交渉できる。何故なら文化的にも進んだ文明人だからだ」
このような欧米相手に四苦八苦することとなった中華民国。
意識があるのに内臓から喰われるような状態の中で、日本へと救援を求め出した。
正確には日本人ではなく、火星人の軍事力を頼って……であるが。
様々なルートから火星人、あるいはコネのある日本人へと接触を試みた。
「同じアジアの同胞として、欧米の侵略から救ってほしい」
意訳すればこのような内容である。
「関係ないね」
対する火星人の返答も、意訳すればこのようなものだった。
けんもほろろ、という状態である。
この事態に、日本人もまったく無関心であったわけではない。
「アジアの一員として、今こそ立ち上がるべきである!」
と、演説をぶったり、火星人に直訴する活動家も現れた。
「このまま欧米の東亜侵略を黙って見過ごすのか!?」
火星人に書状を持って突撃した勇者も出てきた。
と、いっても火星人はわりとどこでも見かけられる。
全員がネットワークでつながっている生物だから、どの個体に突撃しようが同じだ。
そして、一応書状は全部受け取られ、目を通されるわけだが――
「こういう要望は受け入れられない」
と、つれなく即答するのだった。
また、こういった事例を会見で発表して、
「我が国が大陸の動向に関与する予定はない」
ラジオや新聞などのメディアを通して国民に広く伝えた。
「大陸や朝鮮が奪われたのなら、日本や台湾も危ないのではないか?」
そのように懸念する声も多く寄せられた。
これに対しては、領海内上空や台湾へ軍艦を守備隊として送ることで答えた。
特に日本海付近では、ただでさえ朝鮮半島や大陸からの不審船が多い。
おそらく、日本に密入国しようというというもので間違いなかった。
これらは上空からの監視ですぐに見つかり、追い返されるか撃沈されている。
事実として、密入国が成功した例は、ない。ゼロだ。
だが、それに反してアジアのあちこちで、密入国に成功したという噂がある。
「日本に行けば我々は上級国民として生活できる!」
という願望混じりのものが、中華圏や半島で広まっていた。
だからこそ、密入国せんと目論むものが多いわけである。
それは欧米列強による搾取からの逃避でもあったかもしれない。
欧米のある新聞記者は、火星人の冷淡な対応に、
「人道的に難民などを保護すべきではないか?」
と、記事に書いた。またそのように主張する活動家も出てくる。
だが、そのへんを突くと原因として欧米の搾取が問題化してしまう。
結局新聞記事による声も、尻すぼみに終わった。
またソ連などでは、火星人による統治を、
「共産主義の完成形である」
として、称賛しているようだった。
どうも富裕層から財産や土地を取り上げていると勘違いしている。
実際税金は増えているが、財産没収などはないのに。
日本国内では、社会主義や共産主義のシンパたちも低迷下していた。
国民の生活が安定して、余裕が出ているためである。
賃上げ闘争などしなくても、火星人が全てやってしまっているわけだ。
そうなってくるとしょうがないので、ソ連との接近を叫ぶようになっている。
ソ連としても、もし火星人の援助が得られれば万々歳であろう。
だが、そのような予定もないと正式に発表された。
そして満洲ではアメリカによる傀儡国家建設の動きが起こっていく――
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