第十三回 天譴
前回よりは早めにできました。
「そういうわけで。見本が完成したよ」
「うーーーーーーーーむ……」
「君の記憶を参考に造ったのだが、どうかね?」
「箱のデザインはいいですなあ……」
八太郎は半分無意識でうなずいていた。心からの称賛である。
模型の箱は、前世で作っていた人気ロボットアニメのモノとよく似ていた。
『大日本帝国陸軍兵器・量産型目一箇』
見栄えのするコンピュータグラフィックらしきイラストはワクワクさせる。
「開けてみても?」
「もちろんそうしてくれ。で、是非とも作ってみてほしい」
「道具は」
「いらないけど」
「ふうむ?」
言われた通り、八太郎は箱を開いて中身を見てみる。
見た感じは普通のプラモデルのように思われた。
ともかく、説明書通りに組み立て始めてみると、あることに気づく。
手で切り離すというかちぎるのだが、パチンパチンときれいに取れる。
こうすると、普通は後でちぎった跡がつくものだが、それがない。
ないことはないのだが、ものすごく目立たないのである。
近くで凝視しなければまずわからぬという感じなのだった。
そして組み立てていくと、実に完成度の高いものだと実感する。
実物にかなり近く、手足も自由に動かせるのだ。
色々ポーズをつけてみたくなるような出来栄えであった。
「こりゃあ、いいや。素組しただけなのに満足感がある……」
「……なるほどね。では、次はこれだ」
続いて出されたのは、宇宙軍艦の模型であった。
八太郎、これは前世含めて初めての作製である。
ロボットものは作ったことがあるけど、軍艦はなかった。
新鮮な驚きと共に、目一箇の模型よりも時間をかけることとなる。
それでも、出来上がってみると実によろしい。自分でもウットリとなった。
きっと慣れたモデラーが手を加えたたら本物そっくりになるだろう。
「良い出来だねえ!」
素直に感嘆して、八太郎は火星人に言うのだった。
「うん。非常に参考になったよ。これからすぐに販売してもよいな」
「ふーん。やっぱり売り出すのかい。儲かるかな?」
「利益を得ることが目的ではないけど、得られたものは全て国民に還元する予定だよ」
「へえ、まさかお金を配るのかい?」
「そうだね。そのうち最低限の所得保障を試みるつもりだ」
「……というと、つまり? まさか」
「国民の生活が最低限保証されるように、お金を配る制度を導入する予定なのだよ」
「……そんなことして大丈夫ですか!?」
八太郎は思わず叫んでしまった。財源は持つのだろうかと心配になる。
「軍事なんかがゼロにできたからね。まあ、正確には完全にはゼロじゃないけれど。全体からするとまったく微々たるものだよ」
「それは、個人的には嬉しいけれど、やっぱり大丈夫かなあ?」
「まあ、現金だけを配るのじゃあないけどね。食料配給は今もしているしさ。これについては即座にやるわけでもないんだ。慎重に計画している」
「ううーむ……」
と、まあこんなやり取りの後。
火星人の手で、模型は販売されることとなったのである。
一気に爆発的ヒットとはいかなかったが、徐々に売り上げは伸びていった。
まず好事家の目に留まり、それから徐々に少年を中心に広がっているようである。
値段も良心的というか、かなりサービスをしたものになっており、好評。
これがきっかけとなって、日本の少年たちに模型ブームが広がり出した。
ゆっくりとだが、確実に。
日本中の男子たちが模型趣味に注目していた頃――
次々に土地開発が進んでいる東京の片隅で、一人の文士が散歩していた。
新しく造られた公園を歩くうちに、知人と出会うこととなる。
「やあ、しばらくです」
「これはどうも、どうですか。お仕事のほうは?」
「まあ、好きにやらせてもらっておりますよ」
と、文士は苦笑した。
統治下の中、様々な文化活動は大きく躍動していた。
あるいは、放置されていたとするべきかもしれない。
特に何がしかの創作活動については、小説にしろ映画にしろ野放しだった。
色んな作家が、好き放題に描いている。
また、識字率や読書の習慣が広がった結果、本の売り上げも上がっていた。
出版社などは大喜びである。
最近では、やたらに官能小説やらその手の雑誌も増えている。
やはり売れるし、火星人も何も言わない。
そしてそういう風潮に異議を唱える意見も、出版に載っているわけだった。
中には、火星人統治を大いに批判したものもある。
『火星人は日本人の魂を骨抜きにし、弱体化させており、けしからぬ』
『日本国民はこの統治に対して、大和魂を奮い起こさねばならない!』
などなど。
売れ行きからすると、こういう意見にも一定数の賛同者がいるようだった。
だが、そんな批判も無視されて放置されていたのである。何も言われない。
そういえば、文士が公園に来る前にも、往来で演説している男がいた。
男の論調は、震災の後に語られた天譴論に似ていたかもしれない。
このまま堕落していれば、いずれまた天罰が下ると語っていたか。
「確かにそんな意見も耳にするようですな」
と、文士は知人と語らった。
街の酒場などでもアレコレけしからぬと語る人間は見かける。
「地震からそう月日もたっていないのに、またも天罰が下りますかな?」
知人が冗談めかしてそんなことを言った。
「さてねえ。誰に対して、誰が下す罰でしょうなあ」
文士は苦笑して、公園を見る。
ここも、ほんの少し前までは震災の爪跡が残る場所だった。
それがあっという間に片づけられ、上品な公園となっているのだ。
「まあ、確かに火星人統治の復興は大正の好景気と重なるところもありますか」
大正は、日本に限れば平和と繁栄、好景気の時代だったかもしれない。
でも、振り返ればそれは都心部だけだったのではないか。
田舎へ行けば、江戸時代のような生活をしていた農民は多くいた。
いや、そんな人間ばかりだったのではなかろうか。
震災前の景気も、一部のモノばかりが富を大量に得るのが中心だった。
確かに成金と呼ばれるような人間もいたけれど、日本全体で見れば大きく偏重したものだと言えるのではないか。
天が罰を与えるというのは、言い換えれば人間の行いが天地をも動かすのだという、驕った考えかもしれぬ。
たかが知恵ある獣にすぎない人間に、そこまでの値打ちや力があるのか?
文士はそんな風に思わなくもないのだ。
自分の存在を特別視したいというのは、ある種の病かもしれない。
しかし、それなくば人間はここまで文明を発達させえなかったかもしれぬ。
「とはいえ、現在の日本は火星人が支配しておるわけですから、天罰が下るとすれば火星人の上かもしれませんなあ。もしやすると、あの小説がごとく、地球の病原菌で彼らが全滅するということもあるかもしれません」
文士はそう言ってみるが、おそらくはありえまいとも思っている。
零ではあるまいが、可能性は恐ろしく低いはずだ。
彼らの技術力からすれば、そんなものは当の昔に対策済みであろう。
「あるいは、火星人の襲来こそが日本人に与えられた罰かもしれませんな」
「罰、ですか?」
知人がちょっと納得できないという感じであった。それに文士は思わず笑う。
全体からすれば、日本人は火星人によって救われ、助けられている。
ついこの間まで学校にも行けず、食うや食わずだった子供が大勢いた。
今やその数はほぼゼロだと考えてよかろう。
家もない孤児たちもみんな保護されている。
これは世界規模でも見ても画期的なことではないだろうか。
おそらく日本より進んでいる欧米でも、孤児や浮浪者は大勢いるはずだ。
これが罰と言うのなら、ずいぶんと優しく温かい罰である。
けれど、その一方で大きく損を被っている人間もいるのだった。
政治家や官僚はその地位を失い、軍人も上に行くほど立場を失っている。
逮捕され、罪に問われている者も少なくないはない。
逆に単なる一兵卒などは、そのまま軍に残されている。
彼らは国家公務員として働くことになったという。
けれども。
「少し前に皇居前で切腹しようとした軍人がいたでしょう」
「ああ、寸前で捕まった……。確か陸軍の佐官でしたかな?」
と、文士たちは語り合う。
軍が火星人によって再編成される中で、それに納得できなかった者だ。
「そうです。国のために働いた軍人を見放したと、陛下に抗議する意味での自殺です」
未遂で終わりましたがな、と文士は頬を掻いた。
何しろ現在銃火器や刀剣類については厳しく管理されているのが現状である。
軍人でさえ、拳銃一つ持つのに苦労しているようだった。
「そもそも、火星人の主戦力はあの機械兵でしょう? 戦争の際に、人間の軍人が今後戦地へ赴くことがあるんでしょうかな」
指揮官……も、必要かどうかわかりかねますなあ……と、文士たちは頭をひねった。
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