第十一回 商機
体調の不良等があり、メインのほうだけでこっちになかなか手が回りませんでした。
定期投稿が難しいですが、よろしければお付き合いください。
日本全国では、武蔵を始めとする宇宙都市の宣伝が大々的に行われていた。
そんな中、火星人の円盤を一人の若い紳士が来訪。
紳士は飛行自動車で一機の円盤まで運ばれ、真っ白な客室で待機させられる。
すぐにドローンがお茶と菓子を運び、それと一緒に一人の人造人間が入室。
青い瞳に、ややウェーブのかかった金髪をした白人型だった。
「はじめまして。わたくしは、ブルーと申します。見ての通り人造人間です」
「はい、私は……――」
名乗るブルーに対して、紳士は丁寧な自己紹介をした後、話を切り出した。
「今回は少しお願いがあってお邪魔したんです」
紳士は出身地の訛りを抑えめにしながら、話をする。
「あなたがたの運営しておられる、施設での食事にうちのケーキを出させてほしいんです」
「残念ながら、全施設の食事は我々だけで調理提供することになってます。外部から購入するということはありません」
「はい。それはうかがってます。ですから、お金をいただこうとは思ってないんです」
「では、まさか。無償で提供されると? それでは商売になりませんでしょう」
「いえ。これは直接的な売り買いと違いますけど、商売やと思うてます」
紳士は机に置いていた土産を前に出しながら言った。
きれいに包装された箱。中身は紳士の経営する店で扱うケーキである。
「もう少し具体的におっしゃってくださいな」
ブルーは少し目を細めながら、笑みを含んだ声でそう言った。
「それでは失礼ながら……。うちは、そちら様で宣伝したいんです」
「宣伝、ですか?」
「は、言うてみるなら試供品です。それをご提供させてほしいんです。一度食べてもらえればきっと気に入っていただける自信があります。でも、誰も知らんかったり、食べたことがないとなれば、売り上げも伸びんでしょう」
「しかし、今うちの施設にいるのは元・孤児や浮浪者。言わば貧乏人ばかりですよ? 無料で
もらえれば喜ぶでしょうけど、それっきりじゃないですか?」
「いや、そんなことはないと思います」
「その根拠は?」
「今はあちこちで人手不足やらが大変ですけど、国の公共事業で庶民の仕事が安定してます。それに病気や借金の心配がなくなり、暮らしに余裕が出てきてます。それも成功した成金だけ儲けているというんじゃありません。みんな豊かになってます。そうなってくると、美味しいもんを食べたいという気持ちも出てくるでしょう。いえ、うちのほうでも前とは違うお客様が来てくれはるようになったんです。これは商機やろと思います」
「あなたの会社も賃上げを命令されていますねえ」
「へえ。色々反発もありました。でも、俺はええ機会やと思えたんです」
紳士はうなずいて、自信に満ちたまなざしでブルーに言った。
「何故です。社内に干渉されて実入りが減ったでしょう?」
「一時的にはそうかもしれません。しかし、給料が上がったことでええことがあったんです」
「何が起こったと言われるんです」
「社員がうちのケーキを買うてくれるようになったんです。元から商品はしっかりと自信あるものですよって。ええもんやと知っていた。そして考えたんです。これからはうちのケーキを社員が気楽に買えるようにせなあかんと。社員にもお客さんになってもらおうと」
「……それはまた。あなたがたのケーキが味相応の値段だったはずですのに」
ブルーは意味ありげに笑って、紳士を見た。紳士もまっすぐにブルーを見返す。
「今までは限られた人ばかりでした。それではこれからやっていかれんと思います。火星人の技術があったら、ケーキも今より長くもつようになるでしょう。将来的には、田舎の農村でもうちのケーキが食べてもらえるようにしたいんです」
「ずいぶんと手を広げるつもりなのですね。とはいえ、品質の保証がされ、自分から提供するということであれば、まあ、問題はないですよ」
「え?」
ブルーのあっさりとした答えに、紳士は驚いて絶句する。
「そんなに簡単に決められてええんですか?」
「私たちは通信で火星人とすぐに連絡がつけられます。問題なしと返答がありました」
ブルーは耳のヘッドデバイスをつつきながら、柔らかく微笑む。
「ただし、何か問題があればすぐに返品となり、責任問題となりますので」
「そらもう、わかっとります。ありがとうございました!」
紳士は大きく頭を下げ、感謝を述べる。
「それから。こういうことは一般のドローンからでも対応できますので今後からそちらから。わざわざおいでになる必要はありませんので」
「は。それは知りませんでした……。余計なお手数をおかけしまして……」
紳士は赤面して、頭を掻く。熱意だけに押されてやってきたようなものだった。
「ま、こちらの都合もありますが、そちらの都合にも良いでしょう。あなたのように前向きな経営者が増えてくれるのはありがたいことですわ」
そして。ブルーは朗らかに笑い、紳士の送りに立つのだった。
「では、ご成功をお祈りしております」
「は。ありがとうございます。今後もお世話になるかと思いますので、よろしゅうに」
こうして、紳士は交渉の成功を得たわけである。
火星人のの統治や政策に対して、拒否反応を示す者は多くいた。
だが、同時に適応しようとする者も同じくたくさんいたのだった。
場所は変わり、ある農村にて。
一人の青年が思案を重ねていた。
彼は大学で農学を学んでいたのだが、父の手紙で故郷に呼び戻された身の上。
寝込んだと手紙にはあったが、父は色んな意味で元気ではあった。
急激に変わる諸事に対応できず、倒れたのは事実である。
だが、すぐに医療ドローンが対応して、事なきを得たのだった。
「良かったじゃないですか」
帰ってきた青年はそう言ったが、
「何がいいか!? 村から人がどんどんいなくなる……恩知らずども……!」
と、父は酒瓶を投げる有様だった。
「……どういうことですか?」
悪酔いしている父では話にならず、母に聞いてみたところ、
「実は小作人がどんどん村を捨てていってるんよ」
ということであった。
父は独裁的なところのある地主で、小作人へのあたりも厳しかったのだが――
時期的には農閑期で、出稼ぎに行く者もいるわけだが、今回は様子が違った。
「生活が苦しい? じゃ、小作人なんてやめたら?」
村人の相談に乗っていた火星人はそんなことを言ったものである。
「この村を捨ててどこにいけというんですか?」
「どこでも? 都市型宇宙船でも何でも、受け入れ先はいくらでもあるよ?」
大体こんなようなやり取りがあり、やがて貧乏な家からどんどん出ていくように。
出ていったのが、最初の一人や一家族だけあるのなら、
「そんなうまいこといくものか」
と、父は冷笑して見ていたのだが、気づけば小作人がほとんどいなくなっていた。
似たようなことが他でも起こっているらしい。
元から小作農の暮らしは厳しいものった。
それが出稼ぎで火星人の公共工事などへの参加をきっかけに、先のない今の稼業に見切りをつけるようになっていったということだ。
発展して科学だ文化だと騒ぐ都会に比べ、地方農村は貧しく、変化のないものだった。
今の暮らしは嫌だからと言って、他に行ってどうにかなるものではない。
よそへ行けば所詮よそ者だ。
都会に行っても身寄りのない、金もない田舎者である。
娘を遊郭へ売らねばならない家は珍しくもない。
しかし、今はどこへいっても火星人の援助が必ず受けられるのだった。
幸い火星人も宇宙都市などへの移住者を大募集している。
「この先小作人暮らしで泥水ばっかすするのなら、いっそ……」
そう考える人間が多く出るのはしょうがなかったのだろう。
農作物を作りながら、食べるの精いっぱいで、子供はろくに小学校も行けない。
いくら働いても生活は常にカツカツなのだ。
そういう立場を考えてみると、故郷を捨てるのを仕方ないというものであろう。
もちろん、全員が全員ではないけれど。
老人など生活を変えるのを嫌がり、残る人間もけっこういた。
火星人は国民の衣食住保証を進めており、現に衣服など生活用品や食料の無料支給を行っているところなのだ。
食料は現状ではまだ、例のシリアルバーばかりだが。
しかし、基本味は良いし、食べ物に事欠いていた貧農にはご馳走とさえ言えた。
また格段に進んだ医療は無償。体を悪くしていた老人も元気を取り戻している。
衣食住にも困らず、体も健康でいられる。
そうなれば、老人以外でも変化を望まない人間もいるわけであり――
なので、全て農村から一気に人が消えたというわけではなかったようだ。
だが、青年の村では過疎化が著しいのである。
それというのも、やはり父のやり方が強引かつ強欲すぎたのであろう。
時代の変化において、人望の有無が嫌でも露呈してしまったわけだ。
離反していく小作農を抑え込もうとして、あれこれと策を練ったようだが。
しかし、こういう場面で利用していた地元のヤクザも警察も、すでにない。
警察はほとんどが火星人の機械兵、あるいは人造人間に入れ替わっている。
ヤクザは無力化され、監視下にある。
親分筋はみんな捕まって刑務所に送られていた。その他も似たり寄ったり。
父は火星人に鼻薬を聞かせようとした、逆に逮捕されかけた。
一体どうやって言い逃れたのか、青年には不思議でさえある。
ただ、いきなり家が没落するとか破産するということはないようだ。
今まで小作農に貸していた借金も、月々返済されることになっている。
とはいえ、この先新たな小作農を探すことは難しいだろう。
これも今までのつけだと思えば仕方がない。
放り捨てられた田畑は、この先荒れ放題になるのだろうか、と青年は思う。
とてものことに、我が家だけでどうにかできるものではなかった。
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