第十回 保護
遅れながらも更新です。
楽しんでくださるとうれしいです。
いよいよ、4月からの全国開校に向けて、世間は騒がしかった。
今までのシステムが大きく改変され、令和のようなものに変わろうとしている。
義務教育が小学校の六年。そして中学に相当する高等小学校が三年。
それから高等学校、大学、専門学校などへと続くわけだ。
急激な改変ではあるが、休校の期間中にロボットやドローンが積極的に活動していた。
学習漫画の広まりもあって、多くの子供が勉強する機会に恵まれている。
大学や高校などでも、より進んだものが学習できると喜んでいる者も多かった。
しかし、何でもかんでもうまくいったわけではない。
ある階層では、職を失った人間が街をウロウロしていた。
それはいわゆるところの、『役人』などである。
火星人の機械兵は人間にできることのほとんどが、特に公務員へ求められる大よそのことはできてしまう。それでダメな場合でも人造人間を使えばいい。
そういう理由から、上は国会議員や官僚から、役所の職員まで。
不必要と断ぜられた八割から九割が免職となってしまった。
全てではないとしても、その全体像から見た場合――
ミスや不正を当然とする公務員などは火星人にとって無駄としか映らなかった。
行政の優れた部分は、機械兵で十分すぎるほど補えるのである。
これがやるのが人間であれば、曲がりなりにも国を支えてきた公務員を減らすことは不利益を招いていただろう。行政にも大きな負担だ。
しかし、いざ機械兵やドローン、人造人間にとって代わられると、
「仕事が早くって、困った時にいつでも頼れる。いいもんだねー」
「前なら女だとバカにしてまともに扱ってくれなかったけど。今はすごく親切だ」
機械化は多くの国民、特に一般庶民からの評判は好評そのものだった。
そもそも、火星人の統治下では治安が格段に良くなっている。
今まである種の必要悪として存在していた反社会勢力も、瞬く間に抑え込まれていた。
が、そうなると困るのは免職にされた元・公務員である。
火星人は土地開発や都市型宇宙船で公共工事を行い、を仕事先を補っていた。
宇宙都市においては、地上のような山や川、森をつくるための整備が進められていく。
多くの者がそういった職場に移っていった。
中には以前行っていた不正や贈賄などで逮捕された者も一定数いたけれど。
一般国民を驚かせたのは、官僚などの中にも外国に買収されていた者がいた事実。
経済界の中枢部にも、そんな人間はけっこういたのである。
相手はアメリカであったり、ソ連であったりと色々だ。
そういった不正者は、ひどいと死刑になり、あるいは二十年三十年の懲役となった。
高級官僚であったり、華族の人間が、
「もう必要ないから、君たちはいらないよ」
と、あっさり免職になってしまったりする例がゴロゴロ出たのである。
残留できた優秀なエリートもいたけれど、システムに適応できなかった例も多い。
公務と言えど、所詮は人間のやることだから、大なり小なり腐敗部分は出てくる。
だが、火星人のシステムではそういったものの隙間がなくなってしまった。
余計な出費などもなくなり、国そのものとしては良いことではあるのだが――
「色んな伝統を背負ってきた旧家を弾圧するようなことはやめてほしい」
やり過ぎではないかと不安に思った天皇からも、そのように要望が来た。
なので、火星人も伝統文化には一定の保護と援助をすることを決める。
それと同時に、何がしか不正・犯罪に関与していた者は容赦なく逮捕した。
当初は財産・土地の没収などが行われずホッとしていた上流階級だったが、その後火星人の政策で大いに不満を抱き始める。
中でも特に不満を増大させたのは、高額所得者に対する税金の増額だった。
脱税行為を働いていた者は罰金と懲役を同時に受ける羽目となる。
増えた税金を減らす手もないわけではない。
簡単に言うと、企業なら雇っている社員・従業員に相応の賃金を支払うことだ。
また、労働時間や雇用形態もかなりの改変を要求された。
このために企業群はかなりごたつくことになる。
令和で言うブラック企業は、容赦なく経営陣が逮捕されていった。
ある意味完全な独裁ともいえる火星人統治下では、今までのコネや賄賂も通じない。
かつては『協力関係』にあった議員などは、今や単なる一般人である。
「こんな制度を受け入れたら、会社がやっていけない! 配当金も払えなくなります!」
企業経営陣もそれなりの抵抗を見せ、泣き落としなどを試みるが、
「計算によれば、役員の給料をこれだけカットすれば十分いけるはずだよ。そもそも、客観的視点で見るならば君たちがもらい過ぎだね」
「我々は一般社員とは違う! 相応のものをもらう権利があります!」
「それも計算によるとだいぶ事実と異なるね。計算によれば、君たちを半数減らすか降格して
現場で働かせたほうが利益があるはずだ」
「必死になって働いたのに、今さら降格されるのですか!?」
「例えば、そこの君の場合だが、調査と計算の結果、管理職としての資質はないね」
こういう非情なやり取りが、あちこちで起こったわけである。
また火星人による公共事業で、職は日本中にあふれていた。
労働者も、信用できない会社よりもそっちを選んで転職するケースが激増する。
全国でインフラ工事がひっきりなしに続き、やがて医療の無償化に続いて、電気・水道料金なども無償化されていった。
こういった原因が重なりあって景気は上昇していき、人手不足気味となっていく。
景気は良いのに、経営難になっていく企業が多発するという問題も。
火星人の『提案』はいちいちもっともではあった。少なくとも理屈の上では。
しかし、今まで圧倒的強者の立場にあった者が引きずり降ろされ、自分たちの月給ボーナスを下っ端に分配せよと言われて、素直に納得できるものは少ない。
そうなると。違法労働を強いた。不当な低賃金。あっという間に犯罪行為となり逮捕。
こういう点で火星人の対処は過酷を極め、
「担当役員を解雇しました。問題は解決しました」
などという、『トカゲの尻尾切り』は通用しなかったわけである。
そうなってくると。
いっそのこと、日本を捨てて海外で旗揚げしようという考えも出てくるわけだが。
だが、どこへ逃げても税金から逃れられない。
それならば、日本国籍を捨てようとも考える。
「国籍を放棄する場合は、向こう六十年分の税金をまとめて払ってもらうよ」
と、火星人は逃げ場を残さなかった。
「火星人のやり方は、まるでアカじゃないか。日本をソ連のようにする気か」
「共産主義を選択する気はない。ただ相応の行動を求めているだけだよ」
実際に、火星人の統治を見て、
「共産主義ではないか?」
と、考えて警戒をしたり、逆に親近感を持ってしまう者も出てきた。
「お金を一極集中させすぎると、やがて全体的に壊死する可能性がある。多少強引でもできる限り流動的にする必要性があるんだ」
火星人は国民にそう説明した。
食料を与え、職を与え、住居を与え、そしておまけに娯楽を与える。
「衣食住。それから性行為を充足させれば、概ね人間は満足するらしい」
火星人はこのように天皇や八太郎に語っていた。
さて、火星人統治下においても、天皇は色々やることが多かったわけで。
その中には、全国巡幸がある。
これは国民を安心させて、できるだけ統治をスムーズにするという計算もあった。
全国はあちこち公共工事だらけだが、それでも国民は大いに歓迎する。
あれこれと忙しい生活で、天皇は密かに楽しみにしていることもあった。
それは片手間ながらも、生物学の研究である。
火星人の協力があることで、片手間でもなかなかに捗るのだった。
標本の採集や管理も、端末からロボットへと簡単に指示できる。
「いやあ、実に助かるよ」
読みたい資料もすぐに届けられるし、天皇は日々楽しんでいるのであった。
そんな中、天皇はあることに気づいて、火星人に進言する。
「日本国の希少な生物を保護できないだろうか?」
「絶滅危惧種の保護ですか。それにどうした意味が……」
「いや、君たちの科学力ならば可能なのではないかと」
「ふむ。生存圏の少なくなっている生物をできるだけ存続させると。可能ですが、でもそれに何の意味があるんです? 絶滅するなら、それがその種の寿命でしょう?」
「いやいやいや……そうではない。それだけではないのだよ」
納得しない火星人に、天皇は額から汗を流して説得を続けたものである。
「まあ、生物学的にも意味があるとおっしゃるのなら、そのようにしましょう。宇宙都市への移住者を増やすことになりますが――」
「うん。お願いしたい。宇宙都市を国民にアピールするのなら、僕がしばらく宇宙都市へ滞在するというのはどうだろうか?」
こういう次第で、天皇御自ら宣伝役を買って出たわけである。
幸い、日本全体の開発はまだ途中段階だった。
「必要なら再生処置も行えますが、それは最終手段でしょうかね」
火星人はそのように天皇へ説明している。
高速道路などの工事がいくつか中断され、代わりに移動用の円盤などがどんどん使われると
言う展開になっていく。
そして。
大型宇宙都市がお披露目となり、その内部工事のためさらに人員募集が出された。
基本的なものは全て完成しているのだが、内部の都市というか、住居などはまだ未完成だという発表であった。
内部には川や森林など造る予定で、林業などの人間も募集されている。
巨大な都市であると同時に、一個の宇宙船でもあり、自由に移動もできる。
正式な名称は、都市型宇宙船『武蔵』。
他にも、旧国名を冠した都市型宇宙船がどんどん工員を募集していた。
工事に参加した者は、優先的に移住できるという特典も与えられている。
とはいえ、国内の工事ならともかく、宇宙へ旅行するというだけでも怖がる者は多い。
天皇滞在予定発表で興味を持つものは増えたが、まだまだハードルが高かった。
また、宇宙で暮らす知識も最低限学ばせる必要があるわけで……。
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