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初対面2

 退部騒動があった次の日。

 結局やめることが出来なかったが、代わりに良い取引が出来たと自分に言い聞かせ、今日も部室に赴く進。

 部室の前に来たが、この扉の先に部長がいないことを祈りながら扉を開けた。


(部長は……いないけど、部員らしき人がいる)


 幸い部長の楓はまだ来ていなかったが、代わりに見知らぬ女子生徒がソファに座って本を読んでいた。

 リボンの色からして一つ上の学年ではあるが、こんな胡散臭い部活には似つかわしくない眼鏡をかけた大人しそうな先輩。

 もしかしたら部室を間違えたのかと思い確認するが、扉にはフリーダブの張り紙が貼られていた。


「どうしたの? 入らないの?」


 視線を本から外さずに進に問いかける。


「え、は、はい」


 帰るつもりだったのに思わず中へと入ってしまった進は、向かいのソファに座った。

 すると女子生徒は本に栞を挟み、読書を中断した。


「あなたが坂本君ね。私は早乙女千百合。月城から話は聞いてる。この部に入るなんてもの好きね」

「まぁ……なりゆきで」


 楓みたいな人物が部長をやっているのだから、正直他の部員も似たような人種だと思っていた進であったが、蓋を開けてみれば普通の人で肩透かしをくらう。


「でも好き勝手にやれるから、特に入りたい部活がなければここにいてもいいと思う」


 そう言って再び読書に戻る千百合。

 好き勝手にと言われたが、進は特別やりたいことなどなく、早く家に帰りたいと思うばかり。

 楓もいないので今のうちに帰ることも頭に浮かんだが、少しだけこの千百合に興味が湧いた。

 淡い恋心の予兆の類ではなく、なぜこの部にいるかが単純に知りたくなったのだ。

 進の目では読書好きに見える千百合の姿。

 ならば文芸部に入る選択肢もあったはず。


「あの、早乙女先輩」

「何かしら?」


 一瞥もすることもなくページをめくる。


「どうしてフリーダブに? 見たところ本が好きなように見えるんですが。たしかこの学校に文芸部がありましたよね?」

「たしかに私はほどほどに読書は好きよ。だから当然文芸部にはいってたわよ。でも、文芸部にいづらくなっちゃって」

(人間関係が悪かったのか?)


 千百合がいづらくなる理由がそれぐらいしか思いつかない進。


「やっぱり、人間関係ですか?」

「ううん、そういうのじゃないの。ただ、方向性が違ったの」


 まるで解散したバンドのような言い回し。


「(文芸部って言っても読み専じゃなくて、書く方が主体だったのか?)一体何があったんですか?」

「私が読むジャンルを受け入れてもらえなかっただけ」


 たったそれだけのことで辞めることになるのは、少し理不尽だと思う進。


「(別に迷惑かけてないならいいと思うけど)そうなんですか。ちなみに今読んでる本はなんですか?」


 その質問に聖母のごとく微笑んで優しく答える。


「『淫乱な先輩(カノジョ)は性奴隷』」

「なんてものを学び舎で読んでるんですか」


 ブックカバーをわざわざ取って表紙を見せてくる千百合。

 やはりこの部活に常人なんていないと進は再確認した。


「同じ小説だというのに、なぜみんな受け入れてくれないのかしら……性癖の問題かしら」

「絶対違います。というか僕の目の前でそんな本読んでていいんですか?」


 不思議そうに首を傾げる千百合に思わずため息が漏れる進。

 このままでは千百合に良くないことが起こることは明白なので、親切心で教えることに。


「あのですね。先輩が読んでるその本」

「『淫乱な先輩(カノジョ)は性奴隷』のことね」

「わざわざタイトルを読み上げないでください」

「それで、この本がどうかしたの?」


 常に冷静な進むとはいえ、今から伝えることを口にするのは少しばかり躊躇いがあるようで、一瞬だけ言い渋る。


「タイトルから察するに、後輩と先輩の恋愛ものだと思います」

「ええそうよ。付き合って突き合って、それからご主人様がペットに躾(意味深)をする純愛ものよ」

「詳しい内容は求めていませんから。それで、その……出来ればなんとなく察してくれませんか?」

「何を察すればいいのかしら? 私には坂本君がこの本の主人公みたいに女先輩である私に劣情を抱いて調教することまではわかっているのだけど」

「僕の想定以上の展開を想像してた上でこの態度とはスゲーや」


 さらりと言い放つ千百合に、またこちらもさらりとツッコむ進。


「話は変わりますが、今日部長はこないんですか?」

「今私に会いたいと言ったか進君!」


 廊下でスタンバイしていたのではないかと思うほどのタイミングで楓が元気よく入室。

 進は心底嫌そうな顔で見ているのだった。


「どうした? 私に会えたことが嬉しすぎて声も出ないか?」

「そんなことはこれぽっちも万が一にも思ってませんから安心してくださいなら」

「さらっと帰ろうとしない」


 さらっと横を通り過ぎて帰ろうとする進の首根っこを掴み、部室に引き戻す楓。


「部長。僕にも予定があるんですよ」

「予定?」

「帰ってから『課題やって、今日の授業を復習して、予習もしないといけない』と思いながらベッドでゴロゴロする予定が」

「それで休ませるわけないでしょ!」


 結局部活に参加させられることになった進だったが、ここである問題が発生することとなる。


「はぁ、もう分かりましたよ。参加しますから今日の活動内容はなんですか?」

「……え?」


 素っ頓狂な声の後、しばらく静寂が訪れるとにっこりと進が笑う。


「つまり帰っていいんですね」

「心の底からのいい笑顔! いや、本当に帰ろうとしないで! 嘘だから! ちょっとしたジョーク!!」

「無言だったのにジョークもないと思うよ。というかこの部って部活らしい内容なんてやってないよね」


 数少ない部員であるはずの千百合からの援護射撃でますます帰宅意欲が増していく進の脚に必死にしがみ付く楓。


「あるから! 今回はちゃんとあるから!」

「じゃあ早く言ってくださいよ。はい、十、九、八、七」

「え、えーっとその……」


 容赦ないカウントダウンにオロオロしている楓の目に、千百合の本が目に入った。


「そう! 読書会! 今回の活動は読書会! みんなで小説を読むの!」

「それは名案ですね。では早速家に取りにいってきますね」

「お願いだからせめて図書室の本で我慢してー! 帰ろうとしないでー!」

「バレたか。でも読書ってむしろ一人でするものですよね。みんなに集まってするものじゃないですよ」

「ぐっ」


 至極もっともな正論に反論する余地などない。

 しかし進との時間を少しでも伸ばしたい楓はさらなる提案をする。


「なら朗読会にしよう! 一人が本の朗読をする! 社会に出れば人前で話す機会だってあるだろうし、その練習としてやろう!」

「えー、面倒くさ━━」


 進が言い終える前に口元に手が置かれた。

 その手は千百合のもので、なぜこんなことをされてるのか進には理解ができなかった。


(何がしたいんだこの人)


 進が観察していると、真剣な顔で千百合が口を開く。


「私はその案に賛成」

「本当か!?」


 千百合がこっち側についてくれたと分かると目に見えて喜ぶ楓。

 しかし楓は気がついていなかった。

 千百合から微かに聞こえる荒い息遣いが?


「朗読を……って、本がないな。図書館に借りに行くしか」

「それは時間がもったいないから、私の本を使っていいよ。でも、言い出しっぺの月島が朗読してね」

「うむ、いいだろう! 私の美声に聞き惚れるがいい!」


 と意気揚々とカバーのついた本をめくった。

 そう、あの官能小説のページをめくったのだ。


「えーっと、『真っ暗な体育館倉庫。目の前には縄で縛られた豚。その豚は勇の憧れの先輩である瑞樹であった。冷静で凛とした瑞樹が豊かな果実を縄で絞られるように縛られているというのに、恍惚とした表情をしている。憧れの先輩の醜い姿に軽蔑の念を抱きながらも勇の━━』」

「どうしたの? 早く続きを読んでよ月城!」

「いやでも、これって、かか、官能小説」

「それがどうしたの!? 早く続きを読んで! ほら大きく口を開けて『肉━━』」

「女子同士でセクハラするのやめてくれませんか」


 これ以上は楓が可哀想になってきたので進が止めるも、どうしても卑猥な単語を言わせたい千百合は猛反論。


「どうして止めるの坂本君! 中身はあれだけど見た目は美少女の口から『肉○』が聞こえるんだよ!? 『肉○』だよ! 『○棒』! もしくは『○根』! なのに止めるなんて、それでもチ◯コついてんの!?」

「いくら調子のりやすくて、クールぶってるくせしてメッキが剥がれやすくて、ちょっと突き放すだけで泣くようなクソザコメンタルで、部長として必要なカリスマ性も責任感もリーダーシップもほとんど皆無で、尊敬するところなんて一個もない部長だからといって、セクハラはダメです」

「擁護よりも私への流れ弾の比率が高くないか?」

「いいからさっさと読めや月城!!」


 この後一悶着あったが、仁美の介入によりことなきを得た。

読んでくださりありがとうございます

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