初対面1
「こんにちはー。そしてさようならー」
開けたすぐに閉めようとしたが、にゅっと両手が隙間に入り込む。
「昨日はよくも私を置いてってくれたな」
「なんのことでしょう。僕ちゃんと隠れましたよ。部長が先に帰ったんじゃないですか」
「そんなわけあるか! 三時間探して騙されたって気がついたよ!」
「せめて一時間で気付きましょうよ」
「いいから中に入れ。少しでも悪いと思っているなら活動に参加しろ」
「そう言われたら仕方ないですね。じゃあ……」
「帰ろうとせず、少しは罪悪感を持っていてほしかったなー!」
進は扉を閉める力を強めたが、楓は負けじとこじ開けようとしている。
「はぁ……わかりましたよ。今日は僕の負けです」
扉から手を離し、しぶしぶ部室へ。
中に部長以外にソファーには藍色ショートヘアーの赤縁眼鏡をかけた少女が座っている。
「なんだ。早乙女先輩がいるじゃないですか」
「千百合だけじゃないぞ。今日は美夜佳も静流もくる予定だ」
「やっぱり俺いなくてもいいじゃないですか」
「人数の問題ではない! みんなで活動するのが大事なんだ」
「そうですか」
興味がなさそうな態度の進は鞄を置いて千百合とは反対のソファーに座るが、千百合は淡々と小説のページをめくる。
「……早乙女先輩」
「……何?」
愛嬌のない返事。
だが進は気を悪くすることもなく話を続ける。
「その本面白いですか?」
「とても面白いわよ」
「そうですか」
「ええ」
またペラリとめくる。
「なんてタイトルですか?」
「『牝の悦び〜夫も知らない私の秘蜜〜』」
「堂々と官能小説読むのやめませんか。あと鼻血拭いてください」
「これは失礼」
自前のティッシュを詰めるが本を読むのをやめない。
むしろ今まさにことを致しているのかページをめくる動きが俊敏になっている。
「……ふぅ、中々いい作品だったわ」
鼻に詰めたティッシュを真っ赤に染めて、千百合は静かに笑みを浮かべる。
「我が来たぞ!」
同じタイミングでセミロングの黒髪を大きく揺らした少女の登場。
ところどころに十字架やコウモリのキーホルダーをぶら下げる姿は厨二病を患っていることがわかる。
「来たか美夜佳」
「こんにちわ部長!」
「よう星川」
挨拶をされたことで進の存在に気がつくと、美夜佳は目をキラキラさせて破顔させた。
「我が友よ! 会いたかったぞ!」
進に向かって飛びつくが、平然と避けられソファーに倒れこむ。
「なぜ避ける!?」
「こっちが聞きたい。なんで飛びついてくる」
不思議そうな顔で小首を傾げながら千百合を指差す。
「仲のいい男友達とは抱きついてキスするのが普通って千百合先輩が」
「何吹き込んでるんですか」
進が睨むと千百合は明後日の方向に顔を背ける。
「いくら官能小説が好きだからといって、やっていいことと悪いことがありますよ」
「坂本君は何か勘違いしているようだけど、私は官能小説が好きってわけじゃないの。ただエロいのが好きなの」
「ただの思春期じゃないですか。とにかく星川に変なこと言わないでくださいよ。部長と同じで馬鹿なんですから」
「聞き捨てならないぞ我が友!」
「そうだぞ! 私はしっかりしてる!」
「あっ、犬だ」
「「なんだって!?」」
わざとらしく窓に目を向ける進の虚言に惑わされた二人は窓にべったりと張り付く。
「どんぐりの背比べってこの二人のことを言うんですね」
「え、そう? 月城はお山だけど星川さんは滑らかな平地。あ、でもどちらもエロいって意味なら同意」
「いい加減鼻血を止めてくださいよ」
進が深くため息を吐居ていると、再び部室の扉が開く。
「あら、私が最後なのね」
甘栗色の長髪を揺らめかせ、静かに微笑む女子生徒。
その姿は高校生とは思えない色気と余裕を感じられる。
「あ、高宮先輩」
「進君もいるんだ。てっきり帰ってるものかと」
「できればそうしたかったんですがダメでした」
「そうなの」
「進君! 犬は一体どこにいるん━━あれ? 静流いつのまに」
「さっき来たばっかりよ」
「そうか。なら全員集まったことだし、活動を始めようか」
「今日は吉岡先生は来ないんですか?」
「いるぞ」
進の問いに答えるように布団からにゅっと顔を覗かせる仁美。
(相変わらず布団に潜ってるな)
「なんだ? 入りたいのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「いいの坂本君? 吉岡先生のナイスバディに合法的に触れるよ?」
「そんなことするつもりはありませんよ」
「寝たあとなら好きにしろ」
「しませんよ」
「わ、我が友の頼みなら……」
「いや望んでないから」
「そ、それなら私の体を」
「セクハラで訴えますよ」
「私だけ当たりが強くないか?」
何はともあれ、部員が全員集合したことでようやくフリーダブの活動が始まるのだった。
「さて、活動を始めるが誰か提案は」
静まる部屋。皆が口を閉ざして他の部員達の様子を伺っている。
「はいお疲れ様でしたー」
「ちゃんと活動内容決めるから帰らないでー!」
「そうだぞ我が友! 帰ってはダメだ!」
流れるように帰り支度を済ませた進を楓と美夜佳が引き止める。
「えーなんでですか? やることないなら帰っていいじゃないですか」
「やることならある! 昨日の続きでかくれんぼだ!」
「昨日はかくれんぼをしたのか! かくれんぼなら我得意だ! 小学生の頃、お楽しみ会のかくれんぼで最後までみんなに忘れ去られるくらいに得意だぞ!」
「星川涙拭けよ」
心の傷を開きかける美夜佳をいたたまれなくなり、そっとハンカチを渡す進。
「……私もなんだか涙が」
と、なんの脈絡もなく一滴も流れていない涙を自己申告する楓。
「……部長、これ」
予想外の優しさに楓は戸惑うが、すぐに頭の中は歓喜の声で埋め尽くされる。
(進君が私にハンカチ!? デ、デレ期きたああぁぁぁぁ!! これはもう好きってことだよね! ヴァージンロード一直線だよね!)
「部長?」
進の声かけで先走った妄想から帰ってくる楓は、ありがたくそれを受け取る。
「ありがとう。君は優しいんだな」
「そうですか? 当然だと思いますけど」
「そんなことないよ」
楓はそれで目元を拭う。
「それにしてもこのハンカチ、ゴワゴワするな」
「それ部屋の前に落ちてた雑巾ですけど」
「雑巾かーい!」
勢いよく雑巾を叩き落す。
傍観者の二人はいつもの進であることに胸をなでおろした。
「どうして雑巾を渡し━━くっさ! 顔拭いたから臭いがついた!」
「俺もびっくりしてますよ。てっきりこの部屋の掃除道具かと思って渡したら、突然それで顔を拭い始めたんですから。気でも狂ったのかと」
「狂ってなんか━━くっさ! 腐卵臭がする!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるかあ!! 君は何がしたいんだ!? カワイイ部長が苦しんでる姿を見て何か言うことがあるだろ!?」
「アホですねー」
「せめて心配して! 全然臭いとれないよ。ちょっと顔洗ってくる」
急いで顔を洗いに廊下に出る楓。
それと同時に進の袖が二度引っ張られた。
振り向けば、ハンカチを返そうとする美夜佳の姿が。
「ありがとう我が友。これを返す」
「ああ」
ハンカチを受け取り、すぐにポケットにしまう。
「やっぱり我が友は優しいな。流石私の唯一の友だ!」
自慢の友人を持って誇らしい美夜佳は腰に手を当て胸を張る。
これに対して進も自分の気持ちを伝えた。
「え、友達じゃないけど」
「……ははっ、なんの冗談だ。我と我が友は友じ━━」
「違うけど」
「嘘だっ!!」
被せ気味に否定され泣きじゃくる美夜佳。
そんな姿を見ても進は相変わらず無表情であった。
「進君。いくらなんでもかわいそうよ」
「というか、坂本君は星川さんと知り合いだと思ってたんだけど」
「いや、まだ数度しか会ったことないですよ」
「あらそうだったの」
「……そういえば高宮も坂本君のこと知ってたみたいだったね」
「そういう千百合もよね」
「あー、それは僕との初対面が全員バラバラだったからですね」
当時の光景がふと進の頭を中をよぎる。
楓に引けを取らないキャラの濃さを持った部員達を前にした進は、より一層入部したことを後悔したのは秘密━━
「初めてあった時、入部したの後悔したよね」
「もちろんです」
というわけでもなく、千百合の質問に間髪入れずに答えた。
「ねぇねぇ進君。せっかくだし、みんなとの初対面した時の状況を教えてくれない?」
「いやですけど」
「別に減るものではないんだから教えて」
「いやですけど」
「いい機会だから、我との運命の日をみんなに聞かせるんだ!」
「いやだけど」
ことごとく断る進の瞳は無気力に見えるが、その奥には固い意思を持っていた。
「それぐらい話せばいいだろ」
睡眠モードだと思っていた仁美が顔をのぞかせている。
思いもよらないところからの説得に目に見えて嫌そうな顔をする進。
「いやですよ」
「話し終わったら活動終了だ」
「さ、皆さん席についてください。ちゃっちゃと話して帰りますから」
態度が一変して素直に言うことを聞く進。
そこまでして帰りたいのかと、その場にいた全員が共通に思いながらもようやく話す気になってくれたので、大人しく耳を傾けることに。
部員との初対面の回想が今始まる。
読んでくださりありがとうございます