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部長、帰っていいですか?2

 戻って現在。


「……どう考えても気があるとしか思えない!」

「先輩ってポジティブですね」

「そ、そうかな……」


 褒めたつもりなど毛ほどもないのに照れる楓に、呆れてため息が漏れる。


「一応言っときますけど、そんな気はないですよ」

「そんなこと言って、本当は私のことが好きなんだろ? でなければこんな部に残るわけない!」

「なんで部長はこの部長やってるんですか。あと二週間前のことよく思い出してください」



 二週間前。

 フリーダブに入ったことで、見事一週間部活の勧誘をすり抜けることができた進。

 そして今日は楓との約束した一週間。つまりフリーダブに初顔出しというわけだ。

 場所は前もって担任の教師から聞いていたが、その教師が浮かべた苦笑いに入部したことへの後悔を抱きながら部室へと向かう。


「ここか」


 人通りの少ない校舎のさらに角の部屋。

 用事がなければ来ようとは思はない場所に『自由研究部フリーダブと書かれた張り紙が貼られている。

 この時点で帰りたいゲージがMAXの進ではあったが、済まさなければならない用事のために扉をノックする。


「はい」

「坂本ですけど」

「入りたまえ!」


 許可をもらい、扉を開けるとそこには待望の進に心を踊らせる楓が待ち構えていた。


「よく来てくれた! 君の入部を歓迎する!」

「はぁ、どうも」

「そこに座ってくれ」


 ソファーに促され、素直に座る進。

 楓はご機嫌な様子で対面のソファーに座った。


「まずはこの部活について説明しよう。前にも言ったがここは『自由研究部』。通称フリーダブ。活動内容は各々が自由にやりたいことをする。活動は毎日行っているが、当然用事があれば休んでくれて構わない。質問はあるか? なければ早速活動を始めたいのだが」

「質問はありませんが、部長に渡したいものがあります」

「渡したいもの?」


 進が鞄から白い封筒を取り出す。

 しばらく首を傾げて見つめていたが、楓の頭はもっとも可能性が低い答えを弾き出すと、その封筒を奪い取る。


「なんだーラブレターか。目の前に本人がいるのにわざわざラブレターを書いて渡してくるなんて。進君も可愛いなー」


 デレデレする楓に対して冷ややかな視線を送る進。


「えーっとなになに? 『私は一身上の都合により退部させていただきます。理由・帰宅部との両立は難しいと判断したため。一年二組坂本進』」

「そういうわけで受理してください」

「いやああぁぁぁぁ!」


 子供のように泣きじゃくる楓さん。

 しかし進の心はなびかない。


「僕早く帰りたいんですから受け取ってくださいね」

「こんなもの受け取るか!」


 そう言って退部届を机の上に叩きつける。


「えー、なんでですか?」

「君も知っているだろ! 君が抜けるとこの部は部として活動できなくなるんだぞ!」

「初耳ですけど」

「とにかくこれは受け取らん! 絶対にヤッ!」


 まるでお菓子売り場の子供のように駄々をこねる楓。

 一応入部したのだから、ここは部長である楓にスジを通すべきだと進なりのけじめということでこうして直接退部届を出しに来たというのにこの態度。

 進が避けたかった手段ではあるが、こんな態度では最終手段を取るしかない。

 すぐに行動に移した。


「分かりました」

「考え直してくれたか!?」


 期待の眼差しを向けられた進はスッと立ち上がり、机に手を伸ばす。


「吉岡先生に直接渡してきます」

「いやああぁぁぁぁ!」


 体全体で退部届を隠して妨げる。


「ちょっとー返してくださいよ」

「返したら吉岡先生に渡すんだろ」

「何当たり前なこと言ってるんです」

「じゃあいやだ! 部長権限で退部は無効だ!」

「(この人、絶対に権力持たせたらいけないタイプの人だよ)自由な部活なのに退部は不自由って矛盾してませんか?」

「くっ……そんなに退部したいなら」


 立ち上がった楓は退部届を握りしめ、唐突にブレザーを脱ぐと胸元をはだけさせる。

 そして自慢の豊満な胸の間に退部届が隠れるほど深く差し込んだ。


「私から力づくでも取り返すんだな!」


 そう言って自信たっぷりに胸を張る。

 楓はこの駆け引きに勝利を確信しているからこその態度だ。


(ふふっ、これならどう転んでも問題ない。仮に取り返さなければ退部できない。だけどそれは仮の話。彼も思春期な男子高校生。このEカップの胸を前にして『取らない』という━━いや、『揉まない』という選択肢はない! さぁ早く触って。当然その時は責任を取ってもらうから。ふふっ、想像しただけで二人ぐらい妊娠しちゃいそう)

「何考えてるか知りませんが気持ち悪いですよ」

「女の子を気持ち悪いとか言わない! それでどうするんだ!」

「……分かりました」

(来た! ついにこの時が!)


 触りやすいようにと、胸をさらに突き出す。


「新しいの書いてきますね」


 扉に向かって歩き出した進。

 手を扉に伸ばそうとしたが、楓が回り込んで扉にぴったりと張り付く。 


「なんで触らないんだ! 胸だぞ! おっぱいだぞ! 男の夢だぞ! しかも巨乳だぞ! 加えて綺麗な桜色だぞ! 触れよ!」

「え、なんですか急に。セクハラですよ」

「なんで君がそんな態度なんだ!」


 地団駄を踏む楓になぜ怒られているのか理解できない進。


「少なくとも退部届を奪われてるんだから取り返しにいくだろ!」

「新しいの書きますよ。バカじゃないですか」

「部長に向かってバカって言うな! 君には年上への敬意はないのか!?」

「あ、すいません。おバカじゃないですか」

「丁寧に言えと言ってるんじゃない!」


 感情を出しすぎて肩で息をする楓。

 一方の進は冷静に扉に手を伸ばそうとするが、楓がそれをはたき落とす。


「帰してくださいよ。僕も新しく書き直さないといけないんで」

「……分かった、もういい」


 ようやく諦めてくれた、これで帰ることができると安堵している進。

 しかし事態は逆の方へと進んでいるのに気がついていない。


「こうなったら、実力行使だ」

「え?」


 両手を前に出して襲う体勢の楓にさすがの進も焦りを感じ始める。


「や、やめましょうよ。それはまずいですって」

「ほう、君もそんな顔をするんだな。ますますしたくなった」


 目をギラつかせ、一歩、また一歩と進ににじり寄る。

 楓が近づくたび、進も後ろに下がる。

 楓が離れたことでフリーとなった扉が誰かの手によって開けられた。


「覚悟ッ!」

「邪魔だどけ」


 隙だらけの背中を思いっきり蹴られ、おまけに進にさらっと避けられ鼻を床に擦り付けながら楓は盛大に転ぶ。


「鼻が! 鼻がああぁぁぁぁ!!」

「おおっ、まるで赤鼻のトナカイだな」


 ボサボサの長い髪から覗くクマだらけの目を楓に向けてケラケラと笑う女教師。


「何するんですか仁美ひとみ先生!」

「私の楽園エデンへ向かうのに邪魔だったからな。つい」

「ついで可愛い生徒を蹴らないでください! 体罰で訴えますよ!」

「別に私は構わんぞ? しかしこんなヘンテコな部の顧問をしてくれる心優しい教師が果たしているのか?」

「くっ……」


 苦虫を噛み砕き、言葉を飲み込む楓。

 力関係をはっきりさせた仁美は勝ち誇った顔で、楓の横を通る。


「じゃあ、あとは勝手にやってくれ。私は寝る」

(なんで布団が敷いてあるんだと思ってたけど、あの人の私物か)


 部屋の角に敷かれた布団に潜り込んでいった仁美に進は近く。


「あの、吉岡先生」

「ん? ああ、お前が新入部員の進か。どうした?」


 進の声に反応し、布団から顔だけひょっこりと出てくる。


「受け取ってほしいものがあるんですが」

「わかった。早く寝たいからさっさと渡せ」

「僕も早く渡したいんですが、実は僕持ってないんですよ」

「じゃあどこにあるんだ」


 素直に楓に近づいて胸元を指差すと、気だるそうに被った布団ごと立ち上がった仁美はためらうそぶりをせずに楓の谷間に手を入れた。


「うへぇあっ!?」


 これに驚いた楓は慌てて抜こうと仁美の腕を掴むが仁美はまさぐるのを続け、少ししてから腕を引き抜く。


「これが渡したいものか? 気持ちは嬉しいが、私じゃあこのサイズは少し小さいぞ?」

「いえ僕が渡したいのはそんな布的なものではなく紙的なもので」

「私のブラ返して!!」


 支えていたブラを奪われ、代わりに腕で支えている楓。

 これには進も楓に釘付けとなり、青少年特有の劣情を抱くなんてことはなかった。


「先生、僕も早くしてほしいので回収を」

「分かっている」

「え? まさかもう一回? だ、出しますから! お願いですからこれ以上は━━」


 楓の訴えに聞く耳など持っていない仁美は再び腕を挿入。


「うひゃあっ! どこ触って━━ひぃうっ! そ、そこは、つねっちゃ!」


 仁美の手に嬲られる楓は、時折甘い息を漏らす。

 その光景に目もくれずに進はぼーっと、スマホの画面を眺めていた。


「あった。これか?」


 引っ張り出した封筒を進に見せる仁美。

 そんな仁美の足元には頬を紅潮させ、目を潤ませ、口の橋からよだれを垂らしながら荒い息をする楓が横たわっていた。


「はいそうです」

「もしかしてこれは退部届か?」

「そうですけど」


 しばらく退部届とにらめっこをした仁美が進むの肩に手を置いた。


「なぁ進。たしかにこの部はおかしい部だ。どう考えてもトラブルを起こしそうな部だ。でもな、それでもこいつなり真剣なんだ。あいつの目を見てみろ」

「虚ろな目をしていますね」

「……どうせ入りたい部活はないんだろ? ならわざわざやめなくてもいいじゃないか」

「(部長の目のくだりをなかったことにした)でも僕帰りたいですし」

「頼むよー! お前が入ってくれればここは正式な部になるんだ! 部活の監視という名目で眠れるんだよー!」

「結局自分のためですか」


 進も薄々分かっていたが、ここまでぶっちゃけられると逆に清々しい。


「頼む! この通りだ!」


 生徒にみっともなく土下座をする教師。

 しかし進はなびかない。


「いやですよ。僕になんのメリットもないですし」

「もしお前が入ってくれるなら、私の授業中居眠りしてても何も言わないし、後から授業でやったところをまとめた紙も渡す!」

「この部の存続のため留まります」


 こうして仁美の熱意に突き動かされた進は部に残ることを決意した。



「ただ仁美先生の条件に釣られただけです」

「で、でも、わざわざ毎日来ているじゃないか」

「それは仁美先生に『部活に出れる日は必ず顔を出す』って条件を出されたからであって」

「それでも君は最後まで活動に参加するではないか。進君はツンデレさんなんだな」

「帰ります」

「ごめんなさいー! 調子に乗ってすいませんでしたー! 毎回進君の顔を拝められてただ嬉しいだけなんですー! だから帰らないでー! 今日は君以外こないんだー! 一緒に活動しようよー!」


 立ち上がった進の袖をすがりつくように握りしめ、涙目で必死に訴える。

 進も鬼ではない。いやいやではあるが付き合うことにする。


「わかりました。では懐かしい遊びでもしましょう」

「懐かしい遊び?」

「かくれんぼです」


 思いがけない提案に目を丸くするが、すぐに鼻で笑った。


「フッ、私にかくれんぼを挑むなんて愚かだな」

「そんなに自信があるんですか?」

「何を隠そう隠れるのが得意なんだ。どれだけ得意かというと、親戚の子とかくれんぼで泣かせて親からガチ説教されるほどだ!」

「部長が大人気ないことはわかりました。ですが今回は先輩が鬼役です」

「そうか。だが大丈夫だ。二度目のガチ説教を受けるほど探すのも得意だ」

「また親戚の子を泣かせたんですね」

「それで隠れる範囲はどうするんだ?」

「さすがにこの部室だけでは狭いので、ここの校舎全部でどうですか?」

「おおっ! それは探しがいがあるな!」


 楓はやる気充分。


「では最初に目隠ししてもらいます。ここにたまたま手ぬぐいがあるので使ってください」

「こんなの使わなくてもズルなんてしないのに」

「念のためにです」

「一応聞くが、ズルしたらどうするんだ?」

「グーでいきます」

「思っていたよりも直接的なペナルティだな」

「あと隠れてる間は音が聞こえないようにしましょう。音で部室に隠れてることバレるので」

「ただ耳を塞げばいいのか?」

「いえ、たまたま新品の耳栓持ってるのでこれを使ってください」


 そう言って真新しい耳栓を渡した。


「わかった。ちなみに隠れ終わる前にこれを外したら」

「グーでいきます」

「だよな」

「あとスマホのタイマー機能で五分後に振動するように設定してください。それがかくれんぼ開始の合図です」

「了解した」


 タイマーをセットしてから目隠しと耳栓をする楓。


〜五分後〜


 手に持っていたスマホが振動し、それを合図に目隠しと耳栓を外す。


「よーし、進君覚悟しろ!」


 勢いよく扉を開けて外へ━━と、見せかけて部室内を探す。


「ふふっ、耳栓をさせたってことは元々ここに隠れるつもりだったのだろうが甘いぞ! そこか!」


 仁美愛用の布団をひっぺがすが誰もいない。


「くっ、ならばそこだ!」


 棚の陰を確認するがいない。

 その後も隠れられそうな場所を探すがことごとくハズレ。


「なかなかやるな進君。だが勝つのは私だ!」


 部室を出て、校舎の隅から隅まで探す楓。

 その瞳には闘志が燃えていた。

 一方の進は、


「あ、今日新刊の発売日だ」


 帰り道を少しそれて寄り道をするのだった。

読んでくださりありがとうございます

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