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部長、帰っていいですか?1

 放課後。それは一日の三分の一を学校という閉鎖空間で過ごした後にようやく手に入る自由な時間。

 生徒達はこの放課後という時間に何をするかを授業中、昼休み、あるいは帰りのホームルーム後、はたまた無計画に決める。

 だが例外なく、生徒達は次の三パターンに分かれる。

 理由もなく教室で友人達と会話に花を咲かせる者、残りの時間を余すことなく使うために帰宅する者、自由な時間を同じ目標を持つ仲間達と部活に励む者。

 この物語の主人公である、『坂本さかもとすすむ』はどこにでもいる普通の高校生。

 彼も部活に所属し、同じ志を持つ仲間達と新たな青春の一ページを刻もうと、部室の扉を開く。


「部長、帰ってもいいですか?」

「開口一番でそれか進君」


 白髪のポニーテールと大きな瞳、それに豊満な胸が特徴的な部長の月城つきしろかえでが呆れながら進を見つめる。

 進も無表情のまま眠たそうな目を彼女に向ける。


「いや、だってやることないでしょ? それだったら別に僕が帰ってもいいですよね?」

「何を言う! 創立して一年、部員が五人となってようやく部として認められた我が自由研究部、通称フリーダブがいくら自由なことをする部活だからって、活動内容が全くないわけではない!」

「なんでそんな説明口調なんですか」

「いいからそこに座れ」


 そう言われた進は、テーブルを挟んだ二台のソファーの片方に促されるまま座った。

 進が座るのを確認した楓もソファーに座る。


「まったく、君はいつもそうだ。すぐに『帰ってもいいですか?』と口癖のように使う。まぁそれは今は置いておこう。君達がフリーダブに来てくれたおかげでこうして部として活動できる。しかし、君達が入ってから三週間、特に仲が深まったわけでもない。だから今よりもう少し深い関係になるべきだと私は思うんだ」

「言ってることはごもっともですが、とりあえず僕にしなだれかかって胸辺りを人差し指でなぞるのやめてください。なんか変な感じがするので」


 進むが言及するが、楓はそのまま話を続ける。


「君も正直になりたまえ。私のことが好きなのだろ? だからあの日私の誘いに乗ってくれたんだろ?」


 楓が話す『あの日』。

 それは三週間前、進がこのフリーダブに入部を決意した日のことだ。



 三週間前。

 まだ桜が満開に咲き誇っていた春の夕暮れの校舎。

 進は廊下から活気のある正門を覗いていた。

 正門の前では様々な部が新たな同志を迎えるため声を張り上げ、部員を募集のプラカードを高々と上げている。

 これぞ夢にまで見た高校の風景。

 それを目の当たりにした進はこう思った。


(正門から出れない、どうしよう。あそこに行ったら絶対拉致されるな……あっ、また誰か機関銃持ったアメフト部員に連れてかれた)


 どうにか帰ろうと考えるも、無事に帰宅できるビジョンがない。

 なのでこうして部の勧誘が治まるのを待ちながら人がいなさそうな校舎を散策しているのだ。


(もう少しぶらぶらするか)


 鞄を持って廊下を進む。


(……ん?)


 廊下の先で可憐な少女が窓に手を突きながら、桜が乗った風に穢れのない純白の髪をなびかせていた。

 夕暮れということもあり、その姿はまるで映画のワンシーンのよう。

 思わず進も足を止める。


「……ん? ああ、こんなところに人が来るとは珍しいな」


 目があい、進に話しかける少女。

 これが進と楓の出会いであった。


「恥ずかしいところを見られってしまったな」


 恥かしそうにしている楓。一方の進は楓に近づく。


「君、もしかして新入生かい? 私は月城楓。ここであったのも何かの縁だ。よければ話を──」


 そしてそのまま楓の真横を通り過ぎた。


「ってちょっとちょっとちょっと! どこ行くの!?」

「へっ?」


 進が振り向くと、楓に肩を掴まれる。


「おかしくないか!? 今のアニメやラノベだったら確実に甘酸っぱいイベントがあったぞ!? 何で通り過ぎれるの!? 私を見て何とも思わなかったの!?」

「……若いのにもう白髪なんて」

「地毛! ストレスとかじゃなくて元々!」


 肩で息をする楓に、無表情でその姿を見つめる。


「それで何の用ですか? 僕もう帰りたいんですけど」

「あ、ああ。えーと、君と会ったのも何かの縁だ。ぜひ我が部に入部を──お願いだから待って! 話全部する前に立ち去ろうとしないで! お願いだからせめて全部聞き終わってから! というかか弱い女の子がしがみ付いてるのに歩みを止めないのはどうかと思うよ!?」


 しばらく楓を引きづりながら廊下を歩いたが、『これ以上は足が疲れるし、面倒くさいな』と思った進は一度深く溜息を吐いて立ち止まった。


「話聞きますから、手短にお願いします」

「ほ、本当に!? 話聞いてくれるのか!?」


 満開の笑みを咲かせて立ち上がった楓は、先ほどのやりとりなんてなかったかのように年上の余裕を含んだ微笑みを浮かばせる。


「ここであったのも何かの縁だ。よければ我が部に入って━━」

「お断りしますので帰ります」

「被せ気味に断らないでー! もう少し考えてー!」

「えー、ちゃんと話聞いて答えたのに」


 またもしがみついてきた楓を困り顔で見下ろす。


「お願いだからフリーダブに入って!」

「フリーダブって……一体なんの部活なんですか?」

「興味があるのか!? ならば聞かせてあげよう!」


 興味は全くないが、すっと立ち上がった楓は腰に手を当て豊満な胸を張り勝手に話し始めた。


「フリーダブ、正式名称は自由研究部。自分の好きなことを自由にする部活なんだ。さぁ、君も是非この部に入って、自分の中に眠る自由を解放しようじゃないか!」

「もしかして新手の宗教勧誘ですか?」

「ちーがーうー! 部活の勧誘なの!」


 地団駄踏みながら否定するが、余計に進には不審がられる。


「でも僕帰りたいですし。そもそも興味ないですし。帰りたいですし。勉強する時間がほしいですし。帰りたいですし。すぐに帰宅したいですし。帰りたいですし、他の人を勧誘してください。そして帰らせてください」

「他の人にも勧誘したさ! でも一人しか入らなかったの! あと君どれだけ帰りたいの!?」

(こんな胡散臭そうな部活に入った人がいるなんて)


 その人物に少しだけ興味が出たが、だからと言って入るつもりもないのですぐに進の頭から抜ける。


「それに私は君に惚れてるの! ラブなの! 性的に見てるの!」

「今度は美人局ですか?」

「美人局じゃない! 本当だよ! 一昨日自動販売機でお金が足りなくて困ってた時に君が平然とお金入れて去っていく姿をかっこいいと思ったの! つい持ってた財布落としちゃったの! ついでに私も堕ちたの!」

(そういえば自動販売機の前で泣きそうな人がいて、いたたまれなくてお金入れてあげたっけ)


 自動販売機の前で半べそだった楓の姿が進の脳裏に浮かぶ。


「だから君には入ってくれなきゃ私が困るの!」


 なりふり構わず、冷静な先輩を装ってた(つもりの)楓は子供のように駄々をこねはじめる。


「なぁ! 少しぐらいは入りたいと思っただろ!?」

「全然」


 即答され、膝から崩れ落ちる楓。

 その姿に進は言い過ぎてしまったことや、悲しませてしまったことで申し訳ない気持ちを微塵も抱くことなくスタスタと廊下を歩いていく。


「なんで君はそんなに冷徹なんだ!」


 いつの間にやら立ち直っていた楓に先回りされ、行く手を阻まれる。


「面倒臭いなーと思って」

「酷い! でも君が好きだ!」

「そうですか。でも俺あなたのこと好きじゃないです」

「ぐっ……」


 強烈な言葉のパンチをこらえるも、足元がふらついている。


「で、でも! 嫌いというわけではないのだからチャンスは━━」

「そこらへんのコンビニで買った消しゴムを好き嫌いで判断してるんですか?」


 K.Oされた楓。もう立ち上がることはない。

 その横を平然と通り過ぎる進。


(さて、帰るか。でも、まだ正門には部活の勧誘で塞がれてるしな。どうするべきか。やっぱりおさまるまで待つべきか……)


 妥協案で部活の勧誘を避けようと考えていたが、ふと進は足を止めた。


「待てよ。どうせ一週間は勧誘は続く。一週間もわざわざ待つのはゴメンだな。だったら、あえてどこかの部に入って、断る理由にすれば……」


 体を反転させ、来た道を戻る。

 目的は楓に会うこと。


「フフッ、どうせ私は消しゴムと同じ価値だ。あ、でも、この落書きすら消せない私は消しゴム以下か」


 哀愁漂う体育座りで、壁の落書きに向かって乾いた笑みを浮かべていた。


「あのー、先輩」

「君、そんな細い体じゃいけないな。もっとお肉を食べないと」


 落書きの棒人間に話しかける楓に、さすがの進も少しだけかわいそうと思ってしまう。


「せんぱーい。おーい」


 楓に話しかける。

 しかし乾いた笑みが返ってくる。精神が崩壊しているようだ。


「仕方ない。他の部活に入るか」


 その場から離れようとした進の足に何かがまとわりついた。

 視線を落とすと、楓がしがみついている。


「これ! この紙にクラスと名前を書いて! お願い!」


 どこからか取り出した入部届の紙を受け取った進はその場で名前とクラスの記入を済ませる。


「これでいいですか?」


 奪い取るように紙を受け取ると、穴が空くほど記入欄を凝視する楓。


「問題ない。ほうほう、坂本進というのか。良い名前だ! 私の心に深く刻んでおこう!」


 名前を書いただけでこのテンション。

 楓の姿に少しだけ顔を強張らせた。


「それじゃあ、今日はこれで失礼します。あと、一週間は部活に来れないんですが」

「あぁ! 構わないぞ! では一週間後に部室で会おう!」

「はい。失礼します」


 こうして無事に入部を遂げた進は自宅へと帰るのであった。



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