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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

没落の王女 SSシリーズ(過去の短編はこちらから読めます)

東の王女と西の王子

作者: 津南 優希

 東の紗里真(しゃりま)王国。

 その第一王女は、生まれながらにして剣に天賦の才を持つ、希代の美少女。

 そんな風にもてはやされるのにも、もう慣れた。 


 私は先月、7歳になった。

 身長が伸びたことで、剣のサイズも大人用の一番小さいものに変わった。

 今までは私サイズの特注品を使っていたから、一気に大きくなった気がする。


「こんなに早く大人用の真剣が扱えるようになるなんて、姫様はやはり天才ですね」


 騎士団のみんなは、口々にほめてくれた。

 天才とか言われてもよく分からないけど、私もっともっと大きくなったら、国一番の剣士になれると思うの。

 でも「将来の夢は?」って聞かれて、「一番強い剣士」って答えると、なんでかみんな微妙に残念な顔になるのよね。

 どうしてかな。


 私の父様は国王で、とっても強い。

 騎士団長の理堅(りけん)よりも強い。

 私の剣の先生もすごく強いけど、きっと父様の方が強いと思う。


 国の宝って言われてる、聖剣神楽(かぐら)を構えて剣舞(けんぶ)を舞う父様は本当に格好いい。

 私の憧れで、一番大好きな剣士は父様だ。

 私、将来ケッコンするなら、父様がいいな。

 兄様のことも大好きだけど、剣が扱えない時点で父様の勝ちだと思うし。

 母様ももちろん大好きだけど、女の人とはケッコン出来ないでしょ?


飛那姫(ひなき)様、結婚出来るのは家族以外の男性なんですよ。あと、身分も大事ですね。飛那姫様が嫁がれるなら、少なくとも第2王子以上で将来の約束されている殿方でないと、国王様がお許しにならないと思いますよ」


 侍女の令蘭(れいらん)がそう説明してくれたけど、イマイチよく分からなかった。

 どうもケッコンには、家族以外とか、身分とか、めんどくさそうな決まりがあるらしい。

 最近は侍女達の間でそういう話が流行ってる。

 誰と誰がケッコンしたとか、誰とケッコンしたいとか。

 みんなすご~く楽しそうに話してるから、きっといいものなんだろうな、ケッコンって。



「私、兄様とはケッコン出来ないのですって」


 午後のお茶にやってきた兄様に仕入れたばかりの知識を披露すると、兄様はいきなりお茶を吹き出した。


「ゲホッ……飛那姫、いきなり何を言い……ゲホッ」

「お行儀が悪いですわ、兄様。侍女達から聞いたのです。好きな人とずっと一緒にいるにはケッコンするのが良くって、ケッコンすると幸せなのですって」

「ああ……ゲホッ」

「家族や女の人とはケッコン出来なくて、私は身分で選ばなくてはいけないって言われたんですけど、父様や兄様以外で、ずっと一緒にいたい男の人なんて思いつかないんです」

「飛那姫、その話はまだ早いんじゃないかな……」


 ようやく咳き込むのが収まった兄様が、引きつった笑顔でそう言った。

 うん、私も色々聞いてたらそんな気がしてきた。

 私よりずっと年上で優しい兄様は、侍女達からかなり人気があるみたいだけど。

 兄様もそのうち誰かとケッコンするんだろうか。


「結婚はね、男性は18歳、女性は16歳にならないと出来ないんだよ。だから、飛那姫にはまだまだ先の話なんだ。今からそんなことを考える必要はないからね」


 兄様の説明にも、いつもより力が入っている気がする。

 とりあえず、まだ私は考えなくていいってことなのね。

 ちょっと残念だけど、ずっと先の話を考えて悩むくらいなら、剣のことを考えている方が楽しそう。


「分かりましたわ、兄様」



 そんな話をしていた数週間後、前々から父様が言っていた西の国の王様がこの紗里真にやってくることになった。


「お昼の会食には王族の皆様が揃われることになります。飛那姫様、どうか最後までおしとやかにしていてくださいませ」


 令蘭に念を押されながら、私はいつもよりも派手にあちこち飾り立てられた。


「お可愛らしいですわ、姫様」

「本当に、お人形みたいですのねぇ」


 侍女達は好き勝手なことを言ってくれるけど、このヒラヒラした服とか飾りとか、本当に邪魔なのよね……

 どうして女の子って、飾り立てるのが好きなんだろう。動きやすいほうがずっといいのに。


「支度が終わったなら、私、兄様のところに遊びに行くわ。まだ会食までは時間があるでしょう?」

「いけません、蒼嵐(せいらん)様もお支度中ですよ。あと1時間くらいですから、お部屋でおとなしくお待ちください」

「ええー……」


 このワンピースドレスフリフリの格好であと1時間?

 却下した令蘭を恨めしそうに見て、私はふと、思いついた。


「ね、汚したりしないから、庭園をお散歩しちゃだめ?」


 5月になって大分温かくなってきたし、今日は快晴だ。

 部屋の中にいるなんて、もったいない。


「この間庭師達が作っていたバラのアーチをまだくぐっていないし、今庭園が一番気持ちのいい季節だって令蘭も言ってたでしょう?」

「それは、言いましたけれど……」

「お願い! ちょっとだけお散歩! ね?」


 とびきりのスマイルでお願いすると、令蘭は仕方なさそうにため息をついた。


「少しだけ、ですよ」

「はーい!」


 こうして私は、退屈な部屋での監禁時間を、有意義な散歩の時間に変えることが出来た。

 紗里真城の庭園は、城の中でも私が一番気に入っている場所だ。

 季節ごとにたくさんのお花が咲いていて、緑が多くて、鳥も虫も集まってくる。

 いつでも命が温かく呼吸をしている、優しいこの場所が私は大好きだった。


 庭師達が丹精込めて手入れしている草木たちを見ながら、私は淡い桜色をしたバラのアーチのところまで来て上を見上げた。


「うわあ~……」


 大きなお花のトンネルだ。

 バラの蔓の間からお日様の光がこぼれ落ちてきて、なんだか夢みたいなところね……

 庭師達、いつもありがとう!


 満開のバラにテンションの上がった私は、トンネルをくぐろうとしたところで視界の端に動くものを見つけた。

 バラのアーチの上をちょこちょこ登っていく、茶色くてフワフワな毛並みの動物。

 リスの仲間のフォングルだ。


(かっ、かわいい……!)


 フォングルはまだ小さかった。

 今年の春生まれたばかりの子供なのかもしれない。

 うっとりと眺めていると、アーチの一番てっぺんまで上がったフォングルは、突然止まってキーキー言い出した。


「?」


 どうやら、バラを固定するために止めている針金みたいなものに、フワフワしっぽが絡まってしまったらしい。

 しばらくそこで見守っていたけれど、いつまで経ってもキーキー言ってる。

 暴れてるうちに、余計絡まってない??

 自力じゃ取れないのかも。


「……かわいそう。ね、令蘭、まだ時間あるわよね?」


 ぽつりと言った私を、令蘭がはっとして見返した。


「飛那姫様、まさか、とは思いますが……」

「登って助けてあげる」

「いけません!」

「じゃあ、令蘭が行ってくれる?」

「そ、それは……に、庭師! 庭師を呼んできましょう!」

「そんなの待ってられないわ」


 あんなに鳴いているのに。

 令欄が止めるのを聞かずに、私はぐぐっとその場にしゃがみこむと、足に魔力をこめた。

 私は体の中の魔力を使って全身の運動能力をあげることが出来る。

 トゲだらけのバラを下からよじ登る必要はない。

 飛び乗ればいいだけ。何も問題はない。


「せーのっ……と」


 ひょいっとジャンプして、令蘭たちの頭よりもずっと高く跳躍すると、私は白いアーチの骨組みに着地した。


「飛那姫様!」


 令蘭が怒ってるけど、ひとまず無視しよう。すぐにすむもん。

 手を伸ばした先にいる、フォングルの子供もキーキー怒っていた。


「怖くないよ。しっぽ、絡まったの取ってあげる」


 フワフワしっぽは、バラの枝と針金にがっちり絡みついていた。

 なんでこんなことになっちゃったかな……外しづらい。


「うーん……」

「飛那姫様! 降りてきて下さい!!」

「もうちょっとだから」


 あ、ちょっとしっぽの毛がちぎれた。

 ごめん。許して。

 引っ張ったりほどいたりしていたら、ようやく針金からはずれた。


「あー、良かった……」


 しっぽがボロボロになってしまったフォングルを抱っこして立ち上がったら、自由になったと思ったフォングルはバタバタ暴れはじめた。


「あっ、ちょっと待って……落ちたら危ない……!」


 わたわた抱え直そうとしたら、フォングルはピョーンと後ろに向かって大きく跳ねた。

 このまま行くと、アーチの反対側にダイブだ。

 子供のフォングルがここから落ちて大丈夫なのかどうか分からないけど、人間だったら絶対怪我する高さだよね。


「危ないってば!」


 私は空中のフォングルを追って、がしっと両手で掴んだ。

 よし! と思ったけど、私まで勢い余ってのけぞってしまい、背中から落ちる格好になった。

 この程度の高さから飛び降りるのなんて、へっちゃらだけどね……

 そう思って体勢を整えようとしたら、長いワンピースドレスの裾がバラの枝に引っかかった。


 バラの枝が、私を引っ張った気がした。


(あれ……? この体勢で落ちるのはまずい気がする……!)

 

 痛い思いをすることよりも、令蘭に叱られる心配の方が先に思い浮かんだ。


「飛那姫様!!」


 悲鳴みたいな令蘭の声が聞こえて、私は頭から落っこちた。

 ……はずだった。


「……あれ?」


 どこも痛くなかった。

 ぴょんと飛んで逃げていったフォングルの向こうに、すごくびっくりした顔の令蘭と、侍女達の姿が見えた。

 反対側に首を回すと、執事長の久米(くめ)と、知らない服装の男の人達が、何人か見えた。


「……驚いた。まさか本当に落ちると思わなかったな……」


 私は、そう呟いた知らない声を見上げた。


 綺麗な濃い緑の瞳と目が合った。

 私を抱えているのは、見たことのない子だった。

 長く伸ばした銀髪が、お日様にキラキラしてる。

 青空を流れていく雲を背負って、5月の光をまとっているように見えた。

 わあ……男の子なんだろうけど、すごく綺麗な子だ。


「怪我はない? 下ろしても大丈夫?」


 男の子はそう尋ねると、優しそうな目を細めて笑った。


「……だれ?」


 落ちたと思ったら知らない人にキャッチされてた。

 これ、令蘭が激怒するパターンじゃないかな。


「も、申し訳ありません!」


 令蘭がすっ飛んで来て、地面に下ろされた私の側で頭を下げた。


「こちらは紗里真の第一王女、飛那姫様でございます。とんだご無礼を……主に代わってお詫び申し上げます……!」


 え? 私無礼だった?

 令蘭の言葉に、きょとーんとして私は目の前の男の子を見上げた。

 

「いや、驚いたけど、怪我がなくて良かった。気にしないで」


 気にしてはいないけど、ええっと……だから、誰なの?

 横から執事長の久米が、ひとつ咳払いをして出て来た。

 何? その残念なものを見るような目は。


「姫様……こちらは、西の大国プロントウィーグルの第一王子、アレクシス様でございます」


 久米にそう紹介されると、第一王子は私に向かって片膝をついた。


「アレクシス・ヴァン・プロントウィーグルです。はじめてお目にかかります」


 コホン、ともうひとつ咳払いをする久米に、私ははっとなって笑顔を貼り付けると、ワンピースドレスの裾をつまんで、出来るだけ優雅に見えるように礼をした。


「紗里真 飛那姫です。あの、ありがとうございました」


 久米や令蘭の視線が痛い。

 スカートの裾がちょっと裂けてるのは、許して欲しい。


「どうぞよろしく、飛那姫王女」


 そう言って第一王子は私の手を取ると、甲に軽く口づけた。

 あ、これ知ってる。

 大人の挨拶ってやつだ。


 第一王子は静かに立ち上がると、私を見て微笑んだ。

 不思議な子だな、と思った。

 立ってると木みたいに優しい雰囲気で、笑うと花の香りがしそう。

 私みたいに勉強ほっぽって窓から逃げ出すとか、絶対にしなさそうだ。


「会食前に時間があったから、庭園を見せてもらっていたんだ」

「まあ、そうでしたか。とんだお邪魔をいたしまして、本当に申し訳ありませんでした」


 散歩をしていたと説明する第一王子に、横から令蘭がそう謝った。

 邪魔をすることになったのは不可抗力なんだけど、そっか。この子、庭園を見てたんだ。


「お庭、気に入っていただけました?」


 私が口を開いたら、そわそわと令蘭がこっちを見た。

 普通に話してるってば。心配しすぎでしょう。


「うん、こちらの庭園は素晴らしく美しいね。こんなに手入れが行き届いている庭ははじめて見たよ」

「まあ、ありがとうございます。庭師達が喜びますわ。私も、その……散歩中でしたの」


 うん、確かに散歩してたはず。最初は。


「よろしかったら、ご一緒に回りませんか?」

「飛那姫様。そろそろお支度をなさいませんと……」


 お散歩に誘ったら、第一王子が答える前に、令蘭が見事な営業スマイルで私を振り返った。

 ああ、着替えろってことね。

 はい、せっかく着飾ったのを一からやり直す羽目になって、ごめんなさい。


「じゃあ、会食の後に時間があったら、またご一緒させてもらおうかな」


 第一王子がそう言って微笑んだ。

 おお、うちの侍女よりよほど大人な対応じゃない?

 そう思って王子をじっと見返した私は、気付いてしまった。


(……帯剣してる)


 王子の腰に、珍しい装飾の剣が下がっていた。


「剣術……お好きですの?」


 思わず聞いてしまったら、令蘭の目がちょっと三角になった気がした。

 だって……つい。いいじゃない! 聞くくらい!


「ああ、うん。そうだね。好きと言えば好きかな……」

「私も剣術を習っていますの。後でその剣、見せてくださいませんか?」

「え? ああ……うん。もちろん」


 なんとなく歯切れが悪かったけど、第一王子は了承してくれた。

 やった! 異国の剣に触れる!



 その後の会食では特に何かやらかすこともなく、和やかな歓談の時が流れた。

 父様と、西の国の王様は前々からのお友達らしい。

 いつも来る他のお客様よりも、父様が楽しそうで良かったと私は思った。


 会食の後は、予定通り例の第一王子と庭園を散歩出来ることになった。

 お散歩用に装飾を少し身軽にしてもらいながら、私は異国の剣のことを思い出していた。

 鞘に入っていたから中身はまだ見れてないけど、楽しみだな。


「ご機嫌がよろしいですね、飛那姫様」


 私の様子を見ていた令蘭が笑って、他の侍女達もうんうん、と頷いている。


「アレクシス王子、御年11歳だそうですよ」


 へぇー。兄様より4つ下か。

 身長、あまり変わらないのにね。


「成長されたらきっと素敵な殿方になりますわね」

「うちの姫様のちょっと変わったところにも寛容ですし、優しそうな方ですし」

「姫様の嫁ぎ先としても最高の家柄ですしね」

「姫様は容姿だけで言えば申し分のないお方ですから……並べばとてもお似合いですわ」


 次々にそんなことを侍女達が言いはじめる。

 何の話? もしかして……


「またケッコンの話?」

「まあ、姫様はおませさんですのね」


 そう言って侍女達がクスクス笑ったけど、その話はしばらく関係ないんじゃなかったっけ?

 よく分かんないけど、本当にみんな、ケッコン話が好きなのね。


「兄様に、第一王子は私のケッコン相手になれるの? って聞いてみる?」

「……いえ、飛那姫様。それだけはおやめください……恐ろしいことになります」


 令蘭に言ったら、ちょっとひきつった顔でそう返された。

 恐ろしいことってなんだろう……


 とりあえず私が興味があるのは、あの王子の持ってる剣なんだけど。


 でも、ああいう子は嫌いじゃない。

 どことなく兄様に似ていて優しそうだし、剣を習っているみたいだし。

 あの子が大きくなって、父様より強い剣士になるようなことがあったら。

 「ケッコン」はその時にもう一度考えてみようかと思う。

 私は無邪気にそんなことを考えていた。


「飛那姫様、お願いですからもっとおしとやかに歩いてくださいませ!」


 足取りも軽く部屋を出た私の後を、令蘭達がオロオロしながらついてくる。


 庭園の入口で待つ銀髪の少年が、私の姿を見つけて微笑んだ。

 今日一番の笑顔で、私もそれに応えた。

『没落の王女』番外編でした。

アレクシスにとって衝撃的な、飛那姫との出会い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お兄さんの反応が全てツボに入る。 妹が好きすぎているのに、その妹は気付いていない所か。 色々と面白すぎて……。 [一言] 他の短編集も読み漁ってきます!!!
[良い点] タイトルは「東の王女と西の王子」ですが、東の王子様も出てきてよかったです。 女の子の憧れ、王子様が満載(笑)。前からこの作品が気に入っていましたが、久々に読んでみて、やはりよかったので思…
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