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羽束さんのあやかし綴り  作者: 旭川旭
22/25

真夜中に泣く人形(4)

「ほら、こっちよ。ちゃんとごあいさつしないと」

 彼らの会話は部屋の外から聞こえてきた、みやの声で中断する。

 彼女に手を引かれてまず赤い服と黒いスカートをはいた小さな女の子が姿を見せ、次に小学生の男の子が現れた。

 女の子の方が初めに異変に聞いたという那智の孫娘で、男の子の方が物置部屋の扉を開けてみたという兄だろう。

「息子の進一と娘の千穂よ」

「初めまして、ちほです!」

 女の子は明るく笑顔で言うと、ちらりと母親を見上げる。

 教えられたとおりできたという得意そうな顔だった。

 彼女の髪をみやは優しく撫でて「えらいねー」とほめる。

 進一の方はチラチラと羽束に目をやっては恥ずかしそうにそらす、という行為を繰り返していたが、ようやく顔を横向きにしてぼそっと言う。

「進一だよ」

「こら」

 みやは眉をつりあげ、那智は苦笑する。

 この点だけを見ればどちらが年長者なのか分からない兄妹だった。

 羽束は口元をほころばせて立ち上がり、ふたりのすぐそばまで行ってかがみこむ。

「知っていること、お姉さんに教えてくれる?」

「うん!」

「う、うん」

 明るく無邪気な千穂と、恥ずかしそうな進一と対照的だったが、兄妹は話しはじめる。


 まず口火を切ったのは千穂の方だが、彼女の話し方はまだたどたどしく、聞く者が理解しようと努める必要があった。


 要約すると次のようになる。




「夜、トイレに行きたくなって起きた。ひとりでできた帰り、悲しそうな声が聞こえた。声がする物置の方に近づいてみると、女の子の声だった。気になったけど、ひとりで入ったと分かると叱られると思ったし怖かったので、我慢して部屋に戻った。次の日、お母さんに言った」




 ということだ。


 そして次の日も同じようなことが起こり、やはり両親は半信半疑だったため、千穂は那智に話したのである。


 みやはと言うと困った顔で説明した。




「まだ小さい子の言うことだから、どこまで信じていいのかと思ってね。近所で親に怒られて泣いた子のものと、聞き間違えたのかもしれないし」

 半信半疑とはそういう意味だったのかと雪彦は内心で納得する。

 次に進一の方だったが、彼もまた妹の言うことは信じていなかったという。

「でも、こいつが言ったように、女の子の声が聞こえてきて、見てみたら、はっきりと」

 彼はそこで言葉を区切り、うつむいてしまった。

「何か見たのかしら?」

 羽束に優しく聞かれて、彼はそっと首に横に振ってから答える。

「暗かったから……でも泣き声はたしかに部屋から聞こえたよ。どこから聞こえたのかは分からなかったけど」

 彼の言葉を那智が引き継ぐ。

「次の日、この子も言うものだから、私と一緒に見てみようかと言ったのだよ。そのあとのことは、すでに羽束ちゃんに話したとおりだね」

「はい。ご無事で何よりでした」

 羽束が答えると、みやが若干不安そうに問いかける。

「本当はどうなんだい、羽束ちゃん。本当に変なものがいるのかい?」

「いるのはそうですけど、みなさんにとって悪いモノではないと思います」

 彼女はにこやかに即答した。

 いつも見られる自然なものではなく、努力して作られた表情だと雪彦は見抜く。

 彼女はまずこの一家を安心させる必要があるのだ。

「そうなんだ。よかったね」

 ほっとするみやの顔からは明らかに不安が抜ける。

 あやかしという存在を全面的に信じているわけではいないが、羽束や仙丈のことは信じているという複雑な心理だろうか。

「羽束ちゃん、どうする? いまからやってくれるかい?」

 次の問いは那智から放たれた。

 これに対して羽束は「いいえ」と答える。

「悪いモノであればいますぐ対処しましたが、そうでないならば自然に現れるのを待ちたいと思います。悪意のないモノもうかつに刺激すると、悪いモノへ変わってしまう危険がありますから」

「そうなのかい。それじゃあすまないけど、委細は任せてもいいかね?」

 老人の言葉に彼女はにこやかにうなずく。

「はい。もちろんです。お任せください」

「みやさん、ふたりの寝床はどうしたかな?」

 彼は次に義理の娘に尋ねた。

「ええ、準備はもうしていますよ。おじいちゃんの話だともっと遅くにならないと出ないらしいから、先に部屋まで案内しましょうか」 

「頼むよ。千穂と進一はおじいちゃんとこっちで遊ぼうか」

 那智は孫たちに声をかけて、顔中をしわくちゃにする。

 孫たちが可愛くて仕方がないのがよく分かる顔だったが、千穂は「いやっ」と拒絶した。

「お姉ちゃんと遊びたーい」

 彼女はどうも羽束に興味を抱いたようである。

「こら、お姉ちゃんの邪魔したらダメよ」

 しかし、みやは娘の主張を認めなかった。

「先に子どもたちを連れていくね」

 彼女はそう断ってだだをこねる娘の手を取って連れていく。

 すこし気の毒な気もするが、幼い少女はそろそろ寝る時間であってもおかしくはない。

 進一の方は母に手を引かれなくとも、自らそのあとをついていった。

「にぎやかでしたね」

 羽束は楽しそうに那智に話しかける。

「はは。生意気ざかり、やんちゃざかりで大変だよ」

 老人は苦笑したが、孫たちに対する隠れない愛情があった。

 彼と羽束には共有する多くの思い出があり、みやが戻ってくるまでいくらでも話に花が咲く。

 雪彦はそれを黙って聞いていたが、手持無沙汰だとは思わなかった。

 退屈ではないかと気を回した羽束に、にっこり笑って応じる。

「千ヶ峰さんの過去にはちょっと興味がありますから」

 本当は大いにあると言うべきなのだろうが、正直に話すのはさすがにどうかと思う。

 那智老人がいるのだからなおさらだった。

 戻ってきたみやが案内してくれたのは、母屋の二階である。

 那智への配慮か、階段の横にはスロープと手すりが作られていた。

 羽束にはきちんと鍵がかかる部屋、雪彦には障子戸で仕切られただけの部屋があてがわれる。

 部屋の前で彼は持っていたバッグを彼女に手渡す。

「ゆっくりしておくれ。時間はまだあるようだからね」

 声をかけてきたみやに礼を言い、雪彦は一夜を過ごす部屋をちらりと見た。

 まだ新しめの畳の上にはいい匂いがする布団が敷かれている。

 他には小さな鏡台と衣紋かけがあるだけの殺風景な部屋だった。

 普段は誰も使っていないことは容易に察しが付く。

(進一くんと千穂ちゃんが大きくなったら、どちらかがこの部屋を使うのかな)

 と彼は思いながら、部屋の隅に荷物をそっと置いた。

 中身は羽束に言われたように着替え中心である。

 何もすることがなくなった彼は部屋を出て、羽束のところへ向かう。

 三回黒いドアを叩くと彼女はひょっこり姿を見せる。

「いらっしゃい。どうしますか?」

 彼女が聞いたのは部屋の中に入るかどうかだろう。

 彼は入ることを選び、

「お邪魔します」

 と言った。

 部屋の中は彼にあてがわれたものと似たようなもので、せいぜいカーテンの色が違うのと、洋風であることくらいだろうか。

 フローリングには白いカーペットが敷かれていて、ちゃぶ台が置かれている。

 そのちゃぶ台の前に彼が腰を下ろすと、羽束は向き合うような位置に座った。

「とりあえずこの家に何事もなくてよかったですね」

 彼が話しかけると、彼女は真情を込めて答える。

「ええ。わたしが渡した品が災いの引き金となるだなんて、想像しただけでも恐ろしいですし、申し訳がたちません」

 胸に手を当てて安心するしぐさもじつに可愛らしかった。

 だが、じろじろと見つめる失礼なまねはできない。

 彼は気持ちを切り替えるためにも、那智がいるところでは聞けなかった問いをいま放つ。

「何か思念を宿したものが近づけば、他のモノが泣きだすようなことって、あるのですか?」

「いえ、じつはわたしも初耳ですね」

 返ってきたのは彼女にしては珍しい困惑であった。

「那智さんの奥様……孝子さんの嫁入り道具となると、付喪神になっているものがあっても、たしかにおかしくはないのですけど。いずれにせよ、いまの時点では何も言えません」

「そうなのですか」

 羽束にも分からないことはあるのだなと雪彦は思う。

 考えてみれば当たり前なのだろうが、彼にしてみれば目からうろこが落ちたような気分だ。

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