ハカセの内職
ハカセが朝早くから工作をしている。
あの不器用なハカセが工作なんて、明日は葉桜になった桜が満開になるんじゃないだろうか。
「助手よ」
もしかして、考えてたことがばれたのだろうか。
「はい、ハカセ」
「そこの輪ゴムとステープラーを取ってくれ」
「輪ゴムとすちーぷらーって何ですか?」
「その往年の俳優のような発音をしてどうする。ステープラーは・・・ホッチキスだ」
「それなら最初からホッチキスって言ってくださいよ」
ハカセは英語を知らないのだろうか。
ここは英検五級の僕が教えて・・・。
止めとこ、たしかハカセは帰国子女っぽいものだ。
「助手よ。ステープラーは英語だが、ホッチキスは商標名だぞ」
「またですか!」
「まぁ昔むかし、アメリカのホッチキス社が販売したステープラーを輸入したのが始まりだ」
「ホッチキスでは通じないんですか?」
「そうだな。アメリカでは会社名を言っているのか? と思ってくれるかもしれないが、通じない」
日本語って奥が深いな。
ハカセが教えてくれた宅急便も商標名だし、ピペットマンも違うし、エッペンチューブも違うし、本当に難しい。
「そう言えば、ハカセは何を熱心に作ってるんですか?」
「マスクだ」
「マスク?」
「今は外でマスクが買えないだろう?」
「はい、僕も花粉症なんで大変でした」
「そこでだ。ネットには理系必須アイテムのキムタオルでマスクを自作しようと載っていた。だから作っている」
キムワイプの兄弟品であるキムタオルを切って、蛇腹折して左右に輪ゴムを着けたらマスクになる。
茶色だけど、何か違和感ない。
「へぇ、ちゃんとマスクですね」
「ついでに助手よ」
「はい」
「キムタオルの白色を買っておいてくれ」
「うん? 何か機能が違うんですか?」
「いいや、ただ見た目がマスクに近づくだけだ」
こだわるところが違うと思うけど、とりあえず買っておく。
実験カタログの何ページだったっけ?
「はい、ハカセ」
「何だ? 助手よ」
「キム三兄弟のことなんですけど」
「はい?」
「ほら、長男がキムワイプ、三男がキムタオル、だとするとですよ。間に挟まれた次男はキム何になるんです?」
実験室にはキム〇〇というのは二つしかない。
だから常々疑問だったので、知りたかったのだ。
「その兄弟擬人化は置いといてだな。間に挟まれた次男は、ケイドライだろう」
「なんですとー! キムじゃない」
「知らんわ」
「ケイドライなんて・・・なんでキムドライじゃないんです?」
「知るか」
「あだっ」
久しぶりにキムワイプの箱が飛んできた。
あっ、新しくキムタオルの束も飛んできた。
こっちは痛くない。
「どうしてもキムとつけたいならキムテックスにしておけ」
「あっ次男!」
「それにしてもどうして三兄弟なんだ?」
「なんか年下になるほど逞しい感じが三兄弟っぽいので」
キムワイプはペラペラで、ケイドライはしっかり、キムタオルはごついという感じだ。
ケイドライは実験室に常備されていた。
「はい、ハカセ」
「何だ? 助手」
「ふせんふでマスクを作った方がいいのではないでしょうか」
「馬鹿者」
「せい!」
僕も学習能力機能くらいは装備している。
説明しよう!
キムワイプと違い国語辞典は重い分、投げられるまでにタイムラグがあるのだ。
「馬鹿垂れが、あれは不織布と読むのだ」
「あぁもう少しだったのに」
「そんなもん。とっくの昔に完売しとるわ。たわけ」
何だか今日はハカセの機嫌が大変よろしくない。
罵詈雑言のレパートリーが豊富だ。
だが、そんな程度で僕の精神が倒れると思ってもらっては困る。
そんな程度ではハカセの助手などできはしないのだ。
「それならアルコール消毒したらいいのでは?」
僕だって勉強している。
殺菌するのにアルコールがあればいいのだ。




