ハカセのジョシュ
それは突然現れた。
前触れもなく、そして、着実に居場所を侵食していく。
そう、それは・・・。
「あぁ、おはよう。助手よ」
「おはようございます。ハカセ」
「紹介しよう。彼は、今日から研究員として働いてくれる雷場ルー君だ。仲良くしてくれ」
「よろしくお願いいたします。雷場ルーです。イギリスと日本のハーフです」
にこやかに手を差し出すやつは、俺の敵となった。
誰が敵と仲良くしてやるものか。
「あでっ」
「何をぼさっとしている」
キムワイプが飛んできた。
「よろしく、雷場くん」
「こちらこそ、助手君」
「では、雷場には全部伝えてある。あとは頼んだ」
いつもならハカセが実験の段取りを教えてくれるのに、もう今日来た侵略者に・・・。
ハカセはきっと洗脳されているんだ。
僕が洗脳を解いてやらねば、やつのお仲間がきっと侵略してくるに違いない。
「ハカセ!」
「うん?あぁ土産は期待しておけ」
「はい?」
いったい何が起きたのか分からない。
ハカセは、スーツケースを転がしていた。
「葉加瀬教授は今日から二週間、海外出張ですよ」
「聞いてないぞ!」
「今、言いました。あと、助手君には面白いから黙ってたと言っていました」
「ぬぬぬ」
ハカセめ。
この僕に内緒なんて、内緒なんて。
うん、仕事しよ。
「このバッファーを作ってください」
「うん」
「あぁ、泡ができないようにやさしく」
「うん」
「あっ!」
「なにっ!」
「・・・なんでもないです。つづけてください」
神経の使う一日だった。
こんなんで僕は二週間耐えられるのだろうか。
雷場は、とっても細かい人だった。
ピペットマンの傾きは十五度で。
おかげで二の腕が筋肉痛だ。
「助手君・・・きみは恐ろしいくらい実験のセンスがありませんね」
「うぐっ」
「まぁ嘆いてもしかたありません。できることをしましょう」
的確にやつはえぐってくる。
じわじわくるボディブローだ。
こんなんで二週間耐えられる気がしない。
ハカセ、カムバック。
「なかなか上達しませんね。やる気あるのですか?」
「やる気はある」
「いいですか。一度だけお手本を見せるので、一回で覚えてくださいね」
「・・・はい」
メモを取ると覚えないから自力で覚えろときた。
・・・ボイスレコーダー、持ってくれば良かった。
「このあいだ教えたでしょう。わたしも暇じゃないんです。一回教えるのに、どれだけの時間を使うと思ってるんですか?」
「すみません」
「謝ってほしいわけじゃないです。それで、どれくらいあれば覚えられますか?」
「えっと」
「自分のことでしょう?」
そんなのが分かれば、苦労はしないし、もう覚えてる。
ハカセ。
「もういいです。きみに任せていると実験が進みません。とりあえず、電話番でもしててください」
「・・・はぃ」
もう無理だ。
辞めよう。
「助手よ」
「何ですか?」
「荷物をまとめてどうするんだ?」
「どうするって、辞めるんですよ。無理です」
「それは困ったな」
「へっ?ハカセ!」
「うん、ただいま。これ土産だ」
なんと二週間たっていた。
これで何とかなる?
いや、ならないか。
「あぁ葉加瀬教授おかえりなさい」
「うん」
「学会はいかがでしたか?」
「そうだな。面白いテーマがあったな。それで次は挑戦して欲しいテーマがこれだ。期待している」
「わかりました」
「助手よ」
「雷場くんに頼んでください」
「それは無理だな。彼は今日までの契約だ」
それは初耳だ。
「まぁ彼は、自分に厳しく他人に厳しくを地でいく人だ。それに」
「それに?」
「私の助手は、君だけだろう?」




