ハカセの誤算
「ガラスが割れるかもしれない、という結論になる」
「へぇー」
「つまりだ。スターラーバーをビーカーに入れる際は台から離した状態で底に優しく置き、横からスライドさせるように台に置く。これが約束だ」
「なんか面倒ですね」
「二時間、手作業で混ぜるというなら止めはしない」
「頑張ります!」
二時間も混ぜ続けるなんて冗談じゃない。
頑張ってスターラーバーの使い方をマスターして見せよう。
そしてハカセをぎゃふんと言わせてやるんだ。
「助手よ」
「はい、ハカセ」
「私は、食塩水を作るようにと言ったな」
「はい、ハカセ」
「どうして食卓塩を持っている?」
「えっ?だって食塩水ですよね?だからコンビニでわざわざ買って来たんですよ」
なぜハカセが不思議そうな顔をしているのか全く理解できなかった。
そして深く溜め息を吐かれた理由も。
「助手よ。言葉足らずだった私も悪かったが今後実験に使うものは全てこの薬品棚にあるものを使う」
「はい、ハカセ」
「何だね?助手君」
「食塩が無いですよ」
「食塩とは、ただの塩だ。塩の化学式はNaClだ。日本名は塩化ナトリウム。Sの棚にある」
Nの棚でもエの棚でもEの棚でもなく、Sの棚ときた。
いくらハカセが分かるからって規則性のない仕舞い方はだめだと思う。
これは片付けマイスター三級の僕の出番だな。
「ハカセ、どうしてSの棚なんですか?」
「英語名がSodiumu Chlorideだからだ」
「へぇー」
これは英語の勉強も必要になるな。
助手をするのも楽じゃないな。
「この食卓塩は、ゆで卵を食べるときにでも使おう」
「はい、ハカセ」
ハカセは何だかんだと言っても優しい人だった。
毎日、新しいことの連続で退屈しない日々を過ごしていた僕は今、ピンチに直面していた。
ハカセから倉庫から【エッペンチューブ】というものを出してくるようにと頼まれたのだが、探しても探しても無い。
おかげで片付けマイスター三級の実力を発揮してしまい倉庫が片付いてしまった。
「こんなことならハカセに聞いておけば良かった」
毎日、在庫のチェックをしていたから見つけられると思ってしまっていた。
甘い考えだった。
「助手君、見つかったかい?」
「あっ、ハカセ」
「何をしているのかと思えば倉庫の片付けとは」
「すみません」
「説明不足だったと思って会議が終わって来てみれば案の定か」
ハカセは僕が見つけられないのが分かっている口ぶりだった。
それなら見つけて驚かせたかった。
「倉庫が片付いたおかげで出しやすくなった。助手君、よくやった」
「えへへへ」
「そして、これが探し物の【エッペンチューブ】だ」
「ハカセ、それは【サンプルチューブ】ですよ」
狐に摘ままれた気分だった。
探し物はずっと目の前にあったのだから。




