ハカセの賭け
大学を卒業してあわや就職浪人というところで、ダメもとで応募した研究室の助手に受かってしまった。
両親は泣いて喜び、妹は鼻で笑っていたが、兄はこれで社会人なのだよ。
大学院に進んで学生のままのお前とは違うんだよ。
いや、大学院に進めるだけの学力が無かったとも言う。
とにかく受かったのだから文句は言わせない。
「おはようございます」
「うん、おはよう。助手君」
「ハカセはまた徹夜ですか?」
「インキュベーターの調子が悪くてね。夜中にブザーが鳴っても困るから泊まり込みさ。今日も鳴るようだったら業者に来てもらわないといけないな」
研究室と言ってもハカセと僕の二人だけの弱小研究室で実験器具なんかも雀の涙くらいしかない、らしい。
隣の研究室は聞いても分からない国家プロジェクトで器具も人材も豊富だ。
これは面接が終わったあとにハカセが教えてくれたことだ。
「業者、呼んどきましょうか?」
「うーん、呼ぶのはまた今度でいいか」
「どうしてですか?」
「どうしてって、来てもらうだけで出張費がかかるからさ。ウチみたいな弱小には痛い出費だよ」
弱小なのに人を雇えるのかと疑問に思うが、そのおかげで就職浪人にならずに済んだから黙っておこう。
まだ入ったばかりだから備品になれるために補充するのが僕の朝一番の仕事だ。
これがまた似たようなものがあって分かりにくい。
「ハカセ、えっと、きむわいぷ、というのが在庫ゼロです」
「なら購入しよう。キムワイプは理系研究室には必須アイテムだ。置いていない研究室があったら、いや、止めておこう。今の時代、下手なことを言うと炎上するからな」
「この部屋には僕とハカセしかいないじゃないですか」
「では、言おう。逆立ちをして地球を一周してもいい」
「言いましたね。では探して来ます」
「私と助手君の賭けということだね。ではルールを決めよう。キムワイプもしくは、それに類するものが無い研究室。範囲は全世界の理系研究室としておこう。どうだね」
「乗りました」
全世界ならひとつくらい置いていない研究室が見つかるだろう。
ハカセには悪いが、この賭けは僕の勝ちだ。
せいぜい逆立ちの練習でもしてもらおう。
「それでは今日の実験を始めようか」
「はい、ハカセ」




