Chapter 4:華奈子の恋愛。
自慢だけど、あたしは可愛いしモテるのよ。
あたしの『彼氏たち』は、あたしが他の男に色目を使われることを嫌がる。
でも自分もそうやって他の男と一緒にいるあたしを見初め、色目を使い、こっそり口説いて付き合ったのだから、大っぴらには文句が言えない。
そうして嫌がったり嫉妬したりする半面、こんな風にモテる彼女に更に惚れ込むの。
男の嫉妬はわかりやすいのよね。抱き方が激しくなったり、ねちっこくなったりするから。
あたしはそれが嫌いじゃない。
反対に、やましいことがある時は妙に優しくなるのよ。
いつも乱暴な人が痛くないか気持ちいいか訊いて来たり、普段は同行するのを渋るようなカフェに連れて行ってくれたりする。
そうなると、そろそろ引き際のサイン。振られる前にあたしから別れを切り出してあげるの。別れたあとでも『可愛かったな』とか『別れるには惜しかったな』とか思われたら最高よね。
あたしは可愛くあり続けるために、常に努力してるの。
モテるのはその結果だってことも自覚しているのよ。
それなのに――だというのに!
この塚地という男は、あたしの魅力に気付かない、今まで出会った中でも最低ランクの鈍感男だったのよ。
佐加本は何故こんな男と付き合っていられるの?
* * *
塚地は、あたしのグループの中にいる佐加本の彼氏だったのよ。
何が面白くてあんな素気ない女と付き合っているかと思ってたけど、傍から見ている限りは上手く行っている様子。
それがなんだか面白くなくて――丁度、ひとり別れたタイミングだったのもあって――塚地にコナ掛けてみたの。
佐加本が休講の日に、学食で偶然を装って出会って。
あいさつくらいは交わしてる仲だから、「佐加本さんの彼氏さんですよねぇ?」って声を掛けて、佐加本の話題で親密度を少しだけ上げて。それを数回繰り返してから、『うっかり』ちょっとだけ佐加本の不満をこぼすのがあたしの作戦。
もちろん、直後に慌てて否定するのよ。
「あ、ごめん、塚地くんの彼女なのに……佐加本さんと同じ気安さでうっかり愚痴っちゃった」なんて言って。
普段から言いたいことを言い合っている親しげな空気を匂わせておくの。
「まぁ、わかるよ。あいつ結構頑固なとこがあるもんな」と苦笑した塚地の表情は、正直なとこ、少しだけときめいたけど……でもあくまでも、あたしが優位に立っていなきゃいけないのよ。
その後、塚地から佐加本の愚痴を聞き出すのは割と簡単だったわ。
今度は聞いたことをそのまま、佐加本に伝えたのよ。いかにも心配してる、という体で忠告もしたの。
並行して、塚地との親密度を徐々に上げて、大学の外でも会う約束を取り付けさせる――あとは成り行き任せ。
気の早い男なら、あたしがそこまでお膳立てしなくても自分からガツガツと約束を取り付けに来るのよね。
普段は消極的な男でも、大学の外となると初手からドライブデートを提案して来るわね。近場で万が一知り合いに見られたらという下心が働くんじゃないかしら。
もちろん、その帰り道のコースは決まってるわ。
あたしはちょっとだけ拒むけど、熱っぽい視線で相手を見つめることを忘れない。それでもうチェックメイト。
こんな感じで、どんなに時間が掛かっても一ヶ月もしないうちにあたしが恋人の席に収まるのよ――いつもならそうなのよ。
ところがこの塚地という男は、佐加本の愚痴は言うけど、あたしを学外デートに誘わない。誘いたそうな様子も見せない。なんなの? こいつ。
「佐加本さんが通り掛かったら気まずくない?」とか、「どこかでゆっくりお話ししましょうよ」と言っても、「別に、どこで話したって一緒だろ?」と気が回らない。
こんなつまらない男と付き合って、佐加本は本当に楽しいの? と疑問に思ったけど。始めてしまったゲームを途中で降りるのは、あたしのプライドが許さなかったのよ。
* * *
小さい頃からあたしの存在価値は、『可愛い』がすべてだったのよ。
両親はもちろんだけど、祖父母たちも初めての女の子の孫だったから、更に輪を掛けて蝶よ花よともてはやしたの。
祖父母にねだればなんでも買ってもらえたし、当時の写真もいっぱい残っているわ。
でもあたしは小さい頃の自分の姿が嫌い。
髪は天然パーマでくるんくるんと広がり、ぽっちゃりしていて眼は腫れぼったく、おまけに元々地黒だったから。
幼稚園時代のあだ名は『黒ブタ』だったのよ。ひどくない?
顔の作りは決して悪くはなかったと思うの。
ただ、当時は両親たちからの「可愛い」を鵜呑みにしていたのよ。
それが、愛情を掛ける対象に対しての愛おしさや、小さい子どもが誰しも持つ、その時代特有の微笑ましさ、という意味が大いに含まれていることに気づかないままで。
自分が他人からどう見えるのかなどまったく気にせず、『黒ブタ』というあだ名でさえ、あたしの可愛さに嫉妬してそう呼ぶのだと思い込んでいたの。
あたしが本当の意味での『可愛い』に目覚めたのは小学校に上がった時。
同じクラスになった女子に、ひときわ目立つ子がいたのよ。
着ている服はシンプルと言うより質素。でも艶のあるまっすぐな黒髪、ぱっちりとした二重の瞳、肌は白く、すらりと手足が長かったその子は、あっというまに男子からも女子からも人気を集めてしまったわ。
あたしがどんなに流行りのブランドの服を着たり、校則で禁じられていたお洒落な小物を持って来たりしても、彼女の可愛らしさにはかなわなかったの。
あたしは生まれて初めて嫉妬したわ。でも表向きは親切を装い、彼女のボディーガード兼親友の立場に収まっていた。
かしましい女子たちをあたしが追い散らすと、控え目な性格の彼女はほっとしたような表情を向けて「ありがとう」と小さく微笑むの。その瞬間はたまらなく幸せだったわ。
当時のあたしは嫉妬しながら、同時に彼女の虜にもなっていたと思うのよ。
春や秋の遠足には一緒にお弁当を食べたの。カメラマン役の教師に向かって、二人揃って笑顔を向けたりして――でも、貼り出された写真を見て愕然としたわ。
想像以上、だったから。あたしたち二人の外見の差が。
それからというもの、あたしはティーン向けのファッション雑誌をねだり、美容やダイエットについて必死に研究したのよ。
まだ一年生だったから読めない漢字は多かったけど、平仮名と片仮名は完璧に読めたし、早期教育で通わされていた英語教室のお陰で化粧品の商品名もそれなりに理解できたのよ。
あたしの『親友』にも色々訊いてみた。普段使っているシャンプーやボディソープ、日頃何を食べていてどんな生活をしているのか――
そんな会話が増えると、彼女の表情が徐々に沈んでいくの。あたしはそれでも構わなかったわ。それくらい必死だったのよ。
毎日美容体操を欠かさず、日焼け止めを常備し、時にはこっそり母親の化粧水などをつけて――結局匂いですぐバレてしまったけど。
他にも、祖父母が大量に買って来る生クリームたっぷりのケーキなどを我慢して、果物や野菜を多く摂る生活を続けたの。
体重計に乗っては数百グラムに一喜一憂し、週に一度は身体の各所のサイズを計ってノートに書きつけたわ。
そして機会があるごとに、親友とツーショットを撮って……
親友は、二年生が終わる時期に転校してしまったのよ。
その直前に渡された手紙や交換用のサイン帳の数に、あたしたちは目を丸くしたわ。
三学期の修了式の日、教師から紙袋を貰って、あたしは一緒に彼女の自宅まで運ぼうとしたの。
そうしたら数人の女子グループがやって来て、「最後くらいあたしたちも一緒に帰りたい。あなたに独り占めされてるのはもうたくさんよ」と、あたしを除け者にしようとしたのよ。
親友が「かなちゃんも一緒がいい」と言ってくれたから、結局大人数で彼女の自宅に向かったのだけど。
でもその道すがら、暗に「あなたは彼女に見合わない」ということを何度も言われたわ。
三年生のクラス替えで、その女子グループとは違うクラスになったけど、その時の言葉はあたしの心に刺さったままだったわ。
多分彼女たちは、ずっとあたしに嫉妬してたのね。でもそれなら、自力で親友になればよかったんじゃない? だって、あたしはそうしたのよ。
転校してしまった親友に対しても「助け舟を出してくれなかった」という気持ちがずっと残ってたし、しばらくは心が晴れなかったわ。
振り返ってみれば、一年生や二年生がどんなに必死になっても、結局はままごと程度のできごとばかりだったのよね。
美容に関してだって雑誌の受け売りだし、正確に理解できていないのに拙い言葉でひたすら喋るのだから、聞いている相手はうんざりするのも当たり前よね、って思えるわ。
でもあたしはその時から自分を磨くことに必死になったのよ。彼女の隣で写っていても見劣りしない、彼女に釣り合うような容姿になるために。
* * *
中学に入学しても初潮が来なかったけど、誰にも相談できずにいたの。
母親に言えば「きちんと食べないから」と言われるに決まっている。
その頃のあたしは、肌の色こそまだ他の人と較べれば濃かったけど、体型は標準かやや細めくらいになっていたわ。
小学生の間に伸びる身長を考えればそれほど無理なダイエットはしていないし、筋肉はつけたくないから、自室でのエクササイズくらいしか運動はしていなかった。
でもクラスメイトたちがひそひそ交わす、月のものやブラの話題に入れなくて、またしても劣等感を抱くようになったのよ。
身長が低めだからよ、と養護教諭には言われたけど、身長が同じくらいでも早くから来ている子がいたんだもの。
その子との違いはやっぱり体型。彼女は少しぽっちゃりしていて、そのせいなのか早くから胸も出ていたのよ。
確か、四年生くらいからスポーツブラをつけていたように思うわ。
よく食べてよく笑うその子は、地区のこどもバレーボールチームに所属していたらしいの。スポーツも必要だったのかしら。
牛乳を飲んでも胸は育たないし、彼女のようにスポーツをしたいわけでもぽっちゃりしたいわけでもないから、あたしはまたティーン雑誌から情報を得ようと思ったの。
既に六年分のバックナンバーが二誌分あって、読み返すだけでも結構な量だったわ。
でも、とある号の特集を見てひらめいたのよ。
異性と交際することを。
当時あたしは既に、子ども用ではあったけどコスメ道具を揃えてもらっていた。少しだけ大人っぽく見えるようなメイクも研究していたの。
服装も、ほんの少し背伸びしたようなものを好むようになっていたのよ。
何故なら、あたしの頭の中には小学一、二年生の頃の『親友』が今でも住み着いていたから。
彼女とは転校後しばらくの間手紙のやりとりをしていたけど、当然ながら徐々にその間隔も長くなって、最後には年賀状のみの関係になっちゃったのよ。
彼女が時々送ってくれていた数枚の写真は、知らない笑顔に囲まれている物が多かったわ。その集団の中でも彼女は相変わらず飛び抜けて可愛く、あたしといた時よりも大人っぽく見えたの。
あたしが参考にしていたのはティーン雑誌だから、自分の年齢より少し年上のコーディネイトを覚えるには最適だったわ。
でも、異性の話や下ネタめいた話題はまだ興味を持てなかったので、それまで読み飛ばしていたのよ。
中学生になったあたしには、幼かった頃興味を持てなかったり理解できなかったことがすっと頭に入って来たの。「そういうことだったんだ」と、部屋でひとりごち、自分の薄い胸を思わず見下ろしたわ。
さすがに異性に身体を触らせることにはまだ抵抗があったから、毎日バスルームで全身をマッサージしたり小顔に見える角度を研究したわ。
初めて告白されたのは中学二年生の時。相手は年上の三年生で、誠実そうで優しそうな人だった。
あたしは浮かれたけど相手のことを知らなくて、すぐに返事ができなかったの。でも噂だけがひとり歩きして、結局次の月には先輩と付き合うことになったのよ。
ひょっとしたら先輩の友人たちがわざと噂を流したのかも知れないけど。
半年近く付き合ったけど、毎月軽いデートをする程度。毎日一緒に帰るわけでもなく校内でもそんなに話をしない。
そもそも合うような話題もそれほどないから、初々しいを通り越してよそよそしい付き合いだったのよね。最後は自然消滅したわ。
最近先輩の姿を見掛けなくなったな……と思った頃に、別の先輩から告白されたのよ。
髪の毛を立てたり制服を着崩してるようなタイプの人だったけど、あたしに対しては優しくて。そんな外見の先輩と付き合っているあたしは、クラスメイトからも一目置かれるようになったわ。
だからあたしは頻繁に、先輩と一緒に下校していたの。クラスメイトに見せつけるために。
不思議なことで、誰かと付き合っているのが周囲に浸透するにつれて、逆にもっとモテるようになって行ったの。
下駄箱や机の中にラブレターが入っている、なんていう、少女漫画のようなことも時々あったわ。
人気のない所に呼び出され、友人に付き添ってもらってこわごわ向かうと、告白だったということもあったし。
あたしはそのたびに先輩にそれとなく伝え、彼の独占欲と嫉妬心を掻き立てた。
雑誌に『男性は自分の彼女が異性にモテることは、実は嬉しいのだ』と書いてあったから。
そして同時に、他人に奪られたくないという心理も働くから、マンネリにならず新鮮な気持ちで付き合い続けられる――あたしはそれを確信したわ。
その彼と初めて寝たのは、彼が卒業間近のことだったの。
「卒業の思い出に」と言われた時には恐怖心と興味の狭間で戸惑ったけど、最後には興味が勝利して、あたしはそっと恥じらいつつうなずいたわ。
彼も知識はあるけど初めてだと言い、ぎこちなくあたしを抱いた。
触れられている間の快感は薄くて、羞恥心と痛みしか感じられなかったわ。でもあたしは彼に抱かれて感動した振りをしたの。そうした方が、彼の『思い出』になれると思ったから。
卒業した彼は他県の高校へ行き、それきり音信不通。
多分そうなるだろうと、あたしもわかっていたけど。
それ以来、あたしはたくさんの男と付き合って来たわ。すべて自分を磨くため。
だから安売りはしないけど、誘われたら少し焦らしてから抱かれるのよ。
自分から誘うこともあったわ。
でも決して、誘ったことを気取られないように、あくまでも男の方からあたしを抱きたくなるように仕向けたわ。
スタイルにも、ファッションにも、メイクにも気を遣っていたわ。
あたしは、あたしが可愛くあるために、全力を注ぎ続けているの。
* * *
紆余曲折を経て、ようやく塚地からデートに誘われたのは、あたしが彼に声を掛けてからもう二ヶ月になろうかという頃だったわ。
いざデートの当日。いつもよりめかし込んだあたしの目の前に現われたのは、いつもと変わらない服装の塚地。
あたしは落胆してしまったのよ。プレゼントのひとつも用意しろとは言わないけど、せめてもう少しお洒落にしたらどうなの?
ダサいわけじゃないし清潔感もあるけど、あたしの服装と会わなさ過ぎて恋人同士には見えなかったのよね。
映画を観ることにしたけど、あたし好みの恋愛ものではなくサスペンスもので。
最初のデートでサスペンス映画って、ありえなくない?
カフェに入って気を取り直し、恋人っぽい雰囲気を作ろうとしても、塚地は向かいの席に座って映画の感想を述べ始め、更にあたしに感想を訊いて来るのよ。
少し難解だったこと、でも主役の俳優が好みだったことを話すと、彼は何故か犯人役の俳優について話し始めて――その時点で、映画を観終わってから既に二時間が経過していたというのに。
軽く食事を済ませ、今日はもうこのまま帰る事になるのかと思い始めたタイミングで突然、「佐加本のことなんだけどさ」と不意打ちを受けたのよ。
「え、うん? 佐加本さん?」
「だって、今日はその話を聞いてくれるんだよな?」
「そうね、でも……」
この時間からここで愚痴を聞くの? こんなデートコースに使われるようなレストランで?
あたしがそう戸惑っていると、塚地は食後のコーヒーを飲み干して言ったのよ。
「俺んちに来て、なんか飲みながら話さない?」
後から思えば、あれが塚地なりの作戦だったのかもね。
かくしてあたしは塚地とこっそり付き合うことになったの。
でも彼はあまり隠す気がない様子だったわ。佐加本とのランチをやめ、あたしと食事をするようになった。
どうやら彼は外での食事より自宅で過ごすのが好きらしく、何かと理由をつけて自宅へ呼ぶ。
呼ばれた日には必ず、あたしは彼に抱かれていた。
下手というわけではないけど、正直これといった感動はなかったの。
更に言えば、彼には少し妙な癖があり、あたしはその手順を守らなければいけないということで……当然、彼もその手順に則ってあたしを抱くのよ。
最初の頃は面白く思えても、数回それが続くとさすがに飽きて来ちゃうわ。
あたしは何故、塚地と付き合いたいなんて考えたんだろう……
ある日終わってから、あれはなんの儀式なのかと遠回しに訊いてみたんだけど……噛み合わない会話の結果、どうやら彼は『こうすべきだ』と思い込んでいるらしいのがわかっただけだったわ。
そして、正式に付き合い始めてから――最初のデートの日から数えてたった二十五日目に、とうとうあたしはキレてしまったのよ。
「ねえ!」
『儀式』を頑なに守らせようとしてあたしの頭を抑えている彼の手を撥ね退けて、あたしは起き上がったの。
「もっと違うやり方でもいいんじゃないの? 塚地くんは飽きないの?」
突然の剣幕に、彼は驚いていたわ。みるみる元気がなくなって行く様子が視界の端に映っていた。
「もっと違うやり方?」
「そもそも、このいちいち型にハマった手順って誰に教わったのよ。AVでも観て覚えたの?」
嘲るような歪んだ笑みが浮かんだけど、もう抑えられなかったの。
「っていうか、よくこれで佐加本が怒らないわね。あの子、不感症か何か? こんな毎回毎回ビデオを再生しているような行為なんて、全っ然悦しくないわよ! いい? あたしはこういう風にだってできるのよ!」
驚いて慌てる彼を押さえ付けて、普段なら絶対しないようなことをやってみせたわ。
彼が熱の籠った声をあげる。
でも突然、すべてが虚しくなったの。
「――いつも同じなんて、誰でもいいのと変わらないじゃない。あたしでも、佐加本でも、誰でも……もう我慢できない。今日限り、さよなら」
茫然とする彼から離れて手櫛で髪を撫で付け、シャワーも浴びずに急いで身支度を整えたの。
部屋を出る時に一度だけ振り返ったわ。でも塚地は間抜けな格好のままベッドにいて、あたしを引き留めようともしなかった。
* * *
あたしなら佐加本より上手く付き合えると思っていた。
だけどそうじゃなかったことがひどく悔しかったの。
冴えない佐加本から冴えない彼氏を奪ってやろうと思ったのに、結果的には自分の思い通りにならないことを思い知らされただけ……ううん、本当はそんなこととっくに知ってた。
いつだって、あたしが本当に欲しいものは思い通りにはならない。
帰り道も家に着いても、お風呂に入っても、まだ涙が止まらなかった。
その日あたしは、生れて初めて失恋したのよ。
「あなた、何やってるかわかってるの? こんなの誰も幸せにならないじゃない」って女友だちにも言われたわ。
小学校の頃、とても憧れてひどく嫉妬したあたしの親友を思い出す。
あたしはあの子のように特別になりたかったの。
あたしは、あたしのことを好きになりたかったのに……