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Chapter 3:佳恵の恋愛。

 大人しい。影が薄い。垢抜けない――世間一般の私に対する評価はこんな感じかしら。私自身もそういう自覚があるし。

 いわゆる中学デビューも高校デビューも、そして大学デビューですら見送った平凡な容姿の私は、平凡な出会いを経て平凡な結婚をし、平凡な奥さん、そして平凡な母親になる――私を知る誰もが、そんなふうに考えてると思うのよ。


 ……なんて、他人が私に対してそんなに関心を持ってないのはわかってる。

 でも私も、なるべく他人に関心を持たれないようにして来たのよね。

 それは、あるトラウマが原因なのだけど。



 大学の友人たちと、高校の卒業アルバムを見せ合ったことがあった。

 私は今でもたまに、その時のことを思い返すの。


(よし)()さぁ、高校ん時なんでこんなに暗そうなの?」


 ()(なみ)は悪気がなさそうだったけど、私は傷付いた表情をしてしまったらしい。

 彼女は慌てて「あ、いや、今はすごく笑うじゃない? で、あの、ほら、いじめとか――」と、フォローしたつもりが、余計な発言を重ねる。

 その慌て振りを見てるうちに段々滑稽に思えて、結局笑っちゃったけど。

「いや……その、ごめんね?」

 帆波は綺麗に飾られた爪で、漫画みたいに頭を掻いた。

 その時初めて他人に『顔を見られることが嫌いだった』と話したけど、思ったよりあっさり説明できるものね。

 中学時代からの友人たちは知ってること。でも当時を知らない相手に話したのは、いつも一緒に遊んでる帆波たちのグループが初めてだわ。


「ふぅん……よっちゃん、可愛いのにねぇ?」と()()()。メイク崩れを鏡で確認しながら。

 彼女の『可愛い』は多分、頂点に自分がいて、私に対して使う場合はきっと、男性には理解できない方の『可愛い』だと思うけど。

 でも彼女のそういうところは嫌いじゃない。女であることを全身全霊で楽しむのは、私には到底できないから。

 同じように帆波も、女であることを全力で楽しんでる。

 私はそんな彼女たちを見たり、彼女たちの話を聞いてるのが楽しいの。

 ()()(もと)さんは、少し呆れたような表情で彼女たちを眺めるけど。


 佐加本さんは中性的な美人。

 彼女に最初に声を掛けたのは帆波で――私も、最初に仲良くなったのは帆波だったわ――華奈子はいつの間にか一緒にいたような気がする。

 彼女たち三人が並んで歩くと、結構目立つ。

 特に佐加本さんと帆波は背が高めで、二人が並ぶと宝塚っぽい。

 華奈子は私と同じくらいの身長だけど、彼女の方が小柄に見えるかな。

 小顔で華奢で、いつもふわふわしたファッションを好む彼女のイメージなのかも知れない。

 私は地味なので、引き立て役だと陰口を言われることもある。特に男性に。

 そんな時私は、中学の頃のある男子を思い出す。そして私の恋人だった男性を。


 デリカシーのない、子どもっぽい男の人は、自分の失態を後になってから嫌というほど思い知るのよ。



 * * *



 私の自宅には決して他人を入れない。

 潔癖症気味なのかと思ってる人もいるかも。でも別にそうじゃない。ただ私の『城』を見せたくないだけ。

 実は私、自宅のアパートで週に一度、動画の配信をしてるのよ。

 他愛もないお喋りや悩み相談とか。

 時には数人でネットゲームの実況なんかもしてる。『廃人』と呼ばれるほどはハマってないけど、私はそこそこのゲーマーになるみたい。


 (もり)(わき)佳恵という、出席番号順で必ず後方になる名前が、私の表向きの身分証明だけど、私にはこんな風に、もうひとつの――いや、もういくつもの顔と名前がある。

 正確にいえば『名前』のみで『顔』は見せてないけど。

 でも、そのどれもが本当の私。


 動画配信の他には、別のHN(ハンネ)で、自作の歌やヒット曲のカヴァーなどをネット上にアップしてるの。

 最初のきっかけは声を録音できるSNS。歌や朗読などを吹き込んでネット上で公開したのよ。反応が目に見えるのは楽しかったわ。

 楽器が演奏できなくても作曲できる時代に生まれたのは、本当に幸せよね。

 そして私の場合は、顔を見せなければ大概のことは平気かもって気付いたのも、大きかったと思うのよ。


 始めた頃の私は高校一年生。

 年齢を公表すれば、それだけで勝手に人物像を想像したファンが(うん)()の如く湧いて来ることも既に理解していたけど、あえてしなかったわ。

 あまりに有名になり過ぎると、いずれは顔を出さなきゃいけない事態に陥るってことも知ってたし。


 私は自分の素顔を見られるのを嫌ってたから。初体験の時も、相手に顔を見せないという約束をしたくらいに……



 * * *



 中学の頃、私は好きだった男子に突然、「ブス」と言われたことがあるの。

 よくある話かも知れない。だけど私は心底傷付き、翌日からマスクで顔を隠して登校したの。自分の顔は醜いのだと思い込んでしまって。

 前髪は眉に掛からない長さに切り揃えなければいけない校則(きまり)だったけど、今までのように自分で切ろうとしても、手が震えてできなくなったのよ。

 母親や美容師さんが鋏を入れようとすると、途端にどこかから悲鳴が聞こえ、彼らの手を止めてしまう。


 しばらくの間、私はその悲鳴が自分の声だという事に気付けなかったのよ。



 担任の若い男性教師は、私が急に前髪を伸ばし始めたことを問題視したわ。

 どうせ反抗期でわがままを言ってるのだと決め付け、ある日の放課後、私を押さえ付けて髪を切ろうとしたのよ。

 私は悲鳴をあげ、担任の腕の中で大いに暴れた――らしいわ。

 らしい、というのは、その時の記憶がほとんどなくて……だから正確なことは自分でもよくわからないの。


 悲鳴を聞いて駆け付けた()()()()や隣のクラス担任の女性教師は、その光景を見て蒼白になったらしいのよ。

 はっきり言わなかったけど、私が乱暴されそうだったと勘違いしたみたい。

 担任の弁解もまるで信じなかったそうで……まぁ、仮に私が教師だったとしても、彼の言い分を鵜呑みにはできなかったと思うけど。それくらい酷い有様だったらしいから。


 教師たちは大いに慌て、私は保健室に保護されたの。


(せん)(せい)の言ってることは多分正しいです」

 私としては(おぼ)えてないため、できるだけ状況を客観的に判断したうえでの発言のつもりだったのよ。

 でも、『多分』という言葉を用いたため、脅迫されてるのでは……なんて、逆に話が大きくなってしまったの。

 私が暴れたため、鋏の刃が滑って額に傷がついた。そして私が暴れたため、衣服が乱れた――こんな説明で、たとえそれが事実であったとしても、ああそうですかとすぐさま納得できる人はどれだけいるかしら。


 保護者が校長室に呼ばれ、私も同席させられて……女性教師たちが私を守るように取り囲んで立ってたわ。

 母親が、私が散髪を異常に嫌がるようになった経緯を話し、担任が無理矢理髪を切ろうとした状況を、もう一度初めから説明し、私は私で、いつまでの記憶があるのかを思い出さねばならなくなり――その日自宅へ戻ったのは、夜の十時を過ぎてたと思う。



 両親とも話し合って警察沙汰にはしないことに決めたけど、結果的に、担任の男性教師は一週間ほどの謹慎処分になったのよ。

 なんでも、たとえ髪でも、相手が望まないのに身体の一部を傷付けたり、嫌がる相手を無理矢理押さえ付けたりするのは、それだけで犯罪になるのだそうね。

 担任に他意がなかったことは認められたみたいだけど、校則を守らせるためにしたことがこんな結果で、彼はかなり意気消沈してたわ。


 その後は養護教諭や担任や他の教師たちと、両親も一緒に何度も話し合ったの。

 で、トラウマの原因である、私に「ブス」と言った男子からの謝罪を受けて解決できないか、って言われたんだけど……

 そんな簡単な話じゃないと思ったけど、両親のため、よかれと思ったことが問題になってしまったかわいそうな担任のために、その話を受けることにしたのよ。



 大勢の大人たちが見守る中、私に頭を下げなければいけなくなった(くだん)の男子は、どれほど屈辱的だったかと思うわ。

 謝罪の言葉を述べ頭を下げた彼からかすかに歯ぎしりの音が聞こえたと思ったのは、私だけではなかったはず。

 でもとりあえずそれで手打ちとなった――はずなのに、担任がまた余計なことをしたのはその直後。


「ところで、(こう)(がみ)はなんで森脇にそんなことを言ったんだ?」


 デリカシーのなさに呆れたわ。

 校長室内の空気が一瞬にして凍ったのは、私でさえ気付いたわよ。

 この若い男性教師は多分、よくも悪くも『理想の教師像』を自分自身の中に描いてるタイプなのね。

 ひと昔前のドラマに出て来る熱血教師のように、正面から体当たりすれば問題は勝手に解決するものだという思い込みがあったのかも。

 女性教師たちはなんとなく察してた様子だったのにね。

 小声で担任を咎めたのは養護教諭で、無理矢理話題を収めようとしたのは隣のクラス担任で――彼女は、うちの担任よりも若いのに。


 まだ要領を得ないという表情の担任に向けて、苦々しい表情で男子生徒がぼそりと言葉を吐き出した。

「こいつが――」

 その声を聞いた時、やっぱりトラウマなんて消えないのよ……という諦めの感情が私の心に湧いて来たわ。

「森脇が、俺のことを好きらしいって、タクマが言ってたから」


 タクマっていうのは、向上くんと仲がいいクラスメイト。

 ひょろりと背が高く、いつも笑ってるような細いたれ目。性格は穏やかで男女共に友人が多い子。

 向上くんは逆に、いつも騒がしいし気性も荒い方。教師に注意されたり、タクマくんや他の友人たちになだめられてる。そういう場面は多くの生徒が見たことあると思うの。


 余計なことを……と、私はその一瞬でタクマくんを憎んだわ。

 今までは好きでも嫌いでもなかった相手なのに、こんなに憎らしく感じるんだ、って自分でも驚いたけど。

 彼がそんなことを言わなければ、私は自己満足の片想いを続けて穏やかな日々を送れてたというのに。


「そんなことを聞いたから、俺、森脇とどうやって話していいかわかんなくなって……」

「それであんなことを言ったっていうの?」

 思わず、私は声をあげてた。

「どうやって話していいかわからないから『ブス』って言ったわけ? なんの理由もなしに? それで私がどれだけ傷付くのか、考えもしないで?」


 担任が息を飲む気配を感じた。でももう我慢ならなかったの。

 悪口を言われるまでは好きだった向上くん。

 悪口で傷付いてからは姿を見るのも怖くて、自分の顔を晒すことすら恐怖に感じるほどに私を病ませた男子。

 その彼が、今はとんでもなくくだらない人間に見えてたわ。


「ばかじゃないの? あなた――」

 勢いに任せて私は(わめ)いた。

「あなたなんて、てんでガキくさいし私なんかより全然チビじゃないの。あなたのことなんて一度も好きになったことないわよ! 私はあなたの隣にいたタクマくんが好きだったの! でもあなたに嘘を吹き込んだ彼のことももう嫌い! あなたたち二人とも、最っ低!」


 その時の向上くんの表情を、私は今でも忘れられない。

 そしてきっと、彼に「ブス」と言われた時の私も、同じような表情をしてたに違いないと思ったわ。


 私の初恋はこうして、彼から罵倒され、私が罵倒し返して完全に霧散したのよ。



 数ヶ月後、クラスメイトの女子から衝撃の事実を聞かされたの。

「向上くん、佳恵(よっしー)のことが好きだったのにめっちゃフラれたーってめそめそしてたわよ」

 だけどすべては後の祭りよね。

 あの日以降、彼のことを好きだという感情が完全になくなってしまったもの。


 でも、吹っ切れたおかげでいいこともあったのよ。また前髪を切ることができるようになったの。

 もちろん、そこまで回復するには色々……紆余曲折あったけど。その後もしばらくは額の傷を気にして、肌色のテープを貼ってたけど。

 でも今度は、それを目にするたびに担任が痛々しい視線を向けるので、そのうち貼らなくなったわ。

 そもそも、傷は髪に隠れる場所だったから、滅多なことで見えたりしないのよ。

 新陳代謝が活発な年頃だったから、いつの間にか傷跡も消えてたわね。



 * * *



 私の最初の恋人は、実はその時の担任。


 高校二年生の時に開催された、中学のクラス会の帰りだったわ。

 たまたま同じ方向に帰るということで元担任と二人きりになった時、彼から突然の告白を受けて、抱き締められたの。

 私はわけがわからなくて頭が真っ白なまま、今にも心臓が張り裂けそうな彼の鼓動を、彼の腕の中でただ感じてた。

 高校生の集まりだから、お酒はなかったはずなのに……なんて、的外れなことも考えてたわ。


 やがてそっと私を放した元担任に、「キスしてもいいかな……」って真剣な表情で問われたのよ。

 戸惑いながらも小さくうなずいたのは、私もどこかで彼の愛情を感じてたからなのかも。

 そして優しいキスの後、改めて告白され、私たちは付き合うことになったのよ。



 私たちが恋人になったのは意外と言われるかも知れないし、当時の様子を見てた生徒たちの中には、思い当たる節がある人もいたのかも知れない。

 でも中学当時は私の方にはまったくそんな気はなくて、そもそも恋人が欲しいと考えたこともなかったんだけど。

 彼については哀れな教師だと思ってたし。担任がどんな想いで私を見てたのかなんて、知るはずもなかったわ。


 彼は、最初は罪悪感と同情のような感情と、それからやっぱり、担任という責任感から見守らなければと思ってた、って後から聞いたわ。

 あの事件がなければ私は、『俺の可愛い教え子たち』の一人として、記憶の隅に留められただけだったと思うけど。

 それがいつの間に、どのように、()()も離れた中学生に恋心を抱くに至ったのかは、本人でなければ知り得ない心の変化なんでしょうね。


 ただ、彼が密かに私を想い続けてたという事実は、少なからず私をときめかせたのよ。



 とはいえ、年の差もあるし、元教え子と教師という仲でもあったし、例の件で両親も担任のことを特に憶えてだろうということもあって――つまるところ、私たちの交際は非常にひっそりと、秘めやかに続いてたの。

 両親は、私に恋人ができたことを感づいてたみたいだけど、あえて訊くようなことはせずに見守ってくれてたわ。

 だから私たちも、せめて高校を卒業するまでは思わぬ妊娠なんて事態にならないようにって、気を付けてたのよ。


 彼と過ごす時間は幸せだったわ。

 地元でデートができないから、日帰りのドライブが多かったの。

 彼は万が一を考えて高速道路も使用しなかったから、近場の観光スポットや景勝地に行くことが多かったわね。

 食事代も彼が出してくれたの。学生である私にお金を払わせるのは、彼には我慢ならなかったみたい。


 高校を卒業したら結婚しよう、とも言われたの。いわゆるプロポーズよね。

 とても嬉しかったわ。

 でも私は断ったのよ。大学へ行きたかったから。

 勉強をして資格を取って、自分の力で仕事をして行きたいの、と彼に語ったのよ。

 多分彼は落胆したと思う。でも「じゃあ別れよう」とは言われなかったわ。



 だけど、彼との別れは突然やって来たの。異動の辞令という形で。

 本当はもっと早い時期に、異動になりそうなのがわかるはずよね、って後から気付いたけど、彼は受験を控えた私のためにずっと隠してたみたい。

 私も、受験勉強のために会う回数を減らしてたから、彼がぎりぎりまで悩んでたことに気付いてあげられなかった。

 でも彼は、「それでいいんだ」と私に言ったの。学生の本分は勉学なのだから、って。


「いつかまた会えたら、今度こそ結婚しよう」

 別れの日に彼はそう言ったの。再度のプロポーズ。

 だけど彼は、そんな日が来ないことを予感してたんじゃないかしら。

 私はとにかく若くて、彼は私のことを大切にし過ぎた。私が抱えてるトラウマを知ってたからかも知れない。


 例えば私の両親に挨拶を済ませてたなら、私も婚約などを考えたでしょうね。それくらい彼のことが好きだったわ。

 例えば私たちが身体を重ねる時に、「きみのどんな表情でも見届けたいんだ」と真剣に言われれば、恐怖に怯えながらも、いつか彼に顔を見せることができたかも知れないのに。



 でも、すべては過去のこと。

 時々送られて来るメールや写真も、半年も経てば絶えたわ。

 新しい勤務地で新しい人間関係が築けたのかしら、と私は時々考えるの。

 新しい恋人ができてるかも知れない、とも。


 それでいい、と私は思ってるのよ。

 それでも私は、彼の幸せを祈るの。

 かけがえのない存在である彼のことを、いつまでも想い続けてるから。



 * * *



「えーっと……森脇さん、だよね」

 西エリアの食堂で、おひとりさまランチを楽しんでた私に声を掛けて来たのは、佐加本さんの彼氏。

「はい、えっと、(つか)()さんでしたっけ?」

「呼び捨てでいいよ」と、彼が照れたように笑った。


 その態度は彼のイメージとはかけ離れてたので、私は首を傾げた。

 佐加本さんから聞いてた話では、少し気難しく人見知りのように感じてたから。

「じゃあ、塚地くんで」と私は席を勧めた。二人席だったので彼は向かいに腰を下ろす。


「佐加本なんだけどさ、俺のことなんか言ってる?」


 コーヒーのカップをテーブルに置きながら、いきなり彼が切り出す。

 なるほど、偵察しに来たのね……と思ったけど逆に問い返してみる。

「なんかって、何?」と笑顔を向けると、彼は少し困ったような表情になった。

「何って……そんなに佐加本、怒ってるの?」

「え? 何故?」

 今度は思わず問い返してしまったわ。

 佐加本さんは特に怒ってる様子ではなかったけど……?


「あいつと話をしたいんだけど、なんかこう、声を掛けにくくて。できたら、森脇さんに――」

「あ、そういうのはお断りします」

 軽く片手を挙げて制すると、彼は途端に情けない表情になったわ。

「恋人同士の仲裁に入って、ろくなことになるわけないじゃないですか」

「……意外に、はっきり言うんだね」

 唖然とした表情がおかしくて、私は思わず吹き出した。

「そう見えない、ってよく言われますけどね」

 我に返った彼も、つられて苦笑した。


「……というか、こうしてあなたと二人でいるせいで、佐加本さんや他の人たちにあらぬ誤解を抱かれるのも困るんです。そういうこと、考えたりしなかったんですか?」

 彼と華奈子が一緒にいた時の様子を思い出し、ついきつい言葉が出る。

 ところが彼はぽかんと口を開けたの。

「あ! ……そういうものなの?」

「そういうものって……そういうものでしょう? 人の眼というのは」

「だからあんなこと言ってたんだ……そっか」


 私を放置して自分の世界に入り込む彼を眺めて、つくづく呆れたわ。

 気難しいとか人見知りじゃなくて、この人はきっと周囲があまり見えてないのね。


 彼は突然、まだ半分以上入ってるコーヒーを一気に飲み干した。

「ごめん。じゃあ俺、もう行くよ」と、慌てた様子でカップを手にして立ち上がる。

「え、あの私、きつい言い方になってしまったけど――」と、今度は私が慌ててしまう。

「いや、ありがとう。そっか……気付かなかった。あ、そうだ。佐加本は怒ってなかったんだよね?」

「怒ってるようには見えなかったけど、佐加本さんってあまり感情を表に出さないタイプの人かと思いますよ?」


 この人マイペース過ぎてついて行けない、と思いながら、私はついお節介したくなってしまった。


「彼女が本当に大切な人なら、きちんとあなたの想いを伝えることが必要だと思います。だからもし話がしたいのでしたら、連絡もあなたからした方がいいんじゃないでしょうか」


 何か思い当たるようで、彼は一瞬苦い表情になった。

「ありがとう。肝に銘じておくよ――今度こそ」

 彼は寂しそうな笑顔のまま足早に去って行く。


 彼らに幸あらんことを――

 私は友人のために祈りながら、その姿を見送ったわ。


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