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Chapter 2:帆波の恋愛。

 ()()()が、()()(もと)の彼氏を()ったらしい。

 それを知った時、あたしは動揺した。そして動揺したことにショックを受けた。


 弱肉強食。

 ひと言で例えるなら、あたしにとっての恋愛とはそんな感じ。

 本能にプログラムされた生存競争の現れだと思ってる。

 そしてあたしは常に強者――食べる方の立場でいた。

 欲しい物は多少強引でも手に入れる。そのためには(いっ)(とき)砂を噛むような思いをしたとしても構わない。

 最後に笑えていればいいのだから。


 そういう意味では、あたしと華奈子は似た者同士(ライバル)だ。

 ただし華奈子は甘ったるい生クリーム全身をデコレイトして、最後の最後まで爪や牙を隠している。能ある鷹はっていうけど、まさにあれ。

 男としてる時はどんな風なんだか知らないけど、急に猛獣に化けるわけにもいかないだろうし、あたしにはわからない(やり)(かた)があるのかもね。


 あたしはというと、最初っから本能を剥き出しにしてる――ように見せている。

 そりゃぁ、あたしだって誰彼構わずがっついてるわけじゃない。男には不自由していないし、変な奴には引っ掛かりたくない。

 あたしはただ、男と楽しい時間を過ごしたいだけなんだから。


 逆に、(よし)()みたいに引っ込み思案で、いい年になってもまだ恋愛に臆病な子を見てるとイライラする。

 いっそのこと佐加本みたいに淡泊ならきっと、都会的でスタイリッシュな恋愛も可能なんだろうけど――勝手にそう思っていた。

 ところが佐加本が付き合い始めたのは、よりによって(つか)()だった。

 なんであんな冴えない男を選んだのか、理解に苦しんだ。



 とはいえ、あたしも佐加本のことを言えない。

 何故って、彼女の前に塚地(あいつ)と付き合っていたのはあたしなんだから。

 まだ大学に入る前のことで、高校は違うから佐加本たちは知らないだろうけど……



 * * *



 あいつとの出会いは塾の模試。高二の夏期講習の終盤だった。

 周辺教室合同の模試会場に行くと、出席番号順で席が割り振られていた。塚地の隣が(つぐ)()()(なみ)――つまりあたしの席。

 第一印象は「頭の良さそうな人だなぁ」だった。

 大学にぎりぎり合格できるかできないか、というあたしとは全然違う。静かに教科書や参考書を読んでいる塚地を見た時、「こいつには勝てない」という気持ちになったのを今でも覚えてる。

 まぁ、当時のあたしの頭じゃぁ、彼どころか他の誰にも勝てないようなレベルだったんだけどね。


 それがどうして恋という感情に変化したのか、自分でもわからない。

 でもとにかくあたしは塚地に恋をして、大学受験より前にこいつを()()()()やろうと心に決めたわけ。



 その時の模試は二日間あった。

 席順は変わらないので、休憩時間に会話を交わした。話し掛けて来たあたしを見て、塚地は少し驚いていたけど。

 まぁ、当時はパッサパサになるくらい髪を脱色していたし、()()りのメイクもばっちりしていたから彼の反応は当然だけど。

 それでも気負わず言葉を返してくれる彼は、あたしの中で『いい奴』認定された。


 二日目が終わり、帰り支度をしているタイミングで電話番号(ケーばん)とメアドのメモを渡した。これは賭けだった。

 塚地がもし「からかわれたんだろう」と捨ててしまえば、あたしたちの縁はそこまでだと思ったから。

 でももし、電話かメールを返してくれたら――そしたらあたしは、全力で彼を狩る(おとす)つもりだった。



 果たして。二週間後にようやく、ケータイが鳴った。

 でもどう見ても相手はケータイじゃなく(いえ)(でん)だった。だからあたしは間違い電話だと思って受けた。

 それが塚地からの電話だと知って、声が思わず裏返った。

 彼の声は模試会場で話した時よりぶっきらぼうだった。多分あたしも、普段より他人行儀で丁寧な口調になってしまってた気がする。

 何しろ、お互いとても緊張していたのだから。


 塾の教室は一駅分隣ということがわかり、塾の曜日が合う日にあたしが彼の最寄り駅まで会いに行った。

 そして駅前のハンバーガーショップで雑談をした。といっても、一方的にあたしが喋ってただけだけど。

 それから時々、勉強を教えてもらうようになった。

 当時の彼は、教師になりたいのだと言っていた。だからなのか教え方が上手かった。どこがわからないのかもわからない、という悲惨なあたしの状態を把握して、問題点を挙げてくれた。


 彼がくれたアドバイスはとても適格なものだった。

 驚くほど問題が解けるようになり、学校でも塾でも教師や講師たちの目を丸くさせた。

 生徒指導の教師なんて、あたしがカンニングしてるんじゃないかと疑ったくらいで――それほどまで変化が劇的だったわけ。といっても、後ろから数えた方が早かったのが、真ん中辺になっただけなのにね。



 塚地と付き合い始めたのは、出会ってから半年くらい経った頃だったと思う。

 三年に上がり、学年始めの(はん)(ざつ)なあれこれを済ませた頃、あたしから()()()()

 でも実は、その前から肉体関係はあったんだけどね。クリスマス頃、口実をつけて彼をデートに誘い、強引にそういう雰囲気に持って行ったわけ。


 高校生がホテル街をうろつくのは当然禁止されている。でもあたしは普段からばっちりメイクをしているうえ、私服は高校生らしくないものを好んでいた。

 だから一度も補導されたことがなかった。

 対して塚地は終始オドオドしていたけど、そういう態度の方が逆に補導されやすいんだよ、と多少大袈裟に脅して、お気に入りの部屋に連れ込んだ。


 塚地は初めてだった。

 あたしはもう既に何人か経験していて、だからリードしつつ彼の好きなようにさせてあげた。

 数回身体を重ねていくうちに彼も自分の好きなやり方がわかって来たようで、あたしはよほどのことがない限り好きなようにさせていた。

 勉強はできてもそっちの知識は乏しいらしくて、彼から突飛なお願いをされたことはない。


 彼と別れたのは、受験の直前だった。

 約一年間あたしとの関係を続けてたけど、勉強に集中したいからと別れを切り出された。あたしもなんとなくそんな予感がしていたし、充分楽しかったので円満に別れた。

 もっともあたしは、徐々に会うペースが落ちて行った彼とは別の男と、既に付き合っていたのだ。だから特に未練も感じなかったのだけど。



 * * *



 同じ大学に塚地がいるのは知っていた。でも広い構内では講義かサークルが一緒でもない限り、滅多なことでは顔を合わせない。

 そんな彼を久し振りに見掛けたのは、仲よくなった女子グループの中の、佐加本の彼氏としてだった。

 あたしは少し驚き、なんとなく納得した。淡々とした雰囲気を持つ彼らは似た者同士に思えたから。

 そういえば、佐加本と会話を交わすようになった頃に、どこか懐かしさを感じたのもそのせいかも知れない。


 ともあれ、あたしは――多分塚地の方も――複雑な感情を多少なりとも抱きはしたけど、お互い未練があるわけじゃないから、佐加本を通した知り合いという形に落ち着いていた。



 ところがある時、華奈子の様子がおかしくなった。


 華奈子は「あたし、男がいないと駄目になるのよね」と口癖のように言う子。

 もちろん、男の前ではそんなことはおくびにも出さないし、未だ(けが)れを知らぬ乙女のように見せるという手腕には長けていた。

 華奈子が興味を持つのは、金離れがよさそうな男、お洒落な男、遊びの恋を知っているような男――つまり、半分はファッションとして男を連れ、そして男に連れられることを好む華奈子にお似合いのタイプばかりだった。

 ……だというのに、どういったことやら、塚地に興味を抱いたらしい。



「そういうのは、やめといた方がいいよ?」と、あたしにしては珍しく、うっかり忠告めいたことを言ってしまった。

 その時の華奈子は、視線の端にまでいつも神経を行き届かせているような顔に小さく皺を作った。

「帆波にそんなことを言われるとは思っていなかったわ」


 これはあたしにとって、最大の失言に分類されるできごとだった。

 ただ、佐加本の彼氏だから忠告されたんだと華奈子は考えたみたい。

 でもあたしは、自分の元カレである塚地をそういう扱いにして欲しくなかったのだと思う。

 今までの元カレが、どこで誰と寝ていようが付き合っていようが、気にしたことはなかったというのに。佐加本ならよくて華奈子は駄目だったなんて。


 佐加本にもさり気なく忠告をしたけど、「ふぅん」と軽く流されただけだった。

 倦怠期なのかなぁ? だとしてもしつこく聞き出すわけにはいかないし、あたしも詳しく聞きたいとは思わなかった。

 後から考えれば、聞きたくなくても多少は状況を訊いて、お節介な友人と思われても忠告をすべきだったかも知れないけど。



 案の定、その後華奈子と一緒に歩いている塚地を何度も目撃した。おまけに、知り合い以上の親密さを目にした時、ひどく動揺してしまった。

 一緒にいた佳恵が心配し、華奈子に対して憤慨するくらい、あたしの動揺は激しかったみたいだ。

 その場を離れたあたしは佳恵に「あの塚地がまさか華奈子と付き合えるとは思ってなかったから驚いた」と冗談混じりに弁解したが、佳恵はイマイチ納得していないようだった。


「ねえ、佐加本さんに言わなくていいの?」という佳恵のお節介な態度が気に障り、「そんなに心配なら、佳恵から言えばいいじゃん」と、少し突き放したような言い方をした。

 本当は、佐加本に伝えても伝えなくても後悔するだろう自分を予想できたから、そんな役目なんて請け負いたくなかっただけ。


 でも、構内で一緒にランチを摂っている華奈子たちを再び目にした時――しかも華奈子があたしたちに気付いても悪びれない様子だったのが癇に障り、結局佐加本に()()ることにした。

 佐加本の反応は意外なほど淡泊で、二人はもう終わっていたのかと思った。でもそうではないと言う。

「だって、腹が立たないの? 華奈子ったら、()()の彼氏をさ……」

 普段自分がやってることは棚に上げ、あたしはむきになって佐加本に迫った。

 でも佐加本はうっすら笑うだけ。

 彼女が何を考えているのか、あたしにはわからなかった。


 あたしは塚地よりも華奈子に怒りを感じていた。

 塚地みたいな冴えなくて女性経験が乏しい男が、あたしや百戦錬磨の華奈子に狩られるのはしょうがない。でもさすがに、友人を騙し討ちするような奪い方は、あたしでさえしたことがない。


 あたしも他人の彼氏を()ったことが何回かあるけど、その前にきっぱり宣言していた。だって男はいくらでも取り換えられるけど、同性の友人は換えが効かないのだから。

「どうしても彼が欲しいのなら、帆波とは縁を切る」って言われたこともある。

 そんな時には、あたしは男と友人のどちらを望んでいるのか、真剣に考えてからこたえを決めていた。


 中学生や高校生の恋愛なんて、所詮は『ごっこ遊び』だとわかってた。

 でも当時のあたしたちは、一時の感情に溺れてるだけだとしても、その一瞬一瞬は真剣勝負でいたいと考えていたのだ。



 ひょっとしたら、華奈子には同性の友人があまりいないのかも。

 だから華奈子が今まで(もてあそ)んだ男と同じく、何をしても許されると勘違いしているんじゃないだろうか?

 そこであたしは『華奈子外し』を提案してみた。

「ねえ佐加本、もうさぁ、今度からヴュッフェ行く時華奈子呼ぶのやめよっか? だって、あんなことされて顔合わしたくなくない? あたしならちょっとヤだな……」


 あたしは佐加本の心情を代弁したつもりでいたが、意外なことに佐加本は「帆波がそうしたいなら」とあまり気にした様子もなかった。

「自分の彼氏が、他の女と浮気してても平気なの?」

「平気ってわけじゃないけど……なんだろう。なんとなくそんな予感がしてたから。まぁ、そういうこともあるんだろうなぁって」

 彼女の言葉は負け惜しみや強がりには見えなかった。でもそのせいで、ますます彼女の考えてることがわからなくなった。



 結局、その後も塚地の件には触れないまま、華奈子ともグループを続けていた。

 今まで通り、恒例のランチやスイーツのヴュッフェにも一緒に行こうと誘って、華奈子も当然という顔で現われる。

 華奈子は佐加本に対して優越感を抱いているのだろうか……と様子を窺ってみたけど、それほどでもない様子。相手が塚地だからかも知れない、なんて変な納得もあった。

 あれ以来なんとなく、華奈子が佐加本を避けてるなってのはわかるんだけど。



 * * *



 更に数週間後、ひとりでいる塚地にばったり会った。それも、大学構内ではなくあたしの最寄り駅の近くで。

 向こうが先にあたしを見つけて手を上げた。

「あれ? こんなとこにいるなんて珍しいね?」と、あたしは笑顔でさり気ない風を装った。でも複雑な心境だった。

 彼は佐加本の恋人であり、華奈子が浮気相手であり――そして、この辺りの風景の中で見る彼は、当時のあたしの恋心を思い出させるから。


「塾の(せん)(せい)に用事でも――」と、周囲を見回す振りで視線を逸らしたのに、あたしの胸は勝手に高鳴った。

 たとえそれが思い出の中の彼に対する思慕だとしても、こういう感情は扱いにくい。

「いや、帆な――えっと、継野さんに会いに来たんだ」

 そのひと言であたしの瞳がどれだけ潤んだかなんて、きっと塚地は気付いていない。そういう奴なのだから。



「食事でもしながら、話を聞いて欲しいんだ」

 塚地にそう誘われて、あたしはステーキハウスに連れて行った。

 ファミリーレストラン並みの値段で、そこそこ美味しい肉を食べさせてくれるチェーン店。

 高校生の頃に通った店には行きたくなかった。何故なら、当時のあたしの気持ちが蘇ってしまいそうだから。


「話ってなに? 佐加本のこと?」


 ウェイターが注文を取って立ち去った直後に先制攻撃を仕掛けた。

 塚地は一瞬だけ眼を丸くしたけど動揺する様子ではなく、「いや……知ってるだろ?」と眼鏡を少し押し上げながら苦笑した。

「華奈子のことなの?」

 そう問い直したあたしの視線は、多分少しきつくなってたんじゃないかと思う。

 彼は今度は黙ったまま苦笑した。


 一体何を聞かされるんだろう……知りたいけど知りたくない。自分の恋人ではないというのに、胃の辺りがむずむずした。



 塚地は既に、あたしに告白する決心をつけて来たのだろう。あまり緊張する様子もなく、淡々と華奈子との関係を説明した。

 ()()顔を合わせることが何度かあり、佐加本の話をしているうちに愚痴を聞いてもらったり相談に乗ってもらっていたのだと言う。

「そのうち、何故かわからないけど、華奈子ちゃんに誘われてることに気付いて……なんで俺なのかわかんなかったけど、まぁ、デートっていうか映画を観るくらいなら浮気にならないだろうな、って」


「映画? まさかあんた、サスペンス映画とかに連れて行かなかったでしょうね?」

 あたしが問うと、塚地は指を鳴らした。

「ビンゴ。丁度その時、リバイバル上映をやっててさ――」

 あたしはため息をついた。

「あんたが映画の話をすると長いんだから。本題はそれじゃないでしょ」

「ああそうだった――まぁ佐加本と喧嘩してなきゃあいつと行ってたんだけど。で、映画が終わってからカフェに寄ったんだけど、話してるうちに暗くなって来て、じゃあ食事でも行こうかって場所を変えて」


「あんたと華奈子の話が弾んでる様子って、悪いけどあんまり想像できないわ」と、あたしは肩をすくめる。

 趣味が違い過ぎる気がするのよね。逆方向っていうか。

「どうだろう? 結構色んな話をしたよ。俺は映画の話をして、()()はどこだかの店のベーグルが美味しかったとか、そんな話をしてたな」


 華奈子ちゃんから華菜と呼び捨てに変わったのを聞いた瞬間、眉間に勝手に皺が寄った。胃の奥がぎゅっと掴まれたようだ。


「で、食事も終わったし帰ろうかと思ったんだけど、華菜がずっとそわそわしてて、『ああ、そういや佐加本の話をするんだったっけ』って思い出して――」

「はぁ? あんたそれ、最初の予定はデートじゃないじゃん」

 あたしは思わず席から腰を浮かした。

 一体何を言ってるんだろう、こいつは。


「いや、だからなんかさ、誘えって態度だったんだけど適当な口実もなかったし、だからまぁ相談ってことならいいかな、って……ってゆーか、その前に何度か華菜から言われてたんだよ。『相談してるのを佐加本に聞かれたらどうするんだ』みたいなことをさ」

「あぁ、そういう――じゃああんたは、その口実を守るために相談を始めたわけね」

「そうしようと思ったんだ。でも彼女、『え、ここでいいの?』とかしきりに周囲を気にするから俺んちに呼んで――」


「待って待って。普通さぁその流れで自宅に呼ぶ?」

「結構出費してたからさ。もう一軒どこかに行こうかって話になったら、まさか居酒屋ってわけにもいかないだろ? それに『相談』なんだから、静かな方がいいかと思ったんだけど」

「呆れた……で、その場の空気に流されて浮気した(やった)って感じ?」

「うーん。流されたっていうか、彼女がやたらボディタッチして来たり距離を詰めたりするから、そうなのかなって思って。でも違ってたら問題だし……」

「流されてるって言うのよ、そういうのは」

 あたしはまたため息をついた。


 華奈子も随分強引な手を使ったと思うけど、ひょっとして塚地(こいつ)のニブさに業を煮やしたのかしら。


「それで、なに? 佐加本と別れたいってこと?」

「いや、そういうんじゃなくて。っていうか、華菜とはもう会わないと思うんだ。どうも怒らせたみたいで」

「あんた、何やらかしたのよ?」

「それがよくわかんないんだよ。華菜が突然――で、その時に言われたんだけどさ」


 いくら騒々しいレストランだとしてもTPOくらいは考えようよ、と思いながら、あたしは塚地の赤裸々な告白を聞いた。

 そして改めて、華奈子に苛立ちを覚えた。

 勝手に誘って強引に付き合って、挙句最後は勝手に振る。なんて身勝手な女なんだろう、と。

 でも塚地も同罪なのかも知れない。

「どういう意味だと思う?」と見つめる彼の視線には、熱が籠っていた。


 きっと気のせいよ……とあたしは自分に弁解する。

 あたしの熱が彼に()()って見えてるだけよ。



 ステーキの最後の一切れを口に含み、ゆっくりと噛みしめる。

 充分に咀嚼してから飲み込み、口の中の脂をワインで流し込む。

 肉の塊の弾力は好きだった。同じように、男の肌の弾力も。

 自分の体温が上がって行くのを感じる。

 あたしはグラスを置いて、おもむろに口を開いた。

「どういう意味、って……」


 塚地は既に食べ終えていて、ワインがグラスに半分ほど残っているのみだった。

 彼はアルコールに弱くて――つまり飲み過ぎると役に立たなくなるので――もちろん彼自身もその体質を自覚していた。

 だから彼はその気になった時には少量しか飲まない。

 それはあたしも知っていた。

 あたしたちは当時からそれほど『いい子』ではなかったのだから。


()()はどう思う? 俺、何か変なことしたかなぁ?」

 彼がもう一度訊いた。

 アルコールで上気した顔。視線には強い熱が籠る。

 昔の知的で臆病な塚地ではなく、ひとりの男としてあたしを見ている。

 それこそが彼の()()だったのだ。


 あたしが華奈子に対して感じた怒りは、自分に対する怒りでもあった。

 あたしも今まで、同じことをやって来たのだから。

 そして、これからまた――



「そうね……それは、確かめなきゃわかんないわねぇ」


 やっぱりあたしは、自分に嘘をつけなかった。

 あたしたちは二人とも、同じことを考えていたのだから。


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