3-40 『傲慢』VS『飛雷針』Ⅳ
おーい、レオーン、どこだー。返事がない………あ、あれ使ってみるかな?(アキラ)
“共鳴”という言葉の物理的な意味を知っているだろうか?
この世にあるありとあらゆる物には固有の振動数があるとか、そしてその周波数に合わせた振動を与えると空気を媒介しても揺れてしまうらしい。
見たことは無いだろうか、口から超高音を発してガラス製のグラスを割る人間を。
上記の事情を突き詰めると、ガラスが振動に耐えられなくなり変形し割れてしまうらしい。
元々振動とは人間社会に置いて、見ることは出来ないが確かにそこに存在するモノの一つである。
思い返せばそれを見ない日の方が少ないだろう(実際には見えてこそいないが、視界には収まっている)。
もっとも、それを一番感じるのは目では無く、“耳”ではあるが………。
◇
レオン・ハザードは困惑していた。
空間に満ちるソレに困惑していた。
何度も記述したがレオンは五感は非常に鋭く、他の人間と比較してもその感度は数倍から数十倍。
それ故、失った時の喪失感は普通とは比べ物にならないだろう……が、レオンにとっては大した問題ではない。
そもそも、五感の一つや二つ失ったところで他の五感が補って余りあるほど優れているのだ、むしろ多少失って人間並みだろう。
戦闘には影響がないわけでは無いが、だからと言って一方的に不利になるわけでは無い。
ならばレオンはなぜ困惑したか?
“ギギギギギギギギギ………” “ギギギギッ”
“ギギギギィィ!” “ギギッギギィィ………”
“ギギギッッッ!!” “ギギィ…ギギッ!”
「(何だこの音……? そもそも音なのかコレ?)」
非常識なほど五感が優れると言う事は、それは人間とは同じ視点に立てない事を意味する。
ヨウの全力の雷光をまともに直視したレオンの目は、未だ酷く霞んで光を感じ取る程度の状態だが、同じくタイミングで雷鳴を喰らった耳はどうにかまともに聞こえるようになった。
故に、音を感じ取ってしまった。
「!?」
突然“グラリ”とレオンの姿勢が傾いた。
レオンの目線では地面が持ち上がり眼前に迫った所で、その反射神経で手を地面ついて見せたが、その状態か動かなくなった。
正しくは動けない。
「(あれ? これヤバくね? 多分動いたら倒れるよな?)」
揺れる、揺れる、揺れる。
立ち眩みの様に、あるいは酔いが回った様に、世界がグルリグルリと揺れている。
更にその揺れは治まることも小さくなることも無く、むしろ加速していく様だった。
「(え? 何?? 何が起きてんの???)」
多くの『?(クエスチョンマーク)』を頭に浮かべながら、レオンは考える。
普段は頭を使わないだけで、レオンは馬鹿ではない。
早速「自分の身に何が起きたか?」と思考するが、残念ながらそれは悪手である。
「何をしている」
「あ、忘れ―――」
―――ギリギリギリリリィィィ!!
ここは戦場。隙を見せれば食いつかれる。
地面に両手両足を付けたままのレオンに針の鱗が襲い掛かる。
横方向に大きく振られたソレは、まるで竜の尾を思わせる様な力強い一撃。
地に伏したレオンを一瞬だけ飲み込むと、そのまま大きくカチ上げた。
一本一本が薄いながらも雷電を纏い、ぶつかる事によって激しくスパークを繰り返す。
一本一本が細かく振動し、擦れ、まるで怨嗟の様に不快な音を奏でる。
空中に浮かばされたレオンは身をひるがえし、今一度むき出しになった鉄の梁に抱き込むように組み付いた。
梁の太さは電柱ほどで、断面を見るならカタカナの“エ”のような形をしていた。
鉄の梁に抱き着きぶら下がるレオンは、“エ”で言うなら下部の直線に指をひっかけ、握力だけで体を持ち上げる。
上部の直線の平らな場所に足を置くと同時に、そのまましゃがむように体を梁に近づけ、その平らな場所の縁を握り、先ほど体を持ち上げた握力で体を安定させる。
それでも、レオンは揺れている感覚に襲われていた。
「(なんだ?)」
今まで感じたことの無い感覚。
それは高く飛び上がり落ちる時に感じる浮遊感とも、箱庭に生えていた植物酒を飲んだ時の酩酊状態とも、違う。
絶え間なく揺れ続ける世界。
耳を撫でるように追従する不快な音。
一向に回復しない視界と重なり不安が募る。
「ウぷっ…!」
いきなり喉にこみ上げる物を感じ、レオンは口元に手を伸ばす。
“ギギギ!!”ギリギ!ギィ“ギギギギリリィィィ”
“ギギ!ギギギギギリリ!リ”“”“ギギ!ギギリリギ…ギギギ!”
“ギギ”リリ“リギギギギギ!”“ギ”ギギ!ギギギギ!“
次の瞬間、レオンの乗る鉄骨が落ちた。
寸前に聞こえたのは少しだけ大きくなった不快音。
「!!」
口を押さえたまま、声も出さずに落ちていくレオン。
地面が見えない。正しくは下が分からない。
上下の感覚すら薄くなっていく。
グシャリ、レオンは頭からそんな音がしそうな体勢で落ちた。
「いてぇ……」
それなりの高さから真っ逆さまに落ちたのにレオンは無事な様だ。
それでも立ち上がることが出来ない。
上と下が分からない。右も左も分からない。
地面に張り付く体勢から体の触覚だけを頼りに起き上がる。
「うぶッ……!」
僅かな時間地面から離れただけで再び酩酊がレオンを襲った。
それでも吐き気をこらえ、開いた手に力を込めて腕で上体を押し上げ地面から離れる。
何故か攻撃が来なかった。
まるでレオンが立ち上がるのを待つように。
武士の情けか? 騎士道精神か?
暗殺者に限ってそれはあり得ないだろう。
ヨウ・ユエンは待っているのだ、圧倒できるチャンスを。
◇
レオンを襲った“揺れ”の正体は音波である。と言っても、この事を誰かが意図したわけでは無い。
現在空間を埋め尽くす不快な音。
黒板と黒板をこすれ合わせるような酷い音と、腹に響くような気持ち悪い音がミックスされた怪音。
これ自体はヨウが仕掛けた戦術である。
暗殺者として作られたヨウは常時音の出にくい歩き方で歩く。
しかし、今回の相手はどうやら優れた五感を持っているようだ。
ならば、木を隠すなら森、音を隠すなら音といこう。
そう考えたヨウは、その手に張り付けた針を微妙に振動させ、振動は空気を伝わり周りに壁や天井に突き刺さったままの針を揺らす。
振動が振動を呼び、徐々に音は大きく揺れは大きくなっていく。それが耳で聞こえるほど大きくなったのが現在の状況だ。
しかし、問題はそこではない。
今回ヨウが意図した事は、音で動いた時に出る微細な音を覆い隠そうと言うものだった。
しかし、レオン聴覚はそれ以上を感じ取ってしまった。
耳の奥、三半規管と呼ばれる平衡感覚を司る器官。
優れ過ぎた聴覚が本来なら聞こえるはずの無い音域の重低音を感じ取ってしまった事によりバグが発生。
本来なら揺れるはずの無い微細な振動を聞き取り、最初は気にならないほどの振動だとしても、一度立った波が大きくなっていくなら、最後にはその足をすくわれる。
時間と共に酷くなる揺れは、すでにレオンが立ち上がることが出来なくなるほどに大きくなっていた。
◇
「(ちっ、立ち上がれない……)」
手を地につけたまま立ち上がろうとして、その酩酊に振り回されるレオン。
倒れるように転がると、一転二転して床を移動する。
先ほどから立ち上がることは無く、もはやわずかでも地面から手を離すとまともに動く事すら出来ないレオン。
視界は徐々に回復しつつあるが、それでも色の見分けがつく程度、部屋中を満たす針は鈍く光を反射し、前方に何があるかも分からない状態だ。
だが、レオンは移動を続けている。
それは時間稼ぎもあっての事。
空間を満たす破壊的な重低音が更に大きくなっている以上、レオンの耳は機能しない。
雷光を受けた事により機能しないが、耳と違って流石に目クラになった事は無いレオンの回復が遅く、未だに悪いままだ。
ほかの五感は機能を失っていないとはいえ、戦闘に仕えそうなものは嗅覚のみ。
一応レオンは鼻だけでも戦闘も可能だが、戦闘力は万全の状態から大きく削られる。
本来なら多少不利程度ですむはずだが、今回は世界が揺れるレベルで平衡感覚を乱されている事で、まともに戦えそうにない。
しかし視覚が回復したなら話は別だ。
情報能力のほとんどを引き受ける視覚が回復したなら、レオンであれば地震が起きようが、地面から離れない状態だろうが、戦闘はいくらでも可能だろう。
そんな訳でレオンは攻撃を警戒する意味もあり、地面に常に触れ続け尚且つ倒れる動きを利用できる形、つまり転がるように様に移動を続けていた。
「(目が戻ればこっちのもんだ。後は回復するまでにやられなければいい)」
なんて考えながら、ゴロゴロと転がるレオン。
見た目は遊んでいるようにしか見えないが、やってる本人は大本気である。
しかしレオンには気になる事があった。
ヨウが見つからないのだ。
何度も言った通り、レオンの五感は非常に優れる。
特に今回は現在封じられている視覚と聴覚を補うため嗅覚に集中していた。
だが、先ほどからヨウの残り香は見つかっても、本体の姿が一向に掴めないのだ。
「?」
見当たらないのは面倒だが、それでも近くいないなら攻撃を喰らう訳無いだろうと考えるのが面倒なのか思考を停止し、転がり続けるレオン。
もちろんそこまで世の中は甘くない。
“ザクザクザクッ”
「ん?」
転がるレオンの周りで針が刺さる音がした。
そして―――
“ピカゴロド―――ン!!”
「がギゃあ!」
レオン、三度雷を喰らう。
そして先ほどとは違う意味で転がりまわる。
そんな彼を上方か見下ろしていたヨウはその手に纏った針の鱗震える様に波打たせる。
僅か数mの高さから、ヨウの一方的な攻撃が始まった。
また伸びた、戦闘面は今回で終わるはずだったのに、書き直したらまた伸びた。
ザックリした予定(戦闘:2話)
(エンディング:2話)
(幕間:5話)計9話
三章、本当に今年中に終わるのかな?




