3-SP 茶色い雪事件
俺たちの住んでいた場所は日本でもギリギリ関西に当たる場所。
江戸時代とかは東西の文化が入り組んでかなり賑わっていたらしいが、そんな様子は影すら見えない地方都市それも小さい部類に入る程度でしかなく、小学校の授業でやった地域調査で初めて知った時は驚かされた。
それでもよくよく考えると周りで方言が交わされる回数は多かった気がするし、家の正月の雑煮も白味噌赤味噌コロコロ変わっていた。
なるほど、注意深く観察すると見えてくるモノがあるものだ。そんな発見を話すと……
「うん、多分ただの勘違いじゃない? 明がそう思うから世の中がそう見えるようになっただけだろう? 過去に気づけなかったことに気づくようになることを心理学では『観察的選択のバイアス』と言ってね、明の話はたぶんそれに近いと思うよ」
「俺お前嫌い」
「何でっ!」
凍夜はそんなふざけた事を言いやがった。
いや、本人は正論というか正しい事を言ってるつもりなんだろうけど……。
「長いんだよ、話が。もっと簡潔に話せ」
「そうソレ。春間が珍しく正確な事を言った」
「なんだと!」
「いや、これでも短くまとめた方なんだけど……」
「マジか。じゃあもう喋るな」
「それは酷くないかっ!」
「うるさい、それより急げ。場所取られるぞ!」
「雪の上を走ったらこけるよ! 先生が帰りの会で走るなって言ってたじゃないか!」
「知ったことか! 学校から出てまで先生に縛られるほどばかじゃない!」
「ルールを守らないのはバカだろ!」
「なんだと!」
「うるさい馬鹿ども! 急げって言っただろ!」
常葉明 小学3年生の冬
前日雪の降った日
◆
「おっし! 一番乗り! フーー!」
そう言って春間は誰も足を踏み入れていない真っ白な雪に頭から飛び込んだ。
前日はこの地域では珍しく大雪で大人の脛の高さまで積もった雪は、雪に慣れていない公共交通機関に大打撃を与え、近隣の高校は緊急休校となり学生たちを歓喜させていた。
しかし我らは小学生、ああ悲しいかな、歩きでの登校でそこまでの距離ではない事もあり、学校の掲げる『いつでも元気一杯』を体現するように、残念ながら休校には至らずチラチラと雪が降る寒い中登校。
むかつくから登校中に雪だるま作って、今日の登校を決行させた校長の車の目のまえに設置。昼休みには有志を募りさらに数を増やした結果、校長の車は前後左右バンパーにまで大中小さまざまな雪だるまに占領される事になった。ドアの前に雪だるまはとにかく頑丈に作ったので動かそうとするとかなり手間だろう。ざまあみろ。思いっきり逆恨みだけど。
幸い下校時には雪は降り止み、積もった雪を掻きわけるように俺たちは帰宅。
玄関にランドセルを放置し自分の部屋に直行、服を着替えると両親の顔も見ずに“行ってきます!”と叫んで家を飛び出した。
目的地は河原の近くにある放置された空き地。
何らかの建物でも建てようとしたのか平らに整地されているが、その計画がとん挫したのか何も建っていない。
地元の小学生の間では有名な広場であり、サッカーができるほどの広さを誇るその場所は、少し分け入った所に在り基本的に大人は近づかない場所なので、かなりの確率で雪が綺麗なままで残っていると思ったからだ。
そして実際に雪は残っていた。
テレビでしか見たことの無いような真っ白な大地は、誰にも汚されることなくそのままの姿を残していた。
たった今春間が飛び込んだがそれはそれとして。
ただの自然物にここまで感動したのは始めたかもしれない。
そんな感情に水を差すように後ろから荒い呼吸が近づいてきた。
凍夜である。
「はぁはぁ……やっと追いついた……二人とも早すぎだよ……」
「お前が遅いだけだろ? 俺は学校の体育の成績は平均くらいだ」
「その平均が僕にとっては遠いんだよ……」
「だとしても、お前の家はここからすぐじゃないか。追い抜いた時凄い微妙な気持ちになったぞ」
「なんかごめ『ボッフ!』
凍夜のセリフに被せるように彼の顔面を捕らえたのは一つの雪玉。
投げたのはもちろん……
「春間ぁぁ!!」
「わっはっは! 二対一でかかってこい! モヤシと明!」
キレた凍夜の怒りに油をぶち込むようなセリフで煽っていく春間。
しかし自分から進んで不利な条件を飲むとは好都合。
「よーし後悔するなよ! そのセリフ! 凍夜何か策出せ」
「誰がモヤシだ! そうだな…雪玉に砂をまぶして目を潰そう!」
「良し作れ! 俺が投げる!」
「おお!」
こうして二対一の雪合戦が始まったのだが、結果は春間の圧勝で終わった。
そもそも、身体能力測定で全国指折りの記録を出しまくる春間に対して、平均ちょっと上とモヤシが組んでも戦力差を覆すことは出来ないわけで。
あいつの雪玉はバンバン当たるのに、こっちの玉は一発も当たらないという完敗を期した。
凍夜が雪玉に工夫をしていても全く意味は無かったようで、“当たらなければどうということは無い”を目の前で見せつけられた。ここまで圧倒されると一周まわって怖いな。
◆
「オイ! どけ!」
雪合戦でひとしきり遊んだ頃、後ろから荒々しい口調で声を掛けられた。
振り返ると声をかけてきたのは見覚えのある顔、うちの学校の上級生と他校の上級生だ。
こいつ等は地域の野球チームに所属し仲が良い。
そして色々あって俺たちとは仲が悪い。
それにしても数が多いな……ひいふうみい…二十人前後かな?
「オイ! 聞こえなかったのか! どけ!」
先ほどと大して変わらない言葉を投げかけてくる、うちの上級生。
その後ろで取り巻きの顔は何所かニヤニヤとしており、それを見て何となくこいつ等の考えが読めた。
こいつ等、前回の仕返しに来たな。
前回、というか前々からこいつ等少年野球団とは仲が悪い。
元々野球は小学生男子の行う二大スポーツであるが、うちの地域はもう一つの二大スポーツ、サッカーを行うチームが市外にしか無く必然的に最大派閥になっている。
スポーツという運動を行う奴らは体力があるのと、その派閥の大きさを活かして学校ではガキ大将気取りを行っていた。
それを俺たちがぶち壊した。
詳しくは省くが、こいつ等は俺たちにいいように翻弄された後羞恥をさらし、恨みを晴らそうと集団で襲い掛かり逆に春間にボコボコにされ権威を地に落としたのだ。
それから事あるごとに突っかかってきて仲が悪い。
しかし、俺たちに言わせれば、こっちから仕掛けた前者はともかく、後者は自業自得ではないだろうか? と思ってしまうのだが?
それはそれとして今の状況はどうだろう?
うーん……俺達が遊んだ後に来たのは俺たちから遊び場を奪うって事実でも欲しかったのか? まあ、別にいいか。
「じゃあ退くわ」
「えっ」
「俺達遊んだし、寒いし、春間がボロ勝ちするし、もういいや。帰って家でス〇ブラしようぜ」
「え?」
「ほら、帰るぞ二人とも」
「え?」
俺の宣言に奴らはポカンとしたまま、開いた口を閉じずにいた。それは春間と凍夜も同じだったが。
しかし考える暇は与えない。
俺は二人の手を引くと無理やり引っ張りその場を後にする事にした。
◆
「なんだ腰抜け!」
「逃げるのか!」
「根性なし!」
「そっちの言う通り動いたら今度は口かよ……」
奴等の間を堂々と通り抜けて空き地を出ていこうとすると後ろから暴言を浴びせられた。
まあ、この人数を相手取るのは春間でも無理だろう、それでも春間が倒れるまでそっちが何人がボコボコにされるか分からんだろ? いいのか? これ以上行くとお互い泥沼だぞ? そっちの顔を立ててやろうとしてるのが分からないか?
でもただ引くのも悔しいので軽く仕掛けるけどな。
俺たちは奴らに向きなおる、すると奴らはビクリとして堂に入らないファイティングポーズ。視線の多くは春間に向けられている。
いや、帰るって。
その前に世間話をするだけ。
「凍夜、あいつらの顔覚えた?」
「うん、もちろん。僕は一度見た人の顔を忘れないよ」
「なら良し。じゃあ帰り道気を付けろよお前等」
「おう、また会おうぜ」
俺の一言に決めていた言葉を返す二人。
春間はニヤリと笑い、凍夜は眼鏡をクイッと上げる、俺は俯きながら表情を見せない。
ただそれだけ言って俺たちは空き地を出る。
その言葉に案の定ビクリと震える奴等。
居もしない春間を勝手に怯えて角を曲がるたびに立ち止まってろ。
ヘイヘイピッチャービビってるー。
「あ、それともう一つ」
空き地の出口で俺は立ち止まり言い忘れた一言を振り向かずに言った。
◆
「グワーッ! なぜ勝てん!」
「ハハハ! 反射神経で動かすからそうなるんだ! ざまあみろ! 数字は裏切らない!」
凍夜の家で俺たちは某格闘ゲームを行っている。
もちろん凍夜の家のゲームなので一番やりこんでるのは凍夜だろう。
ため込んだ鬱憤を晴らすようにボコボコにしている。春間が弱いのもあるだろうけど。
でも机の上にあったよく分からない計画表には1ビットとか1コマとかガチガチの理論が書いてあって怖い。この分だと春間が勝つのはラッキーパンチくらいだな。
ちなみに俺は一休み。窓辺に座り外を見ていた。
「あー楽しい。ところで明、最後の一言は何だったの?」
「凍夜もう一回! もう一回!」
「うん? ああ、あれね。もうすぐ分かるんじゃない?」
春間相手に無双した凍夜に俺はそう言って窓の外を親指で指さした。
春間は放置。
すると
「わーー! 汚い汚い!」
「うわーん! お母さん!」
「ママ―!」
まるで図ったように奴等、野球少年たちが走り抜けていった。
その体は所々茶色にまみれている。
「うお! なんだ? あいつ等汚いな?」
「さあ? なんだろうね?」
「明、勿体ぶらないで教えてよ」
「ハイハイ分かってますよ」
俺は簡単に説明することにした。
だが別に大した話ではない。俺はただ忠告しただけである。
先ほど最後に言った言葉は
『そこ辺犬のう〇こ落ちてるかもしれないから気を付けろよ』
だけである。
ね? ただの忠告でしょう?
「それが分からないんだよ?」
「あの辺犬のう〇こ落ちてたのか?!」
「さあ? 落ちてても不思議じゃないだろ、空き地なんだし」
「え?」
「別にあるかも? って忠告しただけだし。アイツらがどう捕らえるかはこっちの知ったことじゃない」
そう言うと凍夜が目を軽く見開いた。どうやら分かってくれたようだ。
「ああ、なるほど。『観察的認知のバイアス』ですか」
「さあねー! でもあいつ等には所々にある地面の茶色が目に移ったのかもしれないな!」
「いや、全然分からんもっと簡単に話してくれよ」
そう言うと春間は説明を丸投げした。どうやら分かってくれないようだ。
「んーつまりだな。奴等は『犬のう〇こがある』って言われたせいでそこ辺に有った泥をう〇こに勘違いしたってことだ」
「何だそれ? ばかなのか?」
「馬鹿なんだよ。だから引っかかるんだ」
特にこんな雪の積もった日は、地面の下の雪は良い感じに茶色だろうし。
「つまり先入観の問題なんだよ。彼等は『茶色=う〇こ』と明に刷り込まれたせいでそう考えてしまったのさ」
「でも気づかないのか? 普通に匂いとかで」
「春間。外を見てみなよ。滅多に無い大雪だ。君みたいに鼻が利くもんか」
「ついでにお前はう〇こに触りたいか?」
「いいや、触りたくない」
「だよな。つまりそういう事だ」
小学生低学年ならまだ可能性があるけど、来年再来年には中学に上がる奴等でう〇こかもしれない物を進んで触るヤツはそうそういないだろう。
無駄に賢くなった結果だな。
「つまりあいつらは勘違いして勝手に泣いてんのか」
「そういう事。さて、明日はこれを持って学校に行こうか!」
そう言って指さしたのは窓辺に置いたビデオカメラ。
部屋に入ってからすぐに設置したので今回の騒動を全て記録している。
「凍夜パソコン使ってコレ、面白可笑しく加工しようぜ」
「うんいいよ。ゲームで勝つのも飽きたし」
「あ、そうだ忘れてた! 凍夜もう一戦! 明も手伝え!」
「じゃあ一回だけな、凍夜パソコン起動するまでやればいいだろ」
「はーやれやれ仕方ない、最後の一回だよ」
「良し二対一だ! ボコボコのボコにしてやる!」
「ん? さっきも同じようなことがあったような?」
その後、俺の予感は的中し、俺と春間はボコボコのボコにされることになった。
それでも一発も入れられないのはおかしいと思います。
◆
「へーその後どうなったんだ?」
「だからボコボコのボコにされたんだって」
「いやゲームじゃなくて、野球少年たち」
「ああ、学校の放送室に忍び込んで全校放送したよ。解説も付けてな。いやーいい顔してたぜ、真っ赤なリンゴみたいな顔でな」
俺の武勇伝の一つ、茶色い雪事件を話聞かせるとベンジャミン達は聞き入ってくれた。
今回の騒動にも繋がる話なので話しておこうと思ったのだが、こんな話に食いつくならもっと話してやろうかな。別の学校の奴等に仕返しした話『青白い火の玉事件』とか。
「それでアキラさん? 今回の騒動に何の関係があるんですか?」
「つまり俺は虐めっ子虐めるのが超得意って事だよ」
「だからって休憩事件でもないのに手を休める理由になるんですか?」
「はいごめんなさい」
起こると怖いクリスに威圧され俺は速攻で謝り作業に戻る、と言っても俺がやるのは石を集める事くらいだけど。
振り返ると着々と完成しつつある石畳の街並みに俺はほくそ笑んだ。
今回の作戦の成功を確信したからだ。
「案外気づかない物さ。大掛かりなセットほどな」
分割投稿、残りは16:00くらい ※16:55追記、結局一時間遅れた。
い、いや何も思いついてないわけじゃ無いから……
先の展開に困ってまた番外編出したわけじゃ無いから……
出しときたいから出したんだから……
次回は月曜日更新……できるかな?期待しないで待っててください。




