3-EX4 南方騒動【上】 南方戦線異常アリ
うっぷ………キモチワル………。(アイギス)
王国南方
肥沃な大地と濃密な森が支配し、平らな土地が多く、開拓できればさらに大きく王国を発展させるであろう区域。
実際王国は幾度となくこの土地を切り開こうと、建国当初から兵隊を送り込んでいた、が………それを妨げる存在がある。
第一の障害となるのが気候である。
降雨量が王国中央と比べて多く、南であるために気温が高い、つまり年の大半が高温多湿である。普段中央で暮らす兵士たちにとっては慣れの無い気候だ。
無論何か月、何年とこの地に居座れば話は別だが、それを差し引いても高温多湿の気候は厄介だ。特に食料管理の面において大きく影響する。端的に言えば腐りやすいのだ。
科学の発展が遅いこの世界では、もちろん冷蔵庫などあるはずもない。したがって腐りづらい乾物が食卓には多く並ぶ。一日二日程度ならまだしも、この環境への適用は数か月単位、兵士たちは口に運ぶソレに飽きることだろう。兵隊の管理上、食という娯楽が削られるのは非常にマズい。分かりやすく士気が低下するのだ。
そんな訳で、王国は毎月大量の食料を主とする馬車群を戦場に送り続けている。(ちなみに前線基地が出来てからこの問題は焼け石に水程度の解消がなされた)
しかし、ところ変わればではないが、そんな環境が植物にとっては良好なようで、森は“ワサワサ”と生い茂っている。
否、生い茂りすぎている。
それこそ王国軍が毎年一定量の伐採を行わなければ、森はその領域を徐々に北上させ、比喩無しに王都に近づいてくるのだ。
第二の障害は原生する生物である。
規格外に巨大な森では、どうやら生物も巨大化するのか、森の中には平均で10mを超える巨大生物が闊歩している。
一般的に突然変異と呼ばれる“巨大種”に分けられるサイズの生物が群れの如く現れ、森の木々を毎日踏みつぶしているのだ。(毎日踏みつぶされるから、森が異常な速度で成長するようになったのかもしれない)
この世界の生物は強い。
放っておく際限なく強くなる。時には二つ名を獲得してしまうほど強くなる。王国では南部以外で二つ名を獲得した獣が現れた場合、千人単位で軍を編成し派遣、討伐に当たる。
だが、こと南部に措いては話が違う。南部で現れた二つ名を獲得した獣は放置される。
その理由は、王国の南部開拓における最後にして最大の障害、その森に住み着いた原住民の存在である。
この原住民は、一説にはハザードの血統から分かれたとされており、その特異な銀髪や、桁外れのソウル再生力は持ち合わせない物の、肉体の頑丈さだけは受け継いだのか、その戦闘力は一般的に怪物と言われる“巨大種”を狩猟する事で証明されている。
南部に置いて、二つ名を獲得した獣の存在が放置されるのは、放置していようとその原住民がすぐに狩ってしまうからだ。
原住民たちの戦場兼行動範囲はうっそうと茂る熱帯森林である。
平野ならともかく森に籠城されてしまうと、枝から枝へ、木から木へ、鳥や猿も顔負けの身軽さで飛び回る、上からの攻撃に対して人間は不慣れであることを差し引いても、普通の兵士では戦う事すらさせてもらえないレベルの戦力である。
生きる要塞と超質量の生物、そしてその森を縦横無尽に動きまわる人間。
王国は毎年の様に人を送り、敗走を繰り返してきた。
◇
3月1日
PM 11:45
「だから俺がここに居る意味もないと思う! だから帰って良いですか!」
「どういう理屈でそう思い立ったんだ馬鹿。良いわけないだろ馬鹿。仕事をしろ馬鹿」
王国南方開拓作戦司令官執務室にて、ここ最近毎日の様に繰り返される会話の一文である。
長い名前の通りこの部屋は、南方開拓という王国の悲願を実行するために用意されたものである。
南方開拓作戦に注ぎ込まれた五十万人を超える兵士の内、そこに入る事が出来る者の数は限られており、十数名の幹部のみに限定される。
本来ならこの部屋に出入りする者の誰もが自らの世代でこの大偉業を成し遂げようと野心に燃えているはずだが……どうやら約一名は違うようだ。
「えーと、ほら、王都で『悪』が動いてるって噂話があるだろう? 俺はそれを確かめに行くために戻るんだよ。回りまわって王国のためになるんだよ。だから家に帰りたいんだよ!」
「ふざけんな馬鹿。口動かさずに手を動かせ馬鹿。第一お前の仕事はここで森を切り開く事だろう馬鹿。せっかくの最適任者を何で中央に帰さなきゃいかんのだ馬鹿」
二人の人物は互いに視線を合わせず会話を行う。
一人は黒髪でほとんど肌の露出が無い30代ほどの男。放つ言葉に基本的に馬鹿が付くあたり非常に口が悪い。その言葉を放つ口元を完全に覆うマスクや手首を一部の隙も無く隠す長い手袋などで見えている肌がほとんど無い。この部屋に設置された唯一のデスクで忙しなく書類をめくっている。
もう一人は暗い赤毛の傷だらけ男。こちらも見た目から30代ほどだろう。右目に何かしらの紋の模様が描かれた黒い眼帯を付け、その下を走る傷は顔面を大きく縦に横断している他に、袖口や胸元からのぞく肌に生傷がいくつも見える。応接用と見えるソファに座り、広げられた資料には目もくれず、体を逸らし天井を見上げるように背もたれにもたれかかっている。仕事をする様子は今のところない。
顔を上げずと資料をめくる音と共に黒髪の男が会話を続けた。
「仰々しい理屈は付けんでもぞいい馬鹿。むかつくがガキの頃からの付き合いだ、貴様の考えは良く分かっている。第一俺達が王国の事を真に思うことは無いだろが馬鹿」
「ハハハナンノコトカナ? 俺は悪を罰し的な感じで中央に戻りたいと言ってるだけだ」
「建前を立てるならせめて最後も突き通せ馬鹿。本音が漏れてるぞ馬鹿」
「えーと………」
自爆した赤毛の男に対し、馬鹿にする半分憐れみ半分で黒髪の男が言葉を返した。
そんな言葉に逆切れの如く赤毛の男が声を大きくする。
「ああそうだよ! 俺はただ中央に戻りたいんだよ! 空気はカラッとしてて、人の笑い声が耐えなくて、何より家族がいる! 何が悲しくて辺境のクソ蒸し暑い土地で毎日の様に野郎どものうめき声何か聞かなくちゃならないんだよ!」
「テメェの仕事だからだろうが馬鹿」
「あぁ俺の小っちゃなマリオン! 今何をしてるんだ!」
気持ちを込めた口調で男は勢いよく立ち上がる、立ち上がった瞬間その余波で広げられていた目の前の資料が机から滑り落ちるが、そんな事には目もくれず両手を振り回しながらソファの周りを歩き出す。
大げさなほど大きく体を動かすその動作は芝居がかって見えるのだが、そう見えるだけで本人は本気で心配しているようだ。
「寝てるだろ馬鹿。生後1年半の子供がこの時間起きてられるか馬鹿」
「1年半じゃない! 1年と212日だ!」
「その訂正に何の意味があるんだ馬鹿。大して変わらんだろが馬鹿」
「カーワーリーマースー! この時期の子供は一日一日成長するんだよ!」
「親馬鹿もいい加減にしろ馬鹿」
「違う! 俺は超親馬鹿だ! ……イヤ超超超親馬鹿だ! ………イヤやっぱり超超超超―――」
「もういい、もういい馬鹿」
「―――超超超超超超超超超超……」
「もういいってんだろ、話を聞けよ馬鹿野郎! テメェが仕事の資料上げねえから俺たちの半年に一度の帰還は取り消されそうなんだぞ!」
「ふざけんなバカーーー!!!!」
「こっちのセリフだ馬鹿! 何が悲しくてテメェのとばっちり喰らわなきゃいかんのだ!」
深夜、30代の男性同士が怒気の隠す様子もない声で盛大に罵り合う様子。そこには何とも言えない憐憫があった。
どうでもいいがこの世界で紙の資料は貴重なはずだが、既に赤毛の男が何枚も踏みつけている。
数分後、元々口調の悪さか、頭の出来の差かは不明だが、黒髪の男が優勢のまま罵り合いは終わった。
というか、赤毛の男が「バーカ!」しか言えなくなった。
見た目30代で子供のような悪口しか言えなくなった男は非常に見苦しかったため、黒髪の男が机に突っ伏したのだ。
「もう嫌だ! 早く帰ってこいケンタ! たった一週間でココまでストレスが貯まるなら俺は半年で禿げるぞ!」
「バーカ! バーカ! ……あ、ハーゲ!」
「ブチ殺すぞゴラァァァ!」
何の琴線に触れたのか、今まで以上にブチギレた黒髪の男。
怒りは業火の如く燃え上がり、怒髪天を突くとはまさにこの事だろう。その怒りの炎はもう勢いのみで悪口を言っていた赤毛を一瞬引かせた。
そのタイミングで計ったように扉が叩かれた。
「「誰だ!」」
「え!? あ、報告いたします! ケンタ・ユズカ様率いる南方開拓兵が王都よりご到着されました!」
◇
3月2日
AM 0:05
王国軍南方開拓戦線
戦線後方配置支援基地
森から約10㎞の場所に配置されたこの基地は、内部に兵士たちの生活スペースから、病院、料理店、遊技場などの娯楽施設などを内包し、さらには森と反対側には自給自足のために作られた食料を確保する田畑や牧場及び実験農場を確保している。
基本収容人数、十万人、と科学の発達していない文明の基地としては規格外の人数を生活させることが可能であり、その全体のサイズはもはや街と言って差し支えないほどの規模を誇る。
そんな超巨大基地の北門は現在、続々と数列の馬車の群れを受け入れていた。
馬車たちは全体が木製で幌馬車などと比べて頑丈であり、一台でバスのように数十人以上乗ることが出来るであろう大型。
群れは遠く彼方まで続き、その延々と途切れることない姿は、まるで大名行列か巨大な竜のようであり、時間帯が深夜であると言う事を差し引いても、その最後尾は未だ見通すことは出来ない。
大量の物資と人材を乗せた馬車は、門を通った後に北門奥に停留、内部にため込んだモノを続々と吐き出している。
その積み下ろし作業を一台の馬車の屋根の上から立ち上がり見渡す男が一人。
男は布を巻いた2mほどの歪曲した棒のようなものを肩に担ぎ、短めの明るい茶髪と幼さの残る顔立ちだが、どこか達観した表情で作業を行う兵士たちを見守っている。
その男は、自分の目下で待機する兵士とは違う、紫色の服を着る者に声をかけた。
紫色の布地で丈の長い服を春夏秋冬来るのは、ペンドラゴン王国では文官である。
「さて、名も知らぬ新人文官君、チャクとカイ………つまりはこの基地の突撃隊長と最高司令官だけど、まだ来ないのかい?」
「は、ハイ! 到着と同時に兵士を走らせましたので、この時間帯ですが起きておられたならもうすぐかと」
「奴らが起きてないならどうなるかな? 帰還は先の予定だったし、可能性はあるよね。そその場合は俺は先に部屋に入って寝ていいのかい?」
「え、えと…司令官殿に帰還報告を行うまでは、物資輸送の責任者はこの場を離れてはいけない事になっております」
「ピンポーン。正解。責任者自身が報告しなきゃいけないなんて、全く面倒なシステムだよね誰が作ったんだろ」
「え、あ……その……」
「おっと失礼。君は新人文官だから国の法律には文句言えないかったね」
男は“ハハハ”と自分の失態を笑った。
どうやら緊張する新人の緊張を解こうとしたが、未だガチガチの新人文官を見て失敗に終わった事を悟った。
「(まあ、今の世界で唯一戦争が行われている場所に、就職早々に飛ばされたらストレスと緊張でガチガチにはなるか)」
“はぁ”と諦めるように息を突き、空を見上げる。
王都との街並みとは違い、遮る物のない満天の星空には、たった一つの月が浮かんでいる。
しかし深夜だと言うのに人の声が絶えない広場にはまだまだ馬車が入ってくる。
兵士たちはザワザワと騒がしいが、男はこの程度の喧騒は嫌いではなかった。空を見上げると澄んだ空気で星は宝石のように瞬き、南方とは言え2月が終わったばかりで吐き出す息は白い。
「なかなかいい感じだ。これで甘めの紅茶でもあったら最こ―――」
「―――ケンタァァァ!!」
多少のノスタルジーに浸り呟く言葉に被せるように響く大声。
張っていた空気はすぐさま何処か消えいく事がアリアリと理解できた。
「はぁぁぁ……………」
そして、その聞こえてきた声に、聞き覚えしかない男……ケンタ・ユズカは先ほどよりも深いため息をついた。
◇
3月2日
AM 0:15
ドドド……という効果音が付きそうな勢いで二人の人物が走ってくる。
一人は傷だらけ、もう一人は全身を布で覆っている。先ほどまで執務室にて資料の整理を行っていた二人である。
「ケンタ良く帰って来てくれた! そしていきなりで悪いが頼むこの馬鹿をどうにかしてくれ」
「ケンタなんか早かったけど俺は気にしないぞ、さあ俺の仕事を手伝ってくれ」
「ハハハ、どっちも断る」
「「そう言わずに!」」
重なる声に、ケンタは笑って断った。
前者はともかく(イヤ、ケンタは前者も嫌だが)、後者は酷い。
帰還早々に仕事をしろとは何の冗談だ、と考えてしまう。
「えーっとですね。………お前等部屋に戻って仕事する。俺報告したら部屋に戻って寝る。OK?」
「NOだ!」
「仕事してくれよ」
「やだよ! ここに来るまで何日馬車で移動したと思ってるんだ! いくら他の馬車より内装が優遇されてても、ずっと座りっぱはキツイんだぞ! あとチャクは明らかに押し付ける気満々だよな!」
明確な拒否返答は却下され、面倒事を押し付けようとする同僚にケンタは吠えた。
彼の言う通り、どれだけ内装が凝っていても馬車での移動は遅く長い、ストレスが溜まっていないわけでは無いのだ。
そんな精神状態で、浸っていたちょうど良い雰囲気をぶち壊され、更に大声でまくしたてられると、その二人に引っ張られるようにし、次第に声が大きくなるのは仕方ない事だろう。
「そう言うな、後でコーヒーを入れてやる。そこの実験農場の採れ立ての豆を使った奴だ。うまいぞ!」
「そう言うな、仕事中はウチの可愛い可愛いマリオンの話をしてやろう。かわいいぞ!」
「どっちも俺にとってはプラスではないんだよなー!」
「「何でだよ?」」
「あー、価値観の違いってメンドクサイな!」
押し付けられるであろう面倒と提示された条件に対して明らかにつり合いが取れない事を指定するが、提示した側は首を傾げるのみ。
最終的にケンタが叫んだのは、人が人と関わるうえでぶつかるであろう人類共通の悩みであった。
「あーもう!! それじゃ帰還報告! 一般兵五万人、内訳、前線下級兵士:三万二千、後方下級兵士:一万、上級兵士:二千、文官:八百、衛生兵:二百、雑務兵士及び転生兵士:五千、王都より本隊に合流したことを報告! また、貴族兵百人、内訳、前線希望:九十人、後方希望:十人、王都より本隊に合流したことを報告! 最後に十三貴族家当主、ケンタ・ユズカ、アイギス・セルセオル、両名の帰還を南方開拓戦線司令官カイ・アルツナイ殿に報告します! 終わりオヤスミ!」
「あ、コラ!」
「まて話は終わってないぞ!」
言い捨てるように、長い内容を言い切ったケンタは回れ右で走り出す。
それに追いすがるように二人も駆け出した。
深夜の鬼ごっこ開始。
ただし、この三人は全員が30代である。
◇
3月2日
AM 0:55
「ハッ……ハッ……。お前等追いかけてこないで仕事に戻れよ……」
「お前が仕事をすると言えば………この追いかけっこも終わるんだよ馬鹿………」
「なあ、マリオン元気だったか?」
「「それ、今どうでもいいよな………!」」
30分ほどの全力機動が終わった後、彼らは後方基地の壁の上に登っていた。
二名が倒れるように動きを止めたが、チャクだけは平気そうな顔で立っている。
彼らの役職の違いだろう。
そんな基礎体力の差に打ちのめされる黒髪の男=カイ・アルツナイは、呼吸を整えるタイミングで、ふと気が付いた事に言葉発した。
「………ところで、アイギスのガキはどうした………何で一緒にいないんだ………?」
「あー。そういやそうだな、俺達が乗る馬車は基本一纏めだったよな?」
「あいつは最後尾。あの野郎、馬車の中でゲロゲロ吐きやがって……」
「酒か? それとも乗り物酔いか?」
「乗り物の方だ……。それでいちいち止めるのもメンドクサイから、窓から首出して吐かせたまま馬車動かしたら、今度は後続にゲロがかかって文句が出たから………」
「最後尾に移した、と」
「察しが良くて助かる」
ケンタはカイの言葉に相槌を打ち肯定する。
彼らから見ると一つ世代が下で、そして同僚である青年。アイギス。
優秀だがいまいち残念な事が知られる彼は、乗り物にも酒にも弱かった。
ケンタは荒れていた呼吸を整え、仰ぐように夜空を見上げた。
再び満天の星。
一つ一つがまぶしいほど輝いて。
そして、そのうちの一つが長く流れる。
「お、流れ星」
「え、じゃあ馬鹿の馬鹿が治りますように」
「マリオンの健康マリオンの健康マリオンの健康!!!」
「平和、特に職場の平和」
三者三様の答えを発し、三人の幼馴染はその回答のあまりの彼らっぽさに笑ってしまった。
ひとしきり笑ったところで、三人の内最も目の良いケンタが気づく。
いまだにあの星が流れている事を。
「あれ? 何かあの星近づい―――」
その言葉が終わる前に光が落ちた。
彼らの上空を斜めに横切るように落ちた。
そして聞こえるはずの無い爆音。
「「「は?」」」
光が落ちた先は、蠢く森との境界付近、すなわち南部開拓戦線の最前線。
10㎞と言う遥か遠くに流れ落ちた光と爆音が収まると、一番にカイが口を開いた。
「オイ、あの光何に見えた?」
「知らん」
「馬鹿には聞いてない。ケンタどうだ?」
「―」
「ケンタ?」
「なんだって?」
「………だから竜だって」
「「は?」」
「だから竜が落ちてきた」
「「はああああああ?」」
彼らの長い夜が、王国史に刻まれる夜が、始まった。
長ーい番外編開始。
次回はたぶん一週間以内。
4章が………。スケジュールが………。




