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二つ名転生  作者: 薪村 尚也
3章 北方小事
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3-EX3 白い微睡の中で

その日は珍しく眠りが浅かった。

いつもならとっくに眠っている時間なのに、目がさえたのか一向に眠れなかった。

ベッドの中で寝返りを打ち壁に掛けられた時計を見るともう少しで長針が半周しようとするころ。

だがこういう時は焦ってはいけない、むしろ思考を捨てて脳をクリーンにするのが正しい。

ハーブティーも体を内側から温める効果があるので良いらしい。

有名な羊の数を数えるのは逆効果だと聞いたことがあった。

大切な()()()から聞いたのだ、間違いない。


彼女はするりとベッドを抜けだして気づかれないように部屋に内設されたキッチンに向かった。


電気ポットに水と電源を入れてお湯を沸かす。

ティーポットにドライハーブを入れる。

沸騰したお湯をティーポットにそそぐ。

少し蒸らして完成だ。


彼女はここまで電気を付けず真っ暗闇の中で行った。

いくら今まで目を瞑っており暗闇に目が慣れていると言っても随分と手慣れているものだ。


完成したハーブティーをティーカップにそそぎその匂いを楽しんだ。

ドライハーブは母が庭で作った物であり、懐かしい子供のころの記憶がよみがえるようだ。


「(あの頃は良かったな…)」


そう思った瞬間彼女は頭をブンブンと振った。

艶やかな金髪が視線の端を舞う。

彼女は義務教育を受けている年頃、花も恥じらう可憐な乙女である。そんな彼女がそんな事を思うとあの人にきっと笑われてしまうだろう。


「(“お前年寄り臭―い”って言われちゃうな)」


両手で持ったティーカップの暖かさを感じながら、あの少年がまさしく言いそうなことを想像して、クスリと笑みが漏れた。



消灯時間はとっくに過ぎた。

電気はつけていないが匂いが部屋の外に漏れ出すといけないのでハーブティーは急いで飲み干した。

ティーカップは音が出るので明日洗おう。

彼女は温まった体を冷やさないように急いで布団の中に滑り込んだ。


目を閉じて、思考を空にする。

動かないことに努めて、目を閉じたままゆっくりと呼吸をする。

ベッドは堅く彼女の趣味とは合わないがその付き合いも10年近くでもう慣れた。

もう少しすれば記憶は薄れていつの間にか眠っているだろう。

そう思った。



(失敗だ!イマツシ様の救助を急げ!)

(■■■はどうする!)

(放っておけ!今はイマツシ様が最優先だ!)

(疑生体を使って境界を無理やり安定させろ!)

(急げ!)


誰かが叫んでいる。………と思う。

その声は何処か遠くでもあり、とても近くのような気もした。

声はエコーが掛かっているのかよく分からない言葉と共に二重に聞こえた。


「(ここはどこ?)」

「(わたしはだれ?)」

「(わたしはどうなったの?)」


どこまでも白い空間でそう思った。

その時彼女に異変が起こった。


「(なにか…なにかがたりない)」


なにかが抜けていく感覚と共に多大な喪失感が彼女を襲った。

ああ、これはきっと記憶の喪失だ。

記憶があいまい…ではなくスッパリと切れている。

彼女はそのなにかが分からないことがとても恐ろしかった。

それでも覚えていることはある。


「(おとうさん、おかあさん、おねえちゃん………おねえちゃん、おにいちゃん、だいじょうぶおぼえてる。でも……)」


大切な人の記憶は残っている。

しかしこの記憶もいずれ失ってしまうと彼女は直感した。

そしてそれを彼女自身ではどうしようもないことだと言う事も。

事実、彼女の記憶は先ほどから安定しない。

自宅で飼っていたはずのペットの名前すら思い出せないのだ。

そして記憶を失ったせいか、そのペットに何の感情も持てないのだ。


「(どうしよう………)」


きっと記憶を失ったらこの気持ちも無くなるんだろう。

それでも今はこの記憶を失いたくない。

抗おうと何の意味もないと知って身をよじるが、それでも記憶の隙間が増えていく。正確には増えていく気がするだけだが。何かを失ったという喪失感だけが嫌なくらいはっきりしていた。



どれほど時間が経ったのだろう。

既に記憶は最後の僅かな欠片のみを残し消え失せていた。

それだけではない、彼女の肉体は原型をとどめず、端から千々に崩れ始めている。

いや、本当にこの白い世界で体など存在したのだろうか?

体を持っていたという記憶が存在しない肉体を幻視させたのではないのか?

そしてその記憶が消えた事で、肉体の幻覚すら失われたのか?

分からない。

分からない。分からない。分からない。

………だが分からなくても、かまわない。

既に自分の顔すら思い出せないのだ。肉体に関する記憶も執着も失っている。

だが、体は細切れ、記憶は空白だらけ、そんな状態でありながら最後まで彼女が彼女であり続けたのは、最後に残った記憶だった。

最後に残った幼き日の淡い初恋の記憶だけが、彼女を彼女として認識させる。



「相変わらずトンデモナイ事をするな~、人間は

「上位存在に勝利すると言う目的なら、いともたやすく摂理を超える

「摂理って、分かりやすく言うなら神様(ぼくら)が決めた設計図だし

「そこを超えちゃうとか………えーと、あれだ

「あ! そうそう、『設定されていないエリアです』って感じだ

「もっともこの場合は、設定してないんじゃなくて、出来ないんだけどね

「まあ、幸か不幸か?

「この次元は時間軸に干渉できる次元だ

「そのせいで、彼女は消滅しかかったんだけど

「だからこそ、消えたそのまさに瞬間ってタイミングで復活させられる

「消えちゃった肉体もこっちでどうにかできる範囲だったし

「だから復活自体は何の問題も無い

「問題は………送り返すことが出来ない事なんだよな~

「この世界限定なら、縦軸は何とかならない事も無い事も無いんだけど………

「横軸、世界の境界は()()()()()()()()()()で、基本一方通行だからな~

「あ~、でもその穴を生かした転生システムを作ったから

「彼女はその穴を抜けてきたのか

「まあ、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()でもないし

「肉体を持ったままの干渉自体がキツイから

「仕方ないって言えば仕方ないか~

「うーん、どうするかね~

「……

「…………

「………………ん?

「おや? 

「おやおやおや?

「なんだ、記憶にある顔と同じヤツがこっちにいるじゃないか

「じゃあそいつの近くに飛ばせばいいのか

「なんにせよ、自分の存在すら消えた最後の最後まで持ってた記憶だ

「よほど強い思いなんだろうし………

「あ! はは~ん? 僕は分かっちゃったぜ

「恋人ってやつだって分かっちゃったぜ!

「ヒュー! 冴えてる!

「多分、今世紀で一番冴えてる!

「世紀とか関係ない場所だけど!

「あ! なら、むしろ死んだ恋人とキューピットってやつか!

「キューピットって言うか、その上司だけど!

「だとすると顔は出来るだけ元に似せる必要があるか

「とはいえ、体は消滅してるし、その記憶も無いし、

「うーん、とりあえず顔は、記憶の映像に残る顔の眼球に写っていた感じで………

「このままだと幼すぎる気がするけど、まあこんなものでいいのかな?

「体の構成は………っと

「やたらとソウルの通りが良いな………

「コレは元凶(バカ)共の影響かな?

「まあ、生きる分には問題ないし

「むしろ、緊急時はこっちの方が良いか

「最後に、えーと記憶はどうするかな………

「僕が来た時は、既にとっくに遠くに飛散してたから、集められてないんだよな~

「うーん………

「仕方ない、彼女には後々思い出してもらうように、ソウルを限定的にこの世界に繋げるか

「………良し! 完成!

「うん、初めてにしてはなかなか良い感じなんじゃないかな?

「じゃあ恋人とよろしくやってね!

「バイバ~イ



そして、そんな不思議な微睡から目覚めた彼女が一番に目にしたのは。

幼い日に彼女の恋慕した相手だった。


「やっと会えた.........」


興奮と感動でとっさに唇を奪おうとしたが、残念ながらよけられてしまった。


「残念………」


だが、今は良い。

ただ、彼の腕に抱かれているという夢のような状況なのだ。

()()()()()()()()()()

引き裂かれた、とは思わないがそれでも再び会う事は許されなかった。

だが、そんな思い続けた彼に会えたのだ。

だから、今はこれで良い。

彼女はそう思いながら、目を瞑ってもう一度眠りに落ちた。


こうして一人の少女は、眠りに落ちて、夢に出合って、世界を抜けて

そして、彼の腕に抱かれたのだ。

『思いが実った』……なんて生半可な言葉では表せない、飛んでもない奇跡を起こしたのだった。


そして、そんな事も知らずに彼女はまだ夢の中で眠っている。

目覚めた時に何を思うのだろう。

アキラは可愛い女の子に思われてて良いな~。

しかも三人も。

一人は一度も会った事も無い相手に恋してた子、一人は一週間しか会わなかった相手に恋していた子だけど。

まあ、愛されるだけ良いじゃないか。

え? もう一人? まあ、彼女も彼女で問題があったりするんですよ………。

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