異世界の鍛冶師ハイオール
ハイオールに転機が訪れたのは、この世界で一般的に成人と認められる16歳を迎える雨季の季節だった。
今日は雨が一段と強く降っているので、ハイオールの母親エルリーンが経営する店にも客足が無く、二人が居る居住スペースの窓から見える通りにも人通りが無い有り様だ。
こういう日は早めに店じまいにして父親達が居る工房の方に手伝いに行こうと、エルリーンとハイオールの二人で話していると、今日初めて店のベルがお客様の来店を知らせてきた。
カラン、カラ~ン♪
「あら?いらっしゃい」
「いらっしゃいませ!!」
「すまないが誰か居ないだろうか?ここが、この町で一件だけある鍛冶屋だと聞いて来たのだが」
「ハルちゃんお願いできるかしら、あ、これも持って行ってあげて」
「っっだから母さん、ちゃん付けは止めろって」
「はいはい、ハルちゃん分かったから、お客様をお待たせしてはいけませんよ」
「だから止めろって!」と言い返したいのを飲み込むと、ハイオールはどしゃ降りの雨の中を態々来てくれたお客様を迎えようと乾いたタオルを片手に店の奥から顔を出すと、そこには自分よりも若く見える少年が一人、濡れたマントを脱いでいる所だった。
「いらっしゃいませ、これ使ってください、後そのマントは其所に掛けておいて下さい」
「すまないな助かる」
「いえいえ」
少年の見た目はこの辺りでは見かけない、黒髪と黒い瞳で何処かのご子息か何かであると予想できる様な、見たこともない洗練された服装をしていた。
黒く中央にV字に開けた上着を見たこともない意匠が掘られたボタン二つで前を止め、中には黄ばみの無い純白の服と首から垂れる布。ズボンは足元が濡れているが、これもまた何処の神がかった職人が手掛けたか、見事な仕立ての濃い灰色のスボンに、見たことも無い作りの靴を履いていた。
「あの、どうかしましたか?」
いつの間にか少年の服装に見とれていたらしく、少年の声で我に返ると、見事な服装をした少年の用件を聞くことにした。
「申し訳ありません、つい珍しい服装をしておられたので、見居ってしまいました。それでどの様なご依頼でしょうか?当店では既成品の販売の他にも、特注品や修理も承っております。なんなりと御申し付け下さい」
(うっしゃ!どうだよこのセールストーク、貴族様がもしも来たらって、母さんが教えてくれてたけど、マジで助かったぜ)
必死に表では愛想笑いをしながら、心の中でガッツポーズをとるハイオール少年だったのだが、次の少年の行動に生まれてから一番驚くことになった。
少年が空中に手を伸ばすと、その手には今まで無かった剣が握られていた。
別にそれだけだとハイオールも似たような魔法が使えるから驚くことは無かったのだが少年のそれは違った。
ハイオールはその様な魔法は聞いたことが無い。
多少、父親の鍛冶屋を引き継ぐ為に魔法の勉強と読み書き計算は習ったが、空中から魔方陣も詠唱も無しに何かを取り出す魔法なんて存在しなかった筈だ。
ハイオールが知る限り、似たような事ができるとすれば、ボックスという収納魔法か、その魔法が刻まれた収納バッグ位だ。
一応ハイオールもボックスの魔法を使えるからこそ衝撃は大きかった。
魔方陣は暗闇ではに光ってしまい、詠唱では小声でもハッキリと発音しないと詠唱キャンセルされる筈で、超高位の魔法使いは詠唱も無しで魔法を発動できるが詠唱よりも少し時間がかかる。
(この少年はなんだ?殆ど一瞬で詠唱も魔方陣の助けも無しにボックスの魔法を使ったのか、その様な高名な魔法使い様だったら、こんな辺境に近い田舎町になんて用もないだろうし、出してきたのは杖じゃなくて剣だ。一体どんな存在だって言うんだよ全く、マジで下手なこと出来ないぞ、母ちゃんマジであんがとな)
「それで、この剣の手入れを教えて貰いたいのですが、あの、聞いてますか?」
「うん?ああ、すまな・・・申し訳ありません、手入れですね。私がやるのでそれを見て覚えて頂いた方が良いですね、此方にどうぞ」
そう言いながら、少年を店の奥にある、エイリーンが作業している場所まで案内した。
ここでであれば簡単な手入れや修理位ならできるし、ハイオールも既にそれくらいの仕事ならエイリーンが見ている場合は許されている。
「母さん、手入れの仕方を教えて欲しいっていうお客さんが居るから、使わせてもらうね」
「まぁいらっしゃい、かわいい子ね、ハルちゃんしっかり教えてあげるのよ」
「だから、ちゃんは止めろって、母さんはほっといて、先ずはその剣を見せて貰ってもいいでしょうか?」
少年から剣を受け取り、引き抜くと剣の状態を見定める事にしたが、何か植物を切った後が残っている位で、特に何もすること無く、簡単な手入れをして終わろうとしたところに、後ろからエイリーンが慌てた様子で止めに入った。
「ハル!貴方にはそれを扱うには早すぎるわ!お父さ・・・いえ、お爺ちゃんを呼んで来るから、絶対に何もしないで待っててもらいなさい。ごめんね、えーっと」
「ナガセ・トウヤです」
「トウヤくん、ウチのハルちゃんには、まだ難しい素材みたいだし、お爺ちゃんを呼んで来るから其所でゆくっりしててちょうだい」
そして数十分後、かなり急いで来たんだろう、息を切らしたロール爺とエイリーンの姿が工房にあった。
「トウヤと言ったな、ワシが見るかぎりこの剣に使われているのは、オスカレイルじゃったと思うのじゃが間違いはないか?」
「あーっと、貰った物なんで良く分かりませんが、すごく良い物だとは間違いないと言えますね」
「深くは聞かんが、まさかな、死ぬ前に見ることが出来て感謝するぞ、手入れには魔法処理が必要じゃから、それの用意に数日かかるがそれでも構わないかな?なに代金は要らん、ワシ等鍛冶師にとって幻とされてきた神の素材を使った剣を触らせて貰うんじゃ、それが報酬でよい」