第1話 ありきたりな......
はじめましての方ははじめまして。
本作品は別の小説サイトで投稿していらっしゃるグリッチさんとの合作小説となっております。詳細は活動報告の方にてご確認ください。
第一話は僕のターンです。
タイトルの水仙と躑躅、果たしてこの花は一体どんな意味を持っているのか、想像しながら読んでみてください。
「唯梨さん......俺と、付き合ってほしい」
「............」
季節は移り、四月の半ば。
底に淀んだ暗さや重さの少しもない、春の色がひとりの少年と少女の辺りを彩る。静かにささやく葉の擦れる音。
冬の間は地面の下でその時が来るまでぬくぬくと温め続けて、その時がやって来ると大きな芽が顔を出す。彼ら芽にとって、春の景色というのは新しい出会いであった。
「俺は君の事をこの1年ずっと見てきた。」
1人の少年もまた、新しい形としての出会いを求めていた。
「明るいところも、分け隔てない優しさも、不器用だけど真っ直ぐで誠実なところも、全部全部」
「...........」
少年は見てきた。
去年、クラスメートとして少女の後ろ姿だけを追って、決して横に並ぼうとしなかった。
少女の横に並べば、そこでしか見ることが出来ない景色というものがある。しかし、逆を言えば後ろからでしか見ることが出来ない景色もある。
少年は、後ろからの景色を選んだ。
彼にとってのその景色は、まさに極上としか表しようがなく、夢にも劣らぬ居心地の良さであった。
「俺は君が泣いていた事も知っている」
「............」
彼女の言動を把握しかけた行動は、傍から見れば完全にストーカーそのもの。少年はその事に気づく様子もなく、だけど少女は気づいても尚言及せずにじっと少年の言葉だけに耳を貸す。
そのエメラルドに輝く瞳に映るのは、目の前で頬を染めて初めて少女の前に立つ、1人の男子高校生。
「俺には、君が涙を流す理由は想像出来ない。でも、そんな唯梨さんの隣で、支えられる人間でありたい。唯梨さんを......支えたい」
少年は本気だ。
強さも、弱さも、全部全部見た上で、感じた上で本気で少女に恋をしてしまっていた。
17年目にしてようやくの恋。
"恋"と自覚してから1年という長いようで短い片想いに、終止符を打つべく、少年は......前進を決意した。隣で少女を支えることを決意した。
「唯梨さん......俺は、貴女の事が、好きです」
もう一度、すべてを込めて言う。
うんともすんとも反応しない彼女は、一体何を思い、考えているのだろうか。
少女の考えていることなど知りもせず、ただ少年は返答を待つだけだった。
───松山大空と蓮水唯梨
......これは、1人の片想いから始まる偽装の物語
〜第1話 ありきたりな.....〜
───6月中旬
ジメジメした湿気と、しとしとと絶えず降る雨の季節は通り過ぎ、少しずつ新緑が増すこの季節。
どの学校も会社も衣替えを済ませ、夏に向けてまっしぐら。ここ私立A学院高等学校の学生もまた、夏の暑さと戦いながら黙々と先生の念仏を聞いていた。
放課後になると部活に向かう人、授業で分からなかったところを聞きに行く人、まっすぐ帰る人と散り散りになっている光景は、最早日常茶飯事だ。
校庭では、甲子園に向けてランニングや、バットを振り続ける野球部員、校庭の向こうには一面人口芝生があり、毎年全国に出場するサッカー部の為を思って、二年前に新しく作られたサッカー場がある。
青と赤のユニフォームを着た部員が転々と一つのボールを追いかけている。
そんないつもと変わらない景色を、4階の二年生の教室から眺める1人の男子高校生の姿があった。
少年───松山大空はさっき買ってきた缶コーヒーを片手に黄昏ている。
松山大空は私立A学院高校普通科の二年生。
運動、勉学共に平均点を少し上回る程度の学生で、特に秀でた能力を持っていない。いわば、"どこにでもいるような一般高校男子"だ。
資格無し、経験なし、自分を着飾るような努力もなし。他人に対しての気配りはできるものの、基本的には寡黙な性格で、彼にとって”友人”と呼べる人はほんの一握りだけ。そんな松山大空は至って普通の人間だと前までは自分自身でも思っていた。
......そう、今までは。よくアニメや漫画、或いはアニメの中で『俺は何処にでもいるような普通の高校生だ』と言う主人公を目にするけど、そういう奴はたいてい普通じゃない。仮に普通だとしても、それがちょっとしたきっかけで普通じゃなくなるのだ───そう、松山大空は自分に言い聞かせていた。
松山大空は半分も無い缶コーヒーを口につける。
甘いのか、苦いのか良くわからない、人によっては酸っぱいと感じさせる芳香がふわっと口から鼻にかけて広がり、何度も見せたしかめっ面になる。
「......まずっ」
"微糖"と書かれた缶コーヒーに向けて、思わずそう言う。そもそも松山大空はコーヒーが苦手で、間違って買ってしまったことを少しだけ後悔しながらちびちびと飲んでいた。
「俺は普通じゃない」
これは、松山大空の口癖。
あの言葉の真意が嘘だった以上、自分に言い聞かせないと虚しさという波が自身の心を押しつぶしてしまいそうな感覚になってしまうからだ。
カキン、と校庭から響く金属音に目を向ける。1人の野球部員が当てた野球ボールが空高く飛んでいくのを追いかけながら、最後の一口を飲んでゴミ箱に投げ捨てる。
「大空くん」
「え?あぁ、唯梨か。もう用事は終わったの?」
「うん、先生に提出するプリントだけだったから。それより、今日は部活無いの?」
「無いってさ。うちの部活......運動部のくせに適当なんだから」
自分の所属する部活の愚痴を言う松山を見て、唯梨と呼ばれた少女は意味もなくうんうんと頷く。
───蓮水唯梨
松山のクラスメートで、同学年から非常に人気のある女子生徒。頭脳明晰、才色兼備。この二つの言葉は彼女の為だけにあるのではないか、と噂されるくらいに美しく、可憐な女の子。
そして、松山大空を非日常へと引きずり込んだ張本人。
学年トップ、弓道部のエース、男女に対する分け隔てない優しさ、そして時たま見せる天然。
誰しもが憧れる彼女の魅力に堕ちない男はいるはずもなく、告白や恋文といった、どっと押し寄せるむさ苦しい熱烈アタックに常日頃から戦っている彼女。
しかし誰しもの告白を受け入れず、誰とも付き合わず、一部男子ではその名の如く百合なのではないのか、と噂されていたほどだ。そして松山大空もまた、彼女の毒牙にかかって告白した身である。
松山大空にとって玉砕覚悟の告白。
イケメンクラスの告白ですら押しのけた、攻略不可能の少女に無謀さながらな行動であった。
蓮水唯梨を雑草の中の一輪の花と例えるのなら、松山大空は雑草にすら勝らない......むしろ、雑草を支えるための土でしかなかった。それくらい、彼と彼女は雲泥の差があった。松山大空の数少ない友人こそ、応援はしていたけれど付き合えるはずもないと内心思っていたらしい......
その、誰もが予想していた結果を蓮水唯梨はひっくり返してしまった。
───松山大空と蓮水唯梨
そんなこのふたりは今現在付き合っている
その事実が明らかになったのは今から二ヶ月前の春。2人が手を繋いで登校してきたことがきっかけだった。
当然、『何故?』とクラスメートらは思っていた。今まで誰一人の告白を断ってきた高嶺の花である蓮水唯梨が、こんな冴えない松山大空と付き合い始めたのか理解に苦しんだ。最初こそ『松山に脅された』だの『弱みを握られている』だのと風評被害にも甚だしい文句をのほざく輩はいたけれど、二か月も経つ頃になると、もうすっかり過去に話となっていた。
外部がどんなに嘆こうが、どんなに吠えようが付き合い始めたことに変わりはない。
人の噂も七十五日とはよく言ったもの。既にこの高校の公認カップルと評される始末。
「帰ろ?」
「あぁ、うん」
松山大空は蓮水唯梨にされるがまま手を引かれて教室を出る。無邪気に微笑む蓮水唯梨、それだけで顔を真っ赤にして目を逸らす松山大空。
傍から見て少しばかり釣り合いの取れない初々しいカップルと思われているだろう。現にそう思われているし、蓮水唯梨の一番近いところを常に独占できるという松山大空に至っては妬まれる対象となってしまった。主に男子陣に......
2人は廊下を走り、階段を駆け下り、下駄箱で乱暴に靴を履き替えて校舎を抜ける。すれ違いに体育教師に声をかけられるも当然無視。2人にとってそんな障害はたかがその程度のものなのだ。
「ねぇ昨日の小テストどうだった?」
「散々だよ。唯梨は......言うまでもないか」
「えー、そこはきいてよー」
「はいはい。唯梨はテストどうだった?」
ふふん、と自慢げにカバンから取り出したのは数学の小テスト。でかでかと書かれた数字は見事の三桁で、松山大空は嬉しいような悔しいような微妙なな笑顔を見せる。
「ふふーん、満点です!」
「流石だよ......勝てませんわ」
「そんなことないよ。私だって毎日しっかり勉強してるんだよ?」
「相変わらず謙虚だよな」
ぺろっと舌を出して微笑む蓮水唯梨。
何か言い返したい松山大空ではあるが、その笑顔に惚れた弱みに付け込まれて押し黙ることしか出来ない。
......そう、本当に彼女は可愛いのだ。
先生や他の生徒の目をくれず一目散に校舎から離れるその二つの影は、まさに仲良しの出来立てホヤホヤなカップルそのもののように見えた。というかそのようにしか見えない。
仲良しのカップルが、少し熱いこの時期に、熱く手を絡めるように繋いで今日あった出来事を楽しそうに話し合う光景。
「そういや数学の岡田、今日授業中寝てたやつの頭を三角定規で殴ってた。こう、頭をスコーン!って」
「うわ何ソレめっちゃ痛そう......」
「ほら、今まであの先生チョーク投げつけて起こしてたじゃん?」
「そうね、私のクラスの睡眠学習してる子にも投げていたわ。あれも痛そうだけど」
「多分効果が無くなってきたんだろうね。みんな驚いたりしなくなったもん」
むしろ投げられることを楽しんでいるようにも見えるな、と最後に付け足して蓮水唯梨はおもしろそうに笑う。それこそ、クラスの男子や女友達の前では見せないような、心の底からの笑み。そこにチラ見えするのは幸せ、満足、興奮、愉快、思慕といった明るい感情。
お互いのクラスが離れているから、その会えなかった間の時間をこうして共有し、話題となって二人の間を飛び交う。
それが、2人の思い出となって今後の人生の道筋を示していく。
───それは......
~☆~
場所は高校から少し距離のある住宅街。
松山大空と蓮水唯梨の通学路で、この辺りまで来ると同じ高校の人と遭遇することはほとんどない。そもそもこの辺りから通う学生なんぞこの二人しかいないだろう。
遭遇するとしても近所の老人やママさんら、学校帰りの小学生がランドセルをベンチに放置して公園で遊んでるところだとか、その程度。
「......」
「......」
オレンジ色に染まり、2人の影を夕陽が照らす。
夕陽の光というモノは時には残酷だ。影というものは対象物体の姿かたち、大きさそのままを正確に映してしまう
とある恋愛文庫では、『男女の身長差のあるカップルが影で遊ぶ時、相手より高く見せる時は相手より前を歩き、相手より小さく見せる時は後ろを歩く』という遊びが描かれていた。
つまりはそういうこと。
2人の距離が、そのまま影も反映してしまうということだ。
「......」
「......」
学校から離れていくにつれて二人の会話が途切れ途切れとなっていき、いつもの住宅街に入ると蓮水唯梨が一方的に会話を終わらせてしまう。
二つの影は大きな差を開けている。
1つは女の子のモノ、もう1つは今にも大きなため息をこぼしそうなくらいに肩を落とし、女の子の影を追うように歩く男の子の影。
特に二人がここに来るまでに喧嘩をしていたわけではない。しかし、さっきまでの熱々な雰囲気から珈琲の如く急激に冷め切った2人の雰囲気は、何処からどう見てもカップルには見えない
蓮水唯梨は後ろについてくる落ち込んだ影を見て、聞こえないように小さく舌打ちを鳴らす。
契約と違う、などと内心思いながら無視して歩みを早める。
「......」
「......」
会話がしたくても、空気がさせてくれるような空気じゃない。
松山大空の口が開いては閉じ、開いては閉じ、と繰り返している。それに気づくも無視し続ける蓮水唯梨。
「......なぁ、蓮水」
「なによ、馴れ馴れしいわね。ここまで来たらごっこ遊びはお終いって言ったよね」
「だけど......俺は───」
「そういうのいいから」
ピシャリ、と松山大空の言葉を遮った本人は、冷徹な目で彼を見下す。
「私はアンタとそういう関係になりたいなんて微塵も思ってないわ。それはあの時伝えたはずよ。」
「......っ」
「それに、どうでもいい人から向けられる恋心ほど、おぞましいものなんて無いわ」
まるで自分の胸に穴を開けて、心臓を抉られて持っていかれた気分だった。蓮水唯梨に告白して、初めて『どんな人物なのか』目の当たりにした。
本当は猫を被って生活していたこと。
高嶺には決して綺麗な花など咲いてはおらず、あるのはただ一輪のラフレシアのみ。
自分より下だと判断する相手には容赦ない罵詈雑言を並べる口の悪い子だということ。
それを知ったところで、別に彼女を嫌いになったとかそういう気持ちには至らない松山大空。
しかし、自分自身が思い描いていた蓮水唯梨という人物像に多大なギャップを覚えてしまい、この感情が本当に恋心なのか疑心暗鬼にすら陥っていたのは事実。
「まぁ、松山のような童貞が描く美少女じゃなくて幻滅してくれれば、それはそれで楽なんだけどね。付きまとわれなくて済むし」
「......でも、それはそれで困るんでしょ?」
「そうね」
さも当然と言わんばかりの即答をする蓮水唯梨。しかし、彼女は松山大空の方を見もせずに『だけど』と言い加える。
「別に嫌ならこの契約を取り消してもいいんだよ?多少身動き取れなくなるだけだから」
「......」
それは俺が困る、と内心思いながら歯ぎしりをする。
......そう、二人はとある契約の元で成立している、言わば"偽装"カップルだ。表向きでは出来たてほやほやの熱々カップルを演じ、裏では目的達成に向けて動く協力関係にある。
協力関係とはいえ、蓮水唯梨の一方的目的であるが。
「別に嫌じゃねぇよ。こっちだって目的があんだ。仕方なく手伝ってるんだよ」
「その目的が不達成に終わるってわかってるくせに......君は本当にバカなの?」
「バカ言うな。悲しくなるだろ」
でもそれが事実だよね、と呟く彼女の顔はいつもクラスで見せるあの愛らしい笑み。
見下されてバカにされているのに、好意を持たれていると知ってながら顔色一つ変えてくれないのに、松山大空は言い返せない。
それは惚れたからとか、弱みを握られているからとかではない、純粋な興味から生まれてくるものであった。
───自分が惚れた女の子は、どんな景色を見て、今の彼女になったのか興味を持ってしまったのだ。
普通なら契約を結ぶ前に『やっぱやめた』と言って蓮水唯梨から離れるのが道理。
だけど、彼女から離れず契約を結んで関係を続ける道を選んだ。その時の松山大空に明確な理由があった訳では無い。
「......興味、か」
「え?何か言った?」
「......なんでも」
松山大空はかぶりを振って空見上げる。
ただただ必死だっただけ。
初めての初恋の相手に告白し、上手くいってほしいと願うばかりであった。
うまく成功した暁には学校では仲良くお弁当広げてご飯を食べ、放課後は手を繋いで一緒に帰る。
デートの時は松山大空が先に待ち合わせ場所に来て、遅れて自分の彼女がやって来る。
『ごめんね?待った?』、『ううん。俺も今来たところ』という定番のやり取りをしたあとは、おすすめスイーツを食べに喫茶店に行き、そのあとはぶらりとデパートに向かってウインドウショッピングしたり......
そんな妄想ばかり描きながら、その日を迎えていたのだ。
「(現実は甘くない......)」
そう教えてくれたのは誰だっただろうか.....
彼はそんな言葉を脳裏に浮かばせながら静かに息を吐く。
確かに松山大空は蓮水唯梨の一番の隣にいることを望んでいた。
それが思いもよらぬ形で成し遂げ、今こうして想い人の影を踏みながら帰路についている。
「(......ポジティブに考えようか)」
彼にとって今の関係は願ったり叶ったりだ。
これをうまく利用して、蓮水唯梨のハートをがっちり掴むべきだ。
自分にそう言い聞かせたら、自然と足取りが軽くなったように感じた。
......もうすぐ夏がやってくる