迷子の踊り子 殺し屋の医者 腹黒猫
薄い紫のレースでできた衣装は幼い顔立ちの彼女を色めかしく、妖艶に見せ、ひと束だけ染められたピンクの髪がその中で映える。登場と共に鳴り出した音楽に合わせ、少女が控えめに鳴らし始めたのはオカリナだ。
先ほどの白いワンピース姿の彼女と、今のメイクで飾られた彼女では似ても似つかないが…
「間違いない、あの子だ」
優しく鳴り響くオカリナを奏でている本人はまるで顔が凍ったかのような表情であり、有り体に言うならーーミステリアスだ。その印象はさっき迷子になってた時と一寸たりとも変わらない。
「八雲…この子は?」
「うちの看板娘、リエだよ。ほら、アルファベットでR、I、E、でRIEだ。もしかして知り合いかい?」
八雲に尋ねたつもりだったが、答えたのはいつの間にか後ろに来ていた店長さんであった。
その間にも最初のイントロ部分は終わったらしく、少女…RIEは足を床から浮かせ、片手を伸ばして踊りを始める。オカリナの音は先ほどと違って積極的になり、それに合わせてバグパイプとアコーディオンが並ぶように入ってきた。
上がるテンポと曲調、その中でRIEの動きはより一層激しくなり、薄紫の衣装が空気に混ぜられるようにふわりふわりとRIEの踊りと一拍遅れてついていく。
「いや、知り合いってほどじゃないんだけど…」
「へぇー…踊り子、変わったんだ」
俺の言葉を横に、八雲がそう呟いた。その目を見ると、目の前の美しい舞台に感動するどころか、どこか冷めたような…
そう、憐れんだ目をしている。
しかしそれに気付くことなく店長さんはまだ陽気に、
「そうそう、前の子も学校やらが忙しいって辞めちまったよ。まったく、近頃の若者は忙しくて大変だねぇ」
と返す。そしてその手に乗っていた皿をやっとテーブルに置いた。どうやらこちらに来た理由は料理を届けるためだったらしい。そのついでにおしゃべりとはいただけないが、いかつい見た目に反してなかなか気さくな人だ。
そしてテーブルの上に置かれたパスタに目を向けると、ほかほかと立てられる湯気と共にソースの匂いが鼻を撫でて、朝から何も食べていなかった腹が鳴る。
「がはは、うちの料理はどれも一品だぜ。たらふく食えよ!」
「うおっ」
バシバシ叩かれた背中に思わずうめき声が漏れた。八雲の前に置かれた皿を見ると、なるほど20センチはゆうに超える長さのパンに肉や野菜など、様々な具材が挟まれたボリューミーなサンドイッチがあった。
その形だけを見ればまるでホットドックを横向きにしたような形状だが、名前がサンドイッチなのだからサンドイッチなのだろう。
「確かになめちゃいけないな…」
女子が一度の食事で食べる量というのを俺は知らないが、かなり食べにくそうな事は分かる。噛んだ傍、噛みきれなかった具材が溢れ出してきそうだ。
しかしそんな心配何処吹く風で、八雲は綺麗に一口分をちぎると、口に運ぶ。まるで魔法のような上品さであった。
さてこちらも食べなくてはと、パスタにフォークを通す。パスタにこの表現が正しいのかは知らないが、少しコシがある麺に荒いひき肉の入ったソースがよく混ざって、なるほど美味しいと舌鼓。
その間にもステージの上はさらに盛り上がっており、RIEの回転速度が増す。衣装についている金色の装飾がライトを反射して、まるで彼女自身から光が溢れ出ているかのようだ。
ギター、バグパイプ、アコーディオンの疾走感ある音楽はどこか異世界風で、しかし懐かしさも感じさせる。その上で遠く鳴り響くオカリナ。それら全てに包まれて中心で舞うRIE。
盛り上がりは留まることを知らず、更に上へ、更に上へとメロディが駆け上がる。その勢いのまま髪は振り回され、そしてーー
一際高く音が響いたところで全ての動きが止まり、店内に静寂が訪れた。
ただそのなか、勢いを失った衣装のの布が一拍遅れて重力を思い出して垂れ下がる。
その直後に湧き上がるのは控えめな感嘆の声。ポツリ、ポツリと発せられた声は次第に重なり、いつの間にか店内を包み込むような歓声に変わる。
それほどまでに見事で、綺麗なステージだった。
「…すごいな」
「やっぱり語彙力がないね、かおるは。もうちょっと言い方ってないの?」
喉から漏れた声に八雲の指摘が入る。しかし言葉の直後にパスタを口に放り込んだ俺は言い返すことができなかった。
暗くなっていた店内の明かりが元に戻される。
「さてと、食べよう食べよう」
「あぁ」
八雲の皿を見ると綺麗に食べられてこそいるが、まだ大部分のサンドイッチが残っている。そしてその残量は俺も大して変わらない。
RIEのショーの間、食べることを忘れていたのだ。
若干冷めてしまったそれを残念に思いつつ、しかしまだ美味しい料理を口に運びながら八雲が本題と言うように話を切り出す。
「ここが 〈BEE〉 の本島なんだけど、まぁ見ての通り、外から内側に向かって大きな塔みたいになってるでしょ?」
「あぁ、バベルの塔みたいだよな」
私もそう思う、と苦笑しつつ続ける。
「数えてみたら分かるんだけど、塔は十段の層になっててね、私たちがいるこの地上が第一層、次の階が第二層、その次が第三層っていうふうになってるの。一番上が第十層。
第一層がこの通り 〈BEE〉 の一員なら誰でも入れる。上の層になると入れるメンバーに規制がかかってくるんだけどね」
「規制?」
「そう、規制。やっぱりこれだけ大きい組織だからさ、秘密事とかは山ほどあるし…あと、上の層に行けば幹部がいるんだよ」
「へぇ…なんかマフィアみたいだな。幹部とかって」
「もう、そんなんじゃないよ。一回目の仕事の時に分かったと思うけど、化け物が大人しいだけの存在なわけじゃないからさ、危険承知で退治しなきゃいけないこともあるんだよ。
でも化け物と戦えるかなんて個人の能力によるでしょ?その中で特に役に立つ人…クイーンに認められた人たちを集めて幹部って形で呼んでいるの」
「つまりクイーンに信用されてる人が塔のより上部にいるってことか?」
「そういうこと。ってことでそろそろ食べ終わった?早速この島回っていこ!」
食べ終わった皿はそのままに、八雲に手を引かれて席を立つ。ありがとよ、と威勢のいい声が聞こえた直後に、店を出た。
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中心に近づくことでやっと分かったのだが、たかが十段の建物がとてつもなく大きい。1層が5階分くらいの高さで、小さなビルくらいなら余裕で一つの層に建てられる。当然第十層なんて見えてやしない。
第一層の中心に向かっていると、途中から第二層が屋根となり、日差しが遮られた。もっともその屋根も吹き抜けと呼ぶには高すぎるところにあって、その元には数多くの店や建物…家までちらほら見える。ここに住んでいるのだろうか。
そんな第一層の上の第二層は何十本かの柱によって支えられており、その柱の近くにエレベーターがあった。
「中が階段になってる柱もあるんだよ」
と、八雲が補足する。補足するついでに、すんなりとエレベーターに乗り込む。
「え、第二層ってそんな簡単に入れるのか?制限とかあるんじゃ…」
「いや、第二層までなら誰でも入れるよ。第三層からは携帯を出して許可されてるかで入れるか決まってるんだけど」
言っている間にエレベーターは第二層に着き、扉が開いた。それと同時にアルコールの匂いが鼻に入り込む。この匂いって…
「病院?」
「当たり。第二層イコール大規模病院。ここの層全部が医療関係の施設だよ。それで、あの真ん中のでっかいのが中央病院。この層全部を取り仕切ってるところなの」
「ほんと…スケールがすげぇよな」
辺りを見渡せば病院、病院、病院。整骨院やリハビリ施設、薬局もたくさんあって本当に医療施設をまとめた感じだ。ちらほらと研究施設のような場所もある。
「化け物関係は色々とややこしいからね。本当に呪いとかかけられる時もあるし、毒とかもあるし、ここはそういうのに全部対応できるようになってるの。もちろん、新しい病状が出た時の研究施設もあるよ」
で、と八雲はその一番大きな中央病院へと向かう。ドアをくぐり、迷わず最上階の一番奥の部屋をノックした。
「ここのここの中央病院の院長、兼第二層を取り仕切るリーダーの、粟野宗介さんだよ」
どうぞと聞こえるのと同時にドアは開かれ、中の大きな椅子に座った人物が振り向く。
「久しぶり、おじさん」
「…あぁ、久しぶりだ」
不機嫌そうな声でそう返したのは白衣にメガネ姿の…先ほどRIEを送り届けた先にいた、若い男だった。
椅子から立ち上がり、先ほどはよく見えなかったその姿の全貌が明らかになる。足まで届きそうな白衣に包まれた細身の体に、聴診器がぶら下がっている。メガネの上では癖っ毛が少し跳ねていた。
「戻ってきたのか」
「そうそう、昨日こっちの高校に転校して来てね。あと、こっちはその高校のクラスメイトで、新人さんだよー。ほら、さっきおじさんのとこに迷子を届けた」
こちらに視線が向く。ぺこりと会釈すると、粟野が少しメガネを動かした。
「あぁ…あの時は礼を言えなくてすまなかったな」
「いいえ、RIEちゃん、あの後ショーに出ていましたよね」
ギロリ。
そんな効果音と共に眼光が一層強まった気がして、身を竦めた。どうして名前を知っている、というふうな光。RIEを届けた時の鋭さに似ている。
どんな文句を言われるのだろうかと身構えたが、それを察したらしい粟野さんがふっと目をそらした。
「…昔から目付きが悪いもんで。気にしないでほしい。さっき店で莉絵のショーを見たんだな」
「そう、です」
微妙な空気が流れる中、コンコン、と扉が外から二回鳴らされた。どうぞ、と粟野が応えるとゆっくりと扉が開く。
そこから現れたのは、話題に出たばかりとRIEである。
先程のステージの上の派手な薄い衣装から着替えており、また白いワンピース姿へと戻っている。それでもひと束だけピンクに染められた髪が目立つ。
「ーーーーーー」
彼女は両手いっぱいに紙の束を抱えていて、無言のままてくてくと歩き、それを粟野の前の机にずしりと置く。重たい束を抱えたまま、ドアをどうやってノックしたのか気になるところだが蹴るなりなんなりしたのだろう。
「俺へのカルテだけでこれだけか…多いな…莉絵」
ざっと紙に目を通し、粟野が名を呼ぶと莉絵が一歩前に出た。
「北のほうの患者が少し溢れてきてる。西の空いてるとこに、回せる奴は回せ。俺が必要な患者はいつも通りここに連れて来い。今日は50人まで俺が見る。優先順位はお前に任せるから、50人連れて来い。
あと、明日狩りにいく。そのつもりで」
いっぺんに指示を受け、RIEがぺこりと頭を下げると部屋を出ていった。関係者じゃない自分らがここにいて良かったのか分からないが、追い出されていないから平気だろう。
「相変わらずお忙しいねぇ、おじさん」
「それは嫌味か?」
「嫌だなぁそんなつもりないよ。じゃあ、今日はおじさんを紹介しに来ただけだから」
「あぁ」
ただなんとなく巻き込まれてこの部屋でのやり取りを側から見てたような感じだが、八雲の用はこれで済んだらしい。
長い黒髪を翻して粟野に背を向けると部屋から出ていく。
その後ろについていこうと部屋を出る直前、粟野が思い出したように声をかけてきた。目線が机の上の資料に向けられたままで、誰に向かって尋ねているのか分からなかったが、
「俺、ですか?」
「そういえば、名前を聞いていなかったな、と」
「柊かおる、です」
「…………なるほど」
ばたん、と扉が閉まり、病院内の静かな、しかしどことなくみんな慌てているような雰囲気に放り出される。
「八雲、なんでここにRIEが?」
病院の外に向かって歩き出しながら、八雲が答える。
「うーん、私は知らない。最後に来た時はいなかったし」
「へぇ…しっかしすげぇな、粟野さんって人、このあと50人も見るんだ。それにこの層の状況もほぼ把握してそうだったし」
「それが各層のリーダーってことだよ。あとね、おじさんの力なら50人くらい余裕で見られるよ」
「なにそれどういうこと」
普通の医者なら一日に…しかもこれからの午後だけで50人なんて無理だろう。しかし八雲はそれが可能だと言ってしまう。
「おじさんはね、普通みんなには院長って呼ばれてるんだけど ーだから 〈BEE〉 の関係者で院長って言ったらおじさんのことになるんだけどー 裏の名前があってね…」
少し声を潜めて秘密話を打ち明けるようにする八雲につられて、ごくりと喉が鳴った。
「Dr.(ドクター)キラー…って、そう呼ばれてるんだよ」
「キラー…?」
Dr.につけるなんて相応しくない響きだ。
「おじさんはね、お医者さんであり、殺戮者でもあるってこと」
「真逆じゃねーの、それ。人を助けて殺してるのか?」
もしそうだとしたらかなり物騒というか何やってるか分からなくなるが。
「あー違う違う、人を助けるのはそうなんだけど、殺すのは人じゃなくて、化け物。おじさんは右手と左手で使える力が違っててね、右手は命を助ける手、左手は命を奪う手。
右手は触れたもののどんな病気とか怪我も治せるけど、左手は触れたものの命を吸い取るの」
「物騒だな…でも普通なら左手を使わなくていいよな…その、キラーってどこから…」
「一つの命を救うには一つの命が必要になるんだよ。だから、おじさんは狩った命の分だけの人しか救えない。だから定期的に狩りに行って、化け物皆殺しして、補充しなきゃならない。その様子がまた怖いものでさぁ…だからキラー」
「それで、明日狩りに行くって言っていたのか」
「そういうこと」
「すげえな…で、ここからどうするんだ?」
中央病院から出たところで八雲が足を止めた。
「うーん…やる事ないし、帰る?」
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次の日、は日曜日でただゴロゴロしたり本を読んだり街にふらっと出かけたりして終わった。約束してる人もいないし、典型的な何もすることのない日曜日のお手本を見せたのではないかと思う。
そしてその次の日、月曜日。
いつものようにベットから這い下りて、いつものように支度をして、
『おいガキ、儂はフレンチトーストが食べたいのじゃ』
「うわっ、なにこれ頭の中に琥珀の声がする!」
『お前に取り憑いたるんじゃから当たり前じゃろ。それよりフレンチトースト!!」
なんて軽くどっきりを仕掛けられて驚いたり、フレンチトーストをひたすら強請られた結果頑張って作ったはいいもののまずいと文句言わらたり…
本当…わがままな神様なことだ。
そんなことしてるうちにやはりいつものように登校の時間がやってきて、家からさほど遠くない学校までの坂道を登る。
唯一、空中に無数に浮いている毛玉が前とは違う景色だが、それは日曜の内には慣れていて、また藍が来るのだろうか、今日は防寒具を持ってきて良かったとか、そんな事を考えながら校門をくぐり、
「おはようございま…あっ」
そして中尾先生の愕然とした表情を朝一番に見せられた。
「お、おま、おま、お前……!」
「そういえば………」
やってしまった、と手を思わず頭に当てる。
2日前、八雲が転校してきた日の昼休みにこの教師に屋上に侵入しているところを見られ、そこから飛び降り自殺のように俺たちは逃げた。
つまり、先生から見た俺たちは、叱ろうとしたところ、いきなり屋上から飛び降り、そのまま消えた生徒なのだ。
亡霊を見たかのような顔もしょうがない。俺は、今まさに亡霊のような存在なのだから。
「あ、の…先生?」
実際には飛び降りた後、琥珀によって助けられ全力ダッシュで学校から俺たちは逃げたのだが、それは先生にとっては死体も残っていない怪奇現象にすぎない。
青ざめた顔はやつれており、この休日の二日間の気の揉みようの欠片が表れている。
おそらく俺たちが逃亡した後、先生は大慌てしたか躊躇ったかは知らないが、下を覗くもそこにあるべき死体がなく、戦慄してへたりこみ、そして悩んだはずだ。
飛び降りたところを確かに見たのに、その二人はいない。これじゃあ職員室に報告にも行けない。しかし二人が消えたのは確かなのだと、堂々巡りを続け、あの二人を見たのは幻覚だったのではないかと教室を覗きに行ったり俺たちの姿を探したりと足掻いたところで事の重大さをさらに実感する。
苦笑いで切り抜けようにも先生の顔は固まったまま動くことはなく、二人の間には沈黙が積もるばかり。
どうしろっていうんだ、この雰囲気を。
もういっそまた逃げ出そうかと思いかけたその瞬間、黒髪が目の前でなびいた。
「おはようございます…あれ、先生?」
八雲が颯爽と現れ、先生の前で小首を傾げる。何を猫かぶってるんだとつっこみたくなるほどあざとい仕草に、顔色はますます青くなる。
「お、お前も……っ」
「あーれー?先生ー、何かありましたー?」
「な、な、何を!だって、お前らは、そうだ違う、消えて、その後……あぁそうか」
突然登場した八雲によってわなわなと唇を震わせるが、次第に落ち着きを取り戻した。そしてはっとしたように目を開き、次に向けられるのは睨みの視線。
「…俺を、騙したんだな」
「え?」
「何かのひっかけで落ちた振りでもして俺を騙してたんだろ。いたずらにも程があるぞ!今すぐ職員室に顔を出せ!」
ネタをついにバラしてやったと急に先生は怒鳴りだし、俺たちの襟首を掴んで引っ張っていこうとする。しかしそれをひらりと八雲は躱し、先生の耳に顔を近づける。
そしてひっそりと、しかしねっとりとまとわりつくような声音で、
「そうしたいならどうぞ?…先生の秘密がバレてもいいのなら」
そう囁かれた途端中尾教師が飛び退く。
「お前は…一体何を」
「私たちは鍵を盗んで入った訳じゃないし、先生も基本は屋上に入ってはならないはずです…なら、なぜ屋上にわざわざあの時来たのか…」
「やめろ…」
「別にいいんです。いつでも鍵を盗める先生が…合鍵でも用意してそうですけど…毎日こっそりと誰にもバレない場所で何をしてたか、探ったらすぐ…」
「やめろ分かった!お前たちは見逃してやる。何もなかったことに…な?」
一気に引け腰になり、俺たちをあっさり流す宣言をすれば、八雲の笑みが深まった。
「分かってもらえて良かったです。それと先生、一つ忠告」
「な、なんだ…まだ何か…」
怯えきった先生をよそに、八雲は教室へと歩き始める。さっとこちらについてきてと目線が流れてきたのでその後にくっつくように俺も歩き出す。
そして八雲が先生とすれ違う瞬間、
「挙動不審にも程があります。やましい事を隠してますってバレバレ。今後の為にご注意を」
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「なぁ八雲、結局何だったんだよ、さっきの」
早足で歩いていく八雲を若干走り気味になりながら追いかけるとその目はまっすぐ前を向いていた。
「言った通りだよ。本来、来なくていい場所にこそこそと来て、昼休みのたびに何やっるんだ、って私は責めただけだし」
「だからってあんなに…あ、お前」
「私の目ならなんでも見えるからね…先生があそこで何やってたのかも」
「…なに、やってたんだよ」
ニヤリと笑って八雲がこちらを向く。教室はすぐそこで、こちらの足が一瞬止まった。
「聞きたい?」
「…………いいえ」
なんとか言葉を絞り出しながら、俺は確信する。
腹黒だ。この八雲黒は名前の通りで文字の通り、間違いなく腹黒だ。