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RAY  作者: りくろー。
3/7

迷子

 よくありがちな表現だろうが、全身が鉛のようになった感覚の中、必死に指先を動かす。向かう先は自分の頭。のろい動きでやっとおでこに辿り着くと、それに息を一つついた。



「…あっ、おはよう。悪いけど、勝手にお邪魔させてもらってたよ。あとごめん、お風呂場使ったのと服を勝手に借りてるよ。あと最低限の洗濯とか」



 ピンと張った声がわりと近くから聞こえてきて、それに反応しなければと、ゆっくり瞼を開く。真っ先に飛び込んできた景色は見慣れた天井であり、自分の寝室だと分かった。すぐ側の時計が示すのは九時半。

 そしてその中には俺の服を身にまとった八雲がいる。勝手に色々したことに罰を感じたように頭に手をやって、軽く斜め下を向いていた。その猫のような目の下に、うっすらとクマができている。



 …運んで、きてくれたのか。



「……いいよ、おはよう」



 のそのそと体に掛けられていた布団を剥がして起き上がり、意識を失う前のことを思い出す。駅で、化け物に囲まれて、体が怠くなって、それで……。



「琥珀…は?」



「今はかおるの中に引っ込んでる。ちょっと無理させすぎちゃったね」



 自分を見下ろせば、寝やすいようにであろう、上着を脱がされ、若干シャツがはだけた状態にされてるのを認識して、そういえば学校から抜け出してそのまま引っ張って行かれたのかと思い出す。

 それと同時に、気を失った自分を女子が運んできたという事実に羞恥心が顔を出した。着替えまではさせられていないのが幸いというか、ありがたい気遣いだったのだろう。



「もうそろそろ動けそう?とりあえず汚れたからお風呂入ってきなよ。今日は休みだし、後で外にご飯を食べに行こう。連れて行きたい場所があるの」



「……分かった」



 手のひらを見つめてぐーぱーぐーぱー、開いたり閉じたりして、ちゃんと動かせる事を確認。そのままベットから降りるとできるだけの身支度を終わらせた頃には、既に十時を回っていた。



「一度八雲は家に帰るか?そのままの格好でいいならいいんだけど…」



 ジーパンとパーカーを身にまとった八雲はかなりスポーティでキャップでも被ればそんなスタイルに見えなくもなさそうだが、いかんせんサイズが大きい。ジーパンの裾は折られ、パーカーの袖はその手まですっぽり隠してしまっている。

 女子の美意識やオシャレなんて分かりゃしないが、気にするようなら配慮しなければならないだろうかと、問いかけたのだが、八雲は苦笑しながら、



「貸しててもらえるなら、このままでいい?正直家に戻るのめんどくさい」



 と言う。別に貸してても都合の悪い事もないのであっさりと承諾し、八雲が連れて行きたいと言ったところへと向かうこととなった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





 数多くの船がゆらゆらと波に揺さぶられながら、たまにお互いにぶつかりあってコツコツと音を立てる。遠くに島がうっすらと見えるここは、そう遠くない海辺だった。

 コンクリートで固められたところは波が泡を立てながら風を運んできて、もう一枚上着を羽織ってこなかったことを後悔する。



「…で、来たかったのってここか?結構寒いんだけど」



「ううん…っていうよりまだ先があるの」



 へりをなぞるようにゆっくりと歩く八雲の髪が風に揺れて、さらさらと流れる。サイズの大きすぎる服が今は暖かそうに見えて少し羨ましい。

 そうやって一つの小さなフェンスで囲まれた建物の前に着くと、八雲は立ち止まった。



「ここ」



「ここ?立ち入り禁止の何かの建物にしか見えないんだけど…あ」



「分かっちゃった?」



 途中で思いついた俺に向かって八雲が浮かべるのは微笑。

 そういえば、デパートの地下から繋がっていた基地も、立ち入り禁止のドアから入ったのだ。それと同じパターンだっていうなら、ここもきっと…

 そんな予測を立てた俺に、更に笑みを深めた八雲は首を振る。



「確かに 〈BEE〉 関係だけど、ただの基地なら別に前と変わらないよ。私が連れて行きたいのは、もっとすごいところ。ーー来て」



 蜂のロゴが入った黒い端末をフェンスにかざすと、鍵は難なく開き、中にするりと入ってしまう。小さな建物の小さな扉を開けると、デパートの時を思い出させる、長い廊下へ続いていた。

 暗くもなく、かと言って明るいわけでもないぼんやりとした空間は、そう長いわけではなく、すぐにデパートの地下のときのような丸い透明な扉へ着いた。



 再び端末をかざす八雲。自動ドアの要領で左右に開き、少し明るくなった空間が続く。デパートの時はここで既に基地の広場に入っていたので、どうやら八雲の言う通り前とは違うらしい。辺りを見渡しながら足を踏み出すと、



「……うわっ!」



「あ、言い忘れてた。足元、気をつけて」



「もっと前もって言って欲しかった」



 いきなり足を乗せた床が動き出し、驚きの声を上げる俺に八雲の遅すぎる忠告が入る。動く歩道、と呼ばれるものだったか、床自体が前にエスカレーターのように動き体が勝手に前に運ばれる感覚に少しばかり興奮する。なにこれ楽しい。



「っていうか、そろそろどこに行くのか教えてくれよ。もし男女逆ならちょっと犯罪ちっくな状況だぞ、これ」



 行き先も告げずに相手を引っ張り回すなんて、出会って一日の男女間ならまさに犯罪のそれだ。引っ張り回しているのが女だから許されているのがここの現状であり、しかし俺は決して愉快ではない。

 うん、動く床に初めて乗って楽しいだなんて思っていない。



 そんな自戒めいた心情が浮かび上がってきている俺に、八雲はため息をつく。



「せっかちだなぁ…。ここの先には 〈BEE〉 の本部に繋がってるの。海辺にいたとき、遠くの方に島が見えたでしょ?あそこが、本部」



「島まで持ってるのか!?」



 言ってはなんだが、こんないかにも非公式そうで怪しそうな組織に島を渡すなんて、国や行政がよく許したものだ。全国規模で基地が展開されてるのもおかしいと言えばおかしいが。



「そうでもしなきゃ隠し通せないでしょ。あと国にこの組織の存在は認識されてないって。あの島も、地図の上ではないことになってるし」



「地図にないって…太平洋のど真ん中にある知られざる島とかなら分かるけど、あんな陸地に近い、しかも目視できる島が載ってないなんてことあるか?」



「目視できなきゃ認識されないでしょ?」



「そりゃそうかもしれないけど…どう見たってあれは…」



 はっきりと、遠くにだけど見えていた。八雲は何を言いだすのだ。そう思ってしまったが、しかし常識の変わった世界ではそれも通用しないかもしれないとすぐに気付かされる。その考えが当たったように八雲が言った。



「それがね…クイーンの力なんだよ。化け物に取り憑かれたり、縁あって化け物が見える人にしか見えないように、あの島はされているの。それで、その本部の中心に、クイーンはいる。まぁ…会わないまま終わっても問題ないんだけどね」



「そんなものなのか…」



「あ、もうすぐだから」



 その言葉の通り先の方にこの道の終わりが見えてきた。そして最後まで着くと滑るようにしてそこから降り、もう一つ丸い自動ドアをくぐる。

 その先にエレベーターがついていて、そこの階数表示でここが地下だと告げられた。そしてその数字が一階に変わると扉が開く。



 そしてその先にあったのは……



「うわぁ………」



 まるで違う世界に飛び込んだかのような景色に、言葉を失う。小さな島は中心に向かって山のように高く盛り上がって降り、それが全て建物で囲まれている。そう、バベルの塔をもっと近代化してスタイリッシュにした形、と例えたら遠くない気がする。

 基本的に建物は全て黒色で統一されており、でもところどころにピンクや黄色、水色などの可愛らしい色もちらほらと見えてカラフルな印象。ヨーロッパを思わせるレンガの地面に、小さな子供たちが遊んでいた。



「なんだよ、これ…」



「これが 〈BEE〉 の本部。どう?」



「なんていうか…色んな国混ぜたみたいな場所だな」



 どこかで見たことのある様な雰囲気のするものばかりだが、その元は全部バラバラだ。イタリアっぽいものもあればアフリカ民族のようなものもある。全部ごちゃ混ぜのように見えるが、それでもなんでかバランスが整っている。

 本当に、色んな国や文化を混ぜ込んだような空間だが、でもどこでも見たことのないような新しいスタイルだ。そんな正直な感想を口にしたつもりだが、八雲はどうやら不服らしい。



「もう少し言い方ってなかったの?」



「俺に多彩な日本語を求めるなよ」



 肩をすくめてから改めて目を周りに向ける。見れば見る程圧巻で、未だ興奮が収まらないのを感じた。動く歩道なんて比べもんじゃない。



「とりあえず、 〈BEE〉 の一員なら場所だけは知ったかなきゃね。基地と違ってここは一つだけだけど、かおるが近くに住んでいてラッキーだったよ」



「そーいやさ」



「ん?…あっ」



 八雲に質問を投げかけようとしたところで、近くで遊んでいた子供達が八雲の元に駆け寄ってきた。あっという間に八雲の両手が子供達の手に繋がれて埋まり、それでも足りない手は服の裾やズボンをばっちり掴んでいる。



「やっちゃった……」



 八雲が一人青い顔でそう呟く。どういう意味かと問おうと口を開く直前、子供達が一気に騒ぎ出す。



「黒姫だ!黒姫だ!」



「お姫様がやってきたーー!」



「黒姫…だと?」



「黒さんがやってきているの!?」



「本部にいるなんて、何年ぶりかしら」



 口々に子供達はそうはしゃぎたて、その声に周りの大人が振り返って視線を八雲に集める。さらに説明を求めようと八雲と目を合わせると、



「ごめん、ちょっとこれはまず……っ」



 謝罪がこぼれたかと思えば、最後まで言葉が終わらない内に人はどんどん増え、あっという間に俺は人の壁の外に放り出された。八雲を囲む壁はそう簡単に抜けそうなものではなく、既に中心にいるはずの八雲の指先さえ見えない。



 昨日、駅で化け物退治をした時のような怪物じみた身体能力を発揮したなら、八雲はこんなところすぐに抜けそうなものだが、さすがにこんなに大量の人を吹き飛ばしてこちらにくることは躊躇われるのだろう、八雲は抵抗もできていないようで一向に姿が見えない。



「こりゃ、しばらく続きそうだな…」



「黒姫が来てるって聞いたんだけどよぉ!…おいお前何を突っ立っている!邪魔だ!!」



 あまつさえ熱狂した八雲のファンらしき人に肩を掴まれ放り出され、完璧に八雲と離れた。そのいきなりできた八雲ファンクラブゲリラ集会は終わりそうな様子が見えなくて、しょうがなく少し離れたところは移動する。また邪魔だと言われてもかなわない。



 少し角の方に入った先は家もレンガでできている通りのようで、ヨーロッパにいきなり入り込んだような錯覚を覚える。ここらへんで待っていればいずれ騒ぎも収まるだろうか…。



「ーーーーーーっ」



「…ん?」



 壁にもたれ、しばらく待つ覚悟を決めると、いきなり足元に何か衝撃を感じた。こつん、という効果音が、似合うような衝撃。下を見ると、



「あぁ、ごめん」



 少女が急に壁際に寄った俺とぶつかったのだ。飛んでくるであろう文句と謝罪のために振り向くが…



「ーーーーーーーー」



 その瞬間、背筋が凍った。少女が顔に浮かべているのは怒りでも、笑顔でもなく、無表情…言うなれば何も顔に浮かんでなんていない。



 謝りはしたが、少女は黙ったままでこちらに目さえ向けない。その格好は白いワンピースに、ひと束だけピンクに染められた派手な髪が印象的だった。そのフリルの入ったワンピースを揺らしてこちらに興味がないかのように立ち去ろうとする姿はどこまでも無感情で、機械的である。



 しかし、角を出たところで先ほどの騒ぎがまだ続いているのを見たからだろうか、首を出したところで少女は戻って来た。そして逆方向に歩き出すが、それは先ほどぶつかってきたときに歩いてきた道だ。そのまま引き返しているということは、単にここをブラブラしているだけかもしれないが、辺りを探るような歩き方はまるで…



「迷った、のか?」



「ーーーーーーーー」



 少し勇気を出して、そう、声をかけると静かに振り向いたが、肯定しないところを見るとどうやら外れらしい。だけど反応したということはそう遠くない予想…じゃあ、



「誰かとはぐれたとか?」



「ーーーーーーーー」



 初めて反応らしい反応をして、コクリと少女は頷く。再び辺りを見渡している姿は見たところ年頃は中学生か高校生くらい、もしかしたら同い年かもしれないが、琥珀の時もそうだし、自分はいまいちそういう年を当てるのは苦手だと分かった。

 まぁ年なんて今はいい。とりあえず角の向こうを覗き、騒ぎがまだ終わりそうにないことを確認。少しくらい離れても大丈夫だろう。



「…一緒に探してやるよ。あんたもその方が助かるんじゃないのか?」



「ーーーーーーーー」



 躊躇うように少女は頷く。まずは特徴を知らなければならないだろう。一番に出てきた候補としては、母親だ。



「探しているのは女か?」



「ーーーーーーーー」



 首をふるふると横に振り、否定された。違うらしい。



「若い人か?」



 肯定。



「はぐれてから結構経ってるのか?」



 否定。



「それ以外特徴…って、答えられるのか?」



 このまでのやり取りで大体察するが、この少女、一言も言葉を発しない。つまりは、



「失礼な事を聞くけど…声が出ないのか?」



 そう聞くと、俺の予想に反して少女は首を横に振った。声が出るなら…なんで…。

 そう疑問に思っている間に、少女がまたキョロキョロと辺りを探る。そして何かを見つけ地面から拾い上げて帰ってくると、それは少し大きめの手のひらより一回り小さい石だった。



 その石をレンガの地面に擦り付けると、白い跡となってうっすらとた線が浮かぶ。なるほどそれで言葉を伝えようといるらしい。

 地面にしゃがみ、文字を覗き込む。そこに少女が書いていた内容は…



 ーー言葉を出さなければ、心をゆらさないでいられる。心がゆれなければ、なみだを ながさないでいられる。



 実に複雑そうで答えにくいものだ。はて、どうしたものかと言葉に詰まっていると、こちらの顔を見た少女が再び何かを書き始めた。



 ーーさがしているのは白衣をきた わかい男。メガネをかけててすごく ふきげんな顔をいつもしてる。



「…分かった。白衣なんて路上でそうそう着てないもんな。すぐ見つけるよ」



 少女が足で白い線を擦ってかき消し、ぺこりと頭を下げた。まだ見つけてもないのに律儀なものだ。

 さて、どこから探そうかと考えるが、すぐに一つのアイデアに辿り着いた。元々初めて来た場所で人探しなんて無理だ。ならいっそ神頼みで歩き回るしかなさそうだが…



「琥珀、探してくれるか?」



「やれやれ、お前の頼みとあらば断れん」



 これぞ神頼み。琥珀が少女に片手をかざすと白い光が琥珀の手のひらと少女の間に生まれたが、それはすぐに空中へ放出されてフワフワと奥の道へ飛んでいく。



「あれについていけばお主の探し人と特徴の合っている人間の元に着く」



 少女の顔に浮かぶのは衝撃。こんなにも早く手段が見つかるとは思っていなかったのだろう。決して速くはない白い光は、まるで俺たちがついてくるのを待っているようだ。



「…行こう」



 まだ戸惑っている少女を引っ張るように声を掛けると、そろそろと足が動き出した。それに合わせて白い光もゆらゆらと前進。

 レンガ街の最後の角を右に曲がり、レンガだらけの空間から抜けると足元がアスファルトに変わる。



 と言っても、いつも見かけるような黒いアスファルトではなく、茶色いアスファルトで、周りの建物はより一層カラフルになって、殺風景どころかより鮮やかになった。

 その通りを白い光はずんずん進み、一つ左に角を曲がったところでパッと消えた。



「なんだ…?」



「おったんじゃよ」



 隣の琥珀がそう答え、ふわりとあくびをする。



「さて、儂の仕事はここまでじゃろ。寝るとするか」



 そう言うと、俺の体に触れて、空気に混ざるように琥珀が消えた。この現象が取り憑かれる、ということだろうか。自分は何も感じないのだが。



 琥珀が引っ込んだのを見送った後、白い光が消えた方の角を曲がる。するとそこには…



「「いた」」



 白衣の男と俺の声が重なった。もっとも、俺は白衣の男に向けて言ったが、白衣の男の方は俺なんてちっとも見ずに少女だけを見てそう言ったのだ。そして一拍遅れて男がこちらを見る。

 見る…というか睨んでいる。まるでうり坊を撫でていた時に出てきた母親のような目付きである。



「えーっと…この子、迷子になってたので…」



「…そうでしたか。わざわざすいませんでした」



 どうやら勝手にされている誤解を解こうとそう言うと、男は頭を下げてそう返した。白衣の中は細身の体で、くせ毛の下に黒ぶちの四角い眼鏡が光っている。その目付きは依然鋭く、「すいませんでした」の裏に「何うちの子攫ってんだよ」の響きが隠れているかと錯覚する。



「じゃあ、もう迷子になるんじゃねーぞ」



 これは長々と話していてもまずいだろうと少女に声を掛け、踵を返した。そしてそのまま今来た道を戻っていく。角を曲がる直前、ぺこりと頭を下げている少女の姿が視界の端に映ったが、人の流れであっという間にかき消された。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「…それで離れてたわけだね」



 髪はボサボサ、服は乱れ、まだ軽く肩で息をしている八雲が呆れたように目を下げた。さっきの二の舞にならないように黒いキャップを被り、髪の毛のその中に束ねて極限まで顔を隠している。



「確かに久しぶりの本部だからって油断してた私が悪いけど…せめてそこまで動き回らないで欲しかったかなー…」



「わ、悪かったって…」



 あの騒ぎからなんとか抜け出した八雲は近くにいるはずの俺を探したがその姿が見当たらないことに慌て、島中を探し回ったらしい。

 しかしその間に俺は少女を送り終えた後にまた元の場所に戻っており、綺麗にすれ違ったというわけだ。



 そのまますれ違いはどんどん重なり、八雲がその目を駆使して必死に俺を探している間、俺は八雲を探してちょこまかと動き回っていたことになる。

 そして感動の再会を果たしたのは、はぐれてから約1時間後。



 まさか迷子を送り届けた先で迷子になるとは思っていなかった。ミイラ取りがミイラとはこのことか。



「まぁ、なんとか見つかったしもういいよ…まだご飯食べてなかったよね。何か食べに行こう」



「あぁ…」



 八雲についていき、歩き始める。そう言えば、と八雲が歩きながら思い出したようにこちらを向く。



「はぐれる直前に、何か私に言いかけなかった?」



「あぁ…いや別に大事じゃなくてさ、なんで俺の家知ってんだろう…って。でもお前に聞くのは無駄だよな。そこらへんの家の中身とかまで見えちゃうんじゃねーの?」



「あー、いやそういう訳じゃないんだけどね」



 どこか似た答えの始め方をする二人である。



「そういう訳じゃない?」



「うん、私が奥まで見えるのは生き物限定なんだよ。動物とか、植物とか、命があるなら化け物も。でもそれ以外はカウント外。幽霊の類とか何も見えないしね」



「へぇー…そうなんだ」



 なんでも見える便利な目ではなかったらしいと確認しつつ、八雲が一軒の店の前で足を止めて目的地に着いたのだと知る。入り口から地下へと続く階段があり、その奥はなんだか不思議な雰囲気だ。

 その中へ、八雲が先に進む。そういや、自分の財布持ってきたかな…。



 中に入ると、一見してバーのような店だった。全体的にこげ茶のイメージで、木を基調にオレンジのライトがゆったりと客を包み込む。面積はなかなか広め。

 しかし少なくない客がそれぞれ食べているのは酒ではなく様々な料理なので、普通にレストランなのだろうか。



「ここって…?」



「レストランだよ。ダンシングフィッシュ、って名前の。この島じゃ美味しい店の上位に入るんじゃないかな」



「いらっしゃいませぃ!」



 八雲の声に、かかっているボサノバにまったくそぐわない威勢のいい違う声が重なった。届いてきた方向は店の奥、カウンター席の向こうだ。

 がたいのいい男で、グラスをちょうど磨いている最中。こちらの顔を確認するなり、おっ、と声を上げた。



「新客じゃないか!どうぞどうぞゆっくりしていきな」



「えっと…店長さん?」



 八雲に確認を求めると、そうだよと返ってきた。十分な明るさがない店の中では見えにくいが、幅広くたたえた無精髭の上に、横向きの三日月型に細く白い歯が覗く。



「さてと、食べよう食べよう」



 八雲が一つの空いている席に座ると、自分もそれに習って座った。するとすぐに制服を着たウェイトレスがやってきて、注文を取る。メニューはたくさんあって、その中から八雲はサンドイッチ、俺はパスタを頼んだ。



「サンドイッチでいいのか?なんかもっとこう…」



「ここの店のサンドイッチのボリュームなめちゃいけないよ。あっ、もうすぐかな」



「え、何が?」



「ここの店ってね、一日に二回ショーをやってて、多分もうすぐ…ほら、始まる」



 言葉の途中で店の照明が一気に暗くなり、その代わり入って左のほうにあった大きな台にスポットライトが集まる。あそこがステージらしい。

 客の期待と興奮の声が漏れる中、ステージの奥から悠々と出てきたのはーー



「あっ、あの時の…!」



 先ほど迷子になっていた、迷子の少女だった。

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