初めてのお仕事
暗いわけではないが、決して明るいとも言えない廊下をひたすらに歩いている。デパートの裏から入ったとは思えないような、どこか世間離れした雰囲気で不思議な感覚を感じる中、八雲が口を開く。
「妖怪とか、幽霊とか、化け物とか、そういうのって、信じる?」
今までの自分なら、信じないとか、どっちでもいいとか答えていただろうが、今は違った。既に隣を歩く栗毛の少女の異様さを目の当たりにしてしまっている。だから、こう答えるしかない。
「信じさせられてるよ、今、ありありと」
「だろうね」
それに対して八雲は苦笑交じりの反応。
「この世界には、いるんだよ、化け物ってものが。呼び方は人それぞれなんだけどね。それこそろくろ首とか、吸血鬼とか、そういう分かりやすいのから、訳のわからないものまで。そこにいる琥珀…琥珀って言うんだけどね、その子もそう。分かりやすく言えば神様みたいな存在なんだよ」
「か、神様!?」
「いい加減儂を神様呼ばわりするのはやめんか」
この小さな琥珀という女の子が神様なのかと驚くが、対して琥珀はうんざりしたような息を吐く。なるほど神様と言われればその口調も納得できなくもなかったが、どうやら違うのか。
「ガキ、儂は神様でもなんでもない。強いて人間の言葉で言うなら、怪異的な何か、じゃ。元々儂らのような存在を認識できる人間なぞそう多くもおらん。じゃから儂らのような存在を表す人間の言葉なんてないわい」
「ちょっと待て、何やら小難しい言葉が出てきたけど、その前に。俺のこと、ガキって呼んだか?」
「ガキじゃろう、お前は」
「お前呼ばわりまでされた!!」
こんな小さな女の子にガキやお前呼ばわりされるなんて、なんたる事か。しかも本人はケロリとしてそれを気にしていないようなのが更に嫌味だ。見た目的には、そう、見た目年齢的には、
「お前の方がガキだろ」
「実年齢まで見た目で判断してはダメだと思うけど」
八雲のコメントがすかさず挟まれる。じゃあ、あれか、琥珀は見た目に反して何百歳もあるとか、そんな話になるのか。
「なるんだよそれが。琥珀はそう見えて何百歳もあるんだよ」
「…なんなんだそれ」
その言葉を受けて琥珀が誇らしげに薄い胸を張るのが見えて、ほらやっぱりガキはこいつじゃないかと思うが、それ以上の話の脱線は八雲が防ぐ。
「で、だよ。さっき琥珀が言ってたみたいに、化け物を認識できる人はそう多くない。普通に暮らしてたらそれこそ見えもしないし、干渉もされない。今まで柊くんも…もう呼びにくいからかおるでいい?」
なぜか途中でそう質問され、特に抵抗も感じないのでぎこちなく頷く。それを見届けた八雲はこくりと一つ頷き、話を再開。
「今までかおるも訳のわからない怪物とか、見た事ないよね。でも、普通なら干渉もできないそれを、干渉できてしまう方法があるの。それが…化け物に取り憑かれること」
「取り憑かれる?」
「そう、自分の内側にするりと入り込んで、同化しちゃうの。取り憑くって言っても、意識を乗っ取られるとかじゃなくて、どちらかというと、力を貸してもらえる感じ」
想像や実感が全く浮いてこずに首を傾げるしかない間に、ガラスでできた丸い扉のようなものが目の前に迫る。八雲がその前に何か黒いものをかざすと、それは近づくと自動ドアの要領で開き、さらに奥に進む。
そこからはガラリと様子が変わり、まるで大きめの公園のような空間が広がっていた。と言ってもどうやら下ってきた感じここは地下のようで、白い屋根が高いところにある。
そしてそこからさらに奥にはまだ通路がいくつもあって、まるでモグラの基地のようだと変な感想を抱きつつ、素直に地下にこんな空間があるのだと感心する。
入ってきてすぐの広場のような場所には人がまばらにおり、皆それぞれに談笑や休憩をしているようだ。一見するとどこにでもありげな穏やかな場所だが、しかし平穏には見えない光景がそこには浮かんでいる。
ぱっと見数十人ほどがいるが、その内の数人が、手に火を持って遊んでいたら、空中にものを浮かせて談笑したりしているのだ。まるで手品か何かのように。
「なんだ、これ…」
「化け物に取り憑かれると、こうやって人ならざるような力を貸してもらえる。ここにいる人たちは、みんな化け物持ちだよ。どんな力かは、取り憑かれる化け物にもよるんだけど。
ほら、私さっき色々かおるについて見てたでしょ?私も一匹の白い猫に取り憑かれてるの。猫って、暗闇の中でも目を光らせて 【見る】 ものでしょ?」
イメージ的には八雲は黒なのだが、白猫が取り憑いてるとはそれまた…と突っ込むのはやめておく。代わりとは言わないが、浮かんできた疑問を口にした。
「なんで化け物って人間に取り憑くんだ?」
「それはそれぞれだよ。人間が気に入ったから、って事もあるし、単純に楽しそうだから、って事もある。あとは人間を隠れ蓑にするとか?」
「隠れ蓑?」
さっきからおうむ返しのように質問を重ねてばかりだが、状況が全くと言っていい程把握できていないので勘弁していただきたい。
「そう、隠れ蓑。自分だけじゃ存在が弱すぎてすぐ死んじゃうような化け物たちは、人間に頼るんだよ。人間を隠れ蓑にして、盾にして隠れていれば、少しは生き残れていられるじゃん」
「なんていうか、雑菌とかウイルスみたいや野郎だな」
その言葉に琥珀が眉をひそめる。あ、遠回しに琥珀を雑菌呼ばわりしていたのか。でもガキ呼ばわりとお互い様って事で謝罪はしない。
「…ってことで、ある日突然、化け物に取り憑かれる人がたまにいる。そうすると、今まで干渉できなかった化け物たちが一気に世界に現れる。でもいきなりそうやって化け物に囲まれても、困るでしょ?」
未だ琥珀以外の化け物というのを見たことないから想像がつかないが、いきなり妖怪や幽霊がうようよいる世界に放り込まれる状況というものを想像する。隠れ蓑目的で取り憑いてきたやつならきっと力を貸してもらっても大したことはできないだろう。
対処もできない状況で、ろくろ首や吸血鬼なんかにいきなり囲まれる体験…。
ぞくりと背筋が伸びたとこで八雲が腕を組んで感心する。きっと今の頭の中身も覗かれていたのだろう。
「うん、理解が早くて何よりだよ」
「そりゃ確かにぞっとしない話だ。で、それの対処がこの組織ってわけか?」
「そうそう大当たり。いきなり化け物が溢れかえった世界でも生きていけるように最低限のサポートと保護をするのがこの 〈BEE〉 って組織。で、ここがその基地。基地は全国に何百個所かあって、最低、一つの都道府県に10個はこの規模のものがあるって考えていいよ」
「それは、結構すごいスケールじゃないのか…?」
全国規模で展開されてるこの組織が、今まで表立ったところで紹介されたところや噂されているところなどをを見たことはない。と言うことは化け物に関わらねば関わらない組織なのだろうが、一般人にまでこれをを今も隠し通しているって…。
「クイーンが、まぁ、ちょっとすごい人だからね」
「クイーン?女王蜂か?」
「そう、蜂のリーダー、通称クイーン。それで、その下につく私たちが俗に言うワーカーってとこだね。あと、これが 〈BEE〉 であることの証明になる、端末」
そう言って八雲が取り出したのはさっき丸い自動ドアの前でかざした黒い何かだ。よく見るとそれはスマートフォンみたいな黒い携帯端末のようで、後ろに黄色の蜂のロゴが入っている。
「これでワーカー同士、連絡を取り合ったり、困った時に助けを求めたりできるの。 〈BEE〉 からの依頼とかもたまに入るよ」
ワーカーと呼ばれるからには、やはり働かねばならないらしい。まあただ保護してもらうだけの組織がそんなに長くやっていけるなんて思ってないが、化け物持ちのスゴ技使えるならそりゃもうこなすのが大変な依頼とかが来るのだろうか。
「あ、依頼って言っても小学一年生とかができるような内容のものばかりだよ。ちょっと食料買ってきてとか、掃除してとか、見張りしてとか」
「簡単すぎるだろそれは!」
見た所、基地の中はかなり整備されている。奥につながる通路から先はベットがいくつもならんだ共用寝室のような場所や、食堂のような場所、トイレお風呂に軽い娯楽施設と、基地の中で普通に生活していけるレベルだ。
維持するだけで相当だと思うのだが、その特別な能力で金を稼いで貢げとか何かを退治しろとか、てっきりそういうものかと想像していた。なのにそれだねの仕事で成り立つとは何事だ。
「平和が一番の、本当にただのお助けセンターみたいなところだからね。…さてと、本題一つ目終わり」
そう言いながら、ぱん、と小さな音を立てて、八雲が手を叩いた。色んな事が一気に入ってきすぎていまいち理解できていないが、要するにこの世界には化け物がいて、化け物に取り憑かれる人がいて、それを助けるのがこの基地… 〈BEE〉 というところか。
「それで大体間違ってないよ。それで次の話、というよりさっきの話の延長線上なんだけど、その琥珀の事」
「琥珀?あーそういやこいつが神様とかって…」
「儂は神様なんぞではない」
すぐさま入った否定の言葉に思わず苦笑する。胸張って偉そうに言うのだが、容姿と声はまるきり小さな女の子なので、必死に大人ごっこしている子供のような印象を受けるのだ。
「まあ神様云々はいいとして、その琥珀の事。さっき私には一匹の白い猫が取り憑いてるって言ったでしょ?君にとっては、その琥珀が同じような存在だよ。つまりは、君は琥珀に取り憑かれてる」
「ん…?」
いきなりの事すぎてよく分からなかった。首を傾げていると八雲が困ったように首筋に手をやる。
「分かんないかなぁ…」
「そんな事いきなり言われても実感ねぇよ。それに、取り憑かれてる、って隠れ蓑にするため、がほぼだろ?こうやって外にほいほい出るものなのか?」
見た所、八雲の肩の上に白い猫が乗ってるわけでないし、周りを見渡しても化け物を外に出してる人なんて見かけない。
何か自分が特別な事を使える気配もしないし、取り憑くって人の内側に溶け込む的なものを想像していたのだが、違ったのだろうか。
「いや、その認識で合ってる。普通は人の中にするりと入り込んじゃって滅多に出てこないものだよ」
「なんかこうやって普通に心の中で考えていたことの返事されると怖いな…」
「しょうがないじゃん、見えちゃうんだから。それで、だよ。かおるの想像する通り、普通は化け物は取り憑いてる状態じゃ外に出してるものじゃない。内側からその力を貸すものなの。
でも、琥珀は違う。ちょっとその子は成り立ちが複雑でさ…人間にあまり溶け込めないんだよ。相性が悪いって言うのかな、人に力を貸せるようなものでもないし、こうして出てきている方がよっぽど力を発揮できるの」
「そ、そんなものなのか…」
チラリと琥珀を見やるが、その琥珀色の瞳はプイとすぐにそっぽへ。
「でも、琥珀の力ってなんなんだ?さっき宙に浮かせてもらったのは把握してるけど…神様ってからには空飛ぶだけじゃないよな」
「じゃから儂は…!」
「そう、それだけなわけがないじゃん。神様は神様の通り、なんでも願いを叶えちゃうんだよ。神様は願いを 【叶える】 ものじゃん?」
「な、なんかすごい大雑把で分かりにくいな…」
琥珀の否定の声を清々しく無視して会話は続く。
「なんでもはなんでもだし、琥珀に叶えられないものは叶えられないものはない。世界崩壊を求めたら今すぐにそれをできちゃうよ。今ここにいる人を一瞬で殺すくらいなら、造作もないくらい」
その穏やかではない言葉に、もう一度隣を見やる。この、栗毛の少女が、世界崩壊?
多少の疑惑と恐れを琥珀は見た後、片目をつぶって腕を組んだ。ただし、と高い声が発せられる。
「それをするには制限がある。というか、当たり前の事じゃが、何かを叶えようとするなら、それ相応の、それと同等の対価、代償が必要じゃ。そして儂が今お前にくっついとる時点で、代償はお前の体力じゃと決まっておる」
「つまり、お前が力を使うなら、俺の体力がどんどん削られていくってことか?」
「やろうと思えば、目玉でも脳漿でも足でも手でもよいのじゃがな。眠くなるだけなら手足が日に日に減るよりマシじゃろう」
その声のトーンがやけに落ち着いていて、軽口の類…なのだろうが、実現ができるのだという事をありありと伝えてくる。うわ怖い、願いを叶えるたびに減っていく手足や指…。
「しっかし、俺の体力なんてそんな価値あるものか?人一人分を絞り出しても、たかが知れてると思うんだが…」
「その通り。琥珀は今、本気の一万分の一も出せないと思うよ」
「な、なんか悪い事してるな…」
どこかもどかしそうな顔をしている琥珀を見ると、なんだか複雑な気持ちになる。全盛期を引っ張り出さない責任が自分にあるというのは、なかなかバツの悪いものだ。
「で、大体の事を説明し終えたから、早速なんだけど…」
八雲が 〈BEE〉 の端末を片手に、振り返り、黒髪がなびく。
「依頼、こなしに行こっか」
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そうして話は冒頭に戻る。ここまでお付き合いいただきありがとう、そしてこれから話は更に訳のわからないところへ進んでいきます。まだお付き合いいただけるとありがたい。
聞いたところでは簡単なものしかなかった 〈BEE〉 からの依頼に早速連れてこられた訳だが、その内容は実際のところ、そんな生温いものでは決してなかった。
…どうしてこうなった。
場所は市営の鉄道の駅の地下だが、既に閉鎖された古いここには誰もいない。明かりもなく、階段の上から微かに漏れる太陽光が唯一の光源として頼りにされる。何が原因かも分からない異臭も鼻をつき、肝試しにはきっともってこいの場所だろう。
しかしそんな事言ってる間もなく、実際にここはリアルお化け屋敷と化している。そこかしこからやってくる鬼が、虫が、人が、触手が、牙が、化け物が、こちらを狙って襲いかかってきた。
八雲に紹介されてではあったが、きっと俺の助けになってくれるであろう組織に対して、簡単な力を貸せるなら喜んで受けようとのこのこ付いてきた先がこれだ。何がお使いだ、何がお掃除だ、掃除といっても片付けるのは埃なんかじゃなく化け物ではないか。
最初はなんて立派な組織だ、と感心もしたが、思わぬところでブラック組織である。
この現状に出くわした瞬間、180°回転してUターンを決め込もうとしたが、その時、前後左右、上につながる階段も化け物に埋め尽くされていて、ほんの少し届く光も少しずつ細くなる。
逃げるに逃げられない状況でついに判断した琥珀はどこからか金色に輝く剣を片手に、次々と化け物を切り落とし始めた。
そして八雲も華麗に舞うようにして一番前で体を張って戦っている。その後ろでただ見ているだけの俺は男として情けない状況ではあるのだが人間離れしたこの二人の戦いの中に入りたくはない。
代わりに守られてる安全地帯から、さっきここに来るまでに八雲に言われた事を思い出す。
琥珀とは絶対に離れない事。距離が離れると琥珀が俺から代償としてのエネルギーを貰うのが難しくなるらしい。だから何があっても琥珀のそばにいる事。
それと絶対にむやみに化け物に触れない事。何が解放されたのか、一気に化け物が見えるようになった俺の目には外に化け物が溢れかえっているの光景を見て驚いた。
まず基地から出た瞬間、色とりどりの手のひらサイズの毛玉のようなものが空中にたくさん浮いていた。それら一つ一つが全部化け物らしく、意志を持つようにふわふわと漂う。
ある意味幻想的とも言えるそれらに、思わず手を伸ばしと…
シャー!
と声を立ててふわふわの体毛を針のように硬くして手を刺された。それには毒が含まれているらしく、手が腫れ上がって大層痛い。琥珀にすぐ治してもらったが。
そんな風に他の化け物に触れれば何が起こるか分からないので、子供のように好奇心に身を任せた俺を、八雲は呆れ半分の顔でたしなめたものだ。
ともあれ、あんな小さなトラブルよりも現状の方がずっと酷いと言える。周りを囲む化け物は小さいものもいるが、八割はゆうに自分たちの身長を越すような、威圧感のものすごいものたち。それらはそれぞれ人間の腕ほどはあろうかという爪や牙などを光らせている。
多分普通に立っていたら一口でパクリと食べられてしまいそうだが、それに向かい合う二人は余裕とも言える態度でずっと同じように次から次へと退治していた。故に、答えが普通に返ってくるだろうと予想して質問を投げる。
「なんでこんな事やってるんだ?確か依頼って簡単なものしか来ないって聞いてたんだけど…」
「普通はね。私…いやほら、琥珀って見た通りすごいでしょ?クイーンからも実力面じゃ結構な信頼があって、こういう事もたまにはさせちゃうの。
あと、ここって少し前から化け物の巣窟になってて、ちょっとばかり被害方向が多いところなの。そういう危ないところを片付けるのも、極一部の十分戦えるような人の仕事。みんなを守るために、必要な仕事」
「そうかそれなら俺を巻き込まないで欲しかったかなぁ!」
「それさりげなく他の人はどうなってもいいから俺巻き込むな、ってニュアンスに聞こえるよね」
戦える、という点に言葉をあげたのだし、決してそんなつもりで叫んだつもりではなかったのだがいざ指摘されるとうぐっと胸が詰まる。
しかし八雲はそんな事わかっている、という風に特に追及もせず、軽口を叩きながら目の前の敵に挑む。細い足を、手を、全身を駆使しながら戦う様はまるで踊っているようにも見える。
美しささえ感じるその戦いに身が震える。不謹慎かもしれないが、そう、世界でも有名なサーカス団のショーを見ているような興奮さえ…。
「…ん?」
頭がぼんやりとしてきたところで、そろそろそれが目の前の光景に興奮しているためではないと気づく。体が怠いような、頭がふわりと浮かぶようなこの感覚は…一体なんだ。
それを実感したと同時に琥珀が怪訝そうな目で八雲を見る。
「やはり久しぶりでこの数はちとばかしキツイぞ。雑魚ばかりじゃが…なんじゃこの斬っても斬っても減らぬ溢れかえりようは」
「…確かに、ちょっと予想外。かおる大丈夫?」
「大丈夫…って、な、にが?」
そう返した自分の呂律が回っていないことに驚いた。驚いて手を見るが、少し顔まで持ち上げたつもりの手は数センチ動いたのみ。なのにそれだけの動作で一気に襲いかかってくる倦怠感。
あ、これってまさか…。
「力の使いすぎじゃな。この剣を具現化させすぎた」
「使いすぎって…」
「恐らくかれこれ数十分はこうして剣を出しておるのじゃ…お前の身もそろそろ限界じゃろうて」
「なんじゃ、そりゃ…」
もう言葉を発するのも億劫だ。琥珀のニュアンスから予想すると、その剣を出し続けていることによって、俺の体力が代償として奪われ続けた結果がこれ、ということなのだろうが…。
それよりも、数十分はこうして八雲と琥珀が戦っているという事実に驚き。その動きに目を奪われているうちに、思ったよりずっと時が流れていたらしい。
そしてそんなに長い事やってるのにも関わらず、あまり減ったように見えない化け物に驚き。
これはちょっとばかり、大変なことになるんじゃないのか。
そう思考するのもだんだんとめんどくさくなる。何もしたくない、動きたくない、立っていたくない。あーだめだ、ここで寝たら死ぬぞーーーー。
「…しょうがない、一気に片付けるほかにないの」
琥珀が俺の虚ろになった目を見て、呟く。そしてその手の中にあった金に光る剣が真ん中から割れるように二つに分かれ、それの亀裂が端で止まる。それから少しばかり変形したそれは、あっという間に金の弓に変わった。
琥珀がその弦に指を当て、引くと同じ輝きを持つ金の矢がそこに一本現れる。そしてめいいっぱい弓をしならせて放たれた矢は…
化け物たちの上で大きく光ると、無数の矢に分かれて、その上に降りかかった。
すごい、と息をつく間も無く、その光景を見届けた俺は、視界がひっくり返るのを感じもせずに意識を倦怠感に任せて泥の中に沈ませた。