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第一話

「だって姉さん、断るわけにいかないだろ?上司から直々に招待されてるんだよ?」

「でも、私はあんまりそういうの得意じゃないし…」

レイラは繕い物をしていた手を止め、困ったように微笑んで答えた。

弟のジョニーは、ウォーターダリア王城騎士団に所属している。去年ジョニーが結婚すると同時に家長の座を譲り渡したレイラは、現在は好きな家事に精をだし、彼女なりに楽しい日々を送っている。

「だからこそ、こういう機会を無駄にしちゃだめだよ」

ジョニーは先ほどから必死に説得を繰り返している。レイラをパーティーに連れ出そうというのだ。

両親が早くに亡くなったため、当時16歳だったレイラが家長という重責を担わなくてはならなくなった。本来ならば長男のジョニーがそのまま受け継ぐのであるが、当時彼はわずか9歳。長女であり成人済みのレイラが必然的に仮の家長に就くことになった。執事に支えられながら必死に家計を切り回し、弟妹たちを教育し、2人いた妹も納得のいく人達と引き合わせ、結婚して家を出た。そして弟が騎士となり、結婚もしたことでやっとレイラの肩の荷が下りたのだ。本来レイラは家事や読書で静かに生活するタイプだったので、家長としての仕事と弟妹の世話で精一杯になっており、普通の貴族が行うパーティーなどに出席する機会は皆無だった。そうこうするうちに気がつけば12年の月日が流れ去り、オールドミスと呼ばれる領域に身を置いていた。

「だけど…」

「仕方ないだろ?シリンは実家のお袋さんの看病しに行ってるから、来るわけにいかないし」

「それはそうだけど」

「じゃあ、来てくれるよね」

「無理、よ。それに、私パーティーに着ていけるようなドレスなんて一着も持ってないんだから」

経済的に余裕がなかったわけではないが、財布の紐は締めるに越したことはない。従って、今までもこれからもパーティーなどに出席するつもりのないレイラは、貴族の娘でありながらパーティー用のドレスを一着も作っていなかったのだ。

しかし妹たちや、ジョニーの妻になったシリンには、必要があれば作らせていた。単にレイラが興味を持たないので、彼女たちにかまけるという理由を印籠にして作らなかったのだ。シリンは弟の1つ年下の20歳。少々不器用なのだが素直で、慣れない家事も積極的にレイラに教わりながらこなしている。

先日、シリンの母が風邪をこじらせてしまったため、今は実家で看病するために帰っていた。

「だから無理よ。パーティーは明日なんだから、どうしようもないでしょう?」

とにかく行きたくない。この際優しい弟のすまなそうな表情は見なかったことにしよう。弟は、何かにつけて姉の娘時代を家の切り盛りに捧げさせてしまったことを気に病んで、レイラに楽をさせてくれようとする。そして、今回のようにパーティーや観劇に誘ってくれるのだが、如何せん興味がわかない。

「じゃあ、ドレスがあったら一緒に行ってくれたの?」

「まぁ、今回の場合は仕方ないわよね。あったらついて行ったでしょうよ」

ないものはない。この理由で押し通すのが一番確実だろう。レイラがそう考えて言うと、ジョニーがにっこりと笑った。

「良かった。じゃあ、来てくれるね」

「え?だから、」

レイラが無理だ、と言う前に、ジョニーが有無を言わさぬ調子で言った。

「先月シリンのドレス新調したよね。あの時、採寸だけでも、ってしてただろう?シリンが、気を利かせておいてくれたんだよ」

確信犯的な笑み。そういえば、いらないと言ったのに採寸だけされたのだった。ということは、まさか。

「ドレス、作ったの?!だめだめ、行かないわよ」

レイラはいつもの静かな調子にあるまじき声をあげた。いつも弟妹に望まれれば、自分のことをさしおいてでも望み通りにしてくれた姉だった。従って、弟妹も姉の扱いをよく心得ていた。

「姉さん。まさか弟を1人でパーティーに出るような無作法者にするつもり?」

「う…そんなつもりは…」

ダンスパーティーは男女同伴が基本である。しかも主催者がジョニーの上司とくれば、粗相は許されない。レイラはため息をついた。

「ありがとう、姉さん。助かるよ」

ジョニーは笑顔で言った。

結局、レイラは流されやすいのだ。さらに、幼くして両親を失った弟妹にはどうしても甘い顔をしてしまう。ジョニーがレイラのためを思ってのことであるし、余計につっぱねてしまうことができない。渋々了承することになってしまった。



次の日、レイラはパーティー会場で猛烈に後悔していた。

ジョニーとは形ばかりに1曲踊り、その後は彼が同僚と話しだしたので壁際に立ち、華やかに着飾った娘たちや、彼女たちを誘おうと奮闘している若者を眺めていたのであるが。

(なんか居心地悪いなぁ)

どうも、見られている。ジョニーが連れて来た、ということで初めは注目されていた。これは、いつも連れている愛妻以外の女性だからと甘受し、聞かれるたびに姉です、と説明して回ったのだが、それも済んでいるのに見られる理由が分からない。と、俯いたレイラの視界に男性の靴が入ってきた。

「レイラさん、楽しんでいらっしゃいますか?」

目線を上げると、今日のパーティーの主催者が立っていた。

「セルシカント様」

彼は、25歳にしてウォーターダリア王城騎士団の団長に就いた実力者である。ちなみに、騎士団は他に北方・南方・東方・西方の4つがある。これらは主にあちこちの都市を警備するのであるが、王城騎士団は城と城下を担当している。実力・家柄ともに問われるエリート集団なのだ。ジョニーが所属できたのも、一応は王都に居を構える貴族だったために、なんとか引っ掛かったようなものだとレイラは思っている。

「はは、トーマスで結構ですよ。それにしても、そのドレス良くお似合いですね」

レイラの目の前で、トーマスの淡い茶色の髪が揺れた。実際、その暗いワインレッドのあっさりしたドレスは、小柄なレイラによく似合っていた。白い肌と暗い赤茶色の長い髪に不思議と良く合い、明るいオレンジの瞳は温かく輝いていた。シリンの目はかなり肥えている。

「あ、ありがとうございます…」

恐縮してレイラが答えた。男性が苦手なわけではないのだが、こうやってパーティーの席などでは色々と見られて褒められるので、いつ失敗するかと心配で気が抜けないのだ。

ジョニーが色々と心配してくれてのことだとは言え、なかなかに耐え難い。それに、28歳にもなると周りからの興味の視線も痛い。なんとかこの場を上手く切り抜けなければ、と話題を引っ張り出そうとしていると、トーマスが会場の入り口に視線を向け、右手を上げた。

「やっと来たか!こっちだ!」

つられてエントランスの方を見ると、背の高い男性がフロアに足を踏み入れたところだった。

「トーマス。すまんな、遅くなった」

に、と笑う表情から、本当に悪かったとはあまり思っていないのが分かる。ずかずかと人を避けて入ってきて、トーマスと握手をした。

「ちょっと急ぎの仕事があったもんでな」

「いやいや、来てくれればそれだけで十分だよ」

目の前に来ると、さらにその背の高さだけではなく、雰囲気が傭兵のようでいかつさがある。トーマスは洗練された都会の貴族、といった風体なのだが、現れた彼は一応高級な服を身に着けているものの、磨き上げていない原石のように、どこか荒々しい。背も、レイラとは30cmは違うのではないだろうか。

その客人が、目の前に立つレイラに気づいた。

「こちらは?」

と、トーマスに問う。どうも、礼儀をあまり気にしないタチのようだ。会場に入ってきたときの態度といい、見ず知らずのレイラに無遠慮な視線を向けることといい、良いように言えば、豪快だ。

「あぁ、君もジョニー・ミデューは知ってるだろう。彼の姉君だよ。レイラさん、こいつはグレイスローズの外交官で、ガストン・ド・グレイスです。彼は剣を嗜んでいて、我々の鍛錬場によく顔を出すんですよ。ガス、ジョニーの姉君のレイラさんだ」

きちんと相対すれば、かなり顔を上げなくてはいけないほどの長身。さらに、グレーの衣服の上からでも分かる鍛え上げられた身体。外交官、という響きとあまりに繋がらない見た目に、レイラは言葉が見つからず、ガストンをぼんやりと見上げた。剣術のコーチとでも言われた方がよっぽどしっくりくる。

「初めまして、レイラさん」

にかっと人好きのする笑顔を浮かべ、彼は右手をレイラに差し出してきた。勢いにのまれて、レイラはガストンの手に自分の手を重ねた。

ぶんぶん、と大きく握手され、軽く身体が揺れる。触れた手は、文官とは思えないほどごつごつとしていた。この感じでは、剣術も趣味の域を超えているのだろう。そこまで考えてから、挨拶を返していないことに気がついて慌てて言葉をつむぎ出した。

「あ、はい、よろしくお願いします、グレイスさん」

その裏のない笑顔と、手の甲へのキスではなく男性にするような握手をされたことで、レイラの評価は「豪快」から「少年のよう」に変わった。確かに無作法ではあるが、気持ちの良い笑顔で、気分を害する種のものではない。

レイラも、ぎこちなくではあるが笑顔を返した。


その後、トーマスはほかの客の接待のためその場を離れて行った。必然的に、レイラはガストンと2人でその場に残された。ほかへ行くあてもなく、逃げるように去るわけにもいかず、仕方なくガストンと会話を交わしていた。

どうやら、ガストンは暇さえあれば鍛錬場に入り浸っているらしく、ジョニーともかなり面識があるようだった。社交的な性格だからか、辺りを歩く騎士団員からも親しげな挨拶の言葉がかけられる。その様子から、レイラは少しずつ警戒を解いていった。あけっぴろげな物言いと、裏表のなさそうな笑顔。こんな感じで、ときには緊迫する駆け引きができるのだろうか、とレイラが見当違いな心配をしてしまうほどだった。もし、これが仮面なのだとしたら、相当の策士か詐欺師だ。

「あぁ、そういえば…」

ジョニーの話題で盛り上がっていると、ガストンは唐突に話を切ってきた。何だろう、とレイラが見上げると、ガストンは言いあぐねているように口を開きかけたまま遠くに視線をやっていた。

「どうかされましたか?グレイスさん」

レイラが問いかけると、ガストンは顔をこちらに向け、まっすぐにレイラの瞳を射抜いた。

「…ガストン」

「え?」

「レイラさん、オレも名前で呼んでるんですから、名前で呼んでください。あと、できれば面倒なんで敬語もなし」

同じ歳のよしみで、と言って、ガストンは悪戯を思いついたような笑顔になった。きょとん、としていたレイラは、彼につられてにっこりと笑った。

「分かったわ、ガストン」

それを見たガストンは、嬉しそうに目を細めた。

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