8 北の街2
「遅ぃいいい」
額に血管を浮かべたプレディが俺への歓迎の言葉を吐く。アクセントが尋常ではない。
俺は何とか裏通りの理不尽さを事細かに説明し、弁明を図った。
しかしプレディの怒りは頂点であるらしく、全く耳に入っていない様子である。
「ま、まぁショーイチはこの街初めてだから、ね?」
懸命なジャックのフォロー。
しかしそれは失言だぞ、ジャック。
「私だって初めてだけどぉおおおお!?」
ジャックはプレディに恐れおののき、今にも崩れ落ちそうだった。
やめておけ、こういう時は相手にしないのが一番だ。
「そ、そうなのかい?」
俺の言葉を真に受けたジャックは今度は傍観を決め込んで見せる。それがまた、気に障ったのかプレディはとうとう明後日の方向に走り去ってしまうのだった。
「ここは僕が」
ジャックは一言残してプレディの後を追い始めた。
元はと言えば俺が悪いというのに律儀な奴である。任せっぱなしで本当に申し訳がない。
見ていてさすがに良心の呵責に耐えきれなくなった俺は勇者の後を追うのだった。
既に日が暮れかけている。夕日に照らされた石畳の街は美しい影をあちらこちらに作っていた。
走りながら俺は今日1日のことを振り返っていた。
彗星の如く現れた勇者、ジャック。そしてユピシー。彼らがいなければ今の俺はどうなっていたかもわからない。
ジャック、やっぱりお前が……主人公なのか? お前はこの物語を一体どう終わらせるんだ? そして、俺はこの物語から何を学ぶのだろう――――?
走るのに夢中になっていた俺は目の前に人がいることに気づかず思い切りぶつかってしまった。その拍子に俺は思わず尻もちをつく。
「――あぁ!! すいません!!」
そこには、大柄であるが、かと言って骨太という程でもない均整のとれた男性がいた。
「――あぁ、僕は平気だよ。君こそ立てるかい?」
俺は男に手を差し伸べられ立ち上がる。
着ているものこそは一般的だが、その綺麗な顔立ちはとても一般人とは思えなかった。
「よかった、怪我はないみたいだね」
俺は申し訳なさから深々と頭を下げた。
「よしなさい、男がそう簡単に頭を下げるものじゃないよ」
いい人にぶつかってよかった、と思い再びジャックを追おうとするが、背を向けた瞬間肩に手を置かれた。
「済まないちょっと聞きたいことがあるんだ、この街のホテルはどこへ行けばあるのかな」
「メインストリートをここから西の方向へ進めばありますけど」
というか、それぐらい至る所にある地図を見ればわかることだと思うのだが。
「あぁ助かったよありがとう。ところで、この街にナパルサ王国の王女殿下が来ているというのは本当かい?」
どうしてそれを!? と、俺の反応に男はすぐさま答えた。
「いやね、今王国の方でも問題になってるんだ。王女殿下が突然王国を飛び出したって」
そんな……伝達オウムがまだ届いていないのだろうか。何にせよ、俺に詳しいことはわからない。
「実はね、僕は彼女のファンなんだけど、もし何か心当たりがあるなら教えてくれないかな」
は、はぁ……。
ちょっと危ない奴だと悟った俺は何とか理由をつけてここを立ち去ろうとした。
そこに、
「――おーい、ショーイチ――!! プレ……彼女が機嫌を直して夕食に行くってさー!!」
向こうからジャックの大きな声が響く。見ればユピシーもいて俺に向かって大きく手を振っていた。プレディの名前を伏せたのは公では叫ぶことができないからだろう。
それを機に、助けてくれた男に別れの挨拶をしようとしたが既にその男はいなくなっていた。特に気にもとめず俺は彼らの元へ向けて駆け出した。
夜、俺たちはタニモでも有数の高級レストラン(これ以上の言い方が思いつかなかった)へ来ていた。
次々と運び込まれる料理の数々。知らない食べ物こそはあまり出なかったが一般庶民の舌を唸らせるには十分以上の出来映えだった。
ちなみに今回は全てプレディの奢りとのことらしい。さすが王女だけあって羽振りはいいものである。
「そこ、黙って食べることはできないの? これだから一般庶民は」
当の本人はまだ若干機嫌を直していない。しかもさっきからスイーツばかりを口にしている。肉食えよ、肉。
「失礼ね、人の食べる物にケチをつけるつもり? 文句があるなら出てって頂戴」
どうやら、俺に対してはまだ冗談も通じないらしい。ここはおとなしくご相伴に預かることにする。
果たして満足も行き届き、会計を終えた俺たちは夜の街に繰り出した。
「おぉおお!! すげー、星が見える!! 街の空とは思えない程にたくさん」
夜空には満点の星空が広がっていた。何でもない日の小さな奇跡。星たちは街を照らすネオンである。
「ふふ、ショーイチ様ったら、そんなに星が珍しかったのですか?」
ユピシーが俺の様子を可笑しく思い微笑んでいた。
俺の住んでるところじゃ星なんて見えないんだよ。こんな満天を見られたのは生まれて初めてかもしれない。現実離れしているとさえ言える。
……それもそうか、これは紙面の物語。現実とは全くの別物なんだ。
っていかんいかん、何を考えているんだ俺は。
「全く、星ごときで騒ぐとは庶民は面白いわね」
お前いつから庶民ヘイトキャラになったっけ?
プレディが憎まれ口を叩く。いつのまにか機嫌を直してくれたようだ。普段通りの高飛車な性格も今は心地いい。
「ショーイチ様、せっかくですから夜景見ましょう夜景」
「勇者一号、私にお供しなさい。反論はさせない」
「えぇ、僕ですか!?」
ジャックは飼いならされた犬のようにプレディに引きずられていった。
こうして俺たちは思い思いに別れることになった。
「それでどこに行きましょうか? ショーイチ様」
どこ、か――――。
夜景と言いたいところだが、今は。
「……俺はジャックに少し興味がある。あいつの後をつけたい」
突然現れ王女の窮地を救った勇者、これほどのイベントが絡む人物ならこの作品、『黄金剣世』の中心人物に違いないはずだ。
そして、恐らくはあいつこそがこの世界の主人公……。
「そ、そんな……! まさかショーイチ様は世に言う同性愛者だったのですか!?」
俺の言葉を深読みしたユピシーは何やら勝手に落ち込んでいた。
「違う! ……それが俺の役目だからだ」
今ジャックはプレディと二人きり。物語が動き出すなら今しかない。
展開が気になるところだが、それは後をつければ済む話だ。
「私はショーイチ様の行くところならどこでも」
「おいおい、ついてくる気かよ!」
はい! と威勢のいい返事をされる。こう言われたら断れないじゃないか。
「あいつはいいのか、ほらジャック」
「いいも何も、彼とはただの仕事仲間ですよ」
困ったような照れ笑いでユピシーは応える。
「あれ? ショーイチ様、もしかして私にやきもちですか〜?」
「な……ッバカ! そんなんじゃねーよ!!」
「照れないでくださいよ〜。大丈夫ですよ、私は逃げませんから」
俺はユピシーにからかわれるのが無性に悔しくて、自分らしくもなく子供のように食い下がった。
「私とジャックは勇者研修会の同期でした。修了後は任務を共にすることもありました」
「ふーん」
研修会……免許制の勇者ね。こうして聞いてみれば勇者にもいろいろと事情があるもんなんだな。
「それでもいつもは単独の任務がほとんどです。少しでも遅れをとればそれが最期。いつ死ぬかもわからない……。私は家が貧乏でしたから勇者職につけたことを誇りに思っています。でも――――」
ユピシーは俯けた顔を俺に向ける。真っ直ぐな瞳で見つめる。
「私、寂しくて、そんな時現れたのがショーイチ様で。頼りになってカッコよくて、頭が回って優しくて――――。私、ショーイチ様なら一生を添い遂げてもいいなって!!」
「ユピシー……」
正直めちゃくちゃ焦っていた。こんな可愛い子が俺に告白しているのだ。現実世界でも告られたことなんて無かったってのに。
しかし、
それはあまりにも早い、早いぞ。嬉しさの裏側で俺の理性はやたらと冷静になっていた。
何せ俺は歴史に名を連ねるとほざいておきながら口程にもなく、一度は死んで、しかも性悪神様に脅迫されてやってきたような男だ。君を幸せにする自信は俺にはまだ――――。
「すまん、今はまだ応えられん」
「ショーイチ様ぁ……」
ユピシーは振り向き、顔を見せなかった。そのまま真っ直ぐ夜の街へ走り去っていった。
「…………ユピシー、今だけは」
俺はユピシーと、反対方向、つまりジャックとプレディの消えた道を進んだ。




