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目の前が真っ暗になったと思ったら、すぐに目が覚めて真っ白になった。
真っ白な空間がどこまでも広がっている。
ただ、ここには何もない。
俺の部屋がなければ、家も見当たらない。空も、雲も、夕日も。
俺一人だけが取り残されている。
何となくだが、暗転する直前に見た「穴」の中の様子に似ているような気がした。
そしてやはり暗転の直前、首のあたりに何か強い衝撃を受けたのは気のせいだろうか。
「……ん?」
目の前にいたのは、小さな少女。腰近くまで伸びるほどの白い髪を持ち、白装束を纏っている。おまけに肌の色まで真っ白で、生気を失っている、というよりは人間離れしている。例えるなら、それは雪の化身のようだった。
しかし、さっき見回したときは誰もいなかったような気がするのだが、最初からいたのだろうか。
「――やぁ、悩める若人よ」
やたらと上から目線の少女である。体格から見て明らかに俺よりも年下である。
しかし、よく見ると、姿形は人間の少女にそっくりだが、俺とタメ、いやそれ以上に目上の存在のように感じさせる雰囲気を持っている。たった一人の人間なのに、まるでいくつもの顔と人格を持ったような、つかみどころのない、しかしどこか見知ったような違和感。
「君は誰なんだ?」
そんなに大きくもない俺の声が真っ白空間にこだまする。
「まぁ、待て。この際そんなことはどうでもいいじゃないか」
変なところで予防線を張るガキである。本当に子供だろうか。
「良くないね、知らないうちにいきなり変なところに連れてこられたんだ。とりあえず情報を交換するのが懸命じゃないか?」
俺は少女を直視するが、その顔は平然とした表情のままである。こいつは絶対に何か知っているに違いない。
「それにさっき意識が無くなる直前、この世のものとは思えない程の痛みを感じた気がする。いや、絶対した! 君なら何か知ってるだろ?」
ここだ、と自分の首をさすって少女に教えてやる。
「ご明察、心中察するぞ若人よ。志半ばで未来を失うとは本当に哀れよなぁ」
少女は何やら回りくどい言い方とともに、やたらと大げさな泣き真似を見せつける。
おどけた調子と裏腹に、俺はその不穏な言葉に引っかかりを覚えた。志半ば、そして未来を失う。まさか。
――――俺は……死んだ…………!?
なら、ここは…………
「どこだ?」
「ここは人の世でありながら、人の世ではない、曖昧な世界じゃ」
どっちだ。
でも、確かに俺は真っ白空間に存在している。死んではいないのか?
「それは違う。私はそなたの魂を食い止めているに過ぎない。時間の流れを戻せばあっという間にお陀仏じゃろうな」
するとさっきの首の痛みは……! やはり見間違いでも何でもなく。
「多分、そなたを押しつぶしてしまったんじゃろう。いやはや申し訳ない」
「――――よくも俺の命を!!」
俺は相手が少女にも関わらず、胸ぐらに掴みかかろうと試みる。
しかし少女はそれをヒラリとかわす。かわすと言うよりは俺の腕をすり抜けるように。
白装束の端切れを掴んだと確信したが、手には何もない。
「待て待て、すまんかった謝る。何もそなたを故意に殺したわけではないのじゃ。そなたの貧相なアイデアに彩りを加えるため、私が訪問したのじゃが、まさかこのようなことになるとはの」
「お前……何者なんだ?」
少女は不敵に笑う。
「お前ではない。
私こそは作家になろうの神、ナロウ」
「ナロウ…………?」
安直すぎる名前に吹き出しそうになるのと、その大胆な宣言とが混ざって複雑な心境になる。
まさか、そんな。俺がネタを欲しがったから実際に神様がやってきた? 何かの冗談だろ?
「信じられんか? 悩める若人よ」
「俺だって悩める若人じゃない。俺の名前は渉一だ!」
「渉一、か。なるほど、覚えておこう。じゃが、渉一とやら。そなたが悩める若人でなければ何だと言うのじゃ?」
うっ……また返答に困るようなことを。
「そなたは作家になろうでのスランプに憤りを感じ、助けを求めていた、そうじゃろう?」
隠すでない隠すでない、とナロウは煽りを入れてくる。流石に腹が立ってきた。
「ああそうだよ。俺は神に助けを求めていたさ。でもな、あんたが神様だとしても、子供に若者扱いされるのはいい気分がしないな」
「ん? そうかそうか、そなたの目には私は子供にしか見えんのか」
見えんも何も、他に何に見えるんだ。
背丈や顔からしてどうやっても小学校高学年、せいぜい中学生くらいにしか見えん。
しかし少女は自称ではあるが、神と名乗った。常識に囚われる存在ではないのかもしれない。
「まさか、実は100歳を超えてます、なんて言うんじゃないないだろうな」
「――アホ、私は『作家になろう』の神じゃぞ。公式サイト開設からまだ20年と経っておらんじゃろうが」
知るか!! この野郎、相手を煽るような言い方しといてただの引っ掛けじゃないか! 「君、100歳?」なんて堂々と聞いた自分が恥ずかしいわ!
「そう、2015年現在、私は10歳なのじゃ。顔形、身体はな」
10歳……小学四〜五年生、まさにロリ中のロリじゃないか。
「じゃが今言った通り、それは見た目の話にすぎない。精神年齢は貴様などを優に越しておる。目上の存在を敬う態度は忘れるなよ」
な、何様なんだ……!
「神様じゃよ」
神様ね……しかも10歳の。
そもそも作家になろうの神ってなんだよ。
「そなたの住まう国でも八百万の神と言うじゃろう? ようするに私もその一人、あらゆる物事、事象には大体神が付き物なんじゃよ」
あまり納得できないが、少なくとも福の神ではなさそうだ。なにしろ俺を首ポキで殺すような神だし。
「なんじゃまだ気にしておったのか」
「気にするわ!!」
そもそも俺にアイデアをくれるために来てくれた癖に死んでしまっては元も子もないじゃないか。
俺の真剣な訴えに対して、ナロウはフッと笑う。
「神の力を甘く見るなよ、そなたを生き返らせることなど容易い」
「な――――えっ!! できるのか!?」
ていうかできるなら最初からやってくれよ。
「では現世で会おう、渉一よ」
ナロウが俺に人差し指を向けた瞬間、再び目の前は真っ暗になった。
女の子が空から落ちてきたら、ちゃんと受け止めてあげましょう!




