俺の覚悟が決まった日
空がよく晴れていた。
「お兄様、お姉様!」
眩い青空を見上げて佇んでいたレオシュは、威勢のいいその声に振り向いた。
まだ小さな弟のカッシュが走ってくるのを見て、その顔に笑みが浮かぶ。
____元気でいい。
「どうしたの?」
隣で同じように空を見上げていた妹のリーディアがやけに嬉しそうなカッシュに問う。
「お母様がおやつだから二人を呼んできてって言ったんだ!」
カッシュはその場で飛び跳ねんばかりの興奮ぶりで叫ぶ。
「今日は何かな!? 昨日は東洋のお菓子だったよね!」
「カッシュは本当にお菓子が好きなのね」
クスクスとリーディアが笑い、カッシュの頭を撫でた。母譲りの癖っ毛が彼女のしろい手の下で踊る。
「食べ過ぎは体に良くないぞ、カッシュ」
レオシュも口ではそう言いながら、弟の気持ちが良く分かっていた。母はいつも手作りの菓子をおやつにくれる。そしてそれはとても美味しいのだ。
「ね、ね、早く行こう!」
ぐいぐい兄と姉の手を引きながら、カッシュが言う。
「人の手を引っ張って走ろうとするな。転ぶぞ」
レオシュは注意してから歩き出した。リーディアもカッシュの手を握り返して足を踏み出す。
待ちきれない、といった表情でカッシュが早口におやつのことを話し出す。
「今日、砂糖をあまり使わないお菓子って言ってたんだ! 僕甘いの好きだけど、お母様が作ってくれるならきっと凄く美味しいよ!」
「カッシュは食べ物の好き嫌いをしないのが偉いわね」
きょうだいの会話を横で聞きながら、レオシュはもう一度視線を空に走らせた。
つい先ほど、その空から舞い降りた伝書鳩の運んできた手紙。それがカッシュの手を握っていない方の手の中でくしゃりと潰れる。
時折妹が投げかけてくる心配そうな視線に気がつかないふりをして、レオシュは内心苦い思いでいっぱいだった。
(……どうしてこんな時に、)
まだ幼い弟を、母を、病気がちな妹を、仕事で帰って来られない父の代わりに守らなければならないのに。
「……お兄様? 怖いかおしてどうしたの?」
カッシュの言葉にはっと我に返り、レオシュは首を振って答えた。
「……何でもない。考え事だ」
「お兄様……」
リーディアに呼ばれる。言いたいことはすぐに分かった。
「何の心配もない」
作り笑いを顔に貼り付け、レオシュは逃げるように前を向いた。
伝書鳩から受け取ったのは、王立学院からの手紙だった。
忌々しいほど簡潔に綴られた自分たち宛の文章。最後に学院長の署名と学院の紋章をかたどった判子。そして、恐れていた内容。
(王立学院への入学を命ずる、か)
邸の重たい扉を潜る。
レオシュは、どうやって母にこれを報告しようかと頭を悩ませ始めた。
(……母上はきっと、良い顔をしないだろうな……)
誰よりも我が子を案じている母の反応は手に取るようにわかる。
(だが、それでも……行くしかないんだろう)
レオシュは静かに決意を固めていた。
五大貴族の嫡男と令嬢の秘密は誰にも知られてはならないのだ。
ちらりと妹を見て、彼は母を何と言って説得しようか考え始めた。
学院にどれほどの難関があるかも知らずに。